カラに到着した四人組は、ポカンと口を開けたまま、頭上を仰い
でいた。天を貫かんばかりの高層建築郡に圧倒されていたのだ。奇
抜な格好をしたカラの民草は、そんな四人組を遠巻きにして行き交
う。 「すごい人の数だワン」 「祭ですかクェ」 「オナゴはなみんな、山姥だキィ」 「さすが、カラじゃ。我が国よりも、遥かに栄えている…」 お爺さんは、視線を大通りに向けた。無数のアニキ車が疾走して いた。ヤマトの国では、よほどの豪商か大名でなければ持つことは 出来ない代物だ。お爺さんがアニキ車を見たのは、たまたま村を通 過した参勤交代の一回きりだけだった。その時のアニキ車は、一兄 貴だったが、カラの街中を行き交っているのは、最低でも四兄貴 だった。しかも、極上のアニキが惜しげもなく使われている。カラ の国は優れたアニキ養成技術を持っているのだ。 無数のアニキが排気する吐息と汗が、カラの都全体を覆ってい る。猿と犬の二人は口許に手の甲をかざして、眉間に皺を寄せて いた。 「すごい臭いだワン」 「とても、人が生きていける街じゃないキィ」 そんな文句をお爺さんは聞き流していた。深呼吸をするとアニキ 臭が呼吸器全体に広がった。生温かい粘着性を気管で堪能し、塩味 とアンモニア臭を口腔で転がす。すると、絡みつく視線を感じた。 端麗な雉の眼がお爺さんの悦楽の表情を捉えていたのだ。 お爺さんは、胸の鼓動を早まるの感じた。本能的に雉の引くアニ キ車を想像していたのだ。色白の上半身は露にされ、透明過ぎる汗 がうなじを伝って滴る。上気して赤らんだ端整な雉の顔…。 しかし、お爺さんの理性は辛うじて妄想を払った。長年の経験か ら、軍団内での色恋沙汰が、戦闘での致命傷になること熟知してい た。宿敵の鬼一族との対峙を決意した今、それは許されないのだ。 ヤマトの片隅で自分の帰りを待っている婆さんの顔を無理やり思 い出そうとするが、記憶の焦点がなかなか合わない。 雉はお爺さんの狼狽に勘付いたのか、魅惑的な笑窪を両頬に刻ん でいた。 お爺さんは、焦燥感が表情に浮上するのを必死に押さえ、咳払い を一つした。そして、荘厳な口調で部下達に下命する。 「では、行くとするか。最高の修行の場、アニキ電車へ…」 一団の表情は一様に引き締まった。そして、カラ駅南口へと向 かったのであった。
|