「カラの国へ」   作/京木倫子



  何も知らぬおばあさんが桃太郎、いまは邪悪太郎と改名した幼児を育てている間、 おじいさんは何もしていなかったわけではない。きびだんごによって人間になった犬 太郎、そののち同様に猿太郎、雉太郎とともにおじいさんは、かつて自ら激しい修行 を課した場所へと足を運んだ。
 尾羽の美しい雉から人間になった雉太郎の美少年振りをみて、おじいさんが美しい 毛並みのウサギにきびだんごを食べさせたい誘惑にかられたのは、また別の話であ る。
 七色の滝に打たれ、おじいさんは、意識を集中させた。
 彼は、修行をしないと考えをまとめられないくちなのである。そうそれは電車で移 動しているときにはやたらと意識が明敏になるのと同じ理屈である。電車が何か知ら ない?知らなくとも無理はない。
 海を渡ったカラの国にあるという電車は、立っているだけで汗の吹き出そうな筋骨 逞しい三十人の通称『アニキ』によって、運ばれる輿のようなものである。離れて も、その肉の吹き出す蒸気によって、彼らがどこにいるのか判然とするというが、お じいさんは実物をみたことがない。ただ、少年のころ、海外に行ったことのある長兄 にその話を聞いてからというもの、毎日のように裏山に登り、うっとりと夕焼けを眺 めながら、アニキたちの上腕筋に思いを馳せた。甘酸っぱい思い出である。
 滝に打たれて百日もすると、おじいさんの眼窩は落ち窪み、唇は裂け、あばらが浮 きあがり、見るものを震撼とさせる鬼気を発するようになった。
 月のない夜、突如おじいさんは目を見開いた。
 「西じゃ!」
 桃の頭は東に、お尻は西にあった。ということは桃の目指す地は、西ということで あり、すなわち、それは天竺を意味するという。 
 しかし、どれほどで帰ってこれるだろうか。その間、おばあさんは・・・。彼女の 笑顔を思うと、おじいさんの胸は痛んだ。そう、八十二年前のあの日、金も地位もな い自分が三日寝ないで考えたプロポーズの言葉に、頬を染めてこくんと頷いてくれた のは、まだ瑞々しい少女だったおばあさんだったのだ・・・・。
 決断のときが迫っていた。
 おじいさんは犬太郎を見た。彼は頷き、ワンですぜ、とお爺さんに答えた。
 「・・・そうだな、ワンだな」
 犬太郎の熱い心が伝わった。もう、後戻りはできないのだ。おじいさんは、三人 に、一緒に来てくれるか、と囁くように言った。もう、言葉はいらなかった。
 けして物見遊山などではないぞ、と呟きつつ、おじいさんは三人のお連れととも に、海を渡った。
 一路、カラの国へ。





「桃太郎、犬猿雉を家来にする。」(久遠)
「お経を取りに」(みかりん)
「ANIKI」(笑夢)
 この続きを作って。






蟹屋 山猫屋