「外道の誕生」   作/久遠



 おじいさんが旅に出た後、おばあさんは大きな桃の処分に困った。
「焼き捨てるんじゃ。これはこの世の災いの元じゃ」
 と、お爺さんは言っていたが、そうするにはあまりに見事な桃で香りも良い。
「とりあえず、切ってみるかね。中が腐っていては食べられんし」
 包丁をあてると力も入れないのに、桃はきれいに二つに割れてしまった。
「ひッ!」
 おばあさんは割れた桃の中央を見て、小さな悲鳴を上げた。粘りのある繊維の中で、小さな白いものが蠢いている。包丁を逆手に持ち、刺し殺そうとした時、それが鳴いた。
 ウィザード一族、しかも「マジックユーザー16世」であるおじいさんであれば、その声に邪悪な「amae」の魔法を感じただろう。だが魔法に疎いおばあさんには分からなかった。
 「あらあら、かわいいこと」
 おばあさんはおじいさんが出かけて寂しいこともあり、その子を育てることにし、「桃太郎」と名づけた。
 桃太郎は不思議な子供で、一週間もしない間に少年に育った。眉目秀麗で、筋骨隆々として、背も高い。日が落ちると、どこかに働きに出かけた。朝になり、つかれた様子も見せずに帰ってくると、おばあさんに少なからぬ金を渡す。
「おばあさん、今日の稼ぎだよ」
「いつもすまないねぇ」
 血の匂いに不安を感じることもあったが、桃太郎は表情を変えずにイノシシや熊を狩ったからと説明した。その頃には、確かに素手でイノシシや熊を殺すだけの力はついているようだった。
「おばあさん、おじいさんは帰ってこないね」
「ああ、ほんに。寂しいことじゃ」
「僕が捜しに行ってくるよ」
「そうしてくれるかい。おまえに貰った金子で、しばらくは暮らしていけるから、私は大丈夫。おまえの立派な姿も見せたいしねぇ」
 桃太郎は次の日、旅に出た。おばあさんが用意してくれた着物に着替えると、見事な若武者振りだった。
 小高い丘の上まで行き、振り返ると、おばあさんがまだ見守っている。手を振ると、おばあさんも手を振り返した。桃太郎はその姿を目に焼き付けるようにじっと見つめ、また歩き出した。
「ばばあよ。育ててくれた恩もある。命までは取らぬわ。達者でな」
 おばあさんに話しかける子供らしい声ではない、大人びた低い声で桃太郎はつぶやいた。おばあさんと暮らした楽しい日々を思い浮かべる。
 体力に自信がつくと、夜ごと山賊を襲い、虐殺した。時にはさらに遠出し、裕福な護衛を雇っている民家を襲った。足がつかないように出会った者は皆殺しにした。
 その殺戮の中で、桃太郎は人間のもろさを体感した。ウィザード一族とはいえ、人間である以上もろさは同じだろう。桃太郎は陵辱した女たちのありさまを思い出し、笑みを浮かべた。激情にかられ、襲いかかる男たちを返り討ちにした時の彼らの無念の表情を思い出すと、さらに気分は晴れやかになった。
「さて、と。じじい、待っていろよ。ぶち殺してくれる。鬼一族の積年の恨み、今こそ晴らすぞ」
 美しい顔に醜悪な笑みを浮かべ、一声咆哮すると桃太郎は走り出した。





「カラの国へ」(京木倫子)
 この続きを作って。






蟹屋 山猫屋