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昭和の小漁師top

2005・09・07


○ 後数時間で今年が行きます。時間の流れの中で幾多の変節も、変化も激変もありました。
今年の漢字一文字は「愛」でした。
スポーツの分野でのあいちゃんラッシュは大変なものがありましたが、嬉しいことばかりではありませんでした。
愛が必要な社会であり、世相だったような気がしています。

皆さんよいお年を・・・・


○ 告別式が終わりました。 今回の葬式はお手伝いが少ないので、自分は事務の方に入り記帳のお手伝い。


○ 忘年会でした。
一報が入ったのは・・・
義叔父の妻の母が亡くなったと言うことです。
朝、除雪をし昨夜の酒が抜けるのを待ち、顔を出しました。


○ 参りましたよ。 朝だというのに家の中は真っ暗です。 居間の窓が雪で埋まっています。
玄関から雪をどけて外へ出て吃驚しましたが、倉庫から何とか除雪機を出して吹雪の中を除雪作業です。
1時間半・・・・何とか200mの道を作り道道まで道を確保して、今度は胸までの雪を掻き分けて親の部屋の窓と、自分の居間の窓の雪を退けましたが雪の温度が高く湿っているために、窓から雪を書き落としても強風に巻き上げられた雪がまた窓に粘着してしまいます。
 11時半から、窓の外の雪が窓の高さの半分を超えようとしたため、裏の除雪を決意・・・・除雪機を再び出して、1m進んでは除雪機を後退してスコップで周りの雪を落としながらまた進むといった作業を繰り返しながら終えることが出来ました。
その頃から、雪の勢いも弱まりはじめましたので、家で休んではまた除雪をするということを一日中です・・・
疲れましたよ〜〜〜〜〜

久し振りに本を手にしました。
「神々の起源」 「胎臓界曼荼羅」 「密教と真言」
やはり本はいいですね。 
この様な本を読ませて頂いていると、地球上の生命が現在、過去、未来と繋がりながらも、同じ原子を体内に持っているという・・・
 近くにいる人にも、遠く離れている人にも、自分に繋がっている同じ原子を有しているという事が、伝わってきます。


○ クリスマスの日。息子智也が帰ってきました。列車が遅れに遅れて23時40分です。いきなり騒がしくなりました。
昇進丸が陸上に揚がってから一度も残った船は漁に出られてはいません。何という年なのでしょうか?・・・・・・・
雪の降り始めは春に降る湿った雪で、毎日降り続いている回数ごとに粉雪になって行きましたが、本州方面の降雪からみればまだまだましなほうなのでしょうね。
 文集の配分も終わりました。顕彰費の支出も何とか間違えながらも納めました。
町民会議の今年度の行政報告になる、執行状況と決算見込みそれに18年度の計画書と予算書の作成と行政による監査があるのか?
 小学校低学年児童生徒の下校時の安全確保も12月9日から土日を除いて22日までの間、無事に過ぎました。
正月明けにはその事についての会議を持たなければならないと思います。
 最近夢をよく見ます。
高野山を走っているものが多いのですが、これといって特定の出来る場所は判らないところが多いから・・・・
梵字が頭に浮かびます。
 自分は何者なのでしょう・・・・?
やっぱり偏屈?
凶人かな?
中学生の時からアルバイトの給金から少しずつ少しずつ貯めたお金で憧れていたカメラ(オリンパス35mmハーフ)を買い、白黒で毎日毎日ファインダーを覗いていた頃から病み付きになり、富士フイルム96mm大判カメラを買い。ミノルタST101を買い。最後にニコンフォトミックF2を目標にしていたのですが、如何せんお金が貯まりません。 その頃には、次兄が紋別を離れ東京に次兄の嫁である登女子さんの兄弟を頼って行くことになり、何とか貯め込んでいたなけなしのお金を餞別にして、ばったりとカメラから離れてしまってから、33〜34年も建ってしまいました。
最近の写真は、ニコンデジタルカメラD70です。

 四国八十八ヶ所
高野山金剛峰寺
総本山善通寺


○ 猛吹雪です。今日一日で2回も除雪に精を出しました。朝からず〜〜〜っと昼まで続きましたがこんな事は経験といいますか記憶にないと思うのですが。兎に角午後からの小学生低学年の下校時における街頭安全確保の展開です。子ども達はなかなか自分の前に姿を現しません。遊びながら帰っているのでしょうね。
 6人を確認してから、教育委員会へ行きます。
12回ふれあい文集の仕分けと、賞状の仕分け、副賞および参加賞の仕分け等々があります。
湧小分と湧中分を車に積み込みそれぞれを配布しましたが、やはり間違いがありました。
湧中の副賞の佳作分が足りないとの連絡がありました。確認をしてみるとやはり、自分のミスでした。文房具店に連絡をし、至急文具券を13枚発注したところ、明日朝には出来るとのこと。感謝です・・・・
明日は、芭小と湖陵中に配布します。
 優良青少年表彰推薦案内の印刷が途中です。今回はプリンターの故障を防ぐ意味と、期日に余裕を持たせる意味から手書きでの発送になります。
 町民会議の予算検証を行います。原簿と通帳、領収書帳を併せて執行状況と見込み、それに18年度の計画や予算の策定が押し寄せます。


○ 雪になりそうな寒い朝、重ぐるしい鉛色の雲(実際には暗がりのため見えてはいない)投光器や探照灯の光に浮かぶ海の色には、如実に冬への衣替えがすんだオホーツク海の水面があった。払い潮を受けてカレイ刺し網のボンデンが沖へ沖へとかしがって(倒れての意)います。水深12b陸から0,48マイルもう少しでニシン刺し網の冬の漁場です。この場所で操業するとしたら、天気予報では波の高さ1,5bを超えると操業を断念しなければならなくなる位の、危険ゾーンです。数日前までの網に掛かるヒトデはこの辺りでは掛かりません。でもこの時期には似つかわしくないクラゲが結構掛かっているところを観るとやはり水温がまだ依然として高く推移しているのでしょうね。
 息子と交互に網を揚げながら海岸に打ち上げては白く浮かび上がる、波頭を観て、ふと思います。
走馬燈のように自分の辿った路を振り返りました。ほんの少ない時間の中で父や母そして子としなくなった姉の事も・・・・・!!人の一生、不思議なものです。
時代に流されながら人生は続くものだと自分は思っていましたが、自分の事を顧みたところさにあらんや?かな???真っ当な人としての道はどのような道を指すのでしょうか。
暗い山並みを眺めながら、目の前にある川西の部落を経てその奥にあった緑陰の廃村を想うとき、この土地が辿った歴史と移民と開拓の塗炭の苦しみと、報われることのなかった部落民の悲哀を想うとき、いま財政改革の荒波に飲まれているこの民に、明るい兆しを思い巡らしふと、溜息をつく・・・・
一年に何度か訪れる緑陰の部落後には何もない。
車が通る道と、クマザサが生い茂っている中に明らかに開拓の跡と思われる一角があります。小さい山を回るように道は続き、その両側にあった畑や家並みが今は、只荒れ野が広がり原始へと戻る過程を辿っているのかもしれません。
 漂うカモメに聞いてみました。あなたは幸せですか? 


○ 久し振りの網揚げでした。昨日波の収まらないうちに投網をしたものに、魚は思ったように掛からず。ヤスデ(ヒトデ)の多くなったこと。60sはありました。網はずしの時、ヤスデには岩塩を振りかけてコンクリートの上に放置しておきます。魚を外し終わった後、今度は汐虫に食べられて骨だけになった魚と、今の時期海に吹き運ばれて海底に漂って網に掛かった枯れ葉と、ヤスデを外します。10タンカ(1タンカの網は6反)で、25函でした。1函(5s)真ガレイが8函、黒ガシラが5函、石ガレイが5函、後何箱でしょう?
 作業途中から、雨になりました。冷たい雨です・・・・・
16:30から芭露小学校で、町民会議の「ふれあい文章」の第2次選考の役員会があります。








○ 冬型の低気圧が発達しながら近づいています。それでも、一日中北西の風が吹き続けることはありませんが、気温は確かに低下の一途を辿っているような気がしています。トラックから降りたとき、家から外に出たとき、風から受ける体感気温が確実に確実に下がっているのです。
 ここのところ、毎日のように会議が続きます。代議委員会、社会教育委員生涯学習部会。企画委員ビックウエーブ。体育協会広報委員会。町民会議役員会の打ち合わせ。その殆どが町の行財政改革が絡んでくる事柄です。代議委員会を除いては・・・・
 人が生きて行くのに衣食住は勿論必要不可欠なことは言を待つまでもないことでしょうが、それだけで生きて行けるわけではないことは、承知していることでしょう。
 人には夢や希望、または目標というものが必ず必要です。痛みや、苦しみ辛さがこれから訪れようとしている時であれば、尚更というものでしょう。行財政改革が痛みを伴うものであるならば、それには必ず夢や希望というものも付随しなければ、人は堪えきれないものです。それに、辛いことや痛みを人に向ける時に、人として必ずしなければならないものがあります。それは、まず自らを律する事。自らが痛みや苦しみを具現してこそ、人に言葉が受け入れられるものです。自らを安泰の空間に置きながら、改革や改正をしようとしても、誰も耳さえかすことは叶わないことでしょう。
 政府がこれから行おうとしている改革には、郵政民営化、社会保険改革、年金改革、道州制、三位一体改革、税制改革等々・・・・目白押しに続くことでしょうし、それらを今の時点でやり遂げなければ未来へバトンタッチも叶わないことになるというものです。
それらのことは、自分の住むこの町にも言えることでしょう。
 そこに、国民や町民の不平不満がある。改革に不平を言っているのではないことは勿論のこと、むしろ願っているという事も言いたいと思います。では何故、不平不満が湧いてくるのか? それは、自らを律する姿勢が伺えないから。
自身の身を模範とするような、改革を行ってから外への改革に踏み出すという初歩的な道筋を、見せないから其処に不平不満が渦巻いてくる。
 このように、まず身を以て示すこと。それは行政マンと、議員、非常勤職員も入ります。物事を行うに、してはいけないことがあります。それは、弱い所から取りかかってはいけないということ。老人や子育てや子作りの世代からは、最後の最後にお願いをするという基本的な人として押さえておかなければならない事柄まで、見失っている方々が行財政改革を唱ってはいけない。改革を行うのならば、今まで行政に関わってきた人や、行政から恩恵を受けてきた企業ないし、一次産業への、削減や廃止から手を付けて行かなければならないことだとおもいます。
 国と違って、自治体行政が存在する最大の道標とは人づくりにしかその存在を確かめる術はないと自分は思います。地方交付税という名の補助金やそれらに近い交付金などを、どう使うか、どう配分するかということのみに行政というものを見ていなかった職員や議員たち、また自治会、公的団体などもその中に組みしていたとみてみると、視点が又ぼやけてしまうか?
 久し振りに、批判めいたことを記していますが、批判からは何も生まれてこないことも・・・・事実。
何のための施策なのか?ではなく・・・・誰へのための施策?
其処には、子どもたちに託す未来は見えてこない・・・・
 今、皇位継承の問題が取りざたされています。この事も改革の中にはいるのでしょうか?
万世一系とか、天皇(スメラミコト)が修めていた国とか言いますけれど、はたしてそうなのでしょうか?
皇室関係者や学者が、継承問題に取りかかっていますが、はたしてこの人達にその事を世論という名の下に結論づける資格が存在するのでしょうか?
 怖いことです。
畏怖すべき存在としての天皇が続いていたことを承知でしょうか?
何故?武力を殆どといって良いほど持たなかった天皇が何故、君臨し続けることが出来てきたのでしょうか?
 畏怖・・・・この言葉にこそ、天皇の存在の根本があるように思えますが・・・・
この、畏怖され続けてきた存在を考えなければいけない。
世論という名の下に、継承論を論ずるべきではないと思うが・・・・・・
皇室が途絶える危険性が、目前とした時にはこれはやむお得ない事なのでしょう。
でも、今はまだ、男子が存在します。
 今漠然と思ったことを書き殴りました。
不知無学を恥じます。

 窓の外は、枯れ葉が舞っています。
北風という旅人によって。・・・・・・


○ 養殖施設沈下作業を開始する。今年のサロマ湖の水温が施設沈下作業の季節が到来しても、依然として低下の様相を呈しない事に、時期を判断とする稚貝の成長曲線の変化も又、異常な様相を見せている。成長には上昇する山と、休養をする山とがありその山と山との間隔と高低を判断して行くわけですが、今年度に限って言えばその山が見つかりません。作業(9月13日に養殖分譲作業が終わってから、毎週毎週サロマ湖への養殖施設の玉付け作業に行き、施設毎の稚貝の成長による施設の沈み具合によって、浮き玉を付けながら波浪による振動を貝が受けないように、玉増しをして行く)をしながら時期を判断する材料の提供が今年の場合自然から回答がありません。







○ 普通が最高とわかったのは ふうつうでなくなった あの日から・・・・たかこ
  
  私にも まだ プライド 恥ずかしい心が咲いています。
     勝手に いためないでくれ・・・・たかこ

 

悲しい酒という歌があります。
一時期、自分が宮城県のとある漁港を拠点としていた頃に、知った歌です。釧路を離れ転々と漁船を渡り歩いた頃です。

ひとり酒場で 飲む酒は
別れ涙の 味がする
飲んで棄てたい 面影が
飲めばグラスに また浮かぶ


ああ別れたあとの心残りよ
未練なのね あの人の面影
淋しさを 忘れるために
飲んでいるのに 酒は今夜も
私を悲しくさせるの 酒よ
どうしてどうして あの人を
あきらめたらいいの
あきらめたらいいの

酒よこころが あるならば
胸の悩みを 消してくれ
酔えば悲しく なる酒を
飲んで泣くのも 恋のため

一人ぽっちが 好きだよと
言った心の 裏で泣く
好きで添えない 人の世を
泣いて怨んで 夜が更ける」

「ワッチ」(当直)で満天の星の海を、金華山沖へと近海マグロ船を奔らせていると、釧路の頃の無茶をしていた自分が蘇り、一人この歌を口ずさんでいた事を思いだしています。
ジョニ黒の瓶を片手に持ち、グラスに船倉から持ってきた氷を手掴みで投げ入れ、並々とロックで口に運び込みながら、星空に視線を移す。そして、この歌・・・・
遙か遠い、遠い月日の向こう・・・・に

荒木 誠一

群青の蒼いとき


○ ふるさとで、初物の、スイカを食べた。 みかんとうきびも食べた。
  一番うまかったのは、 親の愛・・・・たかこ

西風が強い、ホタテ漁場への投網にて、船を出す。0,24マイルの大某定置網の手網をこえて、下手1,08マイルの小定置頭をかわし、A海域へ入る。漁船の数8隻。他に釣りの船が3艘。邪魔になる船を排し、09:35分投網開始。2,00マイルへ網が入る。何時もならば、1,5時間〜2時間。漁場で時間を費やし、揚網に取りかかるのですが、今日は西風が強いために揚網はせずに、翌朝早く(0:30〜1:30)にA海域の網を揚げることになります。陸網は、10タンカを刺しているので、萬度の14タンカが海の中に入っている。A海域の投網が終わり、漁港へと帰路、斜め向かいからの風と波により、時化模様と同じ様相を呈している中を、息子の舵に身を委ねながら・・・
 サロマ湖の、稚貝養殖は、本分散が終わって、4回玉付けに行っているが、成長の山が下
降線を辿らないことで、越冬作業の決定ができない状態であり、例年ならばもう漁船に、沈


石をなみなみと、積み込んだ船が、サロマ湖湖上を疾走している筈なのだが・・・・これも、温暖化の影響なのかと、思慮していたところ、船を着岸したとき、玉付け作業に行っていた仲間が、成長の山が落ちついたよとの意見があり、昼から倉庫へと向かい、越冬作業に欠かせないもので「竹」を倉庫の天井に吊していたものを、下へと降ろし作業への準備となる。「竹」には、各自の目標となる印と部落間の目印である、三角の小さなコード番号が書かれた旗を付けて、養殖施設の沈下により施設の目印とする。
 11月6日頃には、各施設が沈下していることでしょうが、自分の施設はと言うとまだ決めかねている状態であり、今年度の垂下している養殖資材の汚れ状況を鑑みると、余りにも汚濁付着物が少なくて資材の汚れが殆ど見られないところに、判断の難しさがある。 




○ この町が今、行財政改革で大荒海の中にいるようです。でも、よく見てみると、違和感が多いのも事実。民間の行財政改革推進委員会(?)、議会による特別委員会、町長部局の課長3名による行財政改革本部なるものが3つ存在しています。民間からの委員達の会議は、はたして、委員の資質に問題はないのだろうか?町の財政破綻の一翼を担ってきたと思える方々です。自分はきつい言い方になるのかも知れませんが、無理だと思います。行政が主導してくれなければ、会議をも持ち得ないから・・・・
 議会の特別委員会にしても差はないでしょう。意識の低さが顕著に表れて、今、町民が改革の荒波に飲まれようとしている現状において、未来までとは期待はしてはいないけれど、せめて短期に向けての町民が堪えられるような先導が見られないものかと思いますが、やはり期待は出来ないのでしょうね。究極の行財政改革とは、役場機構の解体でしかありえないのに、決して其処に向かっては歩き出そうとしない。そこには、「誇り」が各自混在しているから・・・


○ 今日は荒れ模様です。北北西の風、風力8b。雨・・・・この現実から逃避を、一瞬でも考える時があります。


○ 文集の編集が終わりました。自らの校正作業は中止し、教育委員会の職員に依頼を・・・思考回路の欠如で毎度の失敗を防ぐ為に。この後、青少年だよりの編集に追われています。21日に、民生委員全員による、薄暮時の通学路におけるパトロ−ルの出陣式があります。自分はその節、町民会議議長としてのあいさつがあります。
 今、自分の手元には、社会教育委員会の生涯学習部会の会議案内通知、企画委員会ビックウエーブの会議通知。湧別町体育協会三役会議及び、ゆうべつスポーツフェスタ2005実行委員会会議通知、遠軽地方スキー連盟理事会通知、平成17年度湧別町青少年健全育成町民会議上半期事業査定、等があります。完全に思考が崩壊しつつあります。
 左の肩に、父か母か、姉が着いているのか、痛みが消えません。五十肩と言われているが、そうはとりません。
カレイの価格の異常に低いこと・・・・連日連日、萬度近い網数を海に投網しているが、値段の低さに、水揚げ金額が伸びてゆきそうもありません。悲しくなります。・・・・


○ 今日、懐かしい連絡がありました。心に何時までも残る思い出です。上の写真も何故か嬉しそうに見えませんか?













○ 後一日で、稚貝養殖本分散作業が終わります。お盆前から稚貝仮取り作業を始め、ほぼ一月かかりました。
本年度はホタテラーバの発生が遅く、その分、ホタテの穀高も例年より小さめでしたが、台風14号が去ってから回復傾向になり、今日現在「ふるい」の目合は16oです。今年は10本中「水ボヤ」の付着が著しい場所「ワッカ」の2本を除き、8本に2sの石を取り下げたので、作業の効率はその分手間がかかった。
 昨年は稚貝の作業終了が9月15日、湧別秋祭りの日でしたが、祭りの当番の自治会では無かった為に、サロマ湖での養殖をしていました。佐呂間と常呂では、高水温のため仮分散をしていたホタテ稚貝が死滅し、自分の作業の保険として所持していた「チョーチン」35本、50本それぞれ貸し出したのを、今年の自分の教訓として慎重にも慎重を期して取り扱ったが、果たしてその結果は?来年の稚貝外海放流を待つのみ・・・・
 肩の痛みに耐えながらの、分散、本分作業・・・・
どうしちゃったのでしょうか?

 ○ 今日養殖から帰り、風呂に入っているところへ、民生協から要望のあったジャンパーが届きました。
 ○ 護衛艦「ゆうべつ」寄港に伴う諸事で、事務局から連絡有り・・・・
 ○ ふるさと体験文集で、芭露小学校より作文が届く・・・・
    編集に取りかかるのは、明後日からかな?


○ 養殖の本番中に、台風襲来です。 本州の災害を考えると言葉も出て来ませんが、水害も見られず、風による昨年のような被害も今のところ耳にしないようです。このような時にも、喪はやって来るようですね。近所のお年寄りが亡くなりました。近親者の去は悲しくもあり寂しいものです。
 7日・8日・今日と養殖作業は中止としました。が・・・・他のすることが山ほど貯まっています。というよりは、滞っていると言った方が良いかな?
 町民会議の青少年だより31号の3役の会議をしなければならない時期はとっくに過ぎているというのに、いかに自分が無能だということを自ら暴露をしているようなものです。自らの限界は、町内の子供達の将来への冒涜とも言えるものであるはずなのに・・・ねっ
 今、湧別中学校からのふれあい文集の、第1次選考が終わった作文が手元にあります。 33編を打ち終わりました。後3校を待つのみ・・・
 護衛艦「ゆうべつ」の紋別寄港が18日から21日まであります。歓迎式、歓迎レセプション、表敬訪問、神社参拝等々。事務局長として9月8日夜、3役会議を終えました。 紋別募集事務所とのセッション、市役所への助願など、これもやるべきことが多い・・・
 子供110番の関係で民生協による、薄暮時の見回りのジャンバー制作も、商品到着を待つのみ・・・

揺れる葉に 季節のつめたさ 確かめる
心拙く 波風の発つ・・・       駄句


○ 久しぶりの日記帳です。
季節は春に向かっており、養殖作業も浮上を終えて春本番を迎えて意気込みも新たにしているところですが。
 事件事故は相変わらずの盛況ぶりで、痛ましいことに変わりはないけれども、安易な方向に流れていった結論として、交通手段の大事故が続くことに着目している記事はあまりにも少ないのは自分の考え過ぎなのだろうかと?
 今回の列車の大事故にしても、起こるべくして起こった大事故とは思えないだろうか?
乗り継ぎの便利さや、速度を優先するあまり、直線の線路をR(カーブ)のきつい線路へと転換した時に危惧されてしかるべき筈なのに・・・・
 運転手の責任は追及しなければならないけれど、事故直前の予兆があった時にその遅れを挽回しなければならない勤務状況にも起因する事を、知らしめるべきだと自分は思う。
 亡くなった方々には、手を合わせ冥福を祈るばかりです。
○ 毎日のように新聞の「コラム」に憲法改正の是非を論ずる、市民の声が紹介されているし、戦後60年をむかえ戦争を体験した人の談話も紹介されています。
 改憲が必要な論調も、護憲が必要な論調もその人の感覚としては、あながち頷けないわけではないけれど、どうも、平和ぼけの感がするのは考えすぎだろうか?
戦争反対は、国民の国是として全世界共通の想いである。
 では何故、戦争や紛争が起きるのか? 起きる背景にはいろんな事象があるけれど、そこには、武器があり、軍隊があるから・・・
この事なしに紛争も戦争も起こらない。
 では、武器も、紛争も、戦争も無くならないと仮定して、考えてみよう。
これを、我が国日本に置き換えて考えてみよう。
憲法が国民を守ってはくれないのは事実である。 いまの憲法は平和憲法だからと、憲法第9条があれば戦争は起きないし起こさない、などと論を張る人に平和論者はいない。 それはただの平和ぼけなのであって、その人達に我が子を託すわけには行かない。
 我が国には、認めようと認めなかろうと自衛隊という軍隊があります。
歴史を繰り返さないという、考えはいっけんすれば良識のある論調に見えるけれども、一体何を繰り返さないというのか?
 空に向かって念仏を唱えてさえいれば、戦争は無くならないし我が国に害は及ばないとでもいうのか?
紛争も、戦争も必ず起きると仮定して対処して行かなければならないから唱えるのではなく、学ぶことが必要になってくる。
 先の戦争が是か非かという議論は、戦争から100年経ってみないと公平な意味での真実なところは、判らないし見えてはこないだろう。
 恐ろしいのは、恐れなくてはならないのは、戦争そのものではなく、そこに進んで行くことであり、そこにしか正解はないような感覚に皆が同調して行く時代が恐ろしいのである。
 大切なことは、唱えることではなくて学ぶことが重要になってくる。
先の大東亜戦争に向かう前に、我が国内で軍部による大きなテロが2度も起きている。
今の我が国に、軍隊というものがなければ改憲など必要はないと自分も思う。
しかし、今保有している軍隊というものが、一端暴走したとなったら、憲法が守るのか、護憲を主張している団体個人が武器を手にして、国民のために憲法を守るために立ち上がるのか? あり得ない話です。
 いったん有事の際には、自らが家族や友や古郷のために武器さえ持つという気構えなしに、いたずらに憲法など論ずるべきではないと思う。
 最も大切なのは、暴走は二度とさせない。 軍隊を国民の管理の下に維持する。 国民の総意と英知をもって戦争を起こさないし起こさせないという、気構えが必要なのであると自分は思う。
国民を養護するのが憲法の基本理念でなければならない。
いたずらに、戦争反対と唱えるのではなく、戦争は起こるものだという考えの基に憲法を論じなければ、悲しい神学論争に終わる危険をまだ続けるのか・・・・
 学識者も論者も、道路公団民営化や今の郵政民営化と同じように、根っこの大切な処を伝えないままに議論を重ねて、結果評論家や有識者のためのもので、国民のために今必要なことは此処なのだという、問題点を何ら述べないままに伝えないままに終わっているというのが現況でしょう。
憲法論議も、今何故改憲なのか護憲なのかという、基本の中での論議を経ないままいたずらに戦争反対ばかりが一人歩きを始めているというのが、自分の今感じるところです。
自分も、我が子も、古郷総ての子供に、痛ましい争いを経験させないためにも、歴史に学ぶ姿勢が必要ではないかと願います・・・・


○ 春の足音が聞こえてきたと思いました。
          吹雪。
何日続くのでしょうか?
漁師関係の葬式も、昨日で3軒目。霙混じりになって、4WDから2WDにして春の安心な走行も、通夜の帰りには4WDに戻しました。

大正14年生まれ、戦前、戦中、戦後の大変な時代を生き抜いてきた、大先達が先人に変わる時です。
昭和25年に結婚し、子をもうけ平成5年に最愛の人と別れ、孫や曾孫に囲まれて、余生を過ごして頂かなければならない人たちが、また、旅立たれました。
 急遽、6時30分からの体協役員会議をキャンセル。
役員会議の前に、監査を委託されていたのも、役場職員の死亡により、それも後日という事に。
 帰りの道すがら、考えましたって、夜道の霙交じりの神経を使う運転ですから、何を考えるというものでもなく、ただ、漠然と・・・・
 昨日のお坊さんの説教から、檀家を引き連れて、本山参りで現在四国に滞在しているために、地元のお寺の住職が不在で紋別市渚滑町の、同じ宗派のお坊さんが枕経を頼まれたところ、付近で車の事故により55歳の男性が亡くなったとの事で、30日通夜31日本葬のために、志撫子の葬儀は29日通夜30日告別式となり、ここに参列の人たちに延々と説明が続く・・・・
 最後に「生者必滅」「得者必離」???・・・って?
お坊さんの言葉ですから、その中に含まれる含蓄には辻褄があっているのでしょうが、相手は素人・・・・
もっと言いようがあるはずと、思うのですが。
 生まれたものは死に向かい
 逢うものは別れに向かう
「生者必滅」 「会者定離」 だったと・・・・

 この町には、一種独特の風習があります。風習と言って良いのでしょうか、自分には図りかねますが。
同じ職種、おなじ土地、同じ年齢層。
必ず、3軒が続きます。 3人目ではなく。 3軒・・・・
 今日は役場職員の告別式、役場建築課一筋・・・・
自分も知っている人。
町営住宅に住んでいた頃、春の雪解け水による冠水で、床下に水が溢れて床上が湿った事で、陳情に出向いた事。 新築の時、道路の事で要請をし了解を取り付け、工事に入って棟上げを迎えた時。
 数々の自分と役所との、諍いに関与していた人です。
物腰の柔らかな、物静かな人だと思います。
まだ50代、病気とはいえ勿体ない事です。


○  さみしさのつれづれに   手紙をしたためています あなたに
   黒いインクが きれいでしょう  青いびんせんが 悲しいでしょう 
此の詩が、今何故か心に浮かびます。井上陽水「心もよう」自分も最近手紙を書くことが少なくなりました。
少なくなったと言っても、やはり自分もメールが多くなったようです。
メールは便利です。携帯のメモ帳が何時もポケットの中にあるように、また、メモ帳に書き込んだことがそのまま相手に届きますから、やはり便利なのでしょう。
でも、
手紙とは異質なものだと思います。

   あなたの笑い顔を   不思議なことに
   今日は覚えていました   十九になった お祝いに
   作った歌も忘れたのに  
色々な笑顔が浮かびます。
子供時代の友だちやおじさんおばさんの笑顔、青年時代の仲間や同僚の笑顔、成人時代の家族や同輩の笑顔・・・・
何時の頃からでしょうか?
笑顔の奥の悲しみや苦しみが、自分にも見えるようになったのは?
流されて、傷つきながらも懸命に創り出す笑顔・・・

   遠くで暮すことが   二人に良くないのは   わかっていました
   くもりガラスの 外は雨   私の気持ちは 書けません
離れて暮らすことが二人に良くないとあります。
何故離れていると、心も離れてゆくのでしょう?そうなのでしょうか?
日々の暮らしに流されて、心の中のあなたが薄れてゆくのでしょうか?
連れ合いを求め、心の拠り所を求めても、側にいない・・・
その繰り返しが、あなたを必要としなくなるのでしょうか?

   さみしさだけを 手紙につめて   ふるさとにすむ あなたに送る
   あなたにとって 見飽きた文字が   季節の中で うもれてしまう アア
寂しさや苦しみや悲しみは、あなたの心に届くのでしょうか?
心模様は文字の奥に・・・・
逢いたい気持ちは、字間の片隅に・・・
切なさや、物悲しさは文字の震えの中に・・・・

   あざやか色の 春はかげろう   まぶしい夏の 光は強く
   秋風の後 雪が追いかけ   季節はめぐり あなたを変える アア……」

年月も月日も時間さえも人を変えてはくれません。
人を変えるのは、人でしかありません。
心もように、過ぎ去った日々を思い起こすことはないでしょう。
思うとすれば、字間や文字から滲み出る、人の想いの量でしょうか。

逢いたいと 想うこころの ありように
立ち止まる途の 着氷のしたたり・・・・・・・・駄句

朝陽なす 浜辺の小雪 ちりぢりと
痛みのみずも 旭光もほほに   ・・・・・・・駄句


○ 今朝、第八昇進丸の雪投げに港へ向かう。トラックのタイヤが空回りしながら、吹きだまりの雪道を真っ直ぐに・・・曲がりながら。
 流氷は一昨日の南西の風に押し流されて、遙か彼方へ去っていったようです。
港の中の氷はまだありますが、外海には流氷はなく冬の海特有の色を重ねて、ウサギが跳びはねるのみ。
 牛年会の、事務の終了を経ないで、歩き回っても行く先々で、留守ばかり。
後援会の事務としても、総会へ向けて案内は出したが、講演依頼への調整が進みません。
 町民会議の副賞は、教育委員会へ届き、表彰状原本のコピーをお願いし、荻原商店へ請求書を貰いに行く。
25日に、遠軽高校、湧別高校、湧別小学校、湧別中学校、湖陵中学校、芭露小学校へ優良青少年の表彰状と副賞を配送。午前中に学校のスキー授業が最後を迎え、午後から、各学校へ向かう。
 今日は午後から吹雪き模様になり、「ネコのナナ」の避妊手術を行いに遠軽まで出かける予定。


○ 憂鬱な日です。朝の晄が届きません・・・
曇りの空に景が阻まれて、気温が色を変えてくれないのです。
人の心を色で譬えようとするならば、自分の心模様の色とは?分かりません。
小さい頃から自身の色を探していた訳でもなく、暗闇しか自分にはあり得ないと心に思っていた事が、何時の間にかコンプレックスを生み出したようです。
 コンプレックスを常に抱いている自分の色とは?若い(中学生の頃)時分の夕闇間近の停車場の鉄路の色のような気がします。その頃ラジオから流れていた曲
 酔ってくだまく父さの声に
 逃げて飛びだしゃ吹雪の夜道
 つらい心は分かっちゃいるが・・・・
スキーをしながら、泣いてしまいました。思い出して・・・・
こんな事もあるんだと。
岸から遠く離れた流氷に、投げやりな言葉をかけて
寒風吹く中を、浜辺に続く道を歩きながら、思い出していました。
昔、こんなように歩いていた記憶があります。
噴火湾の小さな漁村。背後に大山、その後ろに駒ヶ岳。
函館本線からはずれた、各駅停車の駅舎から、坂道を下りながら降りしきる雪の中を、家路だどり片手には小さな風呂敷、もう片方には焼酎の4合瓶。確か4歳の荒木誠一。
戦争にかり出され外地へ出征し、帰ったときにはアルコールの一滴もやれない父が、大酒飲みになっていた。
飲まないときには、神様と呼ばれた人
その頃の記憶はないはずなのに、何故か鮮明に浮かんできます。
色と一緒に・・・・


○ 優良青少年の表彰状を作っています。1名1名推薦状から言葉を抜粋して短い文章に仕上げます。それと並行して、青少年だよりの文面も作っていますが、写真の提供を依頼しなければなりません。
 今日は養殖の「のし」を午前中手が痛くなるまで続ける。この養殖のロープは、ロープが簡単に伸びないように「焼き入れ」を施してあるために、ものすごく固く「スパイキ(ロープに穴を開ける道具)」がなかなか通らないために、少しで手が痛くなるのです。
 午後からは、スキー協会の行事のひとつ、明日20日午前10時から行われる「スキー検定」の事前講習のお手伝い。開会式の会長挨拶を初めとして、ジュニア検定のタイム係として、寒さに震えながらストップウオッチで、子どもたち一人一人のタイムを計測していた。
 それらが終わり、明日の検定のための打ち合わせを行い解散。
4時頃から自由に滑る機会がないために、一人で気ままに5〜6回、コースを変えながら滑りました。
なにかしら、あわただしい時間の中で、今日も終わろうとしています。
 明日20日は、3町合併の住民投票が行われます。午前7時より午後5時まで。
湧別町の方向が決まります。
 何時かは、自分の意志を表示できるときが来ることでしょう。
行く年も 来る年もなお 漂うは アイヌの古郷 流氷のまち・・・・・駄句


○ 数ある団体の内、自分が事務局をしているものが、丑年会、町民会議です。結構ぼけをかましながらも続けていますが、丑年会は無事に終わりました。昨年に会員から指名を受けて始まった会の運営ですけれども、事務的なものは会員への出欠の確認と集合の場所と、宴会の幹事というだけの、極々少々の仕事になりますが、まだ自分に事務局が移っていないために、だらだらとした事務の経過を過ごしながら当日を迎える不都合に苛々の毎日を経た事です。
 それも、今回からは、総てが会計と総務に資料が調った事で順調に経過する事でしょう。
○ 町民会議の方は事務的なものと会計的なものとが、混在しているために、町民会議の三大事業の、「あいさつ運動」「ふれあい文集」「優良青少年表彰」がありますが、15地区にある自治会への負担金の納入の領収書を届けるのも、まずは一苦労ですが。
 今回は、「優良青少年表彰」ですが、12月末に推薦の文書を各関係方面に送付し、それとともに、毎年札幌で行われる青少年に関する全道研修大会の、冬の部門に出席の確認の文書送付とともに、2月に開く優良青少年表彰の役員会の準備作業に忙殺されるのである。会計の部門では領収証と各種帳簿類との符合や、残高と平成17年度への収支予算の策定も並行して行い、役員会の書類の製本にかなりの悪戦苦闘が2月の役員会まで続く。
○ それと、流氷の動向も気になるところ。
○ スキー授業の講師派遣では、一週間のうち午前授業が5日、午後の授業が2日。そのほとんどをカバーしているけれど、母子家庭の観はぬぐいきれないなぁ〜〜〜。
○ スキー少年団は、順調に運んでいます。今年は少年団結束以来初めての、保護者が講師のお手伝いではなく補佐を5〜6人毎回付いてくれるために、1班の子どもたちの成長が目を見張るように伸びてゆくのは嬉しい限り。有り難う・・・
○ 忙しさに、慣れっこの自分ではあるが、その時でも何故か心にほんの小さな風穴があるように感じます。


○ 昨日からの吹雪が、今朝になっても収まらずに、06:30より雪掻き。16:00雪がやっと収まる。雪掻き・・・
海岸へ、流氷の状態を確認に・・・海岸から200bくらいを流氷の第1陣が到着し、波打ち際に砕氷が累々と打ち上げられ、小高い丘状態になっていた。夕暮れに水平線の彼方から月が挙がり始めて、海水と流氷との暗がりの中でのコントラストが美しい。
待っていた流氷の到着です。
 街の中や畑などの積雪は、それ自体美しいものではあるのだが、所々に黄色い色が雪の白さに写ります。これは、ペットや人間の大小便に色です。 雪に美しいものを感じる我々でも、この黄色い色だけは、嫌なものです。 するなとは言いませんが、せめてした後に足で雪を被せるくらいのマナーや美しさを愛でる気持ちがほしいものですね。



○ やっちゃいました。 湧別町学推協スキー授業講師派遣事業が自分のミスで、えらい先生方に迷惑をかける結果となりました。学推協事務局から、昨年の12月17日付けで文書が送付されていたのにも関わらず、協会の事務局に送付なり連絡するなどの手配をしておかなければならない状態の時、当協会の役員改正にて事務局長が交代になり、その新事務局長に会長名で連絡をすれば、こういう結果にはならなかったと、反省をしています。 自分としてはこの時期の会議や研修や大会等は、極力スキー協会優先できていましたが、漁協の各委員会役員の研修に、不参加を長年続けていたのも。またこれらの事態が二度と起きないように、協会の連絡網なり、送付伝達方法にも着手しなければならないと認識をした。



  


○ 合併が住民投票にまで進みました。合併か自立か、どちらを選択したとしても住民に痛みは伴うのはさけられない。
住民のための合併であることは、全国どの合併を見ていても、基本中の基本なのだが、さて・・・・合併の協議の中に、果たして住民の将来を真剣に議論しているのだろうかと、不安になってくるのは自分だけなのだろうか。
 大小の自治体が、住民の自治を考えてというかとらまえて、今日までの行政を執り行ってきたはずなのだが、過剰なサービス、行き過ぎた補助、際限のない企業や団体、一部住民の行政への要求によって、本来住民の将来を見据えての行政でなければならないはずなのに、タケノコのように施設を造り、自然環境とかけ離れた住民の娯楽のための自然破壊、等々によって必然的に行政を圧迫してきたのは住民ではなかったのか?
 住民が皆自立をし、痛みを共有し、相互に助け合う精神がなければ自立などという方向性は出すべきではないと自分は思うのだが。合併するににしても、各町村の優れた点を評価し、欠点を補う精神の上で合併に取り組むならば、一時の不自由不具合は住民は耐えられると想う。近い将来には、現在よりも厳しい行政の運営が求められるようになるでしょうが、国の基本政策は防衛と教育であるように、町政の基本政策は、教育と自然保護と連動した地域環境を護ることであると想うが。
 そんなことを思いながら、港に今朝も足を運ぶ、午前6時30分


○ 早朝、日の出の写真を撮りながら涙が何故か止まりません。確かに、早朝の空気は非常に冷たく、きりきりと頬が痛いほどで、耳を出してはいられないのですが、冷たさからくるものではないようです。朝の光を見ることも、迎えることができる幸せも感じられるから。

昨年の川柳で入選したものと、各年のものを紹介します。
 1,「課長いる?」返ったこたえは「いりません」
 2,「前向きで」駐車場にも励まされ
 3,やめるのか息子よその職俺にくれ
 4,妻の声昔ときめき今動悸
 5,メールうつ早さで仕事なぜ出来ぬ
 6,恋敵譲れば良かった今の妻
 7,知っている部長の香水ファブリーズ
 8,父見捨て子どもプレステ母エステ
 9、体重計ちょっと踏む位置変えてみる
 10,「ご飯いる?」「いる」の返事で妻不機嫌
特選
 ・父は胃に息子は耳に穴を開け
 ・目の前の回ってすぎる寿司と運
傑作
 ・嫁ぐ朝娘メールでありがとう
 ・子ども去り飼い犬去って妻が去る
 ・夢のない自社株売ってクジを買う
 ・赤い糸結ばれたはずが縛られて
 ・酒、タバコ、ゴルフも奪われ次は何?
 ・使えない夫とパソコン部屋を占め
 ・やな予感女房敬語で返事する
第一生命全国人気投票第一位
 平成15年   タバコより体に悪い妻のグチ
 平成14年   デジカメの餌はなんだと孫に聞く
 平成13年   ドットコムどこが混むのと聞く上司
 平成12年   プロポーズあの日にかえってことわりたい
 平成11年   コストダウンさけぶあんたがコスト高
 平成10年   わが家では子どもポケモンパパノケモン
 平成 9年   「早くやれ」そう言うことは早く言え
 平成 8年   「ゴハンよ」とよばれて行けばタマだった
 平成 7年   やせてやる”コレを食べてからやせてやる
 平成 6年   連れ込むな!わたしは急に泊まれない
 平成 5年   いい家内10年経ったらおっ家内
 平成 4年   まだ寝てる帰ってみればもう寝てる
 平成 3年   ボデコンを無理して着たらボンレスハム

 


○ 元日に思うことではありませんが、報道で焼死が北海道の南の方であったようです。強盗も発生しました。小さい事件や事故はもっともっとあるのでしょうね、悲しいことですが、現実に人が生きてゆくことについて色々な事があるものですし、又あるのでしょう。でも、悲しくなります。焼死の事でも、たばこの不始末なのか、漏電からきたものなのか?それでも悲しいことには違いありませんが、自殺もあり得るということで調査が入るということをいっていました。自らの命を縮めることは生きていて罪を犯す以上に、罪なことです。生きたいと願っても叶わない命もあります。不慮に亡くならなければならない人もいます。自殺を図ることができるのは人だけでしょう。同族を同種を殺すことができるのは「猿と人」だけです。悲しいことですが・・・

 命以上に重たいものはないはずです。でも、いのちの軽さも現実に毎日毎日見せられています。今日は元旦。