「――そりゃまた風変わりなナンパの手口があらわれたもんだねえ」 パールピンクのマニキュアがカッコよく光るように指をしならせて、ボブの前髪を かきあげながら、エミちゃんは考え深げに首をかしげてみせた。栗色のメッシュの 入った髪、オレンジがかったルージュ、白いモヘアのセーター、どれもこの春日和に 輝くのよという彼女の主張がひしひしと伝わってくるけれど、額の奥に一瞬のぞいた 一キビニキビは興ざめだ、と思う。 エミちゃんはカズヤと大学の同級生で、学校は男をつかまえる場所である、という のが持論だった。学内の喫茶店で会うたび、 「来週はK大と合コンなんだけどさあ、」 たまにはどう? なぞと誘い、あたしはいいの、と断るたび、 「まだその事故って死んだ彼に後家を立て通す気になってるかねぇ……今どきはやら んよ、そういうの」 と説教するのである。 そんなんじゃないって、と否定しても、 「しかし何だねえ、そのカズヤ君って彼氏に、タツヤ君なんていう双子のお兄さんで もいたらよかったのにねえ……そしたら今ごろは新しい愛が、こう生まれてたかも知 れないってのに」 溜息をついてみせ、「カズヤ」が黙り込むと、 「あ、あたしまた悪い癖が出たね……ごめんよ勝手なこと言っちゃって」 と真面目にショボくれたりして、そのあたりがまた憎めないところで、いいよあたし は南ちゃんじゃないしさ、とカズヤは微笑むのだった。 今日もひとわたり最近会った男の仕方話をしてから、キティちゃんの絵の入ったプ リクラ帳をぱたりと閉じて、 「しかしね、命短し恋せよ乙女……って言うじゃないかい、何かないの、しらんよ年 取ってからさ、あああの頃があたしのいちばん輝いていた時だったのね、なんて後悔 しても」 嘆いてみせるエミちゃんの好意だかなんだかに、カズヤはふと街で出会った桃マー クを思い出したのだった。 「――よくわかんないけど、あれはナンパなんかじゃない、と思った」 いつになくキッパリと断言する口調に気を飲まれたか、エミちゃんはふだんの軽口 がそう簡単に出てこないようだったが、 「そりゃナンパじゃなきゃ何なんだろうね……あたしもいっぺんお目にかかってみた いもんだけれど……ちょっと、あれ?」 エミちゃんが指さした窓の外には、「日本一」の幟を立てて桃マークの鉢巻をした 青年が犬を連れて歩いている。 「うん、あんな感じの男の子だった。しかし同じことをする人ってけっこういるもん なのねえ、世の中には」 まじめに感心しているらしいカズヤをひっぱって茶店を飛び出しながら、こいつの 馬鹿はあたしのバカとは方向が違う、とまた感心するエミちゃんだった。
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