「なんだお前、そのばかでかい桃は」 「川で洗濯していたら流れてきましてね。得をしました」 「気味が悪いな」おじいさんは怪訝そうに言いました。 「そんなでかい桃が流れてくるか。だいたいそれは、なに桃だ」 「さあ。普通の桃じゃないですかね」 おばあさんは包丁を入れようとしました。 「ちょっと待った。なんだか怪しいぞ。うかつに切るな」 「どういう事ですか」 「その桃はひょっとして、だれかの仕業じゃあないのか」 「仕業って」 「よく分からんが、例えばわしらに恨みを持ってる奴とかがわざと川上から流したとか」 「いやですね。そんなひといませんよ」 「いや、いる。例えば裏のじいさん、あいつの可愛がってる犬を叩き殺したのはわしだからな。恨んでるはずだ」 「あれはあのポチが悪いんですよ」 「いいやいいや油断するな。とにかくそんな桃は災いの元だ。捨ててしまおう」 桃をかついで捨てに行こうとするおじいさんの、着物の裾を引っ張っておばあさんは止めた。 「なにするんですか。そんな、もったいない」 「はなせ。もったいないものか」 おばあさんが離そうとしないので、桃の重さに耐え切れなくなったおじいさんは取りあえず桃を元通り置いた。 「ひいひいばあさん、よくこんなお化け桃をかついで持ってこれたな」 「通りがかりのスズメが手伝ってくれましてね」 「なんのこっちゃ。だが、わざわざこんな桃を食う事もないだろう。桃ならわしが取ってくる」 「いやですよ。おじいさんは簡単に約束を破りますから。それならまずこのあいだ約束した、キジを取ってきて下さいよ」 「キジは簡単には取れんのだよ。この辺りのキジは頭が良いからな」 おばあさんは黙って包丁をつかみ、桃に切りかかった。おじいさんは危機一髪で桃ごとそれをかわした。 「邪魔しないで下さいよ。さ、よこして下さい。切りますから」 「冗談じゃない。よこしてたまるか。わしの話をちっとも聞いとらんな」 「聞いてますよ。でもきっと誰かが、どうぞ食べてください、って流してくれたんですよ」 「そんな馬鹿な。そこまで誰かに親切にされる覚えはない。恨まれる覚えはたんとあるがな。例えばこの前、宿を貸してくれと来た隠居のじじいの一行をムゲに追い返した。かっかっかっか、と笑ってどこかに消えたが、あいつが恨んで流した毒桃かもしれん。やっぱり捨てに行こう」 おじいさんは再度桃をかついだ。おばあさんが両足を抱え込んで止めたので、おじいさんはつんのめって土間に顔から転げ落ちた。桃は潰れなかった。 「いでででででで。ああいてえ。こらばあさん、何をする。ほら見ろ、コブが二つもできちまった」
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