町民芝居ゆうべつ  第7

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脚 本   
町民芝居ゆうべつ

第七回公演 作・石渡輝道 

ゆうべつ物語第七話

「ハッカ狂騒曲」

(一幕五場 九十分) 

初版  平成二十年十一月 七日

第二版 平成二一年 二月 四日

第三版 平成二一年 三月二一日 

この話は、昭和の初め頃、この湧別が「ハッカ王国」「芭露ハッカ」とも云われ、名を売った時があった。その時代を背景にして、三人の姉妹の「生き方を見ながら「お金とは、家とは、家族とは、親子とは」を考えて見ることにした。


























第一場(二十分







































ナレーター




















      舞台には、「三つの家庭の居間」がセットされている

      そこで、各々の家族の芝居が始まる

 

        音楽入り、小さくなる

      スタッフ、キャスト紹介する(三分)

      音楽大きくなる

      幕上がる

 

 

     舞台上手に長女「春江」の家の居間があり、春江がみんなにお茶

     を出している。
     照明少しずつ明るくなる。
     音楽小さくなり、ナレーター入る。

        

 

 3人姉妹の長女「春江」は、婿を貰い、家を継いだ。そして、親をみて、家を守り、婿さんに心くばりをしながらの毎日である。婿は第一次世界大戦で足を負傷し、少々不自由である。老いた両親を抱え、本家を守るのに必死である。春江はハッカを作るようにと、夫元治を説得するが、夫は「百姓は米を作るのが、本当の百姓だ」と頑固にがんばるのである。

     さて、長女春江の家では?

 

春 江    ねー、あんた。うちもハッカやってみようや。
         「夏」のとこなんか、たいした羽振りだよ。
          このあいだ、家族して、遠軽まで行って、着る物を買って来たんだって。
          ……子どもたちにも、自転車買ったんだってよ。

 

元 治   なーに、云ってるって、百姓が何着たって同じだべ
          いもや、かぼちゃが、洋服着たって、シンデレラにはなれんて。
      せいぜい、田んぼのカカシだべさ。
      ははは……

      ハッカなんて作ったって、先が見えんて、今良くたって、明日には分からんぞ。
         そんなことやってる暇があるなら、米良くとることを、考えた方がいいべや。

 

春 江   そう云ったって、この辺の人は、みんなハッカにしたし、残ってる者だって、
      来年はハッカにするって言ってた。
      ……ねーじいちゃん…じいちゃんはどう思う。

 

   力   うんー、俺か……そうだなーハッカも悪くないが…俺は、
      ハッカって俺ら百姓に合った作物だべかなーって思ってるんだ。
      俺らの若い時には、考えられなかった。
      百姓っていうのは、米作ってるから、百姓っていうんじゃないべか。

 

フ ク   そうかもしれないけれど、だけど、米が取れればの話で、
      食うのにやっとの百姓じゃ、どうしようもないんじゃないかい。

 

春 江   そうだよね、食うのがやっとの米作りじゃ。冬になったら、みんなして、
      出稼ぎして、お金稼いでいるから…ここで百姓やっていけるんだからね。
      家だって建てかえしなきゃ…本家の家がこれじゃね。

 

元 治   何云ってる、本家って云うのはな…
         「ハッカがいいから、ハッカ」「小豆がいいから小豆だ」
      なんて、ころころ変わっちゃ、百姓じゃないべさ。

         本家ってものは、どっしり腰を据えているもんだって。
      百姓っていうもんは、そうしていれば、きっとお天と様が、ご褒美くれる、
      そういうもんだべや。
      なーそうだよな…おやじさん。

 

    春江お茶を出す

 

  力   うん、そうださ。
      あんたの云う通りだ。
      うちの婿さんは立派ださ。
      それが百姓って云うもんだし、本家って云うもんだ。
      明治に入ってここを拓いたじいさん達の苦労を考えればなー。

         土地を拓き、土を耕し、種を蒔き、草を取る。
      秋になったら収穫をする。
      年に一回のこんな単純な繰り返しの作業だって、一生の間に三十回か四十回程度
      しか出来やしないべさ。
      ……米作りをしようと、じいさん達は、この地に入ったさ。そりゃー、
      気候が良くないから、思うようには取れやしない。
      でも、きっと取れるって。

          毎日、毎日、こんなに泥だらけになって畑仕事をしてるんだから、ちゃんと
      神様が見ているって。
      ……ばあさん、おまえはどう思うんだ。

 

フ ク   うん……そりゃ、そうかもしれないけど。
          でもそんなこと云ってたって、ちょっとの金しか入ってこないんじゃ、
      困ったもんだ。
      男は見栄を張っていれば、いいかもしれないけど、女はみんなの食事を
      作って、食べさせないといけないんだからね。

      なー春江よ。

 

春 江   そうださ。ばあちゃんの云う通りだ。
      米びつ見て、いつもヒヤヒヤしながら、生活してるの、男は分からんべさ。

      ハッカやって、少しは、本家らしいところ、見せてやりたいもんだ。

      土地ばかりあったって、だめだ。お金になるもの作らんと…

      少しは蓄えがなければ、周囲の人たちに笑われるって。

 

元 治   何云っている。
      いい時というもんは、長く続くもんじゃない。

      ―

      だからといって、悪い時だって、長くは続くもんではない。

      今が悪い時だっていうなら、努力をしていれば、きっと良くなる。

      きっと……。

 

フ ク   だけど、じいさん。入植してここで百姓していて、「いかったなー」
      って思った年……何回ある……何年あった。
      ここでさ……土地の質も良くない所で、おまけに米作りには適していない
      気候じゃ、どうにもなら無いべさ。

      それが、ハッカを作ったら、こんなにみんなが儲かった。
      こんなこと今まであるかい。
      ……今まで見たことも無いお金の束を……。

      それを今、夏の家では、どうやって使おうかって困っているのよ。
      そんなの一生に一回くらい味わって見たいもんだね。

 

   力   そんなもんかね……見てみろ。あそこの勝一さん、毎日家を空けて、酒飲んで
      、女に飲ませて、三日も四日も家には帰って来やしない。
      金持ったことの無い人間が、一度に大金を持つと、あんなようになってしまうんださ。
      金って恐ろしいもんなんだ。
      家族が…家庭がバラバラだ…あれでいいのかい。

 

春 江   そりゃよくない……でも、うちの父ちゃんも……金あったら、
      あんな風に遊びほうけるのかね。
      あー、……あーウチの父ちゃんにはそんな心配はないけどね。
      ウチには大金なんか有りゃしないから。

      ……でも少しは欲しいね。
      農業の学校に行っている誠に、もう少しはお金送ってやれるのにな
      ……後継者なんだから。

 

      長女昌子が上手より入ってくる

 

昌 子   ただいま。今日は寒かった。夜に雪が降るかもね。

春 江   お帰り、そうかい。雪がね、もうそろそろ降るだろうね。

フ ク   お帰り、寒くなったってかい。

昌 子   風が冷たいって、耳がシバレそうだったさ。

元 治   そうか、どうりでこの足が朝から重くなってきた。

  力    そうか。あんたも十年以上がたっても戦争の傷で悩まされるんだな。

元 治   本当にそうだよな……負傷して十年過ぎたと云うのに。もう戦争はいやだな。こりごりだ。

昌 子   父さん、毎年今頃になると、その足、痛むもんね。
      戦争、まだ続いているみたいだね。

春 江   そうね、でもそんな足になったって、百姓頑張っているんだから、たいしたもんだ。

昌 子   そうだね、たいしたもんださ。
      本家の大黒柱だもんね。

  力    あんたが帰って来てくれたから、本家としていられるんで、それに誠が学校を
      卒業して、戻って来れば万々歳ださ。

          この近所でも、おやじさんが戦死した所なんか、何戸もある。
       そして、何戸もこの土地を去っていったよ。

          じいさんから続いた百姓を捨ててな。……家を守ることは大変なことだ。
          ウチはありがたい。あんたのおかげだ。

元 治   あんまり、褒めないでくれって。親父さんに云われると、嬉しい。
      でも、春江に褒められるとおっかないなー。
      まだまだ働けって云われるみたいで。

春 江   その通り。……すぐ分かるんだね。ははは……。
        でも、よく働くのは、本当の話だって、まともにとってよ。

昌 子   父ちゃん、照れてる。赤くなってる……
      照れてる、照れてる……

元 治   何云っている、親に向って……だけど本当よな、頑張らないと。
      誠にお金送れなくなるからな……
      早く卒業してもらって、帰って来てもらわなくちゃな。

         本家の跡取りだからな。
         親って云うのは、子どもに自分の職業を継いでもらえるのが、一番嬉しいもんだ。

昌 子   戦争って……もう無いよね。私達が大人になった時でもね。

春 江   ないさ……人間って……そんなに馬鹿じゃないべさ

   力   そうだな……馬鹿じゃないさ。
          ウチは女のきょうだい三人だったからな。
      長女の春江に、あんたが来てくれたから、本家が続けられたんで……
      そして、待望の長男が生まれた。これで万々歳だ。

フ ク   本当によかった。本家も続けていられるって。

昌 子   お兄ちゃん、早く帰ってきてくれないかなー。
      私も、兄ちゃんと一緒に、ここで百姓やりたいんだ。

春 江   そうだね、でもさっきの話のハッカどうするの。

      ……やってみたらだめだべか。

   力   春江、その話は誠があと一年で帰って来てからみんなでよく相談して決めようや。
      ……うん、それがいい。あんまり焦ってやらない方がいい。

      そうしようよ、な……元治さんよ。

元 治   それがいい。「焦る乞食は貰いが少ない」って云うからな。
      焦っていいことはない。
      様子をみよう。

春 江   そうかなー。……やってみる値はあると思うな。
      苗を植えれば時々草取りはしないといけないけど、秋に刈って春になれば
      生えてきて、また秋に刈る。
      苗は四、五年は持つっていうから、米や畑作からみると楽じゃないべか……。

          ねーどうだい。

 

     春江お茶をみんなに出そうと動き出す。

    音楽入り、照明消える

 

 
第二場(十五分)















 









ナレーター


 
 

舞台中央には、次女「夏」の家の居間に照明が入る。
    音楽小さくなる。
    ナレーター入る。

 

        次女夏は、近所の農家に嫁いでいる。やはりそこには、老いた夫の両親がいる。夫は気の短い性格であり、少々山師的なことが好きで、遊び人でもある。しかし、ハッカの栽培で大金を得て、遊び呆けているのである。夏はこの夫をどうにか遊びを止めさせようと悪戦苦闘の努力をしているのである。さて。

 

      音楽がとまる。

    家族で茶菓子を食べている。

 

  夏    また、夕べも帰ってこなかったんだから。
       何ぼ金が有るからって、こう毎日じゃあきないのかね。

   亨    まったくだ……あんなのおれの息子じゃないって。
           誰に似たのかなー。
           ばあさんかね。

は な    なーに云ってるって。じいさんの昔と同じださ。
       ただ、じいさんの方がまだ悪いって、金が無くても遊んでいたからね。

           今の勝一の方がまだましださ。
       自分で働いた金使うんだからな。
       あんたなんか、無い金使うんだから大変だったよね。
       米買って来てって渡した金ばちょろまかして、今日は米が高かったから、
       これしか買えなかったって……遊ぶ金にしたんだからねー。

   亨    そんなことあったっけ。俺は覚えていないね。

は な    都合の悪いことは、何も覚えていないんだから。
           …都合のいい頭だね。
           それだったら、昨日、私に預けたお金、忘れたべさ。
           勝一に見つからないようにって、くれたお金。

   夏    私に、渡したお金も忘れたんでしょ。


   
亨    何云ってる。忘れるかよ。昨日の話だからな。
           ……忘れるもんかよ。
       ねー、その金、勝一には見つかるなよ。
       見たらまた、遊ぶからな。
       やっと、一年かけて儲けたハッカの金だからな。

           ハッカでも作っていなかったら、こんなに現金が入ってこなかったよな。
       ハッカ様、様ださ。
       ……元治さんとこでも、来年はハッカ作りたいって春江さんは云っていたけど。
       どうかな。元治さんや力さんは何て云うかな。
       いまだに米、米って云ってるからな。

は な    無理ださ。力さんは米作るのが百姓だって。頑固に変えようとしないからな。


   
夏    そうだよね。私も春江姉ちゃんにハッカ作ったらって、云ってるけど。
       兄さんや父さんが「うん」って云わないんじゃないべかね。
       こんな北の果てで、米なんて満足に出来やしないって。

       

 

    玄関にお客さんが来る

    飲み屋の和子である

 

 

 

飲み屋初音 
和 子     ごめんください……ごめんください。

 

  夏     はい、どなたですか。

 

      夏、立ち上がり、左手奥の玄関を窺う。

    和子が戸を開け、顔を出す。

 

和 子     あのー、私は初音の和子です。

 

   夏     初音って何ですか。

 

和 子     あのー飲み屋なんです。

 

   夏     飲み屋の人が何してここに。

 

和 子     はい、あのー勝一さんはいませんか。

 

   夏     まーどうぞ。入ってください。汚いところですが。

 

 

      和子、家に上がる

 

 

和 子      はい、ありがとうございます。突然お邪魔して申し訳ありません。
              あのー、勝一さんの奥さんですか。
         申し訳ありませんが、勝一さんの飲み代が……これなんです。

 

 

      夏、お茶だす

      和子は請求書を渡す

 

   夏      へー、こんなに飲んだんですか。一人でかい。

 

は な      何、こんなにかい。よくもまあー、こんなに一人で飲めるもんかね。
              勝一が一人でかい。

 

和 子      はい、たまには何人かお連れでしたけど。
         ウチの店の子も飲みますけどね。
         酒代だけでは……こんなになりません

              が、料理代や、私達芸者代も含めてですからね。

 

   夏      そうださ。酒代で、こんなに飲むんだったら、一軒の酒屋さんの全部飲み干さ
         ないと、こんな金額にならないべさ。

 

   亨      こんなことばかりしてたら、幾らあっても、金が無くなるよな。
               あんたには悪いけど。……今日は払えんて。
         何時もこんなことで払っていたら、ウチの者はやっていけやしない。
         勝一が帰ったら、本人に払いに行かせるから。

 

和 子      お話は分かるんですが、勝一さんがここに来て貰いなさいって云うもん
         ですから。
         ……貰っていかなかったら、女将さんに怒られますので、
         半分くらいでもいいですから、払って貰えませんか。

 

   夏      あんたの立場も分かるけど……あんた達があおって飲み食いば進めたんだから。
         ……こんな大金になったんだよね。
         それに……少しは胸開いたり、裾を上げてチラチラ見せては花代貰っていたんだべさー。

 

は な      そうださ。それが商売だものな。
               男たぶらかすのは、お手のモンだからな。

 

和 子      そりゃーこういう商売ですから、少しは見せたり、チラつかしたりしますけど、
         あんたの旦那の方から無理矢理触ってくるんですよ。
         あんたのサービスが悪いからウチに来てウップンを晴らすんでしょうよ。
         私ばかりのせいじゃないんでないですかね。
         ……男なんてみんな、こんなものじゃないんですか。

 

   亨      何云ってる。そんな男ばかりじゃないぞ。
         ……ウチの勝一は特別だ。
         持ったこともない大金を掴んだもんだから、金の使い方が分からないもんだから。
         酒と女に走ったんださ。

 

和 子      そうですよね。あまり金の使い方知らないですよね、勝一さんは。
         金さえあれば、何でも自分のものになると、思っていますからね。
         私は……お金さえ貰えればいいんですよ。
         好きだの、嫌いだので、口では云いますがね。それは商売上でしてね。
         ここの亭主はいい金ヅルですからね。

 

   夏      まーいい。ウチの人のことは、私も反省するところがありますがね。
         でも、今日はお父さんが云いますように、一銭たりとも払えません。
         ……本人に払いにやりますから。
         今、あんたさんが云ったこと……全部話してやります。
         ね、そうすれば、少しは反省するでしょうから。

 

和 子      それは困ります。私達の商売があがったりになりますので。
              それだけは、困ります。
              今日はお金を貰っては行きませんので、それだけは……云わないでください。
         お願い致します。

 

は な      まーそうでしょうね。それが本音ですよね。
         夏さん、あんまりこの人ば、責めるなって。
         ウチの勝一が一番悪いんだから。

 

   夏      まーそう云うことだよね。男は馬鹿なものですからね。
         そんな事とも知らずに、お金を使って。

 

   亨      そうよなー。馬鹿かもしれないなー。すぐ本気になるからな。
               でも、女って……怖い、怖い、怖いもんだな。

 

は な      何、あんたもこんな事無いべね。……あったのかい。まさか無いだろうさ。
              ……私達が若い頃には、遊ぶ金なんか、一銭たりとも無かったもんね。

 

   亨      使いたくても、使う金なんか無かったな。

 

   夏      ねー。和子さん。
         きっとウチの人に払いに行かせますから、今日は引き取ってください。
         あんたには悪いけど。

 

は な      そうだね。悪いけど、そうしてや。きっと息子に行かせますから。

 

和 子      はい、そうしますから。さっき話したことは云わないで下さいね。
              約束ですよ……約束ですよ。……約束ですよ。お願いします。

 

 

      和子、立ち上がる

      照明消え、音楽入る

 

 
第三場(二十分)























 










ナレーター









 
 

舞台下手の三女「秋子」の家の居間に照明が少しずつ入る。
       音楽小さくなる。
             
ナレーターが入る。

 

   三女秋子は、隣町の大工に嫁いている。秋子は誰にでも好かれるタイプ。夫とは、この時代珍しい駆け落ちをしてまでも結婚をしたのである。夫は職人タイプで金には無頓着なことから、その日の食べる物にも困ることが時々はあった。

      さてこの三女の家では。   

 

      音楽消える

      夫俊夫は布団の上に横たわっている

 

秋 子      ねーあんた。医者に行こうよ。腰が痛くて休んでばかりでしょ。
              遠軽にいい医者がいるっていうから。

 

敏 夫      大丈夫だて。もう二、三日寝ていれば治るって。

 

秋 子      何云ってるの。もう五日もこんな状態だべさ。
         このまんま働けなかったら、私たち親子して日干しになってしまう。

 

敏 夫      仕方ないだろうさ。腰が痛いんだから。
              ……それに……医者に行く金……有るのか。

 

秋 子      お金なんか、どうにでもなるよ。
              あんたが医者嫌いなのは分かるけど、こんなに休んでも良くならないの
              だから、医者にかかるしかないべさ。

 

敏 夫      医者には行かんて。こうやってあと二、三日休めば治るって。
              それに……金……どこにあるのよ。
              先月は雨が多くてあんまり稼ぐ日が無かったから、貰う金も少なかった
              しな。

 

秋 子      金なんかどうにかなるって。あんたが医者に行こうとするのが、まず先
              だべさ。……明日は行くよ。絶対に。
              早く治して仕事に行こうよ。……ねー。

 

敏 夫      うるさい。医者には行かんて。行きたいならお前が行けばいい。

 

         敏夫、怒ってその場を立ち去る

      秋子、下手外に出て、姉のところに電話する。
     夏の家、電話のベルが鳴る。

     夏、電話をとる。
     秋子、話し出す。

 

秋 子     夏姉ちゃん……私、秋子。
             また、……頼みなんだけど……少しお金貸してくれない。
             うちの人、腰悪くして、ここ四日も五日も休んでさ。
             ……医者にも行ってないんだ。

        何、またかい。……何……腰悪いって。
        敏夫さんは職人だから気が向かなかったら働かないからね。
        腰悪いって
云ってその仕事やる気が無いんじゃないの。

 

秋 子      いや、今回は本当に腰が痛いみたい。歩くのがやっとみたいだから。
              医者嫌いだから、あと二、三日休めば良くなるって云うんだけど、今回
              は少し大変みたいなんだ。

 

   夏     何回もそんなこと云ったって「もう通用しないって」云ってやりなさい
              よ。前の、いや…その前も貸したんだって、返してくれないっしょ。
              やっぱり、返すものはきちんと返してから借りるもんだ。

 

秋 子      それはわかっているけどさ……。
         腰、痛いの本当だって……。
         今回は医者に行かせたいんで……ね……夏姉ちゃん。
         ……夏姉ちゃんところは、今年ハッカでお金たくさん入ったしょ。
         少しはこっちにも廻してよ。

              うちの人も治ったら働くし、そしたら、きっと返すから。
              今回はケガなんだからさ。お願い。

 

   夏      何時もお前ばっかり苦労しているね……
               でも仕方ないさ。駆け落ちして一緒になったんだからな。
         いろんなとこ
ろから、貰い手があったのに。
         よりにもよって敏夫さんば、選んだから、
しょうがないって。
         苦労は初めから分かっていたのにさ。

              ……うん、分かった。これからでも取りにおいでよ。
              でもこれが最後だよ。

 

秋 子      夏姉ちゃん、ありがとう。今夜か、明日朝早く行くから。
              ありがとうね、ありがとう……夏姉ちゃん。

 

        秋子電話をきり喜んで、家に入ってくる。
      夏の照明が消える

      そこに敏夫も入って来る

 

敏 夫      また、姉さんのとこに、金の無心をしたのか。
               医者代ぐらいも無いのか。

 

秋 子      無いの。病院行くんだったら、少しのお金では行けないのよ。
              交通費、診察料でしょ。
              それに、夏姉ちゃんのとこは、今年はハッカで大金が入ったんだって。
              少しぐらい借りたっていいのよ。
         だって使うのに困ってるくらいなんだから。

 

敏 夫      何云ってる。俺にだって意地がある。金借りてまで医者には行かん。
              お前は時々借りているようだけど、俺が働いてくるので足りないのか。
              ……使い方がヘタなんだ。

 

秋 子      ヘタかもしれないけど。
              でも……ね、あんた。これからは、考えて使うようにするから。
         今回だけは、私の云う通りにして。

 

敏 夫      いつもお前の云う通りにしてるだろうさ。
         でも、今回は俺にも云わせてくれ。好きで休んでいる訳ではない。
         現場の足場から落ちて腰打った。
         明日からでも行って働きたいと思っている。
         いや、今日からだって働きたいさ。でもこの腰じゃな。

              ……ましてや、姉さんから金借りてよ。
              恥ずかしくないのか。
              お前にだって意地は有るだろうさ。

 

秋 子      ……あんた……随分好きなこと行ったわね。
         私だって好き好んで金を借りるわけではないのよ。
         あんたの働きが悪いから、お金が無いんでしょう。
         私だって近所の農家に出面に行ってお金稼いでいるよ。
         それなのに、使い方が悪いのだとか、お前の遣り繰りがヘタだとか
         云われたらどうすればいいのさ。

              あんたの仕事ぶりは、腕がいいから誰もが認めてる。
         だけど気に入らないことはしない。

              それがあんたの一番の欠点ださ。
              人に使われていて、自分の好きなことしかしないのは、
        「親方が一番困るんだ」ぐらい、もう大人なんだから分かるしょ。

 

俊 夫      おい、好きなこと云って……。

 

秋 子      あんた……今日はわたしにも云わせてよ。
         あんただって云いたいこと云ったんだから。

               私、もう我慢が出来ない。云わして。
               あんたと……好きだから一緒になった。
         あんたの云うことは、何でも聞こうと思っていたさ。
         ……ここへきて……「金、借りるのが悪い」「意地がないのか」
         なんてあんたに云われたくないね……あんたに。

              私はどれだけあんたの云う通りにすればいいのさ。
         ……犬でも、馬でもないんですよ。
         犬だって、馬だって私のように云うことは聞きませんよ。

              それなのに、なにさ。

 

 

        秋子、泣きながら話す

      そこに子どもの知子が入って来る

  

知 子      何、大きい声出しているのさ。外まで聞こえてるよ。
         いい大人が、何してるのさ。みっともない。

              大声出して喧嘩するなら、裏山でも行ってすれば。

 

敏 夫      いや、かあちゃんと大声大会してたんだ。なーおまえ。

 

秋 子      何が、大声大会よ。変なこと云わんでよ。
              母さん、もう、こんな……父さんのところには居られない。
              勝手なことばかり云う人のとこなんか、いられない。

 

知 子      何云ってんのさ。いつも仲のいい父さん、母さんなのに。
         「夫婦喧嘩は犬も食わん」てよ。止めてよ。
         ウチの自慢は……何にもないけど。
         父さんと母さんが仲のいいのが自慢なんだろうさ。

              そうだよ。近所の人が云ってるよ。仲がいいって。
              それに母さんたち……駆け落ちして一緒になったんだろうさ。

 

秋 子      何を云い出すの。そんなこと。
              そんなこと、どうでもいいでしょう。
              父さんが、医者に行かないもんだから、喧嘩していたのよ
              夫婦喧嘩に口出さないで。

 

知 子      そんなことで喧嘩してたの。馬鹿みたい。
         体の具合が悪いんだったら、医者行くの当たり前だべさ。

 

敏 夫      あーそうよな。……そうよな。……当たり前ださ。

 

秋 子      あんた……子どもたちには優しいのね。あんたったら。

 

知 子      なーに父さんは、いつも私より母さんの方に優しいって。
         母さんが一番大事なんでしょ。

 

敏 夫      何云ってる。子どもが大人を冷やかすなって。
              そうだ、さっきの話の続きだけど、そんなにハッカって儲かるのか?
              そんなに儲かるんだったら、俺のウチでも来年作ってみるかよ。

 

秋 子      まー、直ぐに話が変われるのね……私に云ったこと取り消しなさいよ。
               謝らないんだったら、これ以上ここには居たくない。

 

知 子      父さん、謝んなさいて。
         母さんがこんなに怒ったのを見るのは、初めてだ。
         こんなに母さんば怒らしたのは、父さんが悪いに決まってる。

               早く謝らないと、母さんここから出て行くよ。
               早く、早く謝りな。ねー父さん。

 

      敏夫、いやいやながら一言

 

敏 夫      すまん。


秋 子      聞こえない。


俊 夫      すまん。おれが悪かった。(少々大きい声で)

 

秋 子      これから、もう云わないで。
         ……それに……さっき馬鹿なこと云ってた。畑も無いくせに。
         それに農家の経験も無いのにね。無理よ。

 

敏 夫      何、苗を植えればいいんだろうさ。たまには草取りをしてさ。

 

知 子      百姓やるってかい。無理だって、お父さんには。

 

秋 子      そんなに簡単なものではないよ。
               作物って云うのは、あんたの仕事と同じで、経験と努力が必要なんだよ。
         百姓の経験の無い人は、簡単に云えますけどね。
         私は農家で生まれて、育ったんだから、百姓の大変なのはよく知っているんですよ。

              ねーあんた、明日は医者に行きますよね。
         早く元気になって仕事に行かないと、親方が困っているんだから。
         もうそこまで、冬が来てますからね。

 

敏 夫      分かった。明日は行くさ。
         お前の云うこと聞かないと、姉さん達に怒られるからな。

 

秋 子      そうだよ。
         私たちは姉さんたちの助けが無かったら、一緒になれなかったんだからね。

 

敏 夫      そうよな。
         子どもの前では話すの、恥ずかしいけどな、
         駆け落ちして何も無いところで、生活していた。
         いつも助けてもらったな。
         助けてもらわなかったら、今の俺たちはなかったからな。

              早く、この腰治して仕事にいくさ。

 

秋 子      そうださ。姉さんたちに足向けて寝られないって。

 

知 子      まー、何云ってるのかわからないけど、仲良くなって良かった
         あーおなかすいた。早くご飯にして。私も手伝うから。

 

秋 子      あーあ。結婚して初めてこんなにしゃべっちゃった。
               あーあ、いい気持ち。

 

 

        知子立ち上がる

        音楽入り、照明消える

 

 

 
第四場(三十分)



















 
第二場と同じ












ナレーター




 
   (舞台中央に次女「夏」の家の居間がある)

 

      照明が少しずつ入る。

      音楽が徐々に通策なる。
      ナレーター入る。

              

    さて、ここは第二場と同じの夏の家である。
  そして二場での秋子と夏の
電話の後の話がこれから始まるのである。

 

      音楽消える

 

 

   夏      秋子のところも、困ったもんだ。
          敏夫さんが腰を痛めて、ここ一週間くらい休んでいるんだって。
          ……医者にも行かずに、困ったもんだね。
          医者に行く金も無いんだって……秋子に甘えてるんださ。

 

は な      金の無心かい……困ったもんだ。
         ……俊夫さんも少しは我慢して働けないのかね。

 

   亨      そうよな。少し、嫌な仕事でもやればいいのになー。
         いくら腕が良いからって、自分の好きな仕事だけやっていたんじゃ
         親方がもたんべや

 

   夏      また悪いけど、少し貸してやりますので、いつもすみません。

 

は な      仕方がないさ。
         姉なんだからな。
         ただ今はウチもいいから貸してやれるけど、ハッカでも悪くなったら、
         貸せなくなるんだから。

             「これが最後だ」ぐらい云っておいた方がいいよ。

 

  亨      そうだな。貸すのもいいけど、何時までたっても、姉ば、頼っていたら、
         一人前にはなれないからな。

 

   夏      はい。そう云っておきます。

           ―

         ところで、どうします。私が預かった、このお金。

 

        引き出しからお金をだす

 

 

  夏      ウチの人、お金みたら、何時までも遊び続けますよね。
               どうしたらいいだろうね。このお金。

 

は な      そうだね。どうしよう。お金、どこに隠そうか。

 

   亨      アイツならどこに隠したって、だめだめ、この家の中じゃ見つかるって。

 

   夏      あの人だったら幾ら残っているか、きっと分からないと思うんで。
         遊んだ金だって、幾ら使ったかは分からない人なんですから。

 

は な      そうだな。きっと知らんて。もう無いって云えばいいんださ。

 

   亨      棚やタンスは簡単に見つかるしな。

 

   夏      どこに隠したらいいもんかね。縁の下は駄目ですかね。
         ネズミにでもかじられたら大変だ。

 

        姉弟が入って来る

 

良 子      あーおなかがすいた。何か食べるものないの。
         昨日食べ残していたお菓子がある。あの「かりんとう」

 

   夏      何処に行ってたの。

 

太 郎      うん、自転車の練習してきた。
         良子姉ちゃん。
         だいぶん自転車乗れるようになった。
         俺はまだしばらく駄目かな。

 

良 子      太郎もうまくなったさ。
         もう四、五日練習すれば学校に乗って行けるようになるって。
         男の子はやっぱり乗れるようになるのが早いって。

 

太 郎     学校には乗って行かない方がいいと思う。
        だって、みんなが珍しがって乗られて、壊されるって。

 

   亨     そうだよ。大事に乗らないと、駄目だよ。高かったんだから。

 

は な     この辺の子どもたちは誰も自転車なんて持っていないんだから、
        珍しくて触るさ。

 

   夏     父さん、どうします。
        さっきの話。
        飲み屋の和子さんに払わなかった話を聞いたら、あの人怒って
       「有り金全部」出せって云うんじゃないですか。

 

良 子     「有り金」って、何。お金のこと。何、何……

 

太 郎     お金……、まだ沢山あるの。

 

   夏     まだ、少しはあるさ。
        でも、毎日父ちゃんみたいに使っていたら、すぐに無くなってしまう。
        さっきだって、飲み屋のお姉さんがお金取りに来たんだ。
        だから父さんに見つからないように、今あるお金何処かに隠そうかって、
        話してたんだ。

 

   亨     父ちゃんには云うなよ。この話は。

 

        夏、紙包みから、お金を出し見せる

 

   夏     これが今の全財産よ。

 

良 子     うわー、これ全部お金。これ、みんな家のお金なの。
        すごいなー。私にも、少しちょうだい。

 

太 郎     こんなにあるんだ、すごいなー。

 

は な     こんだけあったって、父ちゃんみたいに遊びで使うんだったら、
        何日ぐらい持つのかね……。

 

   夏     みんなで分けて隠せば……あんた達も、一時預かって、分からんように
             隠すの、手伝ってくれる。

 

        夏がお金、一束ずつ渡す

 

   亨    無くすなよ。隠した場所ば忘れんなよ。

 

良 子     忘れないってこんなに大金。
        手が震えてるよ。
        ほら。

        これが札束っていうんだね。すごいなー。

 

太 郎     俺もだ、分からん所に隠して置くって。

 

        玄関で夫、勝一の声が聞こえる。
      みんなあわてて出す

 

   夏     あの人帰って来た。どうしよう、お母さん、このお金。

 

は な      どうしようかね。

 

   亨      どうする。あいつに見られたら、無くなってしまう。
               取り合えず、何処かに隠さないと見つかったらまた使われる。

 

   夏      どうしよう。早く、早く。

 

良 子      母さん、ここに入れたら。
         このストーブの中はダメ?

 

太 郎      そうだ。ここがいい。この中なら絶対に見つからないって。

 

   夏      この中にな。

 

は な      そうだなー。早くしないと、見られるて。

 

   亨      や……早くそこがいいかもしれない。
         こんな処に入れるなんて、勝一は考えはしないって。

 

   夏      でも……。

 

は な      早くしないと、勝一が入って来るよ。早くしないと。

 

   亨      心配ないって。ここが一番安全なところだ。早く、早く。

 

        夏がみんなのを集めて紙に包んでストーブの中に入れる

      みんな心配そうな顔をしている

      そこに勝一が入って来る

 

勝 一      ただいま。今日は早いだろう。おー……みんないたのか。

 

良 子      お父ちゃん……元気だったんかい。お帰り。
         もう何日も会ってないもんね。
         帰ってきたって、夜中か朝方だもんね。

 

 

太 郎      本当だ。ここ何日も顔見てないもんなー。なー姉ちゃん。

 

   夏      ほー……今日は早いってかい…昨日も一昨日も帰っていないんだから。
         今日で三日ぶりの帰りがかい。

 

は な      へ……三日も……帰る家忘れたんでないかい。
         よく道間違わないで、来られたもんだね。

 

   亨      さっきなー……あーお前達は二階に行ってれ。

 

は な      そうだ。少し父さんと話があるから。

 

   夏      すぐ終るから。

 

 

        子どもたち部屋を出ていく

 

 

   亨      あのなー……
          さっき、初音の和子ちゅう女が来てよ、請求書持って来た。
          いくら、金があるからといったって、毎日、毎日飲み屋遊ばして
          いたら底をつくぞ。

 

は な      ハッカ作った。でもそれは、お前一人でやったんじゃないだろうさ。
              子どもたちを含めてみんなでやった結果だろうさ。

 

勝 一      そうだから、この間遠軽まで行って、みんなに着るものや子どもたち
         には自転車買ってやっただろうさ。

 

   夏      そのくらい当たり前だろうさ。
               毎日毎日、飲み屋の遊びの金額なら自転車、何十台も買えるって。

 

勝 一      ……初音の和子とは、今そこであった。
         話はみんな聞いた。
         金払ってくれなかったんだな。
         わざわざ来たのに、一銭も払わんかったんだ。

              ……半分くらいは払ってやればいかっただろうさ。

 

   夏     自分の飲み代くらい自分で払いなさいよ。
              もう、そんなに私たちの方にはお金無いんだから。

 

勝 一      そんな馬鹿なことあるかい。
              まだ、半分以上は残っているはずだ。

 

   夏      毎日、毎日あんなに使っていたら、いくらあっても直ぐになくなる
         ぐらい計算出来ないのかね。

 

勝 一      計算ぐらいは出来る。一年、一生懸命働いた。
         だから大金も入ってきたさ。
         自分が働いた金、自分が使って何が悪い。

 

は な      はーお前一人で働いているような事云うけど、そーかな。夏さんや、じ
         いちゃん、わしも少しは手伝った。それに子どもたちもだ。

 

   亨      そうだ、お前一人じゃ何にも出来やしない。
         家族がみんなしてやるから、ここまでやってこれたんだぞ。
         思い上がるのもいい加減にせ……馬鹿息子。

 

      亨、はな、立ち上がり、そこを去る

 

   夏      まったく、あんたは人の気持ちが分からない人なんだね。
          そりゃ、私よりは、あんたの方が畑にいる時間は長いと思う。
          でも、その合間には洗濯や食事作りをしているしょ。
          ばあちゃんだって、掃除したり、食事作りを手伝ってくれる。
          じいちゃんだって、薪切ったり、割ったりして、一年中みんな働いてるしょ。
          子どもたちだって、夏休みや学校帰って来てから畑に出て、
          草取りなんかして、手伝ってくれているしょ。そんな云い方ないだろうさ。

 

        夏も怒って立ち去る、しばらくして

 

勝 一      何云ってる。
         俺の稼いだ金、俺が使って何が悪い。
         着る物だて、自転車だって買ってやっているのに。文句言うなって。

 

        ぶつぶつ云いながら、お茶を飲もうとして、ストーブを炊き
         茶道具の準備をはじめる
         そこに、子どもたちが入って来る
         ビックリして大声で母ちゃん、じいちゃん、ばあちゃんを呼ぶ

 

良 子      大変だ、大変だ。
         何してるのさ、お父ちゃん。

 

太 郎      本当に、大変だ。

 

良 子      何してストーブ燃やしたのさ。何して。
         ストーブ炊いたこともない、お父ちゃんが。

 

太 郎      どうしてさ。

 

勝 一      何がよ、お茶飲みたくて、お湯沸かして何が悪いのよ。

 

良 子      だめだ、火つけたら。火つけたらダメなんだって
         ダメなものは、ダメなんだ。

 

太 郎      火つけたらダメだ。

良 子      母さん、母さん、   じいちゃん、ばあちゃん   

 

        夏、ばあちゃん、じいちゃん何事かと入って来る

 

は な      何してストーブに火つけたのよ。

 

   亨      何して火付けた。

 

   夏      何でさ。

 

勝 一      何で、ストーブ燃やして何が悪い。

 

良 子      ストーブ……ストーブの中にお金が、お金が入っているんだよ。
         家の全財産の、お金が。

 

太 郎      沢山入っているんだよ。早く火消して。

 

勝 一      何でこんなところに、金が入っているのよ。

 

        夏、ストーブのフタを開け、鉄ビンの水をかける

     中に手を入れ燃えかけた札束を包んだ紙包みを取り出す

 

   夏      入っているから、入っているのよ。
                あーあー、こんなになっちゃった

 

勝 一       何、金がか……。これが、金か?

 

        みんな呆然としてそのお金をみている

      言葉がない、しばらくしてから

 

は な      これが現実ださ…まったく…
              …焼けたって仕方ないさ。勝一が一番悪いんだから。

 

   亨      だけど、一年働いた金がこれだ。

 

勝 一      どうして、こんなことを。

 

良 子      父ちゃんが遊ぶお金ばかりに使うからだよ。
              家にはいなくて、外に行ってるほうが多いよ。

 

太 郎      そうださ。
         酒ば飲んだりして、何日も帰ってこないぐらい、遊んでいるからださ。

 

良 子      何でも買ってもらえるのはいいけどさ。
         でも、家族っていうのは、いつも父ちゃんがいて、母ちゃんがいる
         のが家族じゃないの。ねー、父ちゃん。

 

太 郎      そうだ、好きなもの買って貰えるのはいいけど……
         父ちゃんが毎日居ないほうが、ずっとさみしい。

 

   夏      あんた、子どもたちにここまで云わせてどう思うのさ。

 

勝 一      そりゃ……  

 

は な      こんなにまで子どもたちがお前のこと、思ってるのに、何にも感じないのか。

 

   亨      本当だ。お前が毎日毎日遊びほうけていたって、子どもたちはこんなに
         立派に育っているんだぞ。

 

勝 一      そりゃ、俺だって子どものこと考えているさ。
         だから、自転車だって買ってやっただろうさ。
         夏にだって、じいちゃん、ばあちゃんにだって買ってやっただろうさ。

 

   夏      あんた……何云ってるのよ。
         誰もそんなこと云っていないしょ。
         子どもたちは……じいちゃん、ばあちゃんたち、私だって、みんなして
         此処で働いて、みんなで仲良く……
         一家して生活することが一番いいと思っているの。

              良子だって来年は学校を卒業するのよ。
         ここで農家するか、良子の好きな裁縫の学校に行かせるか、
         今考えているところでしょ。
         それが遊んでばかりで、お金使っていたら、何処にも出してやれないしょ。

 

勝 一      そんな金ぐらい、どうにでもしてやるさ。
         子どもたちがやりたいと云うなら。

 

は な      そうは云うけど、このハッカだって、何時までこんな良いのが続くの。
         お前保証出来るのか。

 

   亨      そうだ。
         ばあさんの云う通りださ。
         こんないい時ばっかり続くのは今まで無かった。
         この北海道の百姓は、何時も苦労ばしていたべさ。

 

勝 一      心配無いって。今ハッカば作っていれば、幾らでも売れる。
         世界中で欲しがっているんだからな。

 

   夏      私はそうは思わない。いい事はきっと誰でもが真似をする。
         だからこの辺の人だって皆やりだした。
         日本中の人がやり始めたら、きっと値段が下がってしまう。
         だから、私はこの良い時にお金を貯めておいて、次のことを考えた方がいいと思う。
         ……だけど、今年働いたお金はこんなになっちゃった。
         あーあー。

 

は な      なー良子。お前が学校に行きたいなら、わしらがそのお金出してやるさ。
         なー、じいちゃんよ。

 

   亨      何、ばあさん。

 

勝 一      子どもが学校に行くぐらいの金は俺がどうにでもしてやる。

 

   夏      何がどうにでもしてやる、さ。お金はみんなこんなになっちゃたんだよ。

 

        はな、奥に行き、通帳を持ってくる

 

は な      これ使え。良子の学費ぐらいにはなるだろうさ。

 

        夏、通帳を見る

 

    夏      うわー、こんなにどうしたの、ばあちゃん。

 

良 子      うわ、どうしたの、こんなにばあちゃん。
         ばあちゃん、金持ちださ。すごいなー。

 

太 郎      本当だ。こんなに。

 

は な      それはな、もう何年も前から、そうよな……、
         あんたがここに嫁に来た頃から、ずーっと少しづつ貯めていたの。
         それにここ何年かハッカが良くなってからの少しヘソクリして、積んでおいたのさ。

              少しのお金でも、長く続けてやっていれば、貯まるもんださ。
         だからといって、これを飲み代に使われたら困るけどな。

 

    亨      そうださ。ばあさんがコツコツ貯めたのさ。
                  偉いだろう。ばあさんは。
                  それに何時かは大変な時があるからってな。
                  先の先まで読んでいたんださ。それがこんなになったんだ。
                  ……俺は時々使いたくて、ばあさんに頼んだけど、ばあさん、
           絶対に使わしてくれんかった。

 

   夏      あんた、あんた一人でこの家やっているんでないこと分かるしょ。
          じいちゃん、ばあちゃん、そして子どもたちがいるから、ここでやって
          いけるのよ。分かるしょ。

 

は な      夏さん。あんたがここに居るからなんだよ。
         あんたが居てくれてるから、勝一だってやっていけるのさ。
         そうだろう、勝一。

 

勝 一      ……わかった。
         俺の考えが間違っていた……これからは家族を中心に考えるって……なー

              …それにしても飲み屋の借金どうするかな……ばあちゃん、それ少し貸してや……。

 

   夏      何、今反省したばかりでしょ。
          馬鹿なことはもうこれでおしまいにしましょうや。
          なー良子、太郎。

 

良 子      ねー、母ちゃん、このお金どうする。

 

太 郎      おれのも、どうする。

 

   夏      何さ。みんなの集めてストーブに入れたのに。

 

良 子      私は母ちゃんに半分しか渡さかったの。残りをポケットに入れてたんだ。
         今、ここで出したらいいのか、迷っていたんだけど。

 

太 郎      俺も半分しか渡さなかったんだ。

 

   夏     そうかい。あんた達の方が大人だ。ねーじいちゃん、ばあちゃん。              

 

      みんなで笑う

      ははは……

      音楽入り、照明徐々に消えていく

      音楽大きくなる 

 
第五場(十分)





 
舞台中央に縁側がある










ナレーター





 
 

      照明入る。音楽次第に小さくなる。

      春江、秋子が中央に座っている。

      ナレーター入る。

 

  あれから、三十年が経った。
長女春江は七十五歳、次女夏は七十歳、三女の秋子は六十八歳になっていた、。家の方は子ども達に任せ、孫をみての毎日の生活である。
  今日は久しぶりに三人の姉妹が会い、お茶を飲みながら昔話をしているのである。外には春の陽ざしがあたり、桜の花が満開である。

 

        照明全開、音楽止まる。

 

春 江      あれから……三十年が経ったね。
              ウチは息子の誠が今は家を継いで牛を飼って酪農をやっているさ。
              ……やっぱり、この辺は米は無理だったね。
              どうにか本家も守って来たよ。
              「夏」の所なんか、あのハッカの時は良かったな……
         良かったなんて云うどころじゃなかったさ。羨ましかったね。

 

秋 子      そうさー、お金あったね。
              そのお陰でウチは助かったね。
         夏姉ちゃんの所から、幾ら借りたもんだか。
         借りたと云うよか、貰いっぱなしさ。
         計算したこともないし。
         姑さんや、旦那さんに隠してくれたこともあった。
         お陰様で娘は嫁に行って、五人の孫もいる。
         うちの人は相変わらずの仕事ぶりだった。やっぱり職人なんだよね。

 

      春江、立って帰りだす。

 

春 江      いやー職人と云うより怠け者だったんじゃないかね。
         幾ら好きで結婚してもあんたでは治らんかったんだよ。
         一番苦労したのは秋子、お前かもしれないね。
         よくもまあー娘を立派に育てたもんださ。

        春江座る

 

秋 子      そうかな。でも私は幸せだったよ。
         生活は大変だったけど、……毎日が食べるために働いたね。
         時々姉ちゃんたちが羨ましく思ったこともあった。

              でも、好きで一緒になったんだから、仕方ないって自分に言い聞かせていた。
              しょうないしょ。
         好きで結婚したんだからね。

              悔いはないね。ははははは。

 

        そこに夏がお茶とお菓子を持って入って来る

 

   夏     遅くなってごめんね。ごめん。
               お湯が沸かないもんだからさ。ストーブの火付きが悪くてさ。

 

春 江      えー、ストーブがかい。お金燃やした時は、すぐ付いたのにね。
              ははは……。

 

        みんな笑う

 

秋 子      本当だね。お金焚き付け代わりになるぐらいあったんだからさ。

 

   夏      いやー、あれは私たちが悪いんで。
         ストーブの中に隠すなんてことは、お金さんを侮辱したんだからね。

              あれからのハッカは大変だったね。
         どこでも栽培したし、外国物が入ってきたからね。
         値段が下って。

              だけど、あれから二、三年は続けて儲けさせてもらった。
         本当にいい夢見させてもらった。

              ……ウチの亭主は好きなことして……あーもう今年で十三回忌だね。
         私たち姉妹の亭主では一番早く死んださ。

 

      春江立ち上り歩きながら語りだす

 

春 江      そうだね。好きなことをして終るのが一番いいよね。
         ……人の一生ってなんだろうね……。……他人同士が一緒になってさ。
         四十年、五十年、喧嘩して一度や二度は、いや……何十回も別れてやろ
         うかなと思ったり、それでも腐れ縁でここまではもったさ。

 

秋 子      春江姉ちゃんは、本家を守るため、婿さんもらって、親を見て大変だったさ。

 

   夏      ウチにも姑さんがいたけど、大変だったことより助けられた方が多かったね。
         子どもを育てる時や、ウチの亭主の番人には助かったさ。
         家族は多い方がいいね。
         亭主は遊び人だったけど、子ども達にはいい相手を見つけて結婚したさ。
         だけど孫はたったの二人しかいないんだ。
         それにお金はほどほどの方がいいよ。
         そりゃ、無いより多い方がいいのかもしれないけど。

 

春 江      大金持ちの生活をしたから云えることで、私たちみたいに大金を持って生活
         したことの無い人には、一度ぐらいしてみたいと思うね。

 

      秋子立ち歩きながら語りだす

 

秋 子      私もそう思うよ。…人の一生って何なんだろうね。
         お金をたくさん貯める。地位や名誉を欲しがる生き方。
         黙々と仕事だけをして一生を終える。
         遊んで、遊んで遊びつかれて終わる人。
         どれもが、大変な生き方を選んで一生を終るよね。

             ―

      秋子座って話す

         一生っていうものは、「ごく平凡」で「風もなく」「波も無い」
         生活をおくることが一番難しいんじゃないかね。

 

   夏       あー、そうだね。

           ―
         ある人がね、幸せとは、「少しのお金と、多くの人々に囲まれ、
              夫婦が夫婦であって、夫婦でない生活をおくれること」って言ってたけど、
         私もそんな風に思えるね。
           ―

              七十年生きてこれたことの喜びを感謝しながら。
           ―

              あら……桜の花びらが…。
           ―

              この桜の花のように、静かにひらひらときれいに散っていきたいもんだね。

 

 

        長女春江が歌を口ずさむ。
      音楽徐々に大きくなり、桜の花びらがひらひらと散る

      照明徐々に消え、音楽入る。           

         

           ❘幕❘

 

      幕上る

      カーテンコール

      キャスト各家族に入り、自己紹介する

      スタッフ全員舞台に出て自己紹介をする

      司会は演出が行う

      お礼の挨拶は久保さやかと渡辺静香二名で行う

      音楽大きくなり一礼し幕下りる

 

スタッフ




































 
企画           町民芝居ゆうべつ

脚本、演出        石 渡 輝 道

舞台監督         坂 本 雄 仁

舞台監督補        茂 利 泰 史

音楽、音響        中 野 純 一

             仁 木 慶 子

照明           仁 木 宏 紀

舞台、道具        大 崎 一 文

             洞 口 忠 雄

衣装、化粧        渡 辺 明 美

             丘 上 美 智

             湊 谷 真由美

着付           小 川 敬 子

             増 山 澄 子

協力           入 江 ゆかり

             洞 口 百合子

             佐 藤 真由美

             久 保 幹 江

             大 渕 美 夏

             相 場 典 子

             藤 本 祐 司

    

後援           湧別町文化協会

             湧別町教育委員会

 

資料提供、協力      湧別町図書館

 

座長           本 田 勝 樹

書きどころ係       由 野 のぞみ

             藤 本 祐 司

かわらばん係       茂 利 泰 史

 
キャスト















 
長女 春江の家   

妻     春江(
45) 仁 木 慶 子

夫     元治(48) 深 谷  聡

その長男   誠(21) 出演なし

  次女  昌子(15) 久 保 さやか(初舞台)

祖父     力(70) 本 田 勝 樹

祖母    フク(65) 由 野 のぞみ

 

次女  夏の家   

妻      夏(40) 佐々木 絵 里

夫     勝一(45) 茂 利 泰 史

その長女  良子(15) 佐 藤 梨 華

長男    太郎(13) 仲 崇太郎

祖父     亨(68) 伊藤 誠一郎

祖母    はな(65) 松下章子

 

飲み屋初音
      和子(
23) 仲 陽子

 

三女 秋子の家

妻     秋子(
38) 加藤葉子

夫     敏夫(38) 荒井佳人

その長女  知子(13) 渡邊 静香

ナレーター      窪 田 大 輝 


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