木原敏江先生の「摩利と新吾」全8巻を読み終えました。
ああ〜、そうだった、そうだった!と思い出すこと多々。あんなに夢中で読んだにもかかわらず、記憶は断片的になるものなのね。トシのせいじゃないよね。
読んでいて再発見というか、意外に思ったのは登場人物の篝という少年を、きれいサッパリ忘れていたこと。とにかく、ムカつくキャラでねぇ、今でも十分イラつくのだから、若かった(笑)当時は相当ムカついたはず。おそらく、心底嫌なキャラだったんでしょうね、私の記憶の中からポッカリと消えておりました。
とはいえ、篝は新吾が摩利の想いを知るという重要なキーポイントであり、必要不可欠なキャラであるのは間違いないのです。今なら判るのですが、当時は「コイツが、コイツがみんな悪いんじゃーー」と大変な剣幕&嫌いようだったと思います。
この作品のなかで私が密かに好きだったのは、紫乃。踊りの家元の跡取りという設定で、旧制男子校の中では異色なキャラでした。物腰が優雅で個性的で、お気に入りでした。
摩利は可愛くてしゃーないです。新吾がいなきゃダメな面が、人間っぽくてね。摩利の場合、新吾はまさに自分にとって半身であり、常に心を占めている最愛の相手。しかし、不幸にもその相手とは決して結ばれない間柄だった。
心の半分を占めた相手を持ちながら、他の誰かと結ばれるってことはよくある話。大正、昭和なら現代より多かったでありましょう。ただ、摩利は相手が男だったのです。
摩利の可愛いところは、そのことを公言してしまうあたり。それが彼の不器用なところというか、誠意であり素直さなのです。後継者問題のために子供を作ってもいい、けれど自分の愛情は新吾にしか向けられていない。わざわざ、そんな言わなくてもいいことを言ってしまう。
摩利にとっては、新吾が生涯ただ一度の大恋愛だったわけですが、もし新吾が女性であっても「ただ一度」であったのだろうか。摩利の父親も大恋愛に敗れてから、摩利の母であるマレーネと再び恋愛に陥ります。
摩利は新吾への気持ちを乗り越えながら、ささめとの間に子供をもうけたわけですが、新吾が女性であっても、摩利別の女性とそうしたのかなぁ・・・なんて考えてしまいました。
新吾は男なので、どうしたって子供はつくれない。だから、鷹塔家の繁栄のために・・・・という思考だと無理に解釈。
ファンとしては、やっぱり摩利には新吾オンリーの人のままで終わって欲しいのです。本音をいうと、ささめとの子供も実は「ええっ・・・」気分なのですよ。しかも、子供がいできたあとに、籍を入れる話を持ちかけているらしいし。
いい男には独身でいて欲しい。子供はつくって欲しくない。
これって、腐女子のワガママなんでしょうかね。
新吾は結婚して何人子供をつくろうがOKなんですが、摩利は嫌なの。
というわけで、再びちょっぴりハマってしまった「摩利と新吾」に腐女子魂が揺さぶられ、学生時代を思い出し「読み物」なんて書いてみました。
摩利と新吾をご存知の方は(いない確率がとてつもなく高そう)、お暇つぶしにでもどうぞ。
下の画像は、学生時代にオリジナルを模写した原稿です。当時はよくプロ作家の作品を、1ページ丸ごと模写して、ペンタッチ等の練習をしておりました。こんなに一生懸命練習しても、今じゃすっかり描けなくなってるわけですが。ははは。
ちなみに、左が「摩利と新吾」で、新吾と紫乃の場面。右は萩尾望都先生の「千億の昼と百億の夜」からの模写です。原稿の大きさは既製の大きさと同じですが、スキャナーの力量不足のため一部分をカットしサイズを縮小してあります。
読み物→「心の迷路」 夢殿メインの短いお話。紫乃が登場。
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