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「ハマナスの花の咲くころ」 一幕五場(六十分) 「汝(な)サロマ湖にて戦死せり」より 作 宇 治 芳 雄 |
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公演までの日程 四月 公募(随時募集) 五月 旗上げ 六月 内容選定及び決定、脚本作成 八月 キャスト、スタッフ決定 九月 九月から十二月は毎月第二火曜日午後七時より練習開始 一月 毎週火曜日練習午後七時より 二月 毎週火、金曜日練習(子どもの練習は二月から金曜日のみ) 三月 毎週火から金曜日の三〜四日練習 リハーサル日 二八日(金)午後六時三十分) 公演日 三十日(日)午後二時開演 |
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音楽入る |
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ナレーション(五分) 第一場(八分) |
湧別は、今年開基百二十年(平成十四年)になる。 この百二十年の時間の流れは、いろんな出来事を、作り上げてきたのである。 明治、大正、昭和での冷害凶作、世界相手の戦争、そして平成へと時は代わり、農業では、ハッカから、米作、そして酪農へと。 漁業ではニシン、カニ、サケ、マスからホタテへと代わっていった。 人口は止めどもなく減りつくし、一万三千人をピークに、今では五千にまで減少したのである。 その間に生きた人たちは、苦労、苦労の連続だったと思う。 その労苦の上に私たちが、今生きていることを忘れてはならない事である。 だが、その大半が、過去の出来事として忘れ去られようとしている。 しかし、絶対忘れてはいけないことが、この湧別にはある。 それは、昭和十七年に起きた「機雷爆発事故」である。 死者一○六名、負傷者一三○余名もの大惨事である。 このことを調べて、一冊の本にした人がいる。 作家の宇治芳雄。 「汝(な)は、サロマ湖にて戦死せり」である。 今、このことについて一番知っている人でもある。 この本の中には、生々しく表現されているが、作家、宇治芳雄氏、当時の体験された人々から、書ききれない程、聞き取りをしていたという。 そこで平成十四年に旗上げした、私ども「町民芝居ゆうべつ」は、この事件を正面から受けとめ、この本と、一部聞き取りをしながら、脚本化したのが今回の芝居である。 それは湧別の出来事を、湧別の人々がとり上げ、演じる、そして伝えることによって、この事故で亡くなった人たちの、本当の意味での心の訴えが、少しでも理解出来たらと思い、ここに公演することに踏み切ったのである。 旗上げしてからの短期間での練習、「演じる者」「裏で支える者」全てが素人の集まりである。いろいろ不備な点は多いと思いますが、これからの期待を込めてご勘弁願いたい思います。 それではみなさん、ごゆっくりご鑑賞ください。 音楽ひときは大きくなる 幕上がる 音楽徐々に小さくなる 舞台下手に「みよ」立っている。ヨチヨチと歩きだす ライトそこに入る 時 平成のある年の、初夏 所 湧別前浜 杖をついて山本みよが、歌を口づさみながら歩き、近くの魚箱に座る
今・・・こんなに一杯、ハマナスの花が咲いている。 まわりを見る みよ でも、この花だって六十年も前のことなど知ってはいないだろうさー。 ・・・・それ以上に・・・この湧別の町に住んでいる人でさえ、知っている人は、 どのくらいいるのだろうね・・・あの、凄まじい光景を・・・ この世とは思えない・・・あの悲惨な姿を。 それが、昭和十七年・・・五月・・・二十六日・・・午前・・・十一時・・・ 二十六分・・・のことなんだよー。 すわる
あの事故で、おとうちゃんを亡くして・・・しばらくして・・・姑、ばあちゃん を送り出した。 そして三人のこども育てあげたら・・・そしたら・・・ わしが、送り出した、姑ばあちゃんの歳以上になってしまってさあー。 そうよなー・・・ 私の八十数年は何んだったんだろうね。 長かったのかね・・・それとも、短かったのかね・・・ こんなこと・・・みんな思うのかね・・・ 誰もが、こんなこと思っているのかね・・・いや、いないよねー。 そうだよね・・・ おとうちゃんと恋愛して、結婚、猟師なんかしたこともないのに、嫁にきてさ、 それも姑のいるところにね。 いい姑だったから、良かったけど・・・ おとうちゃんば好きになったんだから仕方ないのかね。 ああー・・・恋愛中な・・・逢引、今で云うデイトだね。 よく浜で隠れて、したもんだ。 寒い日なんかは、浜なんかにはいられやしないって。 誰もいない番屋ば捜して、行ったこともあったさ。 それも、わしが親と飲み屋をしていたから、店、済んでからしか会えなかった。 だからいつも夜中か、店の開く前の真昼間、雨降りの日が多かったな、相合傘で 歩くと、おとうちゃん、照れてね、嫌がるのさ。 そんなことしてるもんだから、町中知れ渡って。 そろそろ年貢の納め時だと思うようになって・・・「うん」ていったんだ。 でも、私の親が反対してね。 漁師はお怖い、板こ一枚下は、地獄だ、と云ってさ。 あの頃は、ハッカがいくて、ハッカ大臣がいてさ、ハッカ御殿も建ったくらい景 気がよくて、よく家の店にも来て、お金ばらまいていたね。 そんなの見ていりゃ、魚の捕れない漁師になんかに「嫁に行ってもいい」っては、 云いはしないって。 それでも親ば、説得して、飛び出るようにして、ここに来た。 来た以上働かなくてはいけないさ。 おとうちゃんと一緒に船に乗った。 夏は涼しくて、いいけど、船酔いが大変で・・・でもそれも三〜四カ月経てば慣 れて酔わなくなったね。 そうよなー、一番辛かったのは寒さだね、特にオホーツクの秋の海は寒かった。 凍りつくような寒さだ。 それでも海に出なけりゃ食っていけやしない・・・捕れば金になるからね。 一月半ばになれば、あの流氷が来て浜を埋める。 今だから、流氷観光だなんて云ってチヤホヤしているけど、あの頃はただ寒さが 来るだけだった。 流氷がくれば、普通より五度も、十度も気温が違うさ。 海の仕事は何も出来ない、せいぜい網直しぐらいだった。 だからみんな、出稼ぎだった。 春が待ちどうしかったなー。おとうちゃん達が帰って来るからね。 また夫婦で海に出れるし。 ここで立つ 左側を見る 右側を見る 前を見る みよ ああーそうだ楽しみといったら、一軒しかない映画館にさー、よく行ったもんだ。 ・・・結婚まえも、結婚してからも・・・ 前に歩く みよ そうだったな・・・ある時見た、外国の、戦争映画の場面と同じ光景が、あの昭 和十七年五月二十六日だよ・・・五月の二十六日だよ。 音楽(昭和十七年頃の)入る スポット消える 同時に舞台明り入る
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第二場(八分) | 時 昭和十七年五月二十五日 所 前浜 下手より学校帰りのこども達が入ってくる 綾 今日、早く学校終わって良かったね。 元 そだ、いつもこんなに早いんならいいよね。 学 本当だ。 妙 今年はまだハマナスの花咲かないね。 強 つぼみはもっているけど。 末 寒いんでないかい。 綾 少し暖かくなれば、すぐ咲くよ。 元 そうだ、もう少し暖かくなれば、すぐ咲くよ。 学 ハナマスってきれいな花だよね。 妙 家の母ちゃん達、このハマナスの花摘んで集めるんだって。 強 花なんか摘んでどうするの。 末 家の母ちゃんも、花摘むのに、妙ちゃんの母ちゃんと、やるって云っていた。 綾 なんすんのさ。 元 こんな花どうするのよ。 学 何かになるのかなー。 妙 香水の原料になるんだって。 強 香水って。 末 あの匂いする。 綾 そうだね、いい匂いだもんね。 元 えー、香水ね、いいかもよ。 学 香水にして、誰がつけるのよ。 妙 そりゃー女の人ださ。 強 そうだよな、男がつけたら、笑いもんださ。 末 ども、いるかもよ、男でもつける者がいるんでないかね。元ちゃんならどう。 綾 そうださ、元ちゃんならわからんて。 元 俺がそんなことしないって。末、馬鹿にすんなよ。 学 元ちゃん、おこった。元ちゃんがおこったの初めてみた。 妙 元ちゃんが、初めておこった。 強 本当だ、俺も初めて見た。 末 そうだ、元ちゃんはおとなしいからね。 綾 もう、そんなこと云うのやめよう。ねー、明日前浜で機雷爆発させるんだって云 ってたけど、機雷ってどんなもんだろうね。 元 大きいものなのかな。 学 大きいって云ってた。 妙 大きいさね、軍艦ば沈没させるんだからね。 強 軍艦ば、そんなに大きいものをかい。 末 どうしてここに、来たんだろうね。 綾 今、戦争してるからだよね。 元 そうだ、うちの父ちゃんも行ってるし。 学 妙ちゃんとこの、父ちゃんも行ってるし。 妙 そうなんだ、早く父ちゃん帰ってこないかな。 強 行って、その機雷見て来るか。 末 だめだって、行かんほうがいいって。 綾 そうだ、行かんほうがいいって、父ちゃんにしかられるって。 元 でも、見たいなー。 学 そうだ、そっと見て来るか。 妙 行って、爆発したらどうするのさ。 強 そしたら、おっかないな。爆発したら。 末 そんなこと、ないしょ。そんなに、すぐ爆発したら、明日みんな集まっている時、 爆発したら、危ないしょ。 元 そうださ、危ないしょ。 学 でも、父ちゃん達、消防団の人達来て警備するんだから、心配ないと思うよ。 妙 何して、そんなに人集めて、見せるんだろうね。あぶないっしょ。 強 そうだよね。何して。 末 これは、危ない物だからって、見せるんじゃないの。 綾 だから明日は、こどもは、家で留守番するんだって、先生云ってたしょ。 元 でも、ちょっとだけ、見ていくか。 学 そうだ、ちょっとだけ。 妙 やめようよ、先生が行ったらだめだって云ってるんだから。 強 やめな、学兄ちゃん、やめな、父ちゃんに云い付けるから。 末 そうだ、やめよう。明日父ちゃん、母ちゃん行ってきたら、聞いて見よう。 綾 本当は見たいけど、やまようよ、父ちゃんや母ちゃんにしかられるって。 元 先生にもな。 学 そうするか、先生もこわいけど、家の母ちゃんの方がこわいもな。 妙 さー帰えろ、もう少したったら、ここのハマナス咲くよね。そしたら、母ちゃん に手伝って花摘む。ねー末ちゃん。 強 おれも、手伝ってやるから。 末 そうだね、強ちゃんお願いね。妙ちゃんよかったね。さー帰ろ。ねーみんな。 綾、元、学、強、末、手をつなぎ上手に入る 音楽入る |
第三場(二十四分) | 時 昭和十七年五月二十五日(事故の前日)晩 所 山本家の居間 山本正二、みよ夫婦、姑のなつ、三人のこどもたち、近所の猟師 仲間二夫婦と漁師の青年が来て酒飲みながら話している 漁師 明 篤、明日、機雷見に行くのか。 漁師 篤 うん、行きたいと思っているんだけどよ。 明 いくべよ。一子、あんなどうするのよ。 一子 ああー、わたしは、勿論行くさ、父ちゃん行かんでも。 篤 そうよな、見なけりゃ損だよな。二度と見れないかもしれない、代物だって。 みよ そうなのよね、何処から流れてきたんだろうね。 なつ ソ連のだっていうんじゃないの。 子ども 学 ソ連て何処。 子ども 綾 学、ソ連も知らないの。 学 まだ、学校で習ってないもん。 綾 ソ連て北の方にあって大きい国よね。 明 へー、綾ちゃん大したもんだ、ソ連知ってるんだ。 篤 学、二年生じゃ習ってないのか。それじゃ知らんのあたりまえださ。 明 ええー、そしたら、知ってるのかよ、篤、何処にあるって。 一子 そうだあんた、あんた知ってるの。云って見れば、何処よ。学に教えてやれば、 ・・・綾ちゃん、地図あるか、持ってきてちょうだい。 子ども 強 ほれ、これ。 正二 そんな機雷見に行くより、船、出して、魚、捕った方がいいって。 みよ でも見たいよね。めったに見れるものじゃないしょ。 なつ でも、怖いよね。いつ爆発するか分からないもの。 明 そんな側まで行かれないって。警察がうるさくてさ。 正子 そうよね、警察と消防で見張りしてるんだろうさ。正二さんも明日は行く んで 篤 当り前だろうさ、正二さんは、消防団の幹部だものな。 一子 そしたら、正二さん、私達そっと行くから、いい場所で見せて。 みよ うちの人が云うように・・・魚、捕れてる時に捕らないと、いなくなるよ。 なつ なーんで、そんな馬鹿なことするんだろうね。 この忙しい時に。 それもみんな集 何かあったら、どうするつもり何んだろ。 正二 ばあちゃん、何云うって。 警察にでも聞かれたらどうする。 刑務所行きだぞ。 明 そうだな、湧別の村内ばかりでなく、佐呂間や、遠軽からも来るんだそうだ。 正子 臨時の汽車も出るんだってさ。 篤 何でそうまでして集めたいのよ? 一子 そりゃー、見たい人が多いからだろうさ。 みよ そうださ、みんな見たいだろうから、みんなに知らせたんだろうさ。 なつ 町の中ではまつりみだいださ。 明日は弁当持って、酒持って行くって、店が売れ 明 そうなんだ、俺たちも少し酒でも持って行くべよ。 正子 そうだね、オニギリでも作って行くかね。 篤 俺、今日、捕った、ニシン焼いて持って行くさ。 明 何か、芝居見に行くみたいだな。 学 ねーいいしょ、おれも連れてって、おれも見たいな。 綾 私も行きたいな、ねえお母さん、おじさんたちと行ってもいいしょ。 強 僕も行く。 正二 何云ってる、学校があるだろうさ。子どもの行く所じゃない。 学 明日、学校休みなんだ。 綾 休みなんだけど、家にいて外へは出ないようにって、先生が云っていたよ。 正二 それに女、年寄りも来るところじゃないって。 特に、子どもは絶対に来ちゃ駄目だ。 みよ、おまえもだめだぞ。 ばあちゃんもな。 見せ物でないぞ。 誰が言い出したのかしらんけど・・・大変なことをやるんだぐ 上の連中は・・・ みよ おとうさん、そんなに大変なことやるの。 なつ そりゃー機雷なんだからなー。 爆発させて人を殺す道具なんだからなー。 明 それが二個も流れてきたんだからな。 正子 一個はポント浜に、もう一つはサロマ湖の中に漂流してるんだもんね。 篤 湖の中のは、昨日、船でポント浜まで引っ張っていったから。 一子 よく爆発しなかったよね。爆発したらみんなイチコロださ。 学 そしたら、何でそんな恐ろしいもの、みんなに見せるのさ。 綾 そうよ、見に行くの止めたら。 明 それはそうだ。 でも、警察はちゃんと、その機雷を処理する人を連れてきて、爆破させるんだか ら、心配ないって。 正子 そうだよね、そうでなけりゃ人まで集めないだろうさ。 篤 そうだとも、警察がやるんだから、心配することないか。 正二 そうは思うけど・・・なー・・・ みよ 何、何か、何かあるの。 なつ そうだ、正二、何かあるの。 明 大将、何かあるんですか。 正子 何ですか。 篤 みんなには云えないことですか。 一子 正二さん、云って下さいよ。 明日安心して行けないでしょう。 正二 そうよなー、俺もあまり、心配しているわけではないんだけどよ。 ただ・・・ みよ ただ何よ、ねー、おとうさん。 なつ そうよ、正二云いなさい、何がさ。 正二 ああー、それは昨日、爆発させる場所でもめてよ。 一時は海の中で爆発させたら、って云う意見があって。それは丘に上げるより、 安全だからということだった。 でも俺たち漁師仲間は、魚が死んでしまうから、 明 そりゃあたりまえださ、海の中であんなもの、爆発させたら、魚、全て死んじゃ うって 篤 そうださ、俺たち漁師は、細々と魚捕って、みんなが生活してるんだからな。 正二 多分、海の中が一番安全なのかもしれない。 どのくらいの爆発がするかも知れんだもんな。 昨日なんか、みんなでロープつけて二個とも砂浜に、引き上げたんだからな。 それに、鍛冶屋の留たら、その一つの方の機雷に跨って、「げんの」でガンガン たたいて、見せたさ。 みんな驚いてたさ。 留の奴、好い気になって、天下取ったような顔してたさ。 正子 それだら安心だ。「げんの」で叩いても、何でもないんだからさ。 明 だら、どうやって爆発させるのよ。 正二 鍛冶屋の留は、サロマ湖から引っ張ってきた方に跨ったんだ。 何となく小さいも さすがに海から引き上げた方には手も触れなかったね。 でもなー、二つとも砂浜に引き上げたんだから、これ以上動かさなけりゃ心配な いさ。 明日の十二時には警察が連れて来る、爆弾処理隊が来ればな。 みよ そうだねー、海の方が安心なのかもね。 浜だったら、砂や木や、石も飛び散るだ ・・・でも、・・・どこで爆破させても、ケガ人がでるかもよ。 なつ そうだなー、海の方が安全かもな。 でも、漁師には、それはさせられないって。 海の神様、怒りだすって。 そうなんだ・・・正二の心配がそこにあったんだな。 明 判らない訳じゃないけど、とりあえず今は、浜に二個並んでいるんでしょ。 正子 それなら、大丈夫ださ。 篤 そうださ、明日は行ってみるべ。 明 うん・・・でも少しは心配だな。 学 おじさん、悟おじさん、一番度胸ないね。 綾 本当、みんな行くって云ってるんだから、行っておいでよ。 よく見て来て、私達に聞かせて。 強 ねー、よく見てきて。 ・・・ああー眠くなった、かあちゃんもう寝る。 みよ ああ、寝るかい、そしたら、学も綾も、一緒に寝なさい。 学 おれ、まだ眠くないもん。 綾 私も、まだ、眠たくない。 まだまだおじさん達の話、聞いていたいもん。 なつ もう寝た方がいいよ。子どもは。 みよ それ、行こう・・・早く、学、綾。 正二 子どもは大人の話に入るもんじゃない。 早く寝るんだ。 学 はーい。 綾 はい・・・強、それつかまんな、いくよ。 強 うん。 子どもたち渋々奥に入っていく。 なつ おやすみなさいは。 学 おやすみ。 綾 おやすみなさい。 明、正子、篤、一子、「おやすみ」を云う 正二 みんな、どうしても見に行きたいのか。 明 いや、いつもより早くでてさ。 早く上がってこえばいいべさ。 十時半頃には上がれるようによ。 篤 そうだ、そうするべ。 正子 そうだね、来たら直ぐ行けるように、弁当作って準備しているさ。 一子 私もそうするわ。ねーあんた、弁当作っておくから。 篤 そうだな、俺んとこも弁当持って行くかい。 みよ あーみんな、大きいニギリ飯作って持って行ったらいいさ。 なつ したら行かないのは、私とみよさんと、子どもたちだけかい。 みよさんよ、隠れて、ちょっとだけでも行って、見てくるかい。 遠い所じゃないんだからさ。 家の裏みたいなもんだからさ。 正二 なー、やめてくれ、年寄りと女、子どもは、行かんほうがいいって。 家で留守番していてや。 帰えって来たら話、聞かせてやるからさ。 明、時計を見て 明 やー、こんなにまでお邪魔して、そろそろ帰るべ。 明日早いんだから。 楽しみだな、正二さん、明日たのむね、いい場所をね。 篤 それじゃ、あした、おやすみなさい。 一子 おやすみなさい。 明 早く行って寝るべ、おやすみ。 正二 おおー、みんな帰るのか・・・おやすみ。 明夫婦、篤夫婦、帰って行く みよ おやすみなさい。 なつ おやすみね。 じゃ、わしも寝るとしようかな。 明日は大変だよ、正二も明日は大仕事なんだから、深酒はだめだよ。 ・・・風邪 なつ、上手の奥へ入って行く みよ おやすみなさい。 正二 あー、いつまでたっても、ばあちゃんから見れば、俺は子どもなんだよな。 ばあちゃんこそ、風邪ひくなよ、歳なんだから。 ・・・ああー、もうちょっとだけ、飲んで寝るか。 みよ、お前も付き合えって。 みよ へー、めずらしいね。 何年ぶりかね、二人で飲むの。 昔は、あんた。 毎日私の店に来たね。 よく金、続いたもんだ。 正二 そうよな、毎日通ったな。 金、無かったと思うけど、親父がくれたって。 親父たち、お前ば嫁さんにするべって、思っていたんださ。 あの頃はなかなか漁師には嫁こんかったからな。 漁師に嫁に来てくれるなら・・・誰でもよかったんだろうからさ。 だから、ない金、はたいてくれたんだ。 みよ 誰でもいかったんかい。 その誰でもが、私なんだ。誰でもがね。 正二 何、ひにくれてんのよ。 俺が通って・・・「くれ」っていったんだから、いいだろさ。 ・・・(酒を飲む)・・・お前が好きだったからよ。 みよ あんた少し酔ったのね。 結婚して、もう、十年にもなるのに。 今更、もう好きとか、嫌いだとか云っている歳でもないしょ。 は、は、は・・・嫌いはきらいでも明日爆発させる、機雷の事でしょう。 正二 嫌い・・・え・・・そうかキライね。 お前はうまいね、駄洒落が。 ・・・おまえ、おれと結婚して良かったべ いつも愛してやってんだからよ。 いつも・・・ほれ、これ、見れ。 みよ、俺の手。 みよ なにさ、急に・・・。 今日のあんた、へんだよ。 おまけにそんな汚い手見せて。 お金でもくれるのかい。 正二 なによ。 何かって云えば、金、金って。 お前には金て言葉しかしらないのかね。 もう少しロマンチックな言葉がな・・・ お金さんとか、お札さんとか・・・ みよ 何がお金さんよ。 何がお札さんよ。 たいしたかわりゃしないだりょうさ。 金は、金よ。 正二 本当に色気ないな。 結婚して十年もたてばこんなもんかいね。 でも、俺はお前ば好きだし、これからだって、幸せにしてやれる、自信はある んだぞ。 なーよく見れ、俺の右の手のひらを。 みよ 何さ、どれ・・・この汚い手。 この汚い手が、幸せにしてくれるのかい。 正二 ああーそうよ、ほら、見れ。 ここ、親指の下、黒いあざがあるべ。 みよ 何さ、どれ・・・ある、ゴミで汚れてるのかい、それとも、木の葉ぱでもつい ているんかい。 正二 馬鹿云うな、これはなー、漁師なら誰でも知っているって。 これはな、一生喰いっぱれがない証拠なんだ。 お前は、一生、楽して暮らせると云う事だ。 みよ 何云うっての、そんな迷信。 誰が信じるって、だれも信じる訳ないしょ。 そんなのないって。 迷信なんか。 馬鹿みたい、とうさんたら、相当酔っ払っている。 正二 迷信じゃないって、湧別の漁師なら誰でも知っていることださ。 みよ あんた・・・ちょっと手広げてみてよ。 正二 うん、こうか。 みよ ちゃんと、真剣にやってみて・・・それで精一杯かい。 みよ、手を見ながら泣き出す 正二 そうさ、これが精一杯だって。 みよ なんで、こんなに。
―少々間をおき― 正二、みよを見る。不思議そうに顔をのぞきこむ 正二 何、泣いてる、何か俺、悪いこと云ったか。 悪いことでも言ったんだったら許し みよ いや、何にも。 正二 そしたら、何で泣いているのよ。 目にでもゴミ 入ったかよ。 どれ。 正二、みよの目を見ようとする みよ いや・・・目はなんでもない・・・あんたの手、こんなになって・・・船漕い で、こんな手になったんだよね・・・私は子ども達のために、こんな曲った指 に。 正二 あたりまえだろう。お前や子ども達のために働くのは。 子どもたちや、おまえを食べさせるために、働くのはよ。 それが、おやじと云うものさ。ちょっと、格好つけすぎかな。 みよ いや、あんたは良く働くよ。みんな、あんたのお陰ださ。 正二 なー、みよ、この黒いあざがある限り、俺はいつまでも元気なのさ。 若死にはせんから安心せ。 みよ 「死」なんて、縁起でもないこと、云うもんじゃないて。 正二 なーに、怒るなって。 みよ ねーあんた、明日行くの止められないの。 正二 止められるわけないだろうさ。おれ、消防団の幹部だぞ。 みよ そしたら、おばあちゃんと一緒に、ポント浜に行ったらだめ。 正二 だめだ、お前たちは、絶対にいかん。 みよ 回覧板にも、出来るだけ見学するように書いてあったしょ。 正二 絶対にいかん。 いかんと云ったらいかん。 俺はこの通り長生きするのが、ちゃんとこの手に出ている。 お前には何もないじゃないか。 みよ まだ、そんな迷信いってる。そんな話は止めよう。 正二 分かった。でも、明日浜に来るのは、絶対にだめだぞ。 みよ うん、とうちゃんが、そんなにいうなら、わかった。 私、ばあちゃんと、子どもたちで留守番してるから。 あんた、気をつけてね。 みよ、正二に酒を注ぐ、正二も、みよに酒を注ぐ、二人で酒をのみかわす 音楽徐々に大きくなり入る、ライト消える |
第四場(八分) | 時 昭和十七年五月二十六日十一時二十六分 所 ポント浜 大音響が鳴り響く、ライト入る 舞台上手より血だらけの人、人、大声を出しながら 「助けて」 「大変だ」 「機雷が爆発した」 「助けて」 「爆発した」 「助けて」 「怪我人が」 「死んでる人もいるぞ」 と、上手から。下手から走り回っている人がいる。 少ししてから、みよ、上手より、半狂乱になって入って来る みよ おとうちゃん、おとうちゃん、何処にいるの、おとうさん、あんた、あんた。 みよ、また 上手に走り去る、何人かの負傷した人が、上手から、下手に走 大きな声が上手より聞こえる そこに三浦警察官 上手より出て来る 警察官 三浦 どうしたらいいんだ。 おれは・・・ こんなことになって、村の人たちや、本署に何て言えばいいんだ 。 こんな大事故になって、だから言ったんださ、これ以上動かすのは駄目だっ て。 偉い人とは、俺みたいな下っ端の言うことなんか聞きやしない。 もう少しみんなが見える所にって、地盤の固いところまでロープで引っぱるもん だから。 俺は運がいいのか、悪いのか分らんけど、砂に埋まってこの通りさ。 もう駄目だ、生きてたって、村の人達に殺される。 本署からだって、何いわれるか。 もう駄目だ。 ・・・どうすれば、どうすればいい、まいったな。 こんな大変なことやっちゃって、どうしたらいい。 どうしたら。 ああーどうしたらいい。 そうだ、おれ、ここで切腹する。 ・・・そんなことしてもどうなることでもないし。 いや、そうでもない・・・俺は生きてはいられないんだ。 そうだ、切腹しかない・・・生きてはいられないんださ。 ・・・そうだ。 警察官 三浦、腰のサーベルを抜き腹を切る準備に入る。水上青年団長上手 三浦を見て近寄る 青年団長 水上 何してるって、馬鹿なこと止めれって。 三浦 俺なんか生きていられやしないって、こんな大事故に関わったんだから。 水上 何いってるって、こんな馬鹿なこと。 三浦 みんなが許してくれないって。 水上 許すも、許さないもないだろうさ。 三浦 本署からだって何言われるか。 水上 何寝ぼけた事言っているって。 こんな所で本署も、分署もないだろうさ。 何したのよ、三十分も爆発時間が早くて。 三浦 おれも、あまり覚えていないけど、みんなに見やすい所と云って、道路のある ところまで、動かしたのさ。 そしたら・・・こんな有様だ。 ただあとはなんにも分か 水上 おれも、出るとき客が来たから、少し遅れてきたさ。 四号線過ぎたところで、あの大きな音だもの、それに爆発時間が少し早いし。 あんたは、こんなことしている場合じゃないだろうさ。 三浦 そんなこと言ったって、おれは警察官だ。 こんな大事故やっちゃって。 水上 そんなことより、早く本署に連絡して救援隊よこすようにしないと、駄目だろ う 三浦 私がか、連絡を。 水上 それをするのが、あんたの仕事だろうさ、死ぬのはそれからだって遅くないだ ろう。 三浦 本署にかい。 水上 当たり前だろう、あんたがやらなくて、誰がするのよ。 俺も役場に行って、この状況ば報告するからよ。 早く駐在所に行って、本署に連絡して下さいよ。 何、ぐずぐずしてるのよ、早く、みんな怪我しているんだぞ。 なにやってんのよ。まったく、役にたたん警察だな。早くせって。 三浦 分かった、したらあんたは役場の方の連絡頼みましたよ。 水上 俺に言うより、あんたのほうが早く行って連絡してや。 三浦 そうだな、あんたの言う通りだ、ありがとうよ。 水上 礼なんか云ってる時じゃないって、そんなの、後でいいって。 それ 早く。 三浦 ありがとうよ。ありがとう。 三浦警察官走り下手に入る、上手よりみよ入ってくる みよ おとうちゃん、おとうちゃん。 どこにいるの、おとうちゃん。 水上 なんだ、みよちゃんじゃないか。 どうした、何がどうした。 はっきり言えって。 みよ うちの人が、朝、機雷の手伝いで、ここに来てるんだ。 見えないんですよ。 いないんですよ。 どうしたらいい、水上団長さん。 水上 落ち着けって、なーみよちゃん。 正二さん、どっかで、ケガした人ば、見てやってるんじゃないか。 この大事故だ、どっかにいるって。 なあーみよちゃんよ。 みよ そうならいいけど、大怪我してたら、どうしよう。 ねー団長さん。 水上 こんな状態だ、よく捜せって。 きっと元気ださ、あの正二さんだもん。 俺、ちょっと、役場に行かなきゃいけないから。 俺も後からきて捜してやるからな。 みよちゃん、それじゃな。 直ぐ戻ってくるから。 水上 下手に入る みよ一人になる そこは大惨事の現場 みよ、死体を一つ一つ見て回る 髪は乱れ段々力がなくなる みよ どこに行ったんだろうね、何処に。 ・・・あすこも、ここも死体で一杯だ。 ケガ人や、死体が運ばれている川岸や、寺にも行って見た。 いないんだもん、おとうちゃんが。 ・・・おとうちゃんが。 何処に、どうしているの・・・ねー何処にいるの。 何で・・・何か目印でも残してよ。 ねー何処にいるの、何処に。 みよ、通りの係りの人に尋ねる みよ すいませんが、家のおとうちゃん見ませんでしたか。 また来た人に尋ねる みよ すみません。山本ですが、家のおとうちゃん見ませんでしたか。 みよ、何回かそんなことを繰り返している。 周辺をあさって歩き回る。 砂丘が腕がある、それをもちあげ手のひらを見て みよ おとうちゃん、おとうちゃん・・・おとうちゃんの手だ。 おとうちゃんの手だ。 みよ腕を引っ張るが、腕だけだった みよその腕をじーっと見て みよ これおとうちゃんの手・・・間違いない。 ここに、この手のひらに・・・黒い、黒いあざがある。 間違いない、おとうちゃん、おとうちゃん。 さがさなくちゃ。 みよ、泣き崩れる、ふとわが身に換えり、周辺を捜し回る みよ おとうちゃん、何処にいるの、何処に。 返事してよ、返事して。 こんな曲った手、汚い手。 こんなのだけじゃ嫌だ、全部出てきてよ。 ねーおとうちゃん、おとうちゃん。 これだけじゃ、いやだ、いやだ。 全部出てきて、全部。 ねーおとうちゃん、おとうちゃん。 みよ、段々力がなくなりかすれた声になっていく 音楽大きく入る ライト消える ―――― 幕 ―――― |
スタッフ | 企画 町民芝居ゆうべつ 脚本・演出 石 渡 輝 道 演出補・音響・照明 坂 本 雄 仁 音楽制作 那 須 郁 夫 舞台・道具 朴 完 泰 新 海 隆 男 化粧 高 丸 君 子 協力者 寺 本 由美子 岳 上 美 和 渡 辺 明 美 入 江 ゆかり 谷 口 かなえ 吉 松 友紀江 小 関 みどり |
キャスト | 山本正二 (三十二歳) 本 田 勝 樹 その妻 みよ (二十六歳) 黒 田 絵 里 六十年後のみよ(八十六歳) 野 津 玲 子 正二の母 なつ(六十五歳) 大 渕 美 香 正二の長女 綾(九歳) 渡 辺 恵 正二の長男 学(七歳) 渡 辺 雅 之 正二の次男 強(六歳) 岳 上 かづき 近所の猟師 明(三十歳) 大 崎 一 吉 明の妻 正子 (二十八歳) 小 川 敬 子 近所の猟師 篤(三十三歳) 阿 部 壮太郎 篤の妻 一子 (三十一歳) 曽 根 早 苗 警察官 三浦 (四十五歳) 茂 利 泰 史 青年団長 水上(二十七歳) 深 谷 聡 近所の子ども 元(七歳) 入 江 美 里 々 末(八歳) 谷 口 琴 乃 々 妙(九歳) 吉 松 亜 祐 ナレーション 相 場 典 子
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公演までの日程 四月 公募(随時募集) 五月 旗上げ 六月 内容選定及び決定、脚本作成 八月 キャスト、スタッフ決定 九月 九月から十二月は毎月第二火曜日午後七時より練習開始 一月 毎週火曜日練習午後七時より 二月 毎週火、金曜日練習(子どもの練習は二月から金曜日のみ) 三月 毎週火から金曜日の三〜四日練習 リハーサル日 二八日(金)午後六時三十分) 公演日 三十日(日)午後二時開演
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