Another's ANOTHER 番外編
鴻村(独白)「俺、鴻村剛は南フランスの避暑地、コートダジュールで父の事故の知らせを受けた。
ヨットレーサーである俺は、毎年そこで開かれているレースに出場し、去年に続いて入賞の祝杯を挙げている最中に携帯電話が鳴った。日本からだった」
弁護士(声のみ)「父上は、自家用ヘリでお一人でお出かけになり、行方不明になられました。3日後、房総半島の海岸に機体の一部が漂着し、墜落事故と断定されました。親族による密葬は3日前に執り行い、社葬は半月後になります。生前のお父上の遺言がございまして、正規の手続きにより私が立会人として保管しております。故人の遺志により、49日法要の際にご親族の前で公開いたしますので、ご承知おき下さい。
また、これは遺言とは別の形で託されたものですが、故人にもしものことがあった時は、一人息子であるあなた様にお渡しするよう、遺言と同等の重要文書としてお預かりしております」
鴻村(独白)「俺は、頑丈な鍵がついた金属製の帯で包まれていた、ぶ厚い2冊の日記と鍵を、弁護士から受け取った。」
鴻村「おやじの遺言・・・。ガキの頃からほとんど家におらず、お袋が死んだあとも仕事人間だったおやじ。俺が外で何をしても干渉せず、会社を継がなくても文句ひとつ言わなかったおやじ。死んじまう時も、ひとことも無しかよ」
暗転。
日記を読む鴻村に上からのサス。
波の音。
紗幕が透けて波の映像が映る。
タイトル。
紗幕が開くと、舞台はどこかのマリーナ。
鴻村の周りに数名の若い男が、それぞれの面持ちでいる。
鴻村「みんな集まってくれ。これから太平洋のとある島にこのヨットで向かう。日程は約2週間。募集のときに内容は知っていると思うが、参加費はタダ。ただし、サバイバルだ。島に着いてもリゾート地のような設備があるとは限らない。ヨットの上では平等に働いて貰う。食事も材料はタダだが、自分たちで作る。言っておくが、メリットといえば、ヨットの掃除の仕方と帆の張り方、たたみ方が出来るようになることくらいだ。あとはそうだな・・・」
宗佑「あとは?なんですか?」
鴻村「遭難しても生き延びる術を教えてやる」
是清「ええっ、遭難することもあるんですか!?」
鴻村「情けない顔するな。まぁ、そうならないよう神様にでも祈っておくといい」
宗佑「君は、どうしてこの船に参加したの?」
是清「男は一度は海に出てみるべきだ、って。お父様が」
宗佑「ふーん。僕、小田宗佑。よろしくね」
是清「二条是清です。はじめまして」
研「スゲー古風な名前だな。先祖は京都のえらーいお公家さんとでも言いそうだ」
是清「いえ、えらーいお公家さんかどうかは判りませんけど、二条家は先祖代々由緒正しい家柄ではあります。よく判りますねぇ。そんな君は?」
研「先祖代々特になんでもないけど、ずーーっと昔のご先祖様はアンタのご先祖と同じバクテリアだった、伊吹研」
是清「へぇ、君って変わってるね」
研「そりゃどうも。(小声で)嫌みが通じねーのかよ」
涜真「これから2週間も一緒に行動するんだぜ、あまりケンケンしなさんな」
研「あんたは?」
涜真「南涜真。鴻村さんに声をかけられて、雑用係として船に乗ることになった」
研「ふーん。鴻村さんって、いったい何者なわけ?」
涜真「世界的なヨットレーサーで、鴻村財団の総帥の一人息子。先月、総帥の鴻村隆征が事故で亡くなったのニュースでやってただろ。それで帰国してるらしい」
研「ニュースは芸能コーナーと風俗しか見ないからな。でも、そんなんなら今頃遺産相続のまっただ中だろ、よく呑気にヨットで冒険の旅なんて悠長なこと、やってられるな」
涜真「なんでも、亡くなった親父さんの遺言で、ある島を探すらしい」
研「へぇ、律儀なんだな。金持ちの考えることは理解できねぇや」
是清「鴻村財閥といったら戦前から続く名門ですよ。鴻村コンツェルンは知ってるでしょう。総帥は昔からの形式にとらわれず、剛さんが自分の跡を継がなくても一切不問で好きなヨットを続けさせた、器の大きな人物なんです!剛さんも、世界的なヨットマンで、お父様はそんな剛さんの側でいろいろと学んできなさい、って」
研「よぉ、バクテリア。オマエは家柄とかオトーサマとかの話になると、一変して生き生きしてるな」
是清「僕はバクテリアじゃありません!人間ですよ、二条是清です」
研「はいはい、判りましたよ。バクテリア様」
涜真「研君はどうしてこの船に?」
研「研でいいよ。別に。暇だったし、おもしろそうじゃね?タダで豪華ヨットに乗れるんだし。働くのは嫌いだけど、自分のことならやるよ。自給自足のサバイバルも興味あるしね。それに、しばらく街から離れたいし」
少し離れたところで、宗佑が自分の荷物を船に積み込んでいる。
ギターケースに目をとめた淋太郎。
淋太郎「あ、ギター?」
宗佑「あ、これ?うん。アコースティックギターなんだ。君もギター弾くの?」
淋太郎「少しだけ。僕は、あの・・・歌を・・・」
宗佑「へぇ〜、君、歌えるんだ。船に乗ったら一緒にセッションしない?僕がギターで君が歌で」
淋太郎「・・・・うん・・・あ、いいの?」
宗佑「当たり前じゃない。僕、小田宗佑」
淋太郎「志麻・・・淋太郎」
別の位置に肩を寄せ合う兄弟。
祐紀「兄ちゃん、すごいヨットだね。本当にこの船に乗って、冒険の旅ができるの?」
駿二「ああ。持ち主の鴻村さんが、祐紀のような勇敢な少年も是非参加させたいって」
祐紀「父さんもヨットマンだったんだよね?」
駿二「ああ」
祐紀「僕も、父さんみたいな海の男になれるかな」
駿二「なれるさ」
下手から鴻村が兄弟に近づいてくる。
鴻村「やあ、よく来てくれたね。江田祐紀君、だったね」
祐紀「こんにちは」
駿二「どうも。祐紀がとても喜んでいて、ありがとうございます」
鴻村「駿二君、不安かもしれないけど、君たちには是非、この旅を楽しんでもらいたい。君のお父さんと僕とは、ちょっとした知り合いでね。昔、いろいろと世話になったんで、君にも船と海に触れてほしいと思って、強引に誘ったんだ。快く来てくれてうれしいよ」
鴻村、センターに歩み出る。
鴻村「さぁ、これで役者はそろった。出航だ!」
舞台装置の転換。
セットにより、船に帆が張られる。
盆が回り、白い船体が姿を現す。
それぞれの位置につき、歌。
(鴻村)出口の見えない 航海が始まった
許されない過去と 葬るべき歴史
(涜真)運命の声が 俺の胸を苛む
生き続けることが たまらなく苦しい
(研) 退屈な日常と
退屈な自分と
そんな自分を変えたくて
そんな自分がもどかしい
(淋太郎)心の叫び声を 心に閉じこめて
逃げ続けた日々を やり直したいだけ
(全員)自分の言葉で 伝えたいことが
いつの日にか かなえられる
この航海が終わったら
この旅が終わったら
歌終わりに暗転。
雷鳴の音と証明効果。
ハリケーン。
鴻村「研!無線はどうした!!」
研「ダメだ。ひどい雑音で、全く聞こえない。鴻村さん、これ壊れてるんじゃないのか?」
鴻村「馬鹿いえ、出航前に点検済みだ。涜真、計器はどうなってる?」
涜真「え?ああ。これは・・・鴻村さん、計器が・・・」
鴻村「そうか、やっぱり」
宗佑「どういうことなんですか!?」
鴻村「磁場だ。バミューダ・トライアングって聞いたことあるか?」
駿二「原因不明の遭難が多いとかいう海域?」
鴻村「そう。それと似たような海域が、どうやらこの辺にもあったらしい。こんな嵐、天気図にはどこにも出ていなかった。壊れた無線、計器。強力な磁場嵐のようになっていて、位置関係が全く判らないうえにこの嵐だ」
是清「鴻村さん、僕たちどうなるんですか?」
鴻村「このままじゃ、この船は沈む」
是清「ええーーーーっっっ!!!!そんなぁぁぁぁぁ」
研「うっせーぞ!このバクテリア」
是清「人間ですっ」
鴻村「沈ませるものか。運を天に任せて、とにかく全員甲板に出てマストを補強し、帆をたたむ。それが終わったら、ロープで体を船体のどこかに縛れ。救命胴衣を忘れるなよ」
涜真「あなたは?」
鴻村「舵を放棄するわけにはいかないだろう。自動操舵を手動に切り替えるから、ちょっとは荒っぽくなるが、大事な船に吐いたりするなよ。さぁ、助かりたかったら行け!」
それぞれ救命胴衣を手に外へ出る。
涜真だけ残る。
鴻村「どうしたんだ?早く行かないと」
涜真「アンタ、誰ナンダ?コイツヲ コノ船ニ連レテ来タノハ アンタダロ」
鴻村「・・・・トクマ・・・か?」
涜真「アンタ、誰ダ」
鴻村「俺は知らなくても、親父は知ってるだろう。俺によく似ていたはずだから」
涜真「アア、鴻村サン。ソレデ マタ 仕事カイ」
鴻村「そんなところだが、とにかく嵐をかわして目的地に着かないことには始まらない。お前も死にたくはないだろう、さっさと上に行って仕事をしてくれないか。ああ、君はどのくらいの頻度で姿を見せるんだい?トクマ」
涜真「気分次第サ。アンタガ呼ンダラ スグニ出テ来ルゼ 鴻村サンガ呼んンダヨウニ 呼ベバイイ」
鴻村「親父は自由自在ってわけか」
涜真「じゃ、上に行ってます!」
甲板に出て行く涜真。
鴻村「変わり身は早いか・・・。しかし、初めて目の当たりにするが、全くの別人だなあれは。涜真はあんなヤツを自分の中に飼ってたのか」
暗転、盆が回り甲板に転換。
ハリケーンのまっただ中。
たたまれた帆の縛り目がほどけ、帆の一部が風にあおられ船が傾く。
それを直そうとする涜真と宗佑。
駿二は祐紀の体と船体の柱をロープで縛っている。
高波が甲板を洗う。波に足を滑らせる駿二。
駿二を抱きかかえる是清。
祐紀のロープがほどける。柱にしがみつく祐紀。
ロープを拾い、結び直そうと駆け寄る淋太郎。
再び波が打ち寄せる。
帆が風にあおられ、巻かれていたロープが反動で跳ね、祐紀を巻き込む。
足を取られて、海中に落ちる祐紀。
助けようと追うが間に合わない淋太郎。
絶叫しながら海に飛び込もうとする駿二を止める涜真と研。
メキメキという音と共に折れるマスト。
轟音と共に暗転。
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