From 2005-04-25(月)
To 2005-05-17(火)
戦後60年、やはりこの話題に行き着くかと。(笑)
中国の「反日」デモに対する著名人の反論、もうちょっと理知的であって欲しいなぁと一筆。
対外的な歴史認識もさる事ながら、いい加減、自国民を欺くのは止めましょう。
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ国のため
戦後、解体されたはずの財閥の子孫がバンパイヤーの如く生き残り、国土をコンクリートで塗り固め、国民を共犯に経済成長させたのは明白な事なのだから、せめて「愛国主義」の方々が大好きな上の歌のとおり、かき集めた資産を国のために吐き出させ、財政難らしい国家予算に潤い与えさせて下さい。
それがあなた方が後生大事に先祖代々守り抜いた国家家族主義の貢献にも繋がるでしょう。生半可な「憲法改正」では今の「個人主義」という黒船は押さえつけられないと思います。
妻子を棄てて、悟りを開いた釈迦の教え。しがらみを捨て去らなければ、「悟り」は得られないのに、この国のエリートさん達は仏教普及のため、口で唱えれば、極楽に行けるという「南無阿弥陀仏」を生み出し、それを信じた庶民は「うらめしや文化」を作り出した。それと同じようにあなた方のニート化した子供らがきっとあなたを「うらめしや」と思う日が来るでしょう。
金持ちは我慢を忘れた餓鬼となり、家長制が化けた「肩書き」は身の程知らずを生み出します。
桜の木は先祖の霊魂眠るところ。「うらめしや」は近隣諸国の専売特許ではなく、この日本が世界に誇る文化の証。「風吹いて桶屋儲かる」先祖が夢見た「同期の桜」を他国批判繰り返すあなた方がまず率先して、咲かせて下さい。
豊かさとは個々人が自分の夢を叶えられる環境。そうする事により「靖国の御霊」も口先だけの「南無阿弥陀仏」よりもきっと喜んでくれるでしょう。
「生きている人が死んでいて、死んだ人こそ生きているような」
鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』(1981年作品)より
そんな昨今、想う事。
尼崎JR福知山線脱線事故のニュースを観ていて、それ程までに現場の生々しい映像、音声を流さなきゃいけないのだろうかと思う。うちの母などは悲惨に触れたくなく、出来るだけテレビを観ないようにしている。
報道は「絵」が命と言われているが、果たしてそうなのだろうか。テレビドラマは炊事、洗濯、食事しながらも話の内容がつかめるように「会話」が命の筈なのに、報道は「絵」にこだわる。
そして、常々思うのだが、被害者の実名報道は必要なのだろうか?身内には関係機関から知らせが届いているはずで、それをマスコミが社会性として流す義務や権利が何処にあるのだろうか?実名報道しなくたって、悼む報道の仕方はあるはずだし、「絵」で見せなくても実況を伝える術は長いマスコミの歴史で培われているはずではないだろうか?
196年代、イタリアのドキュメント映画監督であるグァルティエロ・ヤコペッティが『世界残酷物語』で放射能のために方向感覚が犯された海亀が産卵を終えても海には向かわずに砂漠をさまようストーリーをヤラセで撮り、海亀を殺したあたりから報道界の「絵」重視が始まったように思うのだけど、ヤコペッティの「世界の残酷」ぶりを疑似表現してやろうというスタンスに比べれば、遙かに報道界のスタンスの方が「残虐」ではないだろうか?。
今のマスコミに人間の「叫び」を感じられないのは僕だけだろうか?
今日からゴールデン・ウィーク。週末仕事の身には関係ないけども。しかし、気分的には身軽な気もする。(笑)今週は家にこもり、サイト整理をしていて、久々の外出でちょっとうれしい事があったし。
先ほどまで、伊藤大輔監督の遺作で、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」をもとに作られた『幕末』をながら観していたのだけれども、坂本竜馬の事をよく知らない僕は司馬遼太郎の肉付けはどれくらいあるのだろうと勘ぐったりしてました。(笑)
2007年から本日4月29日を「緑の日」から元々の昭和天皇誕生日の意味を残すべく「昭和の日」とするとの事だけど、新聞ではなにやらもめてるようお話が。
提案側は中国の「反日」を刺激する懸念があるとして、慎重論が出始め、これはこれで判るけど、市民団体とやらが「美化」に繋がるから、改名反対といっているとか。「美化」に繋がるかどうかは国民それぞれの意識なんじゃないのかな?
少なくとも「昭和」という年代は金融恐慌からの立ち直りからデモクラシー運動を押さえつけ、軍部の台頭、「八紘一宇」の夢を731細菌部隊でぶち壊し、更には「きけ、わだつみのこえ」片道切符の神風特攻「国民総玉砕」の愛国心。それを女子供も実践した沖縄・ひめゆりの塔、樺太・氷雪の門。人柱のヒロシマ、ナガサキでやっと「手を挙げてやめた」戦争。「手を挙げた」のだから、「手を差し出して」ギブ・ミー・チョコレートとアメリカ進駐軍にこび売り、平和憲法授かっての復興。「アリランの歌」朝鮮動乱で好景気を迎え、かつてお国のために出征した一庶民は「私は貝になりたい」とC級戦犯で処刑されても、「声なき声が指示している」自民党の「アカシアの雨がやむとき」デモ参加者殴り殺しての日米安保調印。水俣他各地公害もなんのそのの「列島改造」お陰様の「昭和元禄」通勤地獄、ウサギ小屋生活といつまで経っても自助努力の世界。金に始まり、愛国心をもてあそばれ、金で終わった時代は振り返る価値十分ありだと思うのだけど、市民団体が率先して、「臭いものにフタ」なのかなと思ったり。
坂本竜馬の皆平民論ならずとも愛国ある者が「臭いものにフタ」、ご都合主義の愛国論のお役人と同じ思考ならば、死してなおお国に仕えし、靖国の先人達に見放されると思うのですが。政府、行政が見逃している事柄のシンクタンクになりませんか?
今日5月2日からジャパンネット銀行でネット競馬、始まりますね。
使い勝手知るために生まれて初めての馬券購入してみようかなと。(笑)
今日からは南関東四競馬場で、来月からはJRA(中央競馬)も始まり、いよいよネットギャンブル時代到来というところでしょう。
政治より、期待している宝くじ
オリックス マネー川柳入選作より
自己責任の時代到来とも言えますが。
せっかくの憲法記念日。建前論議の憲法論に向こうを張って。(笑)
障碍者の周りで今、盛んに議論されている「支援費」自己一割負担。障碍年金月7万円強に、重度障碍ならば、各行政の裁量で特別障碍手当が支給されるのみで生活している現状、生活を補助する介護費の負担を強いるものとして、反対意見が出されているのですが、まず、生きていく上の所得確保を先に議論すべきという正論があります。
僕としては基本的には一昔前に流行った「同情するなら金をくれ」これでいいんだと思うんだけど、就労支援などは「同情しません。頑張って欲しいのです」と言うんですよね。更には「俺たちだって頑張っているのだから、頑張れ」と諭される。
よく引き合いに出すトッド・ブラウニング監督『フリークス』(1932年作品)。サーカス小屋の見せ物のカタワ連中の復讐の話ですが、考えてみれば、就労支援だって、サーカス小屋なんじゃないでしょうか?出来ない事を身体に無理かけてやり、出来れば、ご褒美頂ける。無理たたり、亡くなったり、二次障碍に苦しむ方もいるのに、この支援法はいっこうに変わらない。
「俺たちだって頑張っているのだから、頑張れ」
今の日本社会はみんな頑張らなければ生きられない社会。サーカス小屋の見せ物は何も障碍者の就労支援だけではなく、この日本の現実なのでしょう。
「人権」が盛んに語られ始めた背景には「金得て生きる」のではなく、「生きて金を得る」のが正論であり、見せ物やらなきゃ、生きられないならば「人権」が補償されなければならないでしょう
「人権擁護」を立法化したがらない日本は「大統領を人質に差し出しても大統領の後継者はいくらでもいる」とするロバート・アルドリッチ『合衆国最後の日』と同じく、総理にもホームレスにも「人権」などないわけで、「総理」「ホームレス」という肩書きが重んじられるだけなのでしょう。
「人権擁護」された上で、初めて「自己責任」が問われるはずなのに肩書き社会で「自己責任」を問うし、能力判断によるリストラですら、「自己責任」を問う。連合赤軍、あるいは文化大革命の中国の「自己批判」と一緒でしょうね。
「労働者を見捨てるな」と行進する組合も非組合との差別化というネオ国家主義で力無くした事への反省もないようで、この国の個人意識の欠如が諸悪なのかなと思ったりもします。
戦前と何も変わらぬ、個人意識の欠如の上での改憲論は如何なるものでしょう。意識改革すべき陣頭指揮に立たねばならぬはずの永田町の「鬼の住む館」の会議の踊り具合から察するに、今まで押しつけにしろ、これで収まっていた「日本国憲法」を改憲、創憲する事のリスクを見直して欲しいもの。
そして、「人権擁護」により、個人意識が高まれば、自ずと「憲法」なり、「愛国」なり、「郷土愛」は形になるのじゃないでしょうか?「配慮」より「技術」は生まれるけれど、「技術」のみでは「配慮」を見落としてしまう。
グローバルな国際化が求められる時代、マジョリティとして機能していた国家も一マイノリティにすぎず、個々人の尊重こそがグローバルな国際化の視点を得る近道であるのではないでしょうか。
「生きている人が死んでいて、死んだ人こそ生きているような」
鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』(1981年作品)より
うちのサイトで寺山修司さんの事を書かれていないという疑問にお答えするために。(笑)
今日5月4日は競馬好きの変態親父の命日、生きてりゃ70歳になるとか。一連のアングラ映画『書を捨てよ町へ出よう』『田園に死す』『草迷宮』『上海異人娼館 チャイナドール』ガルシア=マルケスの「百年の孤独」をベースとした『さらば箱船』、『ボクサー』。『上海異人娼館 チャイナドール』は同じフランス資本の『草迷宮』に比べても、変にエキゾチックを意識したせいか、あまり好きではなく、逆に失敗作といわれる東映提供のメジャー作品『ボクサー』なんて見直したいとも思うのだけど。
僕が一番好きなのは『田園に死す』。『書を捨てよ町へ出よう』が都会の孤独ならば、『田園に死す』は生まれいずる孤独。
映画なんて明かりをつければ消えてしまう。『書を捨てよ町へ出よう』のラスト、延々と語られる主役のつぶやきは人恋しさこそ人生であると語るように、『田園に死す』は無縁仏への畏敬に終始する。
ほどかれて 少女の髪に むすばれし 葬儀の花の 花ことばかな
とんびの子 なけよ下北 かねたたき 姥捨以前の 母眼らしむ
かくれんぼ 鬼のまゝにて 老いたれば 誰をさがしに くる村祭
亡き母の 真赤な櫛を 埋めにゆく 恐山には 風吹くばかり
降りながら みづから亡ぶ 雪のなか 祖父(おおちち)の瞠し 神をわが見ず
濁流に 捨て来し燃ゆる 蔓珠沙華 あかきを何の 生贄とせむ
見るために 両瞼をふかく 裂かむとす 剃刀の刃に 地平をうつし
新しき 仏壇買ひに 行きしまま 行方不明の おとうと鳥
吸いさしの 煙草で北を 指すときの 北暗ければ 望郷ならず
そして、八千草薫演ずる化鳥の鎮魂歌「化鳥の詩」
とても長い戦争だったわ。
私の家は田圃ニ反の水呑み百姓だったの。でも、父さんが出征したあとは、だれも田を耕す人がいなくなってしまった。母さんが心臓発作を起こして倒れて、田は荒れ放題になり、草はぼうぼうと生えていた。米びつの中はいつも空っぽだった。食べるものがなくて、盗みもしたわ。その頃、田を売らないか、という話があった。
母さんは嫌だと言った。黒い鞄を持った借金取りが毎日やって来て、田を売ることをすすめたんだけど、母さんは半狂乱になって、父さんに申し訳がない、父さんが帰ってくるまでは、田を手放すことなんてできないと言っていた。だけど、その母さんも、まもなく死んだわ。そして、田は人手に渡ることが決まり、わたしは他の町の親せきに引きとられることになった。
わたしは、真夜中にそっと起き出して、売られてしまった夜の冬田に、死んだ母さんの真赤な櫛を埋めたわ。
夜になると、埋めた真赤な櫛が唄をうたった。畑をかえせ、田をかえせ、櫛にからんだ黒髪の、十五の年のお祭りの、お面をかえせ、笛かえせ、かなしい私の顔かえせ。
私は焼跡の女巡礼、うしろ指の夜逃げ女、泥まみれの淫売なのです。「母さん、どうか生きかえって、もう一度あたしを妊娠して下さい。あたしはもう、やり直しができないのです。」
夢の中で、あたしは何度も田舎へ帰ってきたわ。そして帰ってくるたび、田を掘り起こした。
すると、どこを掘っても真赤な櫛が出てきた。村中の田という田から、死んだ母さんの真赤な櫛、うらみの真赤な櫛、血で染めた真赤な櫛が、百も二百もぞくぞくと出てきた。そして、その櫛も口を揃えてあたしに言った。
「女なんかに生まれるんじゃなかった」
「人の母にはなるんじゃなかった。」
死者と共に生き、毒づき続けた親父も命の尊さを「生まれてきてすみません」太宰治とは別角度から訴え続け、亡くなった。「時には母のない子のように」
ゴールデンウィークもほぼ終わり、このページもハイペースが埋まってきました。
このページのタイトル「海ゆかば」の由来をここら辺で。
学生時分、札幌映画サークルなるグループで活動し、企画担当なんぞやってまして、なかなか観る機会がない日本映画の連続上映会を催した事があり、どうせなら、戦後を映画で辿ってみようじゃないかと上映作品選びをした時、戦後の頭はやはり内田吐夢監督の戦後復帰作『血槍富士』だろうという話が僕の中に深ぁーく残っているのです。
国家社会主義が強まった戦前日本で、愛国の名の下、若き頃、数奇な運命を歩んだ内田吐夢自身、戦時中、自ら望んで当時、革命のための中国侵攻とされていた今の中国東北部、満州に残留し、「(自作を評し)個人が国家や家庭の中で、誠実に生きようとする意志であろう。(略)したがって家族制度の上部構造である国家がその一員としての誠実さを、国策に収斂してしまうのは、自然な成り行きだろう」
として、満州での日本軍の功績を追い続けた「満映」に在籍した。
しかし、敗戦で捕虜となり、中国軍の1948年の長春解放の演説を聴き、献身的に満州国人民の幸せを願っていたという上司・甘粕正彦の自害を看取る役目まで授かり、これら「満映」時代の出来事には帰国後、口を閉ざし、一切触れようとしなかった。
マキノ雅弘、伊藤大輔、小津安二郎、溝口健二など旧友の尽力で、やっと映画を撮る気になったのが『血槍富士』で、飲んだくれの若様に仕える槍持ちがつまらぬ事から殺された主君の敵討ちをしなければならい羽目になるという話。「忠義忠君」の馬鹿馬鹿しさと無意味に死んでいった戦友たちへの思いが「海ゆかば」に込められている。
海ゆかば みづく 屍(かばね)
山ゆかば くさむす 屍(かばね)
大君(おおきみ)の べにこそ 死なめ
かえりみはせじ
中山介山原作の『大菩薩峠』3部、吉川英治原作の『宮本武蔵』5部、近松もの『浪花の恋の物語』から『妖刀物語 花の吉原百人斬り』『恋や恋なすな恋』にいたる封建被差別窮民、落盤事故を描いた『どたんば』、武田泰淳原作、アイヌウタリの『森と湖のまつり』、水上勉原作、洞爺丸台風を題材とした流民の物語『飢餓海峡』と骨太に自らの「自己批判」を写経するかのように描き続け、念願の『乃木大将』を映画化を果たせぬまま、遺作『真剣勝負』で病の床から「草の色(コントラスト)が変わってしまう!」と武蔵、梅軒決闘シーンの取り残しを気にかけながら、1970年8月7日、英霊たちの元へ旅立たれた。
現代の人だって「忠義忠君」の馬鹿馬鹿しさは判っているのに、何故か人には「忠義忠君」の大切さを解く。仕事などで若い奴同士が「場に合わせる要領」が大切などと話すのを聴いたりすると無性に腹立たしくなる。自我を出さない事は無我にもなれず、エゴを強めるだけであり、自我を高めればエゴは押さえられ、無我にもなれると思うから。
映画に死した内田吐夢さんの懺悔を馬鹿馬鹿しいというのは懺悔を忘れた人たちなんだろうと思うのですよね。
日本映画の先人達の「忠義忠君」への反骨って、だから好きなんですよ。
アジアの歌姫テレサ・テンが亡くなって、5月8日で丸10年とか。
好花不常開 好景不常在
愁堆解笑眉 涙洒相思帯
今宵離別後 何日君再来
喝完了這杯 請進点小菜
人生難得幾回酔 不歓更何待
来来来、喝完了這杯再説
今宵離別後 何日君再来忘れられない、あの面影よ
ともしび揺れる、この霧の中
二人並んで、寄り添いながら
囁きも、微笑みも
楽しく融け合い過ごしたあの日
ああ愛し(いとし)君、何日(いつ)また帰る
何日君再来(ホーリーツィンツァイライ)
戦前、抗日運動を支持する歌として映画『三星伴月』の挿入歌として中国の歌姫、チョウ・シュアンによる吹き込みされたこの曲は、日本軍の中国侵攻で、李香蘭(山口淑子)により、親日ソングとして、吹き込みされ、1989年、「中国は二人のテン(ケ)が支配している」といわれる情勢下、天安門事件に対し、大きなテン(ケ)、テン(ケ)小平への抗議として小さなテン(ケ)、テン(ケ)麗君(テレサ・テン)が歌った歌。
今、テレサ・テンさんが生きておられたら、また、この歌を歌っているのかなぁと。
生きている人が死んでいて、
死んだ人こそ生きているような
むかし、
男の旁(かたわら)には
そこはかとない女の匂いがあった。
男にはいろ気があった。
鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』(1981年作品)のベースになったのが夏目漱石門下の内田百けん『サラサーテの盤』『山高帽子』。
黒澤明監督の遺作『まあだだよ』(1993年作品)は猫好き随筆家内田百けん先生の交流記を描いたもの。
その百けん先生が昭和42年芸術院会員に推薦された時の辞退の弁が「いやだからいやだ」。
イラク戦が「戦争の民営化」である事が明らかにされ、「みんな貧乏が悪いんや」なんだろう社会で、人の道理を通すには「いやだからいやだ」と言わなきゃ駄目なんだろうなぁと。人間死ぬまで生きればいいだけの事であり、いやなものにこび売って生きる事ほど自分を殺す必要があるのだろうかと。
とかくこの世はままならぬ 傘を差す人、作る人
マキノ雅弘監督『鴛鴦(おしどり)歌合戦』(1939年作品)より。
「いやだからいやだ」
人間もっとわがままになり、金のわがままを生み出す社会のわがままに立ちはだかるべきなのだろう。そして、互いのわがままを知る配慮がもっと空恐ろしい自然のわがままの中、生きる術なのじゃないだろうか。
人間は自然であり、自然はわがまま。
無理矢理冬を生きてた
そんな気持ちがした
何かをひとつの色に 閉じ込めていた
めぐる生命の音が聞こえる
そいつに乗れば 素敵な事だろういろんな顔を見せてよ まだ見ぬ俺の
たやすく決めつけないさ 自分の事を
めぐる生命の音が聞こえる
そいつに乗れば 素敵な事だろう岡林信康「山辺に向いて」より
(USENの音楽ダウンロードサービス『OnGen』試聴購入可能)
iTunes Music Store 山辺に向いて(iTunesインストール済みで利用可能です)
市井の庶民の生活に荷担するわけでもなく、批判するわけでもなく、ただ突き放し、「あなたはどうですか」とでも問いたげな成瀬巳喜男監督の作品群と人の良心を逆なでしながら、物語る岡本喜八監督、このところ、この両監督の作品群を観ていて、曖昧模糊となっているであろう、現代に続く日本の歴史観を再認識したりしています。
岡本喜八監督作品『江分利満氏の優雅な生活』。今風に言えば、うざい親父のぐだまきの身の上話を延々と聞かされるこのお話は「Every Man」が誰もが持っているであろう社会常識に対する鬱憤。
仲間が戦争で死んでいくより、軍需景気で一儲け出来、嬉しがる親父を見て育ち、「何か違う」というわだかまりをはき出せずにサラリーマン生活を送る主人公。それは要領で働く若者達に対し、酔ってぐだまくうざい親父として映し出される。けれども、主人公も若者達も立ち向かう術を見いだせずに一緒にぐだまき、酔い潰れる。
日中戦争を西部劇に仕立て、「戦争は殺し合い、『お国のため』などという修身みたいな事を言うのは止めましょうや」と『独立愚連隊』『独立愚連隊西へ』『どぶ鼠作戦』と一環として、個性抹殺された人間どものささやかな反乱をテーマとした岡本喜八監督らしい現代劇。
8月15日の玉音放送をめぐる軍部と政府の駆け引きを描いた『日本のいちばん長い日』を作った後、俺の8月15日を撮らなきゃ気が済まないと玉音放送も知らず、燃料切れの人間魚雷で太平洋ひとりぼっちを余儀なくされ、現代のバカンスにぎわう海辺の沖を白骨化してもなおさまよい続ける『肉弾』を撮りあげた岡本喜八は江分利満氏のうざさこそ、日本人であり、何故、年老いて、うざくならねばならないのか、という問いなのだろうと思ってしまう。自分のうざさに気がつきながらも、人のうざさを許せない深層心理の根本原因はと。
立派すぎる「日本国憲法」を与えてしまい、後になり、「日米安保」を提案したアメリカ合衆国と「日本国憲法」を活用出来ずに今日まで来て、「改憲論議」に花咲かす「戦後民主主義」論者たち。
毎月チェックしている「中南米音楽」発行のフリーペーパー『MPB』の最新ニュース、「音と映像の博物館」(Museu da Imagem e do Som)の設立40周年の記事。南米で一番古い歴史を誇り、8万点以上の映像、書類、レコード、譜面を所有する博物館はブラジルの石油公社をスポンサーとし、40周年の記念事業として譜面のインターネット閲覧を目指したIT化、ラジオ音源のデジタル化、CD復刻を計画中とか。
自国文化の保護、継承を国挙げて取り組み、音楽立国を目指すのは何もブラジルのみではなく、日本では知ってか知らずかの韓流ブームのお隣、韓国や中国などでも国挙げての映画祭出品ラッシュ、自国の功罪の膿をはき出し、国際世論に問う傾向。ちなみに日本は自助努力で出品がメインで昨年の是枝裕和監督『誰も知らない』今年のイラク人質事件をモチーフとした小林政広監督『バッシング』など国際評価をバネに自国の功罪を自国民に知らしめようとする動きが主流。
官民の隔たり埋まらず、パイプ役であるべき経団連がマネー・ウォーズ(Money Wars)に国民巻き込み、アメリカ合衆国万歳、やる国の民衆が自文化を忘れ、うざいアメリカナイズになるのも仕方ないのかなと。
岡林御大じゃないけど、「てめえだけ裕福でよければいいなら家にこもってろ」と言いたくもなりますよね。どの面下げて「愛国心」なのかなぁと。
グッチのバックをぶら下げたおネエさん!
チンチラコートを光らせたおネエさん!
グッチのバックは高そうネ
チンチラコートも高そうネ
ついでに一言云わせて貰えば
あんたが一番安そうヨ岡林信康「イエ!イエ!」より
追記 :
『シティ・オブ・ゴッド』(フェルナンド・メイレレス監督2002年作品)で描かれるスラム街住宅、日本の市営団地なみの立派さだったよなぁと。まぁ、日本はスラム街という概念を作らなかっただけの話ですが。
観たかった映画が立て続けに上映されており、分断国家韓国の北のスパイ進入監視の海岸警備をする海兵隊が民間人を誤認射殺する事から始まる狂気を描いたキム・ギドク監督『コースト・ガード(海岸線)』、「悪い教育」を受け、引き裂かれたゲイの恋人達の再会を描いたペドロ・アルモドバル監督『バッド・エデュケーション』、「銃弾一発はいくらです?命ひとつはいくらです?」テオ・アンゲロプロス監督『エレニの旅』、三作を見終えたところ。
で、ずっと引きづり続けているウォルター・サレス監督作品『ビハインド・ザ・サン』を語りたくなりました。
2005年に国際ブッカー賞を受賞したイスマイル・カダレが母国アルバニアの因習を描いた『砕かれた四月』。それをブラジルの北東部の荒涼とした砂地に置き換えた映画。
舞台は20世紀初頭、敵対する二つの家。そこにはルールがあり、「流れた血の分だけ、相手の血を流す」永遠に終わらない敵討ち。
封建社会が社会という価値を持たずに、「家」を守るための相争わせる社会であるように、この映画の主人公は復讐という「仕事」を全うする事を課せられ、「仕事」から逃れようとすると怠け者扱いされる。
彼は復讐を終え、復讐される身となる。
「殺された者の衣服に付いた血が黄ばむ日」までの休戦協定で、彼はサーカス一座の父と娘と出逢い、土地に縛られない自由を知る。
血が黄ばみ、彼は殺されずに、代わりにまだ幼い弟が殺され、また、彼は復讐を課せられる。その時、彼は「家」を捨てる決意をする。
封建社会からの決別は個人がその社会に依存しない生き方を見つけるしかなく、封建社会は変えられない。いや、個人が自分の幸福を探求しないから、封建社会は続くのだろう。
アメリカ合衆国は個人の裕福さを追求したがために封建社会に舞い戻った国であるのだろうし、今の日本の殺傷事件のほとんどは格差という封建社会の解決策を知らない現代人の自虐的なもろさなのだろう。
社会という器の「幸福論」が示されない限り、「復讐のルール」は生き続け、無闇な殺生で「幸福」得る人達の「幸福論」がまかり通る。
今の社会にお手本はなく、ましてや、社会の模倣だけでは「幸福論」も社会に絡め取られる。個々が「幸福論」を実践するしかない。
ツールは進化したけれど、一番肝心の人間社会は未だ「村社会」に頼る「ビハインド・ザ・サン(夜明け前)」。
インターネットが「個人ツール」として、この因習を打破するであろう事を望みます。いい加減、各人マインドコントロールから目を覚ました方が我が身のためとつくづく思う。それでも「企業戦士」はインターネットを「企業ツール」にしてしまうんだろうね。アインシュタインの原爆、そして、「お金」がドックレースの餌になったように。
海ゆかば みづく 屍(かばね)
山ゆかば くさむす 屍(かばね)
大君(おおきみ)の べにこそ 死なめ
かえりみはせじ