時 事故の前夜
所 山本家の居間
照明IN、音楽OUT
夕食の後、山本夫妻となつ婆ちゃん、漁師川口夫妻、漁師土屋夫妻は、酒を飲みながら、明日の仕事の話をしている。
明 篤、明日仕事終わってから機雷見に行くのか。
篤 行きたいと、思ってるんだけど、早く漁終わるかな。
明 行くベよ、早く終わらせてさ。
一子、あんたはどうするのよ。
一子 あぁ、私は勿論行くって。父ちゃん行かんでも。
篤 そうか、行くのか……見なけりゃ損だってか、二度と見れないかも知れないって。
正子 そうだよね、見なきゃ損、損、だよね。
そうなのよね。そんなもの何処から流れてきたんだろうね。
なつ ソ連のだって、言うんじゃないの。
正二 そんな、機雷見に行くより、船、出して、魚捕った方がいいって。
みよ でも、見たいよね、めったに見られるものじゃないしょ。
なつ でも怖いよね、何時爆発するか分からないもんね。
明 そんな傍まで行かれないって、警察がうるさくて。
正子 そうよね、警察と消防で見張りしてるんだろうさ。
正二さんも明日、行くんでしょ。
篤 当り前だろうさ、正二さんは消防団の幹部だものね。
一子 そしたら正二さん、私たちそーっと行くから、いい場所で見せてよ。
みよ でもさ、うちの人が言うように、魚捕れている時捕らないと、いなくなるよ。
なつ 何で、そんな馬鹿なことするんだろうね、この忙しい時に、
それもみんな集めて……誰も居ないところで爆発させればいいのにさ。
何かあったら、どうするつもりなんだろうね
正二 ばあちゃん、何言うって、警察にでも聞かれたらどうする。
刑務所行きだぞ。
明 そうだな、湧別の村内ばかりでなく、佐呂間や、遠軽からも、来るそうだよ。
正子 臨時の列車も出るんだってさ。
篤 何で、そうまでして集めたいのよ。
一子 そりゃ、見たい人が多いからだろうさ。
みよ みんな見たいだろうから、みんなに知らせたんだろうさ。
なつ 町の中では、祭りみたいださ、明日は弁当持って、酒持って行くって、店で売れてるってさ。
明 そうだ、俺たちも少し酒でも持って行くベよ。
正子 そうだね、おにぎりでも作って行くかね。
篤 俺、今日捕ってきたニシン焼いて持って行くさ。
明 何か、芝居でも見に行くみたいだな。
正二 そんな、気楽なもんじゃないぞ。おれは見に行かん方がいいと思うな。
特に、女、年寄り、それに子どもは絶対に行かん方がいいって。見世物みたいに、
みんな言ってるけど、誰が言いだしたか知らんけど・・・
大変なことをやるんだぐらい、知ってるんだろうな、上の連中は。
みよ お父さん、そんなに大変なことやるの。
なつ そりゃ、機雷なんだから、爆発させて人を殺す道具なんだからね。
一子 何してそんなもの、ここに来たんだい。
正子 それも、二個もだってさ。
一個は、ポント浜に、もう一つはサロマ湖の中に漂流してたんだってさ。
篤 湖の中のは、昨日船で、ポント浜まで引っ張ってきたから。
一子 よく爆発しなかったね。
正子 爆発したら、いちコロださ、何してこんなおっかないもの、見せるんだべか。
明 連れてきて、爆発させるんだから、心配ないって。
一子 そうだよね、そうでなけりゃ人まで集めないだろうさ。
篤 そうだとも、警察がやるんだから、心配することないか。
正二 そうは思いたいけど……何か引っかかるな。
みよ 何、何、何かあるの。
なつ そうだ、正二、何かあるのか。
明 正二さんよ、何かあるんですか。
正子 何ですか。
篤 みんなには言えないことですか。
一子 正二さん言ってくださいよ、明日、安心して行けないでしょう。
正二 そうよなー、それは昨日、爆発させる場所でもめてよ。
一時は海の中で爆発させたらって、言う意見があって、それは丘へ上げるよりは、
安全だからと言うことだった。
でも俺たち漁師仲間は、魚が死んでしまうから止めてくれって言ったんだ。
そりゃ、当り前ださ、海の中であんなもの爆発させたら、魚、みんな死んじゃうって。
篤 そうださ、俺たち漁師は、細々と魚捕って、みんなが生活してるんだから。
正二 多分、海の中が一番安全なのかもしれない。
どのくらいの、爆発をするのか、分からないんだからな。
昨日なんか、みんなで、ロープ付けて二個とも砂浜に引き上げたんだからな。
それに、鍛冶屋の留たら…その上に上がって「げんの」でガンガン叩いてみせたさ。
みんなが驚く顔を見ては、いい気になって、叩いてたさ。
正子 それなら、心配ないね。
一子 そしたら、どうやって、爆発させるのさ。
正二 留はサロマ湖から引き揚げた方には、跨ったけど、浜の方から上げたのには、触りもしなかったな。
なつ どうしてよ。
みよ 何か違うのかい。
正二 いや、殆ど同じに見えたけど、鍛冶屋の直感かな、少し大きいし、不気味だった。
二つとも砂浜に上げたんだから、これ以上動かさなかったら心配ないって。
明日の十二時頃には、警察が連れてくる、爆弾処理隊がちゃんと処理するさ。
みよ 海の中は安全だけど、浜だったら石や、木の枝が飛び散るかもしれないね。
なつ そうださ、海の中が安全だけど、漁師にはそれは許されないさ。
海の神様怒り出すからね。
明 今は、砂浜に二個並んでいるんだ。
篤 それなら、大丈夫ださ。
みよ そうなんだ、そんなことが心配の種だったんだね。
なつ 心配なのは、心配ださ。人殺しの戦争道具なんだからな。
篤 よし、心配して、行くベよ、明日はよ。
明 よし、母ちゃん行くぞ。
正二 どうしても、見に行きたいんだな、
そしたら、明日の漁は少し何時もより早く沖に行って早く上がってくるか。
篤 そうするべ。
明 そだな、そうするか。
正子 そうだね、来たらすぐ行けるように、弁当作って待ってるね。
一子 私もそうする、あんた、弁当作っておくから。
みよ したら、行かないのは、家のとこぐらいだね。
そっと、隠れて見に行くかい。
正二 なー、やめてくれや、年寄と女、子どもは行かん方がいいって。
留守番していてくれや。
帰ってきてから、俺がちゃんと話聞かせるから。
明 あー、こんな時間だ、早く帰って寝て、明日は早く沖に出るぞ。
篤 そうださ、俺も早く寝るかい。一子帰るぞ。
一子 そうだね、早く寝るかいね。
正子 一子ちゃん、あんまり早く寝たって、寝れるんかい、篤さんが、
寝させないよ、は、は、は。
明 そうよな、あんた達はまだまだ若いからな、は、は、は。
さ、帰るぞ。
篤 そうよな、帰るぞ。お邪魔しました。
一子 お休みなさい。
正子 おやすみ。
川口夫妻、土屋夫妻挨拶をして出て行く、
山本家の家族も挨拶をする。
なつ じゃ、わしも寝ることにしようかな。
明日は大変だよ、正二も明日は大仕事なんだから、深酒はだめだよ。
風邪ひくな……何にもなければいいけどね……お休み。
なつ、上手の奥に入って行く。
みよ おやすみ。
正二 あー、何時まで経っても、ばあちゃんから見れば、俺は子どもなんだよな。
ばあさんこそ、風邪ひくなよ、歳なんだから。
……あー、ちょっとだけ飲んで寝るか。
みよ へー、珍しいね、何年振りかね。
昔は、私の店に来たね、よく続いたね。
正二 そうよな、毎日通ったな、金無かったと思うけど、親父がくれたって。
親父は、お前ば嫁にするべって、思っていたんださ。
漁師には嫁こんかったからな。
俺の嫁さんになってくれるんだったら、誰でもよかったんだろうさ、
だから、金出して遊ばせてくれたんたさ。
みよ 誰でもよかったんかい。
その誰でもが私なんだ。誰でもがね。
正二 何、ひねくれてんのよ。
俺が、通って行って、「くれ」って言ったんだから、いいだろさ。
(酒を飲む)……、お前が好きだったんだからよ。
みよ あんた少し酔ったんかい。
結婚して十年にもなるのに。
今更、好きとか、嫌いとか言ってる歳でもないしょ。
は、は、は……嫌いはきらいでも、明日の機雷のことでしょう。
正二 きらい……え……そうか、機雷ね。
お前はうまいね、駄洒落が。
……お前、俺と結婚して、よかったべ。
いつも愛してやってるんだからよ。
いつも……ほれ、これ…見れ。
みよ…俺の手。
みよ 何さ、急に…、今日のあんた、変だよ。
おまけにそんな汚い手、見せて。
お金でも、くれるのかい。
正二 何よ、何か言えば金、金って。
お前には、金って言葉しか無いのかね。
もう少し、ロマンチックな言葉がな。
お金さんとかお札さんとかよ……。
みよ 何がお金さんよ。
何がお札さんよ。
たいした変わりはないだろうさ、お金はお金よ。
正二 本当に色気がないな、昔は、色気のかたまりだったのによ。
十年も経てば、こんなもんかな。
でも、俺はお前ば好きだし、これからだって、幸せにしてやる自信はあるんだぞ。
なぁ、よく見れ……右の手のひらを。
みよ 何、どれ……この汚い手。
この汚い手が、幸せにしてくれるんかい。
正二 あぁー……そうよ、ほれ見れ親指のした……黒いアザがあるべ。
みよ 何さ、どれ……ある…、ゴミで汚れているんかい。
正二 馬鹿言うな、これはな、漁師ならだれでも知ってるって。
これは、一生食いっぱぐれがない、証拠なんだ。
お前は、一生楽して暮らせると言うことだ。
みよ 何言ってるの、そんな迷信。
誰が信じるって、誰も信じる訳ないしょ。
そんなの無いって、迷信なんか。
馬鹿みたい、父さんたら、相当酔ってるよ。
正二 迷信じゃないって、湧別の漁師ならだれでも知ってるって。
みよ あんた……ちょっと手広げてみてよ。
正二 うん……こうかい。
みよ ちょっと、真剣にやってみてよ。
みよ、手を見ながら泣き出す。
正二 そうだ、これが、精一杯だって。
みよ 何で、こんなに。
正二、みよの顔を、不思議そうに見る。
正二 何、泣いてる、悪いこと言ったか。
悪いことでも言ったんだったら、許してくれ。
みよ いや、何にも。
正二 そしたら、何で泣いてるのよ。目でもゴミ入ったのかよ。
どれ。
みよ いや…、目は何でもない……あんたの手、こんなになって……
船、漕いで、こんな手になったんだよね。
私や…子供達のために、こんな曲がった指に。
正二 当り前だろう、お前や、子供達のために働くのは。
子供達や、お前を食べさせるために、働くのは。
それが、親父と言うものさ……
ちょっと、格好つけすぎかな。
みよ いや…、あんたはよく働くよ。
みんなあんたの、お陰ださ。
正二 なー、みよ。この黒いアザがある限り、俺はいつまでも元気なのさ。
若死にはせんから、安心せ。
みよ 「死」なんて、縁起でもないこと、言うもんじゃ無いって。
正二 何、怒ってるのよ。
みよ ねー、あんた、明日行くの止められないの。
正二 止められる訳無いだろうさ、消防団の幹部だぞ。
みよ そしたら、ばぁちゃんと一緒に、ポント浜に行ったらダメ。
正二 ダメだ、お前たちは、絶対だめだ。
みよ 回覧板にも、出来るだけ見学するようにって、書いてあったでしょう。
正二 絶対、ダメだ。ダメだと言ったら、ダメだ。
俺は、この通り、長生きするのが、ちゃんとこの手に出ている。
お前には、何にも無いじゃないか。
みよ まだ、そんな迷信言っている、そんな話止めてよ。
正二 分かった、でも、明日は浜には、絶対にダメだぞ。
みよ うん、分かった。
そんなに言うのなら分かった。
私、ばあちゃんと、子供達とで、留守番してるから。
あんたも気を付けてね。
みよ、正二に酒を注ぎ、正二、みよに酒を注ぐ、
二人で顔を見合わせ、
酒を飲む。
音楽大きくなり、照明徐々に消えてゆく。
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