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夏休み直前。抜けるように青い空と、真っ白な分厚い雲。 ![]() intermission 何故、と考える。でも答えは出ない。 強くなりたい。 一人でも生きてゆけるように。 誰の手も煩わせず、己の力でこの身を守れるように。 それが今の自分にとって、どんなに途方も無く難しい事か。 けれど、出来なければならない。 だから、早く大人になりたい。 なのに、どうしてこんなにも非力なのだろう。 この願いは、こんなにも……。 家族と一緒に暮らせれば、何かが変わると思った。 欠けてしまった何かを取り戻し、 穏やかに流れる時間を、感じられるかもしれない。 そう心のどこかで期待していた。 でも、結局何も変わってはいないのだ。 子供のままの小さな身体も。 欠落した記憶も。 弱い弱い心も。 何故、自分は……と考える。 ……でも、やはり答えは出ない。 いつになったら、誰の迷惑にもならず、生きてゆけるのだろうか。 いつになったら、独りになれるのだろうか。 いつになったら……。 海。 夜の海。 『もう、ずっと行ってない……』 ![]() 「よー、今帰りか?」 小園に声をかけられた勝也が振り向いた。 「これから月乃ん家に行くんだろ?」 「……あぁ」 「ふーん」 面白くなさそうな小園が、視界の隅に映る。 誰かの欠席中にたまったプリントを、自宅へ持って行くのはクラス委員の役目だ。とやかく言われる筋合いは無い。 あの更衣室の件から数日。京はいまだに学校を休んでいた。このまま間近に迫った夏休みが来るまで、学校へは出てこないかもしれない。そう勝也は密かに予想している。そしてそれもまた仕方が無い事だろうと言う事も。 騒ぎの原因である三年生たちは、京の身体にある、あまりに大きな傷に驚き、手が止まったという。酷い事をしたと、今は柄にもなく深く反省しているようだ。 勝也としても、これ以上、余計な手は出しはして欲しくないので、脅しの意味を含めて、少し彼らの痛いところを突付いてやるのは忘れなかった。すると彼らの反省は本当のようで、意外にも”使えそう”な反応を見せてきた。 三人は上級生たちの中でも、一部のオピニオンリーダー的存在に位置している。その影響力をこの際便利に利用させてもらう。京に対し、過剰な関心を見せる二年三年の対応は、とりあえず彼らに任せてみようと、適当に煽てて置く事にした。 もし仮に上手く行かなかったとしても、他に打つ手は幾らでも考えられる。一番簡単な保険といった所だ。 それにしても。と勝也は記憶を手繰り寄せる。 彼らの慢心に満ちた手を止めさせた傷痕。京を連れて行った保健室で、勝也も偶然その傷を少しだけ見る事が出来た。 小さな身体に無残に張り付いた、生々しい裂傷の痕。想像できる隠れた部分を含め、尋常ではない傷の大きさに、思わず息を飲んだ。 それは、更衣室であれだけ大きく傾いだ精神を、僅かの間で見事に立て直して見せた京が抱える、不器用な内面を僅かに覗けた瞬間でもあった。 そう遠くない過去、あんな傷を負うような目に遭った京が、のん気に明るくという訳には、なかなか行かないのだろう。それは勝也にも解るような気がした。 どんな事があったかは知る由もないが、月乃京という同級生が、出来るだけ目立ちたくはないと希望していた事は、最初見た時からなんとなく感じていた。これは勝也の想像でしかないが、自分の意思とは無関係に注目を浴び続ける事は、京にとってさぞかし過ごし難く、辛かっただろう。 多少強引だったとしても、もっと手を貸してやるべきだった。 ふと、そんな事を考えている自分に、勝也は少し驚いた。何よりも、自分らしくないと言うべきか。 京とは他のクラスメイトよりは親しく話をしているが、まだ全てを明かせるような特別親密な間柄ではない。 だが、何故か気になる。放っておけない。そんな気分にさせる相手だった。 ――なんとかしてやりたい。どう立ち回るのが、一番自然でベストだろうか……。 結局いつの間にか、またその事に思考が傾いている。 「ちぇ、つまんねぇの……」 小園の呟きに、勝也は軽い策謀のトリップから引き戻された。 「面白いこと無いかなぁ、なぁ三池?」 思わず溜め息が漏れた。 「なぁ、小園。男子校で花が居なくて寂しいのは解るけど、京を女の子に見立てて騒ぐのは間違いだよ。あいつはそれを上手に受け入れられるタイプじゃないのは、もう解っただろう?」 男相手に、アイドルの誰それに似ているなどと、不毛なネタで騒ぐのはやめてやれと、そう言う意味で言ってやる。 「……三池はズルイよ」 「は?」 「月乃の事、京とか呼んで、長く沢山話しが出来てズルイ!!」 お前もそう呼びたきゃ呼べばいい。京だって、そんな事では嫌がらないだろう。会話だって、ミサキ云々や、訳の解らないテレビ以外の話なら、普通に返事をするはずだ。だが、そこまで親切に教えてやる義理も責任も、勝也にはなかった。 ――馬鹿らしい。 解っていた事だが、同級生がここまで幼いと思うと、苛立ちよりも脱力しそうになる。これでは京も苦労するはずだ。 「あいつは男だぞ?」 「そんなの解ってるよ」 どうだか。と肩を竦めた。 「あ! そうだ!! なぁなぁ、月乃が前に一週間くらい休んだ時の理由知ってる?」 突然思い出したように、嬉々とした風で小園が目を輝かせた。それがさぞ特別なもののように声を躍らせている。 「いや」 「ほんとに?」 「知らないよ」 「気にならない?」 「別に」 「えーなんだよー、三池なら知っていると思ったのになーー」 起伏の激しいテンションからは、無責任な興味本位しか感じられない。何故そんな事を知りたいのか、そちらのほうが理解できなかった。 「なんかさ、カッコイイじゃん。授業の途中で先生呼びに来て、そのまま学校休んじゃうんだぜ? 漫画とかテレビみたいじゃん!」 「……はぁ」 本気で頭痛がしてきた。佐々木といい小園といい、何でこう自分本位な奴が多いのだろう。 相手にする時間がもったいないと、小煩い小園を無視して、勝也は教室を後にした。 |
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