ECサイトのお勧め商品カタログ|映画好きのBS/CSガイド
こけし
室蘭市街。
- T・昭和20年7月
川上家・玄関
- 身重な娘、君江(20)、風呂敷を持っている。
- 君江
- 「お母さん。それじゃ、帰らせて貰います。」
- 奧から、タエ(50)、出て来る。
- タエ
- 「丈夫な子供、産んでよ。」
- 君江
- 「ええ。達夫さん、喜ばす為にも頑張ります。」
- タエ
- 「頑張るっちゃ、変だねぇ。」
- 君江
- 「そうですね」
- タエ
- 「(手の中のこけしを差しだし)これ、持っていって。家の田舎のだけどさ。お守りに。」
- 君江
- 「(受け取り)これ、お母さんの大事にしていた、・・・いいんですか?」
- タエ
- 「いいんだよ。達夫だと思って、大事にしてやって。」
- 君江
- 「すみません。」
- タエ
- 「戦地から君江さんが里帰りする時には渡してやってくれって書いてきてたんだよ。」
- 君江
- 「里帰りだけでもすまないのに、お母さんの大切な物まで。」
- タエ
- 「いいんだよ。持っててっておくれ。弾よけにもなるだろうし。」
- 君江
- 「すみません」
- 頭を下げる。
- タエ
- 「汽車に遅れたら大変だ。早く行った。行った。」
- タエ、君江の手を取り、外へ送り出す。
汽車・中
- 君江、こけしを大切に抱いている。
札幌市街
山本家・居間
- 君江、落ち着かなく座っている。
- 君江の母、よし(54)台所から出て来る。
- 君江
- 「何かしようか?」
- よし
- 「大切な身体なんだから、座ってなさい。」
- 君江
- 「大事にされすぎるのもよくないのよ。」
- よし、ラジオをつけ、台所へ戻る。
- 君江、身体を持て余し、ラジオに耳を傾ける。
- ラジオから、”室蘭艦砲射撃”のニュース。
- 君江、ラジオのボリュームを上げる。
- 君江
- 「お母さん。」
- よし
- 「(台所から来て)何?」
- 君江
- 「室蘭がやられたって。」
- よし
- 「えっ!」
- ふたり、ラジオを聴く。
- 君江
- 「私、行ってみる。」
- よし
- 「何言ってるの。そんな身体で。」
- 君江
- 「だって」
- 取り乱している。
- よし
- 「大丈夫だよ。きっと。」
- 君江、腹を押さえる。
- よし
- 「なしたの?」
- 君江
- 「(苦しがり)産まれるみたい。」
- よし
- 「(陣痛と気付き)産婆さん、呼んでくる」
- 飛び出していく。
同(夜)
- 君江の父、竜造(56)、落ち着かなくうろうろする。
- 産声。
- 竜造、奥の部屋に目をやる
同・玄関
- 戸を叩く音。
- よし、出て来て、戸を開ける。
- 郵便配達員
- 「川上君江さんはこちらですか?」
- よし
- 「はい。」
- 配達員
- 「この度はご主人が。」
- よし
- 「なしたんですか?」
- 配達員
- 「名誉の戦死なされました。」
- よし
- 「何故ここへ?うちは室蘭ですが?」
- 配達員
- 「ご存じじゃなかったんですか?」
- よし
- 「まさか。」
- 配達員
- 「はい。こないだの空襲で、みなさん、亡くなられました。」
- よし
- 「−−−」
- 奧から泣く声。
- よし、振り返る。
- 廊下に、君江。
同・奥の部屋
- 泣く赤子。
- そばにこけしを抱く君江。
- 放心状態である。
- よし、入ってくる。
- よし
- 「君江、赤ちゃん、泣いてるけど。」
- 君江、反応がない。
- よし
- 「君江。」
- 泣く赤子。
同・食堂(夜)
- 竜造とよし。
- 食事の支度は出来ている。
- 泣く赤子の声。
- 竜造
- 「君江、乳、出ないのか?」
- よし
- 「えぇ、それに達夫さんとお姑さん、いっぺんに亡くして、ぼうとして。」
- 竜造
- 「何か食ってるのか?」
- よし
- 「それが食べないのよ。」
- 竜造
- 「この食糧難の時に。」
- よし
- 「私だってどうにかなりそうよ。」
- 竜造
- 「こんな時代に誰がしたんだ。全く。」
- よし
- 「もう生きてるの嫌。」
- 竜造
- 「馬鹿。死んだりしたら、国賊呼ばわりされるぞ。」
- よし
- 「死ねば、関係ないわよ。」
- 竜造
- 「生き残る奴の事、考えろ。」
- よし
- 「どうすりゃいいのよ。」
- 竜造
- 「君江にご飯だけでも食べさせろ。」
- よし
- 「食べるかしら。」
- 粗末な食事をお膳に入れる。
同・奥の部屋
- よし、入ってくる。
- こけしが転がっている。
- よし
- 「君江。」
- 君江、赤子に乳をやっている。
- 泣く赤子。
- 君江、片手で乳房を揉む。
- 乳が出ない。
同・居間
- 風鈴がなる。
- 静かな家にその音が響く。
同・奥の部屋
- こけしのそばに、君江。
- 赤子を抱いている。
- やせこけた赤子。
- 君江、あやす。
- 赤子の首が垂れる。
- 君江、なおもあやす。
同・仏間
- 赤子の葬儀。
- 家族だけの小さなもの。
- 君江、こけしを抱いている。
- 竜造
- 「お盆に死ぬとはな。」
- よし
- 「急性腸炎だって。」
- 竜造
- 「何が急性腸炎だ。飢え死にじゃないか。」
- 君江、こけしに乳を与えている。
- 家族の前に、小さな骨箱。
同・居間
- 竜造、出かける仕度をしている。
- 台所から、よし、出て来る。
- 竜造
- 「君江に飯を食わせろ。今度はあいつが飢え死にするぞ。」
- よし
- 「えぇ。」
- 竜造
- 「昼にはまた戻るから。」
- よし
- 「はい。」
- ふたり、玄関へ。
- 表から、子供らの騒ぐ声。
同・奥の部屋
- よし、食事を持ってくる。
- 子供らの遊ぶ声、聞こえる。
- 君江
- 「母さん、赤ちゃんは?」
- こけしが転がっている。
- よし
- 「君江。」
- 君江
- 「赤ちゃんは?」
- よし
- 「死んだんだよ。」
- 君江
- 「死んだ?」
- よし
- 「あんたも弔っただろう?」
- 君江
- 「何で?何で死んだの?」
- よし
- 「あんたの乳が出なくてね。」
- 君江
- 「私が殺したのね。」
- よし
- 「君江。」
- 君江、泣き伏す。
- よし
- 「ご飯食べなさい。」
- 君江、泣き続ける。
同・居間
- 竜造、ラジオをつける。
- 君江の泣く声が聞こえる。
- よし
- 「君江、今朝から。」
- 竜造
- 「人が次々と死んでいくんだ。おかしくならない方がどうかしてるんだよ。」
- よし
- 「放送、何なの?」
- 竜造
- 「さあな。」
- 12時の時報。
- 玉音放送、流れる。
- 姿勢を正して聞くふたり。
- 君江の泣き声。
- よし
- 「負けたのね。」
- 竜造
- 「手あげてやめられる戦争なら、もっとなんで早くやめてくれなかったんだ。」
- 泣き崩れる。
- 玉音放送、続く。
- おわり
シナリオ 1981-09 著作
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