カズヤと名乗る少女がいた。 彼女はもちろん女なのだが、男の名前を名乗るのはわけがあった。 それは三年前のことだった。 彼女は恋人とデートの最中だった。彼は優しく聡明な男だった。 「危ない!」 彼がいきなり彼女のことを突き飛ばした。 そこへ、暴走トラックが突っ込み、彼はトラックと正面衝突して即死した。 その彼の名がカズヤ。 彼女は、16歳の若さで死んだ彼の心を引き継ぐつもりでカズヤと名乗ることに したのだった。 「カズヤ……」 少女は命日の今日、カズヤ青年が命を落としたこの場所に来ていた。彼の名を つぶやく。 もう、その場所には痛ましい事故の痕跡はなかった。彼からあふれた血の痕は ない。いや、彼女の心の中からも、彼のつらい記憶は和らいでいた。だが、彼を 失った悲しみは三年の月日でも、拭うことはできなかった。 「きびだんごをあげよう」 唐突に、桃マークのはちまきをした男が言った。 カズヤは思わずあとずさった。 「きびだんごをあげよう」 桃マークは同じ言葉を繰り返した。 「……いりません」 カズヤは少しおびえながらも、きっぱりとした口調で断った。 「そうか。……いらないのか」 桃マークはさみしそうに肩を落として、そして、次のターゲットを探すように きょろきょろとあたりを見回した。 そこへ通りかかった犬が一匹。 「きびだんごをあげよう」 犬は桃マークの手からきびだんごを食べた。 「よし、これできみはぼくの家来だ」 そして、犬はきゃいんきゃいんと叫びながら桃マークの男に連れ去られていっ た。 「なんだったんだろう。あの人は……」 カズヤは呆然と桃マークの男を見送った。
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