ホームへ戻る
 自己紹介                

   (竹歴、所属団体名、瓔山のページ、楽歴、Shakuluteへ)

  谷藤 彌(wataru)と申します。竹号(尺八プレーヤーとしての名前)は、紅山です。
   ようこそ私のホームページへ!

 

 私と楽器との出会い、
       そして音楽や人々との出会い


  楽器の音に魅力を感じ始めたのは、小学生の頃です。
 
ハーモニカ、オルガン、ピアノに親しむうちに、中学校入学と同時に父からの
 
アコーディオンのプレゼント(カラオケのない時代、喉自慢や歌声の伴奏はアコ
 ーディオンでした)。以後、機会があれば弾いていまし
た。

 その頃は、ハワイアンが流行しており、小遣いをためて
ウクレレを購入。
 歌い弾きまく
りました。ところが、母から『もっと静かな楽器がないの?』と注文
 がつき、当時で2,300
円のギターを小遣いで購入。流行歌やフォーク、クラ
 シックなどを弾くうちに、和音の勉強
に もなり、現在の楽器演奏や作曲の基礎
 も培われました。


                      

  高校入学と同時に、吹奏楽部に入部し、ピッコロとフルートに明け暮れる日
 が続きまし
た。英語教師をしながら吹奏楽の指導に24年も携われたのは、
 この頃の音楽づくりへの
努力と喜びを知ったからでしょうね。
  大学
では、マンドリンクラブでフルートを吹く傍ら、マンドリン、マンドラ、マン
 ドセロ、コントラバス
に親しみました。従って、3年目からは指揮者をしながら、
 編曲なども手がけました。 音楽で生きたいと思ったのもこの頃でした。

          

  教師になってからは、転勤する先々で出会う人達と新しい音との出会いもあり
 ました。
島牧村での5年間は、小中併置の学校でしたので音楽も教えることに
 なり、
リコーダーやオカリナに熱中しました。
 
  雄武町
(5年間)では、私の一生の音楽生活を決定付ける 尺八との出会
 い
がありました。文化の日の出演者(私はアコーディオンとフルート演奏)との
 交流会の席で、向かいに座ったお琴を弾いた方に、邦楽のことを何も知らない
 私は
、琴や三味線には尺八が付き物と思い、「今日は、お琴と三味線だけで弾
 いていましたが、この町には尺八を吹く人がいないのですか?」
と質問したので
 す。彼らが演奏したのは箏・三絃だけの曲だったのですが......
  その翌日には最初の師匠の門を叩いていました。次男坊を出産するために、
 二人の子どもを連れて里帰りをしていた妻達の不在の寂しさと、日本人なのに
 日本音楽を知らない無知への恥ずかしさと、島牧時代の校長が琴古流の師範で、
 一時、練り物の尺八で練習し、まだ持っていた事等が始めるきっかけになった
 のでしょう。


               

   留辺蘂町(9年間)では、吹奏楽を本格的に指導する傍ら、尺八への執着
 心は益々燃
え、週に2回、北見市の新師匠の所まで通う日が続きました。
   准師範試験を受ける際には、
箏のことも知識として覚えなければならないので、
 頭で覚えるより実際に音を合わせて体で
覚えようと箏を購入。生田原町(4年間)
 では、アメリカから来たALTのRee Fallonと共に
偶然知り合えた津軽三味線の師匠
 に教えを請い、没頭しました。その後も紋別市、遠軽町
と転勤して居を構えています
 が、邦楽グループ「みやび会」の演奏会に必要な楽器を手に入
れ、締め太鼓、篠笛、
 琵琶、ケーナ、小鼓
などの楽器の音色の虜(とりこ)になっています。

  その後、東洋と西洋の文化が生み出した新しい楽器Shakuluteとの
 素敵な出会いがありました。

  <詳細は、こちらをクリックしてください。>

  さらに、不思議なものですね、楽器は楽器を呼び、音楽は人と人を結びつける
 不思議な力を有しているのです。その後も新しい楽器たちとの出会いが続いていま
 す。ということは、新しい音楽との出会いがあるわけです。薩摩琵琶は平家盲僧琵琶
 を私達の元に呼び招き、篠笛は中国笛子を、都山流尺八は琴古流尺八や中国洞簫
 や南簫を私の手元に運んできました。
  それぞれが今も生き生きとした音色を響かせてくれます。それぞれの楽器が作った
 人達の情熱や想いが伝わってきます。どの楽器も訴えます。『私の一番いい音を探し
 出してね。』と。そして夢や希望を与えてくれるのです。


  音楽を通じて多くの子供達や愛好者、演奏家達、楽器の製作者、そして作曲家達と
 出会うことができました。新しい楽器シャクルートとの出会いが、カリフォルニアの
 Montyさんを知ることになり、ニューヨークでの演奏を実現させ、そのことがトルコでの
 日本伝統文化紹介事業に招かれる要因となり、さらにJohn海山Neptuneさんとジョイ
 ントコンサートをするために、サンディエゴでのNFAコンベンションに招待されることに
 繋がるのです。そこでは、新しい箏奏者達との出会いが待っています。

  どこまでも、音楽との歩みは続きます。
  
世界が平和である限り....そして命がある限り.....
              
                   

  人間にはそれぞれ個性があり、一人一人の素晴らしさが
 ある
ように、人間の歴史の中で、必要性を持って生まれた
 楽器にも
個性があり、他の楽器にはない独特の音色を
 持っている。
  その音に魅せられて、それぞれの楽器の本物の音に
 近づく
ために、これからも様々な音を楽しむ日々が
 続きます。
    以下、尺八歴、所属団体、瓔山のページをご覧下さい。