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町民芝居ゆうべつ 第四回公演 作・石 渡 輝 道 初 版 平成十七年 十月十四日 第二稿 平成十八年 一月 六日 |
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第一幕 一幕五場(七十分) | 音楽大きく入る 幕上がる 舞台下手にピアノと演奏者がいる そこにスポット入る 音楽小さく、バック音楽的に 日本はいたるところ焼け野原になった。 東京、大阪、神戸、特に原子爆弾の投下があった、広島、長崎は「ひどい」の一語である。 この日本が復興するまでには、十年、いや二十年はかかると、国は思っていた。 それにはまず、食べるものの確保である。 そこで国は一つの政策として、北海道に「戦後緊急開拓団」として、本州からの入植者を 全道各地に入れたのである。 この湧別にも入植して来た人がいた。 信部内、東、芭露、計呂地にである。 しかしその人たちが、今も農業を続けているのかと云うと、そう多くはない。 それは、経験の全く無い人たちが農業をしたからである。 一言でいえば「大変」を何十倍かしたくらいの、苦労、苦労の連続であったからである。 そこで、今では聞くことの少なくなった戦後の開拓 を紹介しなが
最後までごゆっくりご観賞下さい。 音楽大きく入る ナレーターのスポット消える スクリーン上がる 舞台照明入り 音楽小さくなる ピアノのスポット消える |
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第一場(十五分) 時 昭和六十年代 所 病 室 その周辺で子どもたちが話している 音楽小さくなる。 は な お父さん、よく寝てるね、今日、明日が山だって云うからね。 ・・・よくここまで、もったね、がんばり続けてきたから。 ゆっくり休ましてやりたい。 元 おふくろ、まだそんな話、早いって。 ・・・そりゃー、そうは長くはないと思うけど・・・。 親父は、よく、まー、この北海道にきて、農業をしたもんだな。 ・ ・・四十才で職業変えて、それもやったことも無い農業 に・・・苦しい三十年間の百姓生活だったよな。 ―間― 百 合 私も小使いもらった、いつも一〇〇円だったよ。 あー二〇〇円の時もあったかな。 尚 子 でも、一〇〇円の他に、じゃがいもや、大根、アスパラなんか をいつもいっぱいもらって帰ったね。 持って帰るの大変だったさ。 好 子 こんなに苦労して、土地開いたのに、どうして長男のあんたに、 農業継がせなかったの。 は な 私も本当の事は、わからないけど、この人の親も学校の先生だ ったし、自分も先生してね・・・途中で辞めてここに来たことが 何か心にあったんだろうかね。
帰ってこい」なんて一言も云わなかった。
好 子 あんた…、あんたが「先生でもしようかな」って、云った時の
健 太 祖父ちゃん、先生が好きだったんださ。 華 子 祖父ちゃん、物知りだから、先生みたいだよね。 百 合 本当だよね、何でも知ってるよ。 尚 子 「祖父ちゃん先生」ってみんなで呼ぼうか。 看護婦小川 お祖父ちゃんどうですか、変わりないですか。 は な 何か寝たきりで、目を開けませんよ。 元 良い気持ちで寝てるよ、このままずーっと寝たっきりになって しまうんじゃないのかなー。 好 子 あんた、何云うんですか、このままなんて。 民 このまま行ってしまうんだったら、楽だよね。 小 川 本当に良く寝てますね・・・仏様の様な顔してますよ。 は な 本当ですよね、いい顔して寝てる・
―間― 父さん。 元 まだまだ、仏様でないよ、看護婦さん・・・ほれ・・・息して るよ。 好 子 当たり前でしょ。お父さんは元気な人でしたからね。 民 あとどのくらい、持ちますかね。 小 川 先生は、ここ二〜三日が山だと云ってますから。 この顔色じゃー、まだまだですよ。 健 太 まだ死なないよね……このまま息しなくなってしまうの。 華 子 そんなことないよね、看護婦さん。 祖父ちゃん死なないよね。 百 合 じいちゃん、もう何にもしゃべらないの。 尚 子 もう一度話してほしいなー。
元 まったくだ、そんなことは、死んでみないと分からん話ださね。 好 子 笑ってる時じゃないでしょう。 は な でも、百合ちゃん、尚ちゃん、健ちゃん、華ちゃん。 小 川 おばあちゃんの云う通りですよね。 好 子 そうでしょうね、看護婦さんは毎日お父さんの様な患者さん 看護婦さん、部屋から下手に行く 健 太 祖父ちゃん、元気になるよね、きっと。 華 子 そうだよね、こんなに顔色いいんだからさ。 百 合 本当だね、早く良くなるって。 尚 子
なってくれないと、困るよね。だって小使いもらえないも 好 子
看護婦さんて大変よね、でも、こんな時「人の一生」の話
は な ―間― ピアノにスポット入る |
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第二場(十分) 時 回想シーン@(昭和二十二年秋) 所 居 間 音楽大きく(りんごの唄) 舞台照明入る 音楽小さくなる ピアノのスポット消える 炉が中央に、それを囲み、中央に祖父、右に祖 母、祖父の左側に近所の山田さんと橋本さんが座り話している 祖父吾一 今年も終わったな。 祖母ナミ よくこんな北の涯まで来ましたよね。 吾 一 ・・・まったくだ、農業の農の字も知らない私たちが、 ―間― ナ ミ 本当ですよね。何も知らない者が、農業をしようとして 吾 一 あの焼け野原の中で、食べ物探すのは、死ねと云ってる 様なもんださ。 ナ ミ そうですよ、何一つないぐらい、焼かれたんですからね。 近所の山田 そんなに、やられたんかい。 近所の橋本 そんなに・・・焼かれたんですか、死んだ人とかも多か ったんだべさ。 吾 一 私逹家族みたいに、みんな生きていたのが珍しいぐらい ナ ミ そうなんですよ、奇跡に近いことなんです。 山 田 そんな焼け野原に居るのも大変だろうけど、ここに来て 橋 本 わしたちだって、百姓は大変ださ、それなのにズブの素 吾 一 私も無理を承知で来てみたんで・・・まあ、息子が来る ナ ミ 何、お父さんだって行こうかって、云ったわよ。 太、はなが、下手より入って来る 太 やーこんにちは。 は な こんにちは。 山 田 お邪魔してるよ。 橋 本 こんにちは…何してたのさ。 太 あー小屋の整理をしてたんで。 は な 雪積もらん内にって。ところで、あんた逹、何かあった 山 田 やー祖父ちゃんと北海道に来た時の話をさー。 橋 本 よく、ここまで来たよねって。
は な 食うくらいでも無理だと思う。お父さんや、お母さん、 山 田 あれ、元ちゃんは。 橋 本 元ちゃん家の功と遊んでいたさ。 は な いつもお邪魔ばっかりして。 橋 本 いや、ここの元ちゃんは頭がいいから、いつも家の功が、 ナ ミ そりゃー良いことださね、父親が先生だから、血を引 山 田 太さんは先生だったんですよね。 吾 一 そうなんです、先生だったんです。 ナ ミ そうね、太が送り出した、生徒さんは、みんな「お国の 山 田 祖父さんの方は、先生だって聞いていたけど、太さんも 橋 本 そうなんだ、二代続いてなんだ。 太 あまり話したくないけれど…おふくろが云ってる様に、 は な この人ったら、戦争に行ったのは、自分の責任だっ て・・・だから、そこの場所から離れたかったんでしょう。 太 そうださ、戦争は、国のたに、戦うのだと、教えて来た。 しれないけど、土を耕し、作物を育てることにしたんで すよ。 は な そんなに格好のいいもんじゃないんですがね。 ようは、食べる物がなかったんですよ。 山 田 この戦争は何だったんだろうな。ここの近所の人も沢 山戦争に行ったさ。そして死んだ人も沢山でたな。 橋 本 隣の幸ちゃんとこなんか、お父ちゃん戦死して、小さい 子ども五人も残して、年取ったじいちゃん、ばあちゃんで、 これからどうやって、百姓続けて行くんだろうね 吾 一 戦争ってそんなもんださ。 ―間― 未だにこりもせずに、続けているんだから、愚かなのか、 馬鹿なのか・・もう少し歴史の勉強をしないと、分からん のだよな。 山 田 やっぱり先生だ、わしには分からんけど、家の母ちゃん に聞かせたいな。 橋 本 そうだな、あんたんとこは、いつも夫婦で戦争たえない もんね。 山 田 何、あんたんとこだって、朝、昼、晩の三度、三度の飯 より好きだろうさ。 な み まー仲の良いことで。 太 ここで農業すれば、食うぐらいはとれると思って、ここ に来た。 の周辺の人逹は根性悪かったな、種の蒔く時期、種の間隔、 草取りの時期、何回聞いても教えてはくれなかった。 は な そうね、だから、見よう見真似で今年一年やったけど、 これからが・・・今年以上に大変ですよね。 山 田 そうださ、どこの、誰とも知らない人が来て、急に百姓 するんだもん、私たちはここに入って、もう何十年もやっ てるんだから、都会から来て百姓するなんて云われたら、 「そう、やれば」って云いたくなるんださな、なー橋本さ んよ。 橋 本 私だって、ここに嫁に来て二十年、毎日が苦労の連続 で・・・未だに苦労のしっぱなしだよ。それに入植してか ら、ここで百姓して五十年やってる人から見れば、そう簡 単には、教える気にはならんでしょうよ。 それに、戦後の混乱している、このご時世にさー、人 のこと見てたり、教えたりする暇なんか無いのが、当たり 前だって。 そうだろう。 吾 一 そうだよな、どこの馬の骨かも知れない人にな。 ナ ミ なぁーに、私たちには、山田さん、橋本さんがいればい いって。 太 そうださ、私たちには山田さんや、橋本さんがいたか らいいけど、一緒に入った、隣部落の川村さんのとこな んかは、苦労してたようだ。 は な そうだね、川村さんちのフジちゃんなんか、いつも泣い ていたさ、どうやってやればいいのかってね。 こんなこと、馬鹿みたいな話だけど本当だってよ。 汽笛が聞こえる 吾 一 これ聞くと帰りたくなるなー。やっぱり大阪が恋しいな。 ナ ミ この汽車に乗って来たのね、何時間もかかって。 吾 一 何時間じゃないさ、何日もださ。食うものも無くて、水 ばかり飲んでな。 太 そんなにしてまでして、来たんだもの、一年や、二年 じゃ帰れないって、それに焼け野原の大阪にはさ、ここで、やるしかないって。 再度汽笛と汽車の走る音が聞こえる 音楽大きくなる ピアノのスポット入る |
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第三場―T(七分) 時 回想シーン(昭和三十二年初春) 所 農協事務所 ピアノのスポット入っている 音楽大きく 音楽小さくなる 舞台上手にスポットがナレーターに入る ピアノのスポット消える ナレーター 開拓に入って十年が過ぎ、昭和三十二年になった。 今年も作物は、あまり出来が良くなかった。 同じ年に入植した者は、すでに半分はこの地を去った。 故郷に帰った者、都会に出て就職した者、炭鉱に行った 者、それだけ、この地での農業は大変であった。 太の息子元も、十八才になり、今年高校を卒業するので ある。 大学にも合格し、自慢の息子でもある。 しかし、息子元は入学をためらっていた。 理由は云うまでも無く、学資のことである。 祖父吾一は、五年前に他界している。 今日は、父太が長男元の大学入学の金を工面に農協に出 向くのである。 音楽大きく入る ピアノのスポット入る ― 少々間 ― ナレーターのスポット消える 再度上手スポット入る そこには、農協の職員が立っている。 音楽小さくなる ピアノのスポット消える 農協職員が客席に向かって話しだす 柴 山 何、金貸してくれないかって、何するのよ、そんなに大 金を。 ・・・何、息子の入学金だって、大学のかい。
い。十年前ここに開拓に入って、それも無一文でここに来 たんださ。 れたのかい。 とまった金貸しただろうさ。 あんただって、ここに来る前は、学校の先生してたんだ ろうさ。 それなら、頭いいんだろさ・・・ 所詮、先生が駄目で、こんな北の果ての、湧別の原野に 逃げる様にして、来たんだろうけどな。 農業なんて云うものは、そんなに簡単に誰でもやれると 云うもんじゃないのさ。 先生だったら・・・土耕し、種蒔けば出来ると思ってい たんだろうが、そんなに、甘くはないのさ、特にこの辺の 農業はな。 明治に入った開拓の人たちは、もう何十年もやって来た からと云ったって、楽な農家は、一握りの者ぐらいだ。 今でも、毎年、離農者が出てるんだぞ。 まったく、戦後開拓団の人の考えは、少し甘いんだ。 そりゃ、食料が無いから、土地やるから北海道に行って みれ、なんて云われりゃ、あの焼け野原になった東京や、 大阪の人たちから見れば、こんな広大な原野の話聞けば飛 びつくだろうね。 だけどなー、ここでの畑仕事は一反、二反百姓の本州の 農業とは大いに違うことぐらい、来る時に知らんかったの かね。 それも、まったく農家の経験がない者ばかり集めて、送 りこむんだからなー、役所のやることは分からんね。 経験とそこから生まれた「勘」が頼りの農業に、大学な んて云う、学歴は必要ないのじゃないかな。 あんたの息子は十八才、あんたは幾つだね、五十才は過 ぎてるよね、今から農業教えたって、十年や二十年は最低 でもかかる。そしたらあんた、元気な内に教えきれるんか い。 四年大学に行くんだったら、四年早く教えた方が、身に つくんじゃないのかね。 早く云えば、農業には、学問はいらんと云うことなんだ。 それくらいの事は、先生やった人なら、分かるだろうさ。 なー先生・・・農協だって、金あれば貸してやりたいさ。 無いから云いたくも無いこと云うんだけどな。 こんな作柄ばかりじゃ、どうにもならんて。 あんたばかりに、云うんじゃないけどな、ここに入った 農家の連中によ、もう少し頑張って働いてくれって云いた いんだ。 政府の金、政府の金ってばかり云ったって、所詮借金だ ろうさ。こんなことばかりしていたら、借金の利息を払う ために働いているようになってしまうんだろうさ。 そうなってからでは、遅いんだよ。 なー、太さんよ・・・嘘云わん、早くから息子に畑の仕 事教えた方がいいって。 なー、太さんよ・・・家に行って、息子に言い聞かせて やれや。今の経済状態では無理だ、ちゅうことをな。 音楽大きくなる ピアノのスポット入る |
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第四場(十五分) 時 回想シーンB(第三場1、2の同じ日) 所 居 間
は な お父さん遅いね。うまくいかんかったのかね。 民 そんなことないよ、お兄ちゃんが大学に合格したんだも ん。 父ちゃんだって、自慢してたでしょ。こんな田舎にいた って、大学は出してやるんだってさ。 元 でも、まだ決心が着いたわけではないんだ。 て、中学の時クラスの中でも、一人か二人なんだからさ。 いないんだよ。 は な そうかもしれない、でもお父さんは、おまえが大学に行 きたいと云ったとき、即座にOKしたよ。それもうれしそ うにねー。 元 そうよなー、俺でさえ驚いたもん、大反対されるかと思 っていたからね。 民 そうなんだよ、兄ちゃん、あんなに父さんうれしそうな 顔したの私見たことないもん。ねー母ちゃん。 は な 本当だ、久ぶりだよ、あんなにうれしい顔したの、思い 出したくても思い出せないね。 ―間― 以来かね。 元 そうなんだ、そんなに喜んでもらっているのに、本人こ んなんじゃ、どうしょうもないなー。 民 本当だよ兄ちゃん、我が家のホープなんだから。
ナ ミ みんな何してる、昼だよ、昼。あーお腹空いた。 は な おばあちゃん、何云ってるの、昼はさっき済んだばかり でしょ。 民 ばあちゃん、お昼食べたしょ、「うどん」を。 ナ ミ そうかね、食べたかね、なんかお腹が空いたもんだから。 元 ばあちゃん、元気だからなんぼ食べても腹へるのさ。元 気な証拠だ。 ナ ミ そうだったかね、食べたかね・・・あー元・・・ ―間― ナミ、懐を捜してやっと見つけた一枚の千円札を 出して ナ ミ あ・・・元、この金で大学に行け。
民 兄ちゃん、千円札一枚で大学卒業出来るの。 は な 民、それ以上話すんじゃない。おばあちゃんは真剣に云 っているんだから。 民 なして・・・千円札一枚だよ、一枚じゃどうにもならな いしょ。 は な そうだけど、おばあちゃんはそう思ってるんだよ、分か ってやりなさい。 で、分かるでしょ。
元 ありがとう、ばあちゃん、これで大学に行けるよ……。 ナ ミ 元…お前はできたからね、小学生、中学生いつも優等生 だったな、私の自慢の孫ださ。 民 あれー、ばあちゃん、私も自慢の孫なんでしょう。 ナ ミ そうだったかね、そんなこと云ったかね、もう忘れたね。 は な おばあちゃん、民は元の妹だよ、いつも歌聞かせてもら ってるしょ。 ナ ミ あーそうね、いつも聞いてるよ、ラジオでよく聞く、美 空ひばりの歌が、家でも時々歌っている人がいたね。 は な ほー「美空ひばり」だってさ、民もたいしたもんだね。 もんね。 元 ばあちゃん、この金で大学いくよ・・・。 民 そうだよ、兄ちゃん、そうしなきゃ、ばあちゃんや、父 ちゃんに悪いよ。 元 それにしても、おやじ遅いな……組合では無理だったの かね。
太 出来たぞ、金が、組合長が出してくれるって、その代り 金になる作物作れって云われたさ。 は な そうなの、あんまり遅いもんだから心配してたのさ。 太 なーに、たいしたことは云われんかった。 ね。 てよかったね」何て、云われたさ。 元 うん、そうする。 大学に行けってくれたんだ。 ためにも大学に行くの、決めたんだ。 太 何、千円札一枚か・・・そうかばあちゃんがね、良かっ たな。おばあちゃん、ありがとうよ・・・おばあちゃんの
民 ねー兄ちゃん、あの汽車に乗って行くんだね、東京の大 学に。今日は良いことがあったんで、歌うよ、美空ひばり をね。 太 ほー「美空ひばり」いつからだ・・偉くなったな・・・。 は な そうなんだ、さっきおばあちゃんから民は、美空ひばり だって云われたんだよ。 太 そうだな、民、聞きたいね、私の好きな美空ひばりの歌 を。 民 聞いてよ・・・ねー・・・兄ちゃんを送る歌をね。 音楽大きく入る ピアノのスポット入る |
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第五場(十五分) 時、所 第一場に戻る。 音楽大きく入っている ピアノのスポット入っている 舞台照明入る 音楽小さくなる 父の譫言は続いているが、声が小さくなってきた 子どもたち、ベットの周辺で心配そうに見守る 長女父の手を握り見つめている その反対側に長男が見守る 太 ここどこだ、ここは・・なー看護婦さんここは何処なん 民 看護婦さんじゃないしょ、私よ、長女の民でしょ。 元 じいちゃんなんかいないぞ、これ俺だぞ、長男の元だよ。 は な お父さん、自分の子どもも分からんのかい、こっちは長 女の民でしょう。 太 何よ、あんたは誰だ。なー看護婦さん、私はこんなこと してられないんだ、早く学校に行って、生徒に教えないと いけないんだ。 健 太 じいちゃん、何いってんの、今、じいちゃん先生でもな いのに、先生はお父さんだよね。 華 子 本当だ、ねーじいちゃん先生じゃないよね。 好 子 ねー華ちゃん、じいちゃんは北海道に来る前は、先生し てたんだよ。 百 合 そうなんだよね、だから生徒のことを云ってるんだね。 尚 子 じいちゃんは、今でも頭の中では先生なんだよね。 元 こんなになっても、生徒のこと、心配してるんだ。戦時 中の先生は大変だったのに、今の俺なんか、こんなになっ たら、誰のことも、考えられないのになー、自分のことで、 精一杯だろうさ。 は な おじいちゃんは、あの戦時中の教育が嫌になって、親 と一緒に、やったこともない、農業なんかやるんだから ね、よっぽど戦時中の教育のしかたが、我慢できなかっ たんだろうね。 好 子 こんなになっても、まだ、先生やってるんだから・・・、 生徒のことを心配して。
太 なー、みんな、先生はなー・・・ほんまは、みんなを戦 争には行かしたくないんや。 に死にに行くのは間違っている。生きて、生きて生き抜く ことが国のためなんや。 元 コラ、聞け、おやじの話し方、変わったぞ、故郷の大阪 弁になったぞ。 太 な・・・私はこんなことしてたらあかんのや、早く学校 に行って、戦場には行くなと云わんとあかん。 んや。 好 子 本当だ、大阪弁よ。どうして ―間― どうしてなの。 は な 何だね、おじいちゃん、大阪弁でしゃべってる。 民 どうして、もう北海道に来て何十年にもなるのに。 元 うーん……おやじ、きっと今大阪にいるんだよ…。 「ここに墓建てないか」って云ったとき、「まだ早い、 墓なんてもう少し先でもいい、まだまだ金のかかることがあるからな」 なんていって、賛成しなかったしょね。 たかったんでなかったのかなー、そして教え子逹に謝りた かったんでないのかな・・・生まれた所に帰つもりだった んだ、きっとそうだ。 は、やっとその時、北海道人になろうとしたのかね。 健 太 何してそんなにしてまで、故郷に帰りたいのかな。 華 子 そうだよね、私たちは先生の子どもだから、いろいろな とこに転勤するから、どこが故郷かなんて云われたら「ど こなんでしょうね」と聞きたいね。 百 合 故郷なんかどこでもいいんじゃないの。 尚 子 そうよ、私の故郷は日本さ。
じいちゃん、ばあちゃんがいた所、ここが私たちの故郷で しょ。 華 子 そうなんだよね、ここだよね、祖父ちゃん、祖母ちゃん のいるところだよね。 は な 元、おじいちゃんおかしいよ、話しなくなったよ、動か なくなったよ・・・元。 民 とうさん、どうしたの・・・ 好 子 おかしいわよ、先生、先生呼んだら。 元 そうだ、早く先生を呼べ。民・・・ 民 はい、先生、大変だ。
民 先生・・・看護婦さん。
太の所のみスポット入る 音楽少々入る 太のスポット消える (父太息を引きとる) 音楽大きくなる ピアノにスポット入る 徐々に音楽小さくなる 中央の「民」にスポット入る
「川の流れのように」を(五分) ゆっくりと語る様に 少しずつ歌になる 徐々に曲になる 歩きながら、歌いながら
全曲歌い終わる
民のスポット消える
音楽大きく入る
中央にスポット入る そこには長男の元が立っている 汽笛が鳴る 音楽小さくなる 元 おやじ・・・ありがとう・・・汽車が来たよ・・・大阪 行きの・・・ 音楽大きくなる 元のスポット徐々に消えていく 舞台全体に照明入る 真っ赤な夕日 下手より煙をはいて汽車(シルエット)が上手に走 って行く 汽笛が鳴る 音楽全開となる |
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スタッフ | 企画 町民芝居ゆうべつ 作、演出 石 渡 輝 道 演 出 補 本 田 勝 樹 音 楽 菊 地 陽 斗 音 響 中 野 純 一 照 明 仁 木 宏 紀 舞台製作 大 崎 一 文 洞 口 忠 雄 伊 藤 誠一郎 衣装、化粧 臼 井 智恵子 大 崎 一 恵 宮 本 則 子 渡 辺 明 美 入 江 ゆかり 谷 口 かなえ 大 渕 美 夏 小 川 敬 子 黒 川 慶 子 由 野 のぞみ 仲 陽 子 協 力 洞 口 百合子 曽 根 早 苗 佐々木 絵 里 槙 紀 子 湊 谷 まゆみ 丘 上 美 智 小 松 初 恵 舞台監修 坂 本 雄 仁 北海道文化財団 代 表 石 渡 輝 道 事務局長 本 田 勝 樹 事務局(広報) 茂 利 泰 史 事務局(庶務) 仁 木 宏 紀
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キャスト | 祖父 吾一(六十五歳) 伊 藤 誠一郎 祖母 ナミ(六十二歳、七十二歳) 相 場 典 子 父 太(七十八歳、四十歳、五十歳) 本 田 勝 樹 母 はな(七十六歳、三十八歳、四十八歳)大 渕 美 夏 長男 元(四十六歳、十八歳) 荒 井 佳 人 その妻 好子(四十歳) 由 野 のぞみ その長女 華子(十二歳) 大 崎 琴 絵 その長男 健太(十歳) 仲 宗太郎 長女 民(三十六歳) 黒 川 慶 子 その長女 百合(八歳) 大 渕 愛 結 その次女 尚子(七歳) 臼 井 愛 雅 民の子ども時代(八歳) 大 渕 愛 結 (二役)
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