町民芝居ゆうべつ 第2作

昭和の小漁師top

町民芝居top



脚本


ゆうべつ物語第二話

「馬老への路」 一幕五場(七十分)

             「薮踏み鳴らし」より

                      作   金 子 き み


  時 明治四十四年頃

所 下湧別村のある開拓地

 −−はじめに−−

北海道の開拓は、明治二年に蝦夷を改め北海道として十一国八六郡の名を定める。
明治二十四年には湧別原野区画測量実施。
二十九年には湧別原野貸付告示されると同時に各地から案内人の世話で入植が始まる。
 ここ湧別の開拓は明治十五年(一八八二)年に網走から半沢真吉が移住し、開拓の鍬がおろされた。
 そして明治四十四年、まだ雪の残る湧別原野に二組の入植者があった。

その当時を書いた小説、金子きみ作「藪踏み鳴らし」がある。
その小説の一部をもとに「ふるさと」をテーマにして脚本化し、ここに公演する。


序 幕  音楽大きく入る

少々音楽小さくなり、ナレーション入る 

 

 

ナレーション       
   皆さん今晩は。

大変お忙しい中、このように大勢の皆様のご来場を心から厚くお礼申し上げます。
さて町民芝居ゆうべつも今年で2回目の公演となりました。
昨年の第一話「ハマナスの花の咲くころ」は昭和十九年の出来事でした。
今年の第二話はそれよりもさかのぼり、明治四十四年頃、湧別が開拓され始めた頃のお話です。

 

映 像

 

ナレーション       
 北海道の開拓は、明治二年に蝦夷を改め北海道として十一国八十六群の名を定
める。
明治二十四年には湧別原野の区画測量を実施。
明治二十九年に湧別原野貸
付が告示されると同時に各地からの案内人の世話で入植が始まる。
 ここ湧別の開
拓は明治十五年に網走から半沢真吉が移住し、開拓の鍬がおろされた。
そして明
治四十四年、まだ雪の残る湧別原野に二組の入植者があった。
その当時を書いた
小説、金子きみ作「藪踏み鳴らし」がある。
その小説の一部をもとに「ふるさと
湧別」をテーマにして脚本化し、ここに公演する。 

 さて、明治四十四年、雪のまだ残る四月の下旬。
うっそうとした原始林、重な
りあって生えている熊笹の土地、そこが下湧別村字馬老。
新たにここに、二組の
家族が入植した。
 生まれ故郷を、追われるようにして出てきたこの人達の生活は、
想像を遥かに越えた。
過酷な毎日であった。
食べるためには土地を耕し、広げ
作物を作り出すしかないのである。
楽しみといっても、これといって特にはない。

 あげれというなら、家族と一緒にいられることか、それと子ども達の成長であった。

 

音楽小さく入る 

特に北海道の冬は寒い。ここ馬老はその中でも半端な寒さではないのである。

それが北海道全体の開拓の現実でもあった。ここに小田原天作一家を中心とした、

当時の生活のそのほんのひとコマを紹介しましょう。

 

  音楽大きくなる

 

  照明 入る音楽小さくなる

 第一場(十分) 時 明治四十四年、春の午後

所 峠

 

  案内人野々山を先頭に、天作一家、宇助夫婦が下手より入って来る

 

  皆、大きな荷物を背負い、舞台中央に来て一服する 

 

野々山      やっとついたなー、ここまで来りゃ、もう大丈夫だ。

         来たようなもんだって。

 

天作       着いたんじゃないのか。

 

野々山      うん、まだだ、もう少しだ。

         まー、ここで一服ださ。暗くならないうちには、着くってね。

 

お蝶       まだなんですか。

         ここから、あと、どれくらい、あるんだね。

 

宇助       そうよなー、ここだなんて云われたら、どうするかと思ったさ。 

 

鷲男       まだなの。おじさん、かあちゃん。おれもう歩けない。

 

やえ       私もだ、もうだめだ。

 

源一       ねーかあちゃん、もう動きたくない。

 

しん       ねー私もいやだ、動けない。

 

天作       本当よなー、俺も、もう歩きたくないな。

 

野々山      馬鹿云うなって、こんな場所じゃないって、ここは峠ださ。

 

お蝶       そうだよね、こんな山の頂上みたいなところで、百姓なんか出来やしないって。

         そうでしょ、野々山さん。
 

サワ       本当よね・・・まだ、どれくらい歩くんですか。

 

宇助       そうだ、まだどれくらい歩くんだね。

 

野々山      もう少しだ、それ、そこに見える、その山、越えたら直ぐだ。

 

天作       なに、もう一つ峠越えなきゃ、いかんのか。

         いいかげんにしてくれや。

         すぐそこだ、すぐそこだと云って、もう何回云った。嘘ばっかり云いやがって。

         いいかげんにすれよ。 

 

宇助       天作さんよ、そんなに怒ったってしょうがないって。

         ここまで来ちゃったんだからなー。

 

お蝶       まったくだね。

         何日もかかって船に乗り、汽車に乗り、それから又何日も歩いてさ。今更来た

         道、帰れったって、無理な話よ。

 

鷲男       ねー、腹減った。かあちゃん、食べるものちょうだい。ねー、腹減った。

 

やえ       私もだ、私にもちょうだい。

 

源一       かあちゃん、腹減ったって。

 

しん       見て、こんなにお腹が、へこんでいるって。

 

サワ       そうだよね。もうそろそろ、晩ご飯の時だもんね。

         ねー、野々山さん、早く行きましょうよ。今更、引きもどれやしないんだから

         さ。

 

野々山      そうだな、ここまで来たんだからなー。

         あの峠越えりゃ、腹いっぱい、食わせてやるからな・・・。

         なー、天作さんよ、何もせんで、故郷には帰れりゃしないって。

         そうだろうさ、大っきな夢持って、来たんだろうからな。

 

天作       何云ってるって。お前の口車にのせられて、ここまで来たのよ。

         こんな北の外れによ。

         野々山よ、こんなとこに、誰か住んでるのよ。

         家らしい物なんか、見えんぞ。俺らば、ここに置いて逃げるのでないだろうな。

 

宇助       そんな事ないだろうさ。なー、野々山さんよ。

         お金いっぱいもらって、この案内人ばしてるんだから、俺達ば、置いてくなん

         て、そんなことする訳ないって。

         それに、俺たち今ここに置かれたら、熊の餌になるだけだろうさ。

 

サワ       いやだよ。そんなの。熊の餌なんか。

 

お蝶       熊の餌・・・ここにはそんなに熊が居るのかい。

         熊の餌はないって。なー野々山さん。

 

野々山      いや、この辺は熊の住家みたいなとこださ。

         そこに人様が入って来るんだから、熊にしてみれば、えらい迷惑なことださ。

         はははは・・・。

 

天作       本当かよ、そんなに熊がいるのかよ。

         何で、そのこと早く云ってくれんのよ。ここに来てから云ったって遅いぞ。

 

宇助       なーに、天作さんよ。北海道の開拓地に熊出るのは当り前だぞ。でも、こんな

         広い所だら、野山にはいっぱい餌があるって。俺たち食うより、野山のうまいも

         の食っているほうが、いいって。

 

サワ       そうなの、おとうちゃん。そんなら、心配ないよね。

         熊に食われないよね。

 

お蝶       それならいいけど、野山の餌無くなったら、人里まで降りて来るんでないの。

 

野々山      まー心配無いって。一家みんな、熊に食われたって云う話、聞いたことなんか

         ないって。・・・でも、何年か、いやだいぶん昔の話だったかな。ここでないで

         どよ。他のとこに入った開拓者で、キノコ採りしていたとき、熊に出会って、や

         られた人がいたって聞いたな。

         でも、俺みたいに鉄砲持っている人がいれば、心配ないって。

         俺にまかせておけって。

 

天作       お前の鉄砲当るのかよ。何時も空鉄砲ばっかり撃ってるのによ。 

 

   そばでガサガサと音がした 

   みんな驚き後退りする

 

 

鷲男       でたー。

 

やえ       何、どこに。

 

天作       どこに。

 

源一       そこで音がした。 

しん       怖い、かあちゃん。 

お蝶       何、どこに。 

宇助       どこに。 

サワ       怖い、おとうちゃん。 

野々山      どこだ、どーら。 

   野々山 恐る恐る前の方に行きかけるが、あまり先には行かない 

野々山       どこで、聞こえた。どいてみれ、俺が撃ってやる。どこよ、どこよ。 

鷲男        あっちだ、あっち。 

やえ        そう、あっち。 

天作        野々山よ、あっちだってよ、それ、いけよ。 

お蝶        あっちで音がしたんだから、あっちだ。 

源一        そこの、笹薮の奥の方だ。 

しん        いやだ、かあちゃん助けて。 

    野々山恐る恐る指さす方に行く 

天作        何、怖がっているのよ、鉄砲持っているんだろ。 

お蝶        本当、何怖がっているのさ。早く見てよ。 

宇助        早く、何怖がっているのよ・・・。 

お蝶        本当に熊かい、本当に、音したの。ねー鷲男。 

鷲男        したって、なー源一。やえ、聞いたよな。 

やえ        うん、聞いた。そこでガサガサっていう音。 

源一        うん、聞いた。そこで、音がしたよ。 

しん        私・・・はっきり聞いてない。

           風が吹いたから、ガサガサって、いったんだとおもったけど。

          あんなに小さなガサガサが、熊の音なら、多分小熊でないかな。 

天作        それ、早く行ってみれって、みんなこんなに怖がっているのによ。 

野々山       馬鹿云うなて。熊の歩く音はな、そんなに大きな音出して歩くもんじゃないん

          だぞ。特にえものを捕るときにはなー。 

お蝶        そしたら、今の音は本物かい。 

野々山       わからん、ただ、こっちの方で、音をたててたら、熊は近寄らんて。熊の方が、

          頭いいからな。

          でも、これからは十分気付けるんだな。気付けるに、こしたことないって。 

宇助        そうだな。気付けようや。 

サワ        本当だ、みんなで気をつけよう。ねー、鷲男ちゃん。 

野々山       そろそろ行くとするか、暗くならないうちに。 

天作        ほら、野々山たら、怖くなったんだ。 

野々山        怖いもんか、熊怖くて、北海道の案内人が出来るか。 

天作        ほー熊がいないと思ったら、急に元気が出たな。なー野々山よ。 

宇助        腹も減ってきた、それ、出発だ、出発だ。みんな、それ行くよ。 

お蝶        やえ、源一、しん、行くよ。それ鷲男、二人の手、引っ張って。 

宇助        サワ行くぞ、それ手出せ。 

サワ        はい、行きましょうか、もう少し、踏ん張りしましょうかね。

          ねー、しんちゃん、やえちゃん。 

鷲男        早く行こう。こんな所で熊に食われたら、大変だ。 

やえ        うん、行こう、兄ちゃん、早く。 

源一        本当だ、熊に食われないうちに、早く行こう。 

しん        うん、兄ちゃん、姉ちゃん、早く行こう。 

天作        そうだ行くか、俺らが腹ふくれないで、熊の腹ば、ふくらした、なんて事にな

          らないうちにな。野々山だら、鉄砲持ってたって、何の役にもたたんだからよ。 

お蝶        そうだね。早く行きましょう。 

宇助        本当になー、熊に食われんうちに行こうや。

 

   野々山先頭に、上手に向って歩き出す 

音楽入る

照明消える

 

音楽入っている

 

照明入り、音楽少しずつ小さくなる

 
 第二場(二十分) 時 ここに来て一年半程、九月頃のある日の夜

所 寒河江の居間 

   夕食後、寒河江茂十夫婦と子ども、天作夫婦と子ども、それに宇助夫婦が話をしている

 

   音楽小さくなる 

 

鷲男      とうちゃん、こんどはしばらくいるの。

 

源一      そうだ、こんどは少し長く家にいて。

 

天作      何でよ。

 

やえ      うん、少し家作りして。

 

しん      早く入りたいもん。

 

お蝶      そうださ、自分の家に、早く入りたいよな。

 

宇助      そうだな、畑仕事の合間じゃ中々進まんて。

 

セツ      でも、だいぶんできたよね。

 

キヨ      柱と屋根は出来てるよね。

 

サワ      そうだよ、みんなが手伝っているからね。だいぶん出来たさ。

        あと床と、廻り貼れば、入れるって。
 

お蝶      みんなの御蔭でね。秋には入れる。

 

茂十      天作さん、あんたはあんまり畑に出ないようだけど、どこか体でも悪いのかい。

        おかあちゃんと、こどもじゃな、大変ださ。

        宇助さんでも居なかったら、土地、広げていけんぞ。

 

お蝶      そうなんで、うちの人ったら、山師根性が強いもんだから。

        何、考えているか、分りゃしないんで。

 

天作      いつも考えてるんだ、こんな山のなかでよ、ひと鍬、ひと鍬耕したって、どんだ

        け広げれるってよ・・・おらな・・・

 

イト      本当ださ、二〜三日いたかと思ったら、どこかに出て行って、帰ってきやしない

        し。

 

宇助      天作さんは、畑耕すより何か事業している方が、むいてるんだって。

 

サワ      そうよね、天作さんは事業家だから・・・ここの仕事、こんなに辛いもんだとは、

        思わなかったんでしょ。

        私もまだ、一年半程しかたっていないけど、大変なことだけは、よくわかった、

        家作りながら、土地広げて・・・ねーあんた、こんなこと、何年も続けてやれると

        思う。体壊すよ。辞めて、帰るんだったら、子ども出来んうちに帰った方が、まし

        でないかい。

 

宇助      何云ってる。そんなに簡単に帰れる分けないだろうさ。

        ここでがんばれば、拓いた土地がみんな俺達の土地になるんだぞ。

        それに・・・帰るのには、金がかかるんだ。

        今なら、一銭も金持って無いって・・・

        何、サワ。こないだ、子ども出来たって、云ってたの、嘘かよ。

 

お蝶      何、サワさん、出来たってかい。本当なら、そりゃうれしいことだよ。

 

天作      何、出来たって、子ども。よくもまー、こんな狭い家でよ。

 

イト      何、出来たってかい。

        こんな狭い家で、悪かったわね。でも、よく作ったもんだな。

 

茂子      サワおばさん、子ども出来たの。よかったね、何時。

 

茂十      子どもが出来るっつうことは、おめでたいことだ。

        こんな所だからこそ、子どもは多いほうがいいんださ。

 

セツ      何、おばさん、子ども出来るの。

 

鷲男      本当、子どもが。

 

キヨ      女の子、それとも男。

 

茂子      女だよね、きっと。

 

鷲男      いや、男だって。

 

セツ      いや、女の子だよ、きっと。

 

サワ      いや、まだまだ、生まれてみないと、わからないって。

 

茂十      女だろうが、男だろうが、どっちでもいいって。

        元気なこどもなら、いやーそりゃおめでたい。

        こんなに狭い家だって、夫婦だもんな。出来て当たり前ださ。

        それに毎日、一緒に寝てれば出来るって。なー宇助さんよ。

        よかった、よかった。

 

お蝶      そうださ。うちなんか、作り様ないって。

        いつも出て行って、いないんだからさー。はははは・・・。

        でも、うちの人なら、どっか他で作っているかもしれないけどね。

 

イト      生まれるのはいいけど、また、食いぶちが、増えるな。

        それに大変だぞ、お腹が大きくなれば、仕事も出来なくなるし、出来たら出来た

        で、子どもば見なきゃ、いかんくなるし。

        今まで以上に大変だそ。覚悟はあるんだろうね。

        作った以上はちゃんと、育てなきゃ、いけないんだからねー。

 

茂子      大変だけど、楽しみが増えたしょ。ねーおばさん、おじさん。

 

セツ      そうだね、きっとおじさんの方が、うれしいしょ。

 

宇助      当たり前よ、俺の子どもが出来るんだからな。

 

キヨ      そうだよね、子どもが出来るんだから。

 

宇助      出来るまでは、俺がサワの分まで働くって。

 

お蝶      本当だ。宇助さんがんばるから。イトさん、あんまり驚かせないでよ。サワさん、

        それでなくても、悩むたちなんだからさあ。

 

サワ      そうだね。生んだ以上は、ちゃんと育てないと・・・。

 

宇助      まだ育て方なんか、考えた事なんかないって、でも、俺はあんまり考えることな

        いと思うんだ。子どもはぶっとばしておいた方が、育つんでないかな。お蝶さんと

        この、子ども見れ、みんな元気に、立派に育っているって。天作さん、たまにしか

        帰ってこなくてもな。なー、お蝶さん。

 

お蝶      あーそうだ、心配ないって。おやじなんか居なくたって、育つものは育つて。

        ただ畑の方は、なかなかそうはいかないけどな。

 

天作      まいったな、ここでは、俺はぼろぼろださ。

 

源一      俺達の仲間が増えるんだ。嬉しいな。

 

しん      そうだね、みんなで遊べるね。ねー、やえ姉ちゃん。

 

やえ      そうだ、一人増えれば、いろんなことして遊べるね。

 

セツ      そうだね、やえちゃん、いろんな遊び出来るね。

 

キヨ      ねー、かあちゃん。うちはもう出来ないの。

 

茂子      うちは、もういらんて。だって、なんぼ作ったって、女しかできないもんね。

 

イト      何、うちでかい。この年になってかい。まさか、もういらんて。三人でも食わし

        ていくのが、やっとだというのに。

        それに、茂子が云うように、また女の子だったら、とうちゃんがっかりすって・・・

        なーとうちゃん。

 

茂十      まったくだ。女三人いれば「かまど」ひっくり返すっていうのによ。

 

セツ      うち、ひっくり返るほどの「かまど」あるの。

 

キヨ      そうだ、とうちゃん、ひっくり返る「かまど」どこにあるのさ。

 

茂十      まいったな、子どもにこんなこと云われる様じゃ、終わりだな。

 

鷲男      あー眠い。俺寝る。源一お前も寝るか。

 

やえ      私も寝る、しん寝よう。

 

源一      あー寝る。

 

しん      うん、私も。 

 

         「お休みなさい」四人言って、下手の奥に入る 

 

茂子      セツも、キヨも寝たほうがいい。

 

セツ      うん、やえちゃん達寝たから私も寝る。おやすみ。

 

キヨ      うん、私も・・・おやすみ。 

 

         茂子二人をつれて右手奥に入る

         天作夫婦、宇助夫婦、「お休み」をいう

         茂子が二人を寝かせに入って行く 

 

茂十      あー、おやすみ。

        ・・・天作さん。あんたのとこは、福井だったかね。今まであまり聞かんか

        たけど、何でここに来たんだい。

 

天作      あー、そうよな、福井なんだ。家は三反百姓でね、私は小さい時から、家を出て

        働いていたんで、そうしなきゃ、一家生きてはいけなかったんでよ。家族が多かっ

        たんで。私は、いろんな所にいった。そして、いろんな仕事をしたな。どこの飯場

        だったっけ。・・・そこで、このお蝶と知り合って、いっしょになったんだ。

        そして、四人の子どもが出来て、フラフラ飯場仕事ばかりじゃ、と思い北海道に

        来たんだ。でも、このお蝶は、あまり乗る気でなくてな・・・母親と遠くに離れる

        のが、いやだったみたいで、なあーそうなんだろう。

 

お蝶      誰だって親から遠くに離れるのは、いやだよ。

        特に北海道はね・・・北海道と聞けば、気の遠くなる話だ。

        私の家も百姓で、食うのがやっとで、だから私が働いて家にお金を入れてたんだ。

        この人と一緒になるまではね・・・北海道に行けば、お金を送れるなんて、この

        人云うもんだから、ついて来たんですよ。

        それが、こうでしょう、大きな間違いで。

 

天作      そりゃーそうださ。向こうで食えたら、来んて。こんなとこによ。

 

イト      そうださな・・・その通りだ。好き好んで来るとこじゃないて。ところで宇助さ

        んとこは、どうして来たんだい。こんなとこに。

 

宇助      俺のとこも、天作さんとこと同じだ。次男、三男は家にはいられんて、いたって

        嫁ももらえないさ。食わしていけないんだからな。小っさな畑じゃ、何ぼ穫ったて、

        たかがしれてるから。

 

サワ      そうなんですよ、大きな土地をくれると言われたら、誰だって飛びつきますよ。

 

天作      まったくな、サワの云う通りださ、来てみればこんなところよ。誰だって、始め

        に知っていりゃ、誰も来やしないって。サワだって、お蝶と同じように飯場で飯炊

        して、家に金送っていたのよな。

 

サワ      そこで宇助さんに拾われたんで。

 

 

宇助      俺は天作さんの子分だから、天作さんの行くとこなら、何処でも付いていくんだ。

        でも、ここはちょっと付いて、来過ぎかな。

 

お蝶      そうださ、来過ぎだよ。こんな人に付いて来るから、こんなとこまで来てしまっ

        たんだろうさ。でもいいよ。宇助さんは、うちの人と違い、いなくならないからね。

        真面目に畑やっているから。

 

茂十      そうださ、真面目にやれば、こんな土地でも、食うくらいなら、やっていけるよ

        うになるって。それに自分の土地になるんだからな。

 

イト      天作さん、あんたのこと云ってるんだよ。わかってんのかい。

 

天作      なあーに、俺のことかい、家にいないって。

        俺はな、家にいなくたって、仕事やってるんだ。

 

お蝶      何を。

 

茂十      何をやってるのよ。

 

天作      あー今に判るって。

 

お蝶      何、みんなの前で話せないってかい。

 

天作      いや、そんなことないけど。

 

お蝶      それなら、云えばいいしょ。

 

イト      そんないいこといって・・・どっかに女でもつくったんでないのかい。

 

お蝶      あんた、そうなのだから云えないのでしょう。

 

天作      馬鹿な、そんなんでないて。

        まだ決まった分けでないんだ。この話・・・。

 

宇助      天作さん、云ってくださいよ。仲間でしょ。私があんたに付いてきたのは、私も

        相談したけど、あんたも、何でも、相談してくれたからなんですよ。

 

天作      うんー、そうよな、そうだったな。

        あんなー・・・湧別でな・・・種馬買うことで今交渉中なんだ。

 
宇助      何、種馬。

 

茂十      あー種馬よ、いろんなとこ見て歩いたんだ。何か、儲かる仕事ないかってな。な

        かなかないもんださ。

        でも、この北海道で、今一番必要なのは、馬ださ、開拓には馬がいなけりゃ、や

        っていけないって。それなら、馬の種付けなら、絶対に儲かるんじゃないかってな。

        どうよ、たいしたもんだろうさ。この俺の考えは。

 

お蝶      何、種馬が。

 

サワ      種馬が。そんなに儲かるの。

 

茂十      あー、悪くないな、その考え。

        でも、あんたは、ここに、百姓やりに来たんだろうさ。

        ここの土地を手に入れるために・・・。

        嫁さんや、子ども達ば、ぶん投げて外ばかり出歩いてたら、嫁さんや子どもが可

        哀想でないかい。

 

イト      本当だ、可哀想だ。好きなことをやってるんだから、あんたはいいかもしれない

        けど、お蝶さんや、子ども達が可哀想だ。

 

お蝶      いくつになっても、あんたは変わらないわね。いい方で変わらないならいいけど、

        いつも、とんでもないことばかり、考えてさ

 

宇助      お蝶さんよ。そこが天作さんのいいとこかもよ。俺ならそんなこと、考えもしな

        いって。さすがに天作さんだ、考えることが違うな。そりゃ儲かるかもな。

 

サワ      そうよね、あんたなら考えつかないよね。

        だってあんたは、畑なら畑、子どもなら子ども、私なら私、それ以外のこと、考

        えられない人だもんね。

 

イト      それでいいんださ、余分なこと考えないで。畑広げることだけ考えてれば、今こ

        こではいいのさ。

 

天作      所詮百姓は百姓かもしれない。でもなー、こんなことで百姓で終わりたくないの

        がおれの生き方なんだ。

        どうせ、百姓で終わるなら、どでかい百姓になってみたいのさ。

        それが俺の北海道に来た夢なんだ。

 

茂十      あんたの云ってることは、判らん分けではないけど、ひとつのことも満足に出来

        ない者が、いろんなことやったって、うまくいくもんかね。

 

イト      そうださ、うちのとうちゃんの云う通りださ。

        二兎追ったって、一兎も追えず、て云う諺もあるんだからね。コツコツとやって

        いれば、いいこともあるんださ。

 

天作      何があるって、何もありゃしないさ。

        あんただって、ここに来て何年になる。五年、十年、たったあれだけの土地しか

        開けない。そしてこの家、お粗末なもんさ。でもまあー。・・・そのお粗末な家で

        さえ、おれはまだ出来上がらないんだけどよ。だから早く「金」沢山ためて、馬買

        って、人雇って、大百姓になるんだ。

        それが俺の夢さ。

 

お蝶      何、夢の夢ば、云ってるのさ。

        やっと一年半たって、家が出来る頃になったという時にさ。あんたが毎日いてく

        れれば、もう少し早く出来るのに。

        さっき、子ども達も云っていたでしょうよ。少しは家の方やってや。

 

宇助      なーに、おれが手伝っているから、もう少しで入れるって。

 

サワ      そうだよ、お蝶さん、もう少しださ。ここの寒河江さんちに世話になるのもさ。

        ここに世話にならんかったら、来た時から今まで、ずーっと外で寝なけりゃいか

        んかったんだからね。

 

天作      そりゃ、ありがたいことださ。雨、梅雨がしのがれたんだからな。

 

お蝶      何いってるて。こんなありがたいことはないしょ。

        今畑広げて、その合間に家作り、こんなことでも、やっていられるのは、寒河江

        さんちに世話になっていれるからでしょ。

 

茂十      お蝶さんは、出来た人だ。なー天作さんよ。馬もいいけど、少しはお蝶さんの働

        きば認めてやれや。

 

イト      本当だ、こんなに確りした人はあまりいないよ。

        天作さんには、もったいない嫁さんだ。

 

お蝶      なあーに、あんまり褒めんでや。照れるって。

 

天作      そうだ。褒めん方がいいって。頭にのるからな。

 

イト      なーに、お蝶さんば褒めてることは、天作さんあんたが、くさされているんだよ。

        それも判らんなら、どうしようもないね。

        ははははは。

 

サワ      お蝶さんは、体が丈夫だからいいけど、私みたいに、体はあまり丈夫ではないの

        に、これからやっていけるのかね。とうちゃんばっかりに、仕事押しつけてね。

 

お蝶      なーに、宇助さんがやってくれるって。心配ないって。うちなんか、わしと子ど

        もでやっているんだから。でも、サワさん。あんたは子どもが出来たんだから、無

        理しちゃだめだよ。

 

茂十      天作さんよ、馬もいいけど、家も早く作らんと冬がくるぞ。

 

イト      寒い冬がね・・・冬が。

 

音楽入る

 

照明消える(セット換え)

 

音楽入っている

 

照明入る

 

音楽小さくなる 

 
第三場(十分) 時 2回目を冬を迎える十二月のある日

所 小田原天作家の居間 

 

家も出来、天作一家(天作は留守)の居間で宇助夫婦と話している 

 

お蝶      やっぱり自分の家はいいなー。

        ・・・十二月なのに、これで何日続いた、この雪。

 

宇助      そうだね、5ケ日目だ。北海道ってこんなに早くから雪降るんだ。

 

鷲男      まだ、何日も続くの、止めば外で遊べるのに。

 

お蝶      わからん、おれにはな。越後の冬も雪は降るけど、こんなにも早くから毎日降り

        続かないよね。

 

サワ      そうだね、でもまだ風がつかんからいいけどね。こんなにも毎日降るんじゃ、外仕

        事出来んもね。

 

やえ      何時止むのかな。

 

源一      降ってるんだから、止むって。

 

しん      馬鹿だね、にいちゃん。あたりまえだよ。降っているんだもん。何時かは止むって。

 

源一      あーそうか、降ってるんだもんな。何時かは止むよね。 

 

    みんな笑う

 

 

サワ      富山のおとうちゃん達、今頃何してるかな。

        餅でも焼いて食べてるかな。

 

宇助      そうだな、餅焼いて食べてるな、うまいな、あの豆餅は、それに大根おろしで食べ

        る餅は。

        それに、これからは屋根の雪下ろしだね。

 

お蝶      あっちの雪は重いからね。

        ・・・餅ね、腹一杯食べたいね。ここでは、米が出来ないからね。

 

サワ      米が出来ればいいんだけどね。この寒さじゃ無理なんだろうね。

 

宇助      そうよな、キビがせー一杯なんだろさ。

        でも、それも今年は少ししか採れんかったからな。

        始めたばかりじゃ無理だ。雪解けて、来年は沢山畑広げて、沢山種蒔くさー。

 

お蝶      そうだね。やっと二年がたつんだから、これからだよ。

        土地広げてさー。いろんなもの、沢山作ろうよ・・・。

        正月が来るちゅのに、うちの人何してるんかね。種馬だなんていって、どこほっつ

        き歩いてんだろうね。まさか、うちのとうちゃんが種馬みたいに歩きまわっているん

        じゃないだろうね。ははははー。

 

サワ      馬鹿なこというんじゃないって、お蝶さん。

        子どもの前だよ。ははははー。

 

鷲男      とうちゃん、正月には帰ってくるよね。

 

やえ      そうだよね、きっと。

 

源一      沢山うまいもの、持ってきっと帰ってくるって。

 

しん      何買ってきてくれるかな、楽しみだな。

 

宇助      そうだな、まず「みかん」「もち」「米」それにお菓子かな。

 

サワ      そうださ。みんなが待ってるんだから、沢山買ってきてくれるさ。

 

お蝶      そうならいいけど、買うだけお金持っていればいいけど。

 

宇助      心配ないって、天作さんは子ども思いだから、沢山買ってくるよ。

 

鷲男      そうだよね、とうちゃん、買ってきてくれるよね。

 

やえ      買ってきてくれるって。

 

源一      そうださ。

 

しん      きっと沢山買ってくるよ。

 

サワ      いいね、子どもって、こんなにお父さんのこと思ってるんもの。

 

お蝶      なーに、何か買ってきてくれる時だけさ。

             あんまり、期待してると、外れた時がっかりするよ。

        子どもが思ってるように、あの人は思っていないよ。

        それに、あの人が言うほど、そんなに儲かるもんでないだろうさ。

 

 

   外で馬の鳴き声がするみんな玄関の方を見る天作が入ってくる

 

 

天作      ただいま。

 

宇助      なーに、今あんたの噂してたとこなんださ。

 

サワ      あれー本当だ。帰ってきたよ。鷲男ちゃん、やえちゃん、源一ちゃん、しんちゃん

        よかったね。おみやげ沢山持って、帰って来たよ。

 

鷲男      とうちゃん、お帰り。

 

やえ      お帰り。

 

源一      おみやげは。

 

しん      私には。

 

お蝶      まーこの雪に。よくも自分の家に忘れずに、帰って来たもんだ。

 

天作      なーに言ってる。ここは我が家だ。なー宇助さんよ。

        おおー大きな腹になったな。何時だ、生まれるのは。

 

サワ      まだ、7ケ月目だけど、大き過ぎよね。

        ねーあんた、天作さんが帰って来たんだから、私達は帰りましょ。

 

お蝶      いいでしょ、いたって。

        少し、種馬の話でも聞いていけば。

 

宇助      いや、また来る。その時じっくり聞かせてもらうから。

 

サワ      おじゃましました。

 

お蝶      そうかい、雪降ってるから、足元気いつけてな。

 

天作      いつも世話かけてな、すまんな。

        これ食べてくれや。「米」少しだけど、正月も近いしよ。

 

宇助      いいんかい、こんなに貰って。すまんな、何時も。

 

サワ      本当に何時もすいませんね。

 

お蝶      何言ってる。いつも世話になってるのは、こっちのほうだって。

 

天作      いろんな物、持ってきてやればいいんだけど。まだ、今はあまり儲かっていないん

        でな。

        これぐらいで、がまんしてくれや。

          

宇助     すまんなー。じゃーまたゆっくり来るから。

 

サワ     お邪魔しました。

 

お蝶     どうもね、気つけて。

 

 

     宇助夫婦帰っていく

 

 

鷲男      どれ、おれのおみやげは。

 

やえ      私のは。

 

源一      おれのは。

 

しん      私のは。

 

お蝶      これこれ、とうちゃん疲れてるんだよ。今来たばかりだから。

        雪降ってから大変だったでしょ。

 

天作      いや、風がついてないから、大したことないって。

        これに風でも付いたら大吹雪ださ。

        やっぱり自分の家はいいなー。寒河江のとこじゃ居心地悪いもんなー。

 

お蝶      何いってんのさ、この家出来るまで世話になったんだからね。

        寒河江さん家に世話にならんかったら、この家も出来んかったって。こんなボロ家

        だって、我が家は我が家よ。

 

天作     どれどれ、おみやげはこっちの袋だ。おーそれ、菓子だ、菓子だ。 

 

子どもたち喜んで、紙の袋を破り、中から菓子をだして食べ始める

そこに宇助がサワを抱いてあわてて入って来る 

 

宇助      天作さん、大変だ。大変だ。サワが、そこの坂道ですべって腹打って。腹、痛いん

        だって。

        どうしたらいいんだ。

 

 

天作、お蝶、鷲男、やえ、源一、しんが駆け寄る 

 

 

お蝶      何、腹打ったて、何したのよ。宇助さんよ。こんなに大きなお腹なのに、すべらす

        なんて。ほれ、上がって。そこに横になって。ほれ、ここに寝かせて。

 

サワ      すみません。私が悪いんです。宇助さんが悪いんではないんです。

 

天作      どうしてまた、雪道だもん。すべるのあたりまえだろう。

 

宇助      ちょっと、手、離した時に。

 

お蝶      こんな時に、ころばんでもいいのに。

        あんた、山田のばあちゃん呼んできて、あの人産婆やれるんだから。町行って医者

        呼んでも間に合わんて、この雪じゃ。早く。

 

宇助      俺、行って来る。

 

お蝶      だめだ。あんたはここにいなくては。

        あんた、行ってきて。

天作      あーわかった。行って来る。しっかりするんだぞ。サワさん。 

 

 

天作外に走って出ていく

 

音楽徐々に大きくなり、照明徐々に消える

(セット換える)

 

音楽小さくなり、お経が入る

徐々に照明入る

 第四場(八分) 時 三場より2日後の午後

所 宇助の家の居間兼台所 

 

宇助、サワの子の葬儀の後かたずけ中、お蝶、イト、茂子、近所の女ミネ、あやが後かたずけをしている

土間や台所で、イトの子どもセツ、キヨと、ミネのこども、ぎん、あやのこども、ゆり、てる、さちがお

菓子を食べながら遊んでいる 

 

あや      これ、少しは静かにしてよ。みんなが悲しんでいるちゅのに。

 

イト      本当に、なんだい。子どもが死んだというのに。

                   そんなに騒いでいられるの。

 

茂子      だって、おばさん。葬式か、正月ぐらいしか。お菓子なんかあたらないしょ。

 

ぎん      生まれてくるんだった子どもには悪いけど、私たちにとっては正月が来たみたい

        んださ。

 

ゆり      そうなんだ。お菓子久しぶりだも。

 

セツ      私もだ。

 

キヨ      私なんか、何時食べたか覚えていないもん。

 

ゆり      そしたら、お姉ちゃん達が覚えていないなら、私なんか、知っていないよね。

 

てる      そうだよね。私なんか、よけい知らないよね。

 

さち      私も知らないもん。ねー姉ちゃん。

 

ぎん      そうださ。去年正月だったから・・・一年も前のことださ。

 

ゆり      正月、そんなに昔のことだった。それだら初めて食べるのと同じみたいなもんだ

        よね。

 

てる      本当だね。そしたら今度食べられるのは何時なのかなー。

さち      そしたら、誰かが死ななきゃ食べられないの。

 

イト      馬鹿なこと云うもんじゃない。

        人が死んで、正月はないよ。

 

ミネ      そうださ。・・・サワさん、初めての子だからね

あや      可哀想に、サワさん。どれだけガッカリしたことか。

        本当に残念なことしたさ。宇助さん、あんなに喜んでいたからね。

 

お蝶      そうださ。宇助さん、ガックリしてたな。

 

ミネ      本当だ、かわいそうになー。子ども出来たら、腹一杯食わしてやるんだって・・・

        来年は畑広げるんだってはりきっていたのにね。

        こういう所では、子どもがいることが、一番励みになるからね。

 

あや      まったくね・・・子どもが出来るところには、なんぼでもできるのにさ。家なん

        か、十二歳頭に五人もいるのに。

 

イト      まったくな、あんたんとこは、腹、空いてる時なかったもな。

 

ミネ      そうだね、そういわれるとそうだよ。いつもお腹が大きかったさ。

        なーあやちゃん。

 

あや      そうでもないよ。何ヶ月かは、入っていなかったって。

        出来なくてもいいと思っても、私のお腹は、すぐ出来てしまうのさ。

 

ゆり      そうださ。てるとひとつ違いで、さちがまたひとつ違いなんだ。

 

てる      そうだよね。姉ちゃんとひとつ、さちともひとつ違うんだからね。

 

さち      姉妹、みんなが一つ違いなんだ。

 

ぎん      そうかー。一番上の兄ちゃんから、下のさちまで、みんなひとつ違いで五人もい

        るんだよね。

 

茂子      あやおばさん、出来なくてもいい子なんている。

        そんな子いないよ。何云ってるのさ。おばさんそんな気持ちで生んでもらうなら、

        始めから作らないでや。

 

イト      ほー、云うね。うちの娘は。そうだよ。あやさん。欲しくても出来ない人もいれ

        ば、サワさんみたいに生まれる前に亡くなる子だっているんだからね。

 

お蝶      こりゃー茂子ちゃんに一本取られたね。

        茂子ちゃんなんて、呼べないよ。もう立派な女だよ。

        なーイトさんよ。

 

ミネ      まったくだ。いい娘さんになった。

 

あや      立派な娘さんだって。

        そうだね、茂子ちゃんの云う通りだ・・・。

        私の五人の子ども、上二人は男だけどさ、可愛くないの一人もいないもの。みん

        な可愛いくて。

 

茂子      いや、そんな意味で云ったんだないんだ。

        親って、どんな子でもみんな可愛いもんだと思ってるもんだからさ。

 

ぎん      でも、うちのかあちゃん私ば、何時も怒ってるから、私なんかは、可愛いくない

        んでないかな。

 

セツ      私もださ、何時も怒られてさ。

 

キヨ      そうだね、私もさ。

 

ミネ      いや、違うって。なー茂子ちゃん、みんなもね、可愛いければそ、怒るのよ。

        可愛いくないなら、どんなことしても、見ても見ないふりしてるさ。

 

あや      そうださ、可愛いいからこそ、立派な人になってもらいたくて、怒るんだよ。

        ねーそうだよね。イトさん。

 

イト      いやー・・・茂子。セツもキヨも、本当に可愛いくないんだ。可愛いくないから、

        バンバン怒れるのさ・・・バンバンね。

        ははははは。 

 

               みんなが笑う 

 

ぎん      イトおばさんと同じださ、家のかあちゃんも。

        だって、いつも本気で怒るもん。

 

ゆり      そうださ、本気ださ。朝から晩まで怒られぱなしだ。

 

てる      でも、ゆり姉ちゃんは、ぎん姉ちゃんよりはいいって。

        大きい姉ちゃんは兄弟を代表して、怒られてるみたいだもんね。

 

さち      そうださ・・・私は一番下だから一番得してるよね。

        でも、今度下が出来れば私も怒られるのかなー。

        だったら、弟か妹は出来ない方がいいなー。 

 

               そこにサワが入ってくる 

 

サワ      みなさん、すみませんでしたね。

 

お蝶      だめだ。寝てないと。片付けは大体済んだから、まだ起きるのは早い。

 

イト      そうだよ。寝てた方がいいって。

 

ミネ      大変だったね。力落とさんで。いいのかい。まだまだ無理は出来んよ。

 

あや      本当だよ。無理しないほうがいいよ。

 

茂子      サワおばさん。元気だしてよ。私これから時々来るからさ。

 

サワ      ありがとうね。みなさんのおかげで、無事すますことが出来ました。本当にあり

        がとうございました。

        これからも、よろしくお願いいたします。

 

お蝶      なーに、みずくさいよ。私たちみんな仲間ださ。

 

イト      本当だよ。みんなが仲間さ。

 

サワ      よろしくお願いします。

        ただ、私よりは、うちの人が心配で。

        今は、気張ってるから元気そうに見えるけど、何日かたったら、がっくりくるん

        じゃないかと思うんだけど。

 

ミネ      そうかもしれないよね。宇助さん、子ども出来るの、今か今かて待ってたからね。

        子ども出来たんだって云ってた時から、宇助さん働きに働いてたもんね。この土

        地子どもに残すんだって。

 

あや      そうよね。宇助さん、落ち込むよね。かわいそう。

 

お蝶      宇助さん、そんなやわでないよ。それは私が一番知ってるから。

        そうでしょう。この一年、私の畑開くの手伝いながら、こんなに自分の土地を開

        いてきたんだよ。

        考え用によっては、このサワさんだって、あぶなかったんだよ。

        そのサワさんが元気でいるんだから、いいとしなくちゃ。

        そうだろう、なーサワさん。

 

茂子      そうだよね、おばさん。元気だったら、子どもこれからなんぼでも、作れるよ。

        あやおばさんみたいに「六人目」このお腹のなかにいるんだから。

 

イト      こりゃーまいったね。また茂子に一本取られたよ。

        ははははは。

 

サワ      そうですよね。茂子ちゃん、ありがとう。これからドンドンあやさんに教わりな

        がら、作るから。

 

茂子      その内、私もいい男みつけて、結婚して、沢山子ども作るんだ。

 

ミネ      そうだね。いい男みつけて。結婚することだね。

 

ゆり      私も大人になったら、早く見つけよう。

 

てる      ねー姉ちゃん。

 

さち      姉ちゃん、早く読めさんに行ったら、私たち困るね。

 

あや      でも、この近辺じゃ、いい男いないよ。

        一人前になったら、外に働きに行っちまうものね。

 

お蝶      そうださ、若い者はみんな出て行って働らかなきゃ、家族が生きていけないから

        な。それが今の、ここの開拓百姓さ。

        そうしなくてもいいように、うんと畑広げて、沢山作物作って、売って、金儲け

        しなきゃな。

        なーサワさんよ。泣いてばかりいても、だめだ。酷な言い方かもしれないけれど、

        亡くなった子どものことは今日で、泣き納めにして、明日からまたがんばろうや。

        それが今の私達の役割なんださ。 

 

               サワのそばにより、慰める

 

               音楽入り、徐々に大きくなる

(セット換える)

               照明入る

音楽小さくなる


第五場(十五分)  時 三年目の夏の暑い日

所 お蝶の畑

 

お蝶と子どもたち鷲男、やえ、宇助が畑仕事、一服中

 

 

 

お蝶      なーそろそろ一服するか。なー鷲男。やえよ。

 

やえ      うん、一服だ。にいちゃん一服だよ。

 

鷲男      宇助おじさん、一服だって。

 

宇助      あー一服するか。

 

お蝶      やえなら、一服するったら一番早いな。それくらい仕事も早ければいいのにさ。

 

鷲男      そうださ。草取りは遅いし。

 

やえ      何言ってるの。草取りは私の方が早いよ。ねー、かあちゃん。

 

お蝶      本当だ。やえの方が早いって。今日はすまんな、宇助さん。ちょっと草取り遅れ

        てるもんだから、手伝ってもらって。

 

宇助      いや、家の方は昨日でだいたいになったから。お蝶さんとこは、土地広いから大

        変ださ。ただ、ここ何日か暑いもんだから、サワちょっとのびてるんで。今日は、

        休ましてるんで。子ども亡くしてから、いつもの調子に戻らんで。

 

お蝶      当り前ださ。二ヵ月も早く出てきたんだから。サワさんの体も、駄目でないかっ

        て云ってたくらいだから。今年はサワさん、無理出来んよ。

 

宇助      そうします。無理だけは。ちょっと、家まで、サワの様子見にいってきます。

 

お蝶      それがいい、見てきてやんな。

 

宇助      それじゃ。 

 

 

宇助立ち上がり下手に歩き出す 

 

 

お蝶      宇助さんよ、これ持っていってやれ。  

 

 

 

お蝶食べ物を渡す

 

 

 

やえ      おばさん大変だよね。 

 

鷲男      おばさん良くならないと、宇助おじさんも大変ださ。

 

お蝶      そうだな、おまえらも早く大きくなって、少しは手伝ってやれや。

 

やえ      かあちゃん。宇助さん達も、かあちゃん達も、何でこんなにまでして、ここで百

        姓するの。土地広げるの。

 

鷲男      俺もいつも考えてた。とうちゃんはあまり、家に寄り付かない。かあちゃんと宇

        助おじさんに手伝ってもらいながら、苦労してさ。

 

やえ      本当だ。どうして。

 

お蝶      うん、それはな・・・

        とうちゃん、あまり家に来なくても、お金は時々送ってくるんだ。

        それに、馬を置いてくれてるだろう。見れ、この辺じゃ誰も馬持ってないだろう。

        だから、土地ひろげるの、うちは一番早いんだ。それに、宇助さんが手伝ってくれ

        るしな。

        ただ、本当のところ、ここ以外に、どこにも行くとこないのよ。

        それに、船に乗り、汽車に乗り、何百里も歩いてここまで来た。また、来た道帰

        れったって、もう歩くのはごめんださ。故郷に帰ったって、かあちゃんがいられる

        家なんて、ないのさ・・・。

        なー鷲男、やえ。

        かあちゃんな、ここに来て、始めて自分の土地が手に入ったんだ。

        わしのな、わしの・・・

 

鷲男      そうなんだ、そうだよね。

 

やえ      たくさん歩いてきたもんね。私もまた来た道帰りたくないもん。

 

鷲男      そうだよね。家も出来たし、自分達の馬もいるし、どんなに苦しくても家族で一

        緒に生活してるもんね。

 

お蝶      とうちゃんいれば、まだいいけどね。

 

やえ      だけど、飯場、飯場で、いろんなとこ行ってるより、自分の家で、自分の土地で、

        生活出来るんだから、こんないいことない。

        だって、私たちのふるさとが出来たんだもん。

        そうだよね、かあちゃん。

 

お蝶      そうだなー。やえもいいこと云うようになったな。ははは・・・。

        もう少し大きくなったら、おまえ達にここまかせるさ。

        だから、がんばらないといけないぞ。 

 

          お蝶立上り、周辺の畑を歩き回る

          鍬を持ち、農作業に入る

          鷲男、やえも畑に入る 

 

宇助      お蝶さん聞いてや。 

 

 

          宇助、サワを抱きかかえて入ってくる

 

 

お蝶      何した、サワさんよ、具合が悪いのか。

        具合悪いなら、部屋で寝てなきゃだめだ。

 

宇助      いや、聞いてくださいよ。

        サワたら、「死にたい」って云うんです。

        どうかしてるんです。

        お蝶さん、何か云ってやってください。

        お願いします。

 

お蝶      何があったんだい、何が。云ってみな。どうしたんだい。

 

 

 

          お蝶と宇助が、サワに問い詰める

          しかしサワは云おうとはしない

 

 

 

宇助      何がどうしたんだい。変なこと云わんでくれや。

        たのむ、なーサワ。

 

お蝶      なーサワさんよ。何でさ。そんなこと云うんだよ。

        ここまで、みんなでやってきたのに。

 

宇助      何か俺、お前にいやなこといったか。

        云ったんだったら、許してくれ。

        なーサワ。 

 

 

          サワやっと言い出す 

 

 

サワ      あんたが悪いんじゃない。

 

お蝶      そしたら、私が何かいやなこと云ったのかい。

 

サワ      いや、お蝶さんでもないの・・・

        誰でもないの・・・全部私が悪いの。

 

宇助      なら、何が悪いんだ。何が。なー言ってみれ。

 

サワ      ・・・去年の暮れに、私の不注意で、お腹の子ども亡くして、春になっても、満

        足に仕事も出来なくて、いつもあんたや、お蝶さんに迷惑かけて、夏になっても、

        また体が満足に仕事出来ないし、こんなことずーとだったら、あんたや、みんな

        に申し訳なくてさ。

 

お蝶      なーんだ。そんなことで、悩んでいたのかい。

        何、言ってるんだい。そんなの夫婦の仲で言い合う言葉じゃないよ。なー宇助さ

        ん。

 

宇助      あーそうだよ。そんなこと、おれが気にしてると思ってるのか。馬鹿なやつだよ。

        当たり前だろうさ。お前が具合悪かったら、俺がやるのは。

 

お蝶      なーサワさん、宇助さん。

        私もここに来て、一年が過ぎた頃、あの裏山の、あの岩淵に立って、飛び込んで

        死のうと思って、行ったもんさ。

        でもね、人が自ら命を絶つほど、神は人間に命を与えたのではないと思う。その

        人、その人に役割を与えて世に送り出したんだと思う。精一杯生きて、生きて、そ

        の役割を務めて生きて行くことが、人間としての使命でないのかね。

        苦しいことの方が多いかも知れない。でも、楽しいことを少しでも作る努力をし

        ながら、生きて行くことが、人の生き方と言えるのでないかな。

        そんなこと、あそこに立つと、いつも思うんだ・・・。

        そして、いつも出てくるもんがあるんだよ。

 

宇助      何が出てくるんのさ。

 

サワ      何なんですか、お蝶さん。

 

鷲男      何さ、何よ、かあちゃん。

 

やえ      かあちゃん、なにがでるの。 

 

 

          音楽入る

下手より踊り入ってくる 

 

 

 

お蝶      それがな、私のとうちゃんや、かあちゃんが、それに兄弟達が、おまけにある時

        は、親戚一同が現われるんだよ。だけど、何も言ってはくれないんだ。

        ただ踊ってるんだ。太鼓と笛の音でな・・・ 

 

 

  ―間をとる― 

 

 

お蝶      ・・・ほれ、聞こえないかい。 

 

 

        お蝶、鷲男、やえ、宇助、サワ、遠くの方を見る

音楽入る

        シルエットで下手より、天作の子ども源一、しん、寒河江夫婦と子どもたち、

        ミネ、サト、あや、その子ども達が上手に向かい踊って行く

 

 

お蝶     ほらね、見えるだろう。聞こえるだろう。私のおとうちゃんや、おかあちゃん。そ

       して故郷の人たちが。

       こんな、北の果てで、土地開いて、耕して、種植えて、やっと実が付いたかと思え

       ば、水害、霜の害で全滅。でも、それでも歯食い縛って、頑張ってる私達を、励まし

       ているんだと思う・・・

       何だろうね。私がここにいるのは、っていつも思う。

       だけど、私が、いや、私達がここでやらなきゃ、誰がここの土地を拓くのかね。こ

       の土地を・・・。

       少し大きな事言ってしまったけど。 

 

 

 

          上、下手より全員入ってくる 

 

 

 

お蝶     うちの人は、家には寄り付かない。宇助さん夫婦が頼りだった。そして、私に一番

       励ましてくれたのは、子ども達と、ここの部落の仲間達だ。もし、この子ども達や、

       仲間達がいなかったら、こんなにまでも、がむしゃらに頑張ってはこなかったと思う。

       私はこの子ども達の親として、教えてやれるとしたら、私の働く姿でしかかいんで

       すよね。

  

 

 

          音楽静かに入る

 

  

 

お蝶     この畑、この土を、子ども達に残してやりたいんで。

       それが、この世に生きていたという、私の証だからね・・・。

       そしてやがては、私がここの土になるんだから

 

  

          音楽大きくなる

お蝶歌いだす

2番からみんなで合唱する

真っ赤な夕陽がみんなを照らす

 

                  ―――― 幕 ――――



スタッフ 企画               町民芝居ゆうべつ
脚本・演出            石 渡 輝 道                       演出補・音響・照明        坂 本 雄 仁                       音楽               菊 地 陽 斗                       舞台美術             新 海 隆 男                       化粧               高 丸 君 子                       衣裳協力者            渡 辺 明 美                                        入 江 ゆかり                                        谷 口 かなえ                                        吉 松 友紀江                                        岳 上 美 和                                        中 原 秋 美                                        湊 谷 まゆみ                                        寺 本 由美子                                        小 関 みどり                       代表               石 渡 輝 道                       事務局・総括           本 田 勝 樹 
広報               坂 本 雄 仁                           練習           阿 部 壮太郎

キャスト  小田原天作  (四十歳)     阿 部 壮太郎                       その妻 お蝶 (三十八歳)    黒 田 絵 里                       天作の長男 鷲男(十三歳)    渡 辺 雅 之                       天作の長女 やえ(十二歳)    入 江 美 里                       天作の次男 源一(十一歳)    岳 上 和 貴                       天作の次女 しん(十歳)     大 渕 愛 結           

同時入植者 酒井宇助(四十二歳) 本 田 勝 樹                       宇助の妻 サワ(三十七歳)    曽 根 早 苗                       案内人 野々山(四十五歳)    茂 利 泰 史                       先の入植者 寒河江茂十(四十五歳)深 谷   聡                       茂十の妻 イト(四十歳)     大 渕 美 夏                       茂十の長女 茂子(十五歳)    渡 辺   恵                       茂十の次女 セツ(十二歳)    谷 口 琴 乃                       茂十の三女 キヨ(十歳)     谷 口   麗                       近所の入植者 女 ミネ(四十五歳)野 津 玲 子                         々      あや(四十五歳)小 川 敬 子                       ミネの子ども ぎん(十一歳)   吉 松 亜 祐                       あやの子ども ゆり(十歳)    岳 上 奏 美                         々    てる(九歳)    入 江 みなみ                         々    さち(八歳)    湊 谷 若 葉

ナレーション           相 場 典 子


公演までの日程 四月〜九月(第二火曜日)例会日とし、前回の反省と今年の内容検討協議
十月二十一日 草稿脚本検討、スタッフ、キャスト公募(十一月末日締切)             十一月十一日 脚本完成、読み合わせ
十二月九日 キャスト、スタッフの決定

一月は、毎週火曜日(十三日よりキャスト、スタッフ顔合わせ、初読み)週一回
           二月は、毎週火、金曜日(週二回)
三月は、毎週火から金曜日練習
公演日は、三月二十日(春分の日)午後二時開演

ページtop