善意

• 工事現場

  車が往来する道の横で、土方達が下水道工事をしている。

  土を掘る吉田源三(49)、強い日差しに手で汗を拭う。

• コインショップ

  源三、入って来て、販売機からビールを買う。

  缶を開け、喉を鳴らして飲む。

  森村幸(8)が入って来る。

  幸を追い、恵(12)、入って来る。

  幸、コーラの販売機の前に立ち、指差す。

  恵

  「駄目。無駄遣いしたら、ママに叱られちゃう。」

  幸

  「まだわたしのお金、残ってるしょ」

  恵

  「家にこないだ買ったコーラ、残ってるしょや。」

  幸

  「あのコーラ、気が抜けてる。」

  恵

  「仕方ないな。」

  財布を出し、開ける。

  百円玉が二個。

  恵

  「こんだけしかないの。」

  幸

  「買えるしょ。」

  恵

  「これ使ったら、帰れなくなるよ。」

  幸

  「歩いて帰ればいい。」

  恵

  「ここから？」

  幸、頷く。

  恵

  「恐いおじさんに連れてかれるよ。」

  ビールを飲む源三と目が合う。

  恵

  「（幸を見）帰ろう。バス、来る。」

  幸の手を引く。

  幸

  「いや。」

  手を離す。

  恵

  「お姉ちゃんの言う事、聞けないの？」

  幸、泣き出す。

  源三

  「何、欲しいんだい？」

  幸、源三を見、コーラの自販機を指差す。

  恵、幸の手を引っ込める。

  源三

  「コーラかい？」

  二人を見る。

  幸、頷く。

  恵

  「幸！」

  源三、ズボンのポケットから金を出し、販売機に入れる。

  源三

  「大きい姉ちゃんは？」

  恵、声が出ない。

  源三

  「遠慮しなくたっていいんだよ。」

  恵

  「（小声で）コーラ。」

  源三

  「コーラ二つね。」

  コーラのボタンを続けて押す。

  見る姉妹。

  源三、コーラを二つ手に取り、缶を開け、姉妹に渡す。

  幸、満足気に飲む。

  恵、コクリと頭を下げ、飲む。

  源三

  「学校帰りかい？」

  恵、飲みながら頷く。

  源三

  「おじさん、そこの工事現場で働いているから、また欲しいものがあれば呼びに来なよ。」

  二人の頭をなで、出て行く。

  姉妹、見送り、顔を見合わす。

• 工事現場

  休む土方達。

  笑いながら話している。

  道路に姉妹。

  男(35)

  「源三さんかい？」

  姉妹、頷く。

  男

  「ビール買いに行ってるよ。」

  姉妹、駆けだして行く。

  男

  「源さんも物好きだね。」

  土方達、走る姉妹を見、にやける。

• コインショップ

  二人、入って来る。

  源三、ビールを飲んでいる。

  恵

  「おじさん。」

  源三

  「おぉ、来たか。」

  中にいたカップル、三人をちらっと見る。

  源三

  「何、欲しい？コーラか？」

  恵

  「お腹、空いた。」

  源三

  「二人ともか？」

  恵、頷く。

  幸、カップラーメンの自販機の前に立つ。

  源三

  「これ、欲しいのか？」

  幸、頷く。

  源三

  「どらどら。」

  ズボンのポケットに手を入れる。

  カップル、怪訝な顔で出て行く。

  源三、幸の頭に手をやり、販売機に金を入れる。

  源三に微笑む二人。

• 工事現場

  働く源三。

  道路で男が警察官(39)に聞かれ、源三を指差す。

  気付かずに働く源三。

  男

  「源さん。」

  源三、振り返る。

  警察官、手招きをする。

  源三、スコップを置き、警察官の方へ行く。

  道路を見る土方達。

• 道路

  源三、警察官の傍に行く。

  男、源三を見、戻る。

  警察官

  「女の子にいろいろしてやるって、あんたか？」

  源三

  「え？ええ。」

  警察官

  「何でそんな事するんだね。」

  源三

  「何でって、可愛いから。」

  警察官

  「まさか変な事してないだろうな。」

  源三

  「変な事って？」

  警察官

  「してなきゃいいが、困るんだよ。そんな知らない子にいろいろ買い与えられちゃ。」

  源三

  「何でです。」

  警察官

  「苦情が来ているんだよ。あんたのしている事に。」

  源三

  「いけない事なんですか？」

  警察官

  「苦情が来ているからには黙ってられないだろ？」

  源三

  「何で？」

  警察官

  「何ででもこれ以上その子等に物を買い与えたら、注意だけじゃ済まないからね。」

  源三

  「・・・・」

  頭を下げる。

  警察官

  「あんたもそんなにお金の余裕がある訳じゃないだろ？」

  源三、顔を上げ、警察官をにらみ返す。

  警察官

  「何だ。それともそれ以上の物を求めてるのか？」

  うすら笑う。

  源三

  「そんな気は。」

  警察官

  「変なちょっかいはやめるんだな。」

  源三、頷く。

  土方達、見ている。

• 工事現場

  源三、戻って来、スコップを土に思い切り突き刺す。

  土方達、源三を見ている。

• コインショップ

  源三、ビールを飲んでいる。

  姉妹、入って来る。

  幸

  「おじさん。」

  源三、二人を見、顔が和らぐ。

  近所の奥さん二人、入って来る。

  源三の顔が強ばる。

  幸

  「どうしたの？」

  源三

  「おじさん、もうお金ないんだ。もうおごってやれないんだ。」

  背を向ける。

  恵

  「何で？」

  源三

  「おごったら、おじさん、叱られるんだよ。」

  恵

  「何で？」

  源三

  「早く帰りな」

  幸、泣き出す。

  主婦達、三人を見る。

  源三

  「帰れ！」

  恵、幸を連れ、出て行く。

  主婦達、源三を見、ひそひそ話。

  源三、涙を流す。

  ビールを飲み干す。

  缶を主婦達に投げつける。

  主婦達、悲鳴をあげ、出て行く。

  源三、座り込み、涙を拭く。

  転がる缶。

• 同・前

  姉妹が歩いて行く。

  主婦達、口々に文句を言い、出て来る。

• 工事現場

  働く土方達。

  土を掘る源三。

  日差しに汗を拭う。

  道路に姉妹。

  源三、姉妹に気付き、手で追いやる。

  姉妹、源三を見ている。

  源三

  「帰れ！」

  土を掘る。

  姉妹、歩き去る。

  源三、土を掘る。

  男

  「源さん、辛いな。」

  源三、顔を上げる。

  振り返る姉妹。

  源三

  「ちょっと行って来る。」

  男

  「やめとけよ。」

  源三

  「俺は変な事はしてないぜ。」

  スコップを置き、道路に行く。

  姉妹、走り、戻って来る。

  源三に抱きつく。

  おわり