紗幕が降りて、カーテン前。
下手より宗佑。上手より涜真。
宗佑「どうだった?」
涜真「いや、手がかりひとつ見つからない」
宗佑「そっか・・・」
涜真「駿二は?」
宗佑「取り憑かれているみたいに探している。何を言っても聞く耳を持たない感じ」
涜真「だろうな。鴻村さんは?」
宗佑「島を視察に行くって。この島なのかな、目的地って」
涜真「さあな。あの人はあまり喋らないから。それより、みんなは」
宗佑「船が漂着した場所で、流れ着いた荷物を整理してる」
涜真「あの嵐の中、よくここに辿り着いたよな」
宗佑「なんたかんだ言って、鴻村さん一流のヨットマンだね。マストの折れた船をここまで操船したんだもの」
紗幕が上がり、座礁した船の一部の周りに荷物ケースが置かれている。
傍らで荷物を整理している淋太郎と、あたりを散策している研。
自分の鞄の中を懸命に確認している是清。
研「どうだった?何か見つかった?」
首を振る二人。
研「そうか。ここに漂着する1時間くらい前だったから、運がよければ流れ着いているかと思ったんだけどな」
淋太郎「僕が・・・ちゃんと・・・できなかったから」
涜真「よせよ。誰のせいでもない。嵐だったんだ、天災なんだ」
淋太郎「祐紀は・・僕の・・・その・・・・僕が」
研「なんだよ、はっきり言えよ。いらいらするんだよ、そのしゃべり方」
淋太郎「ごめん・・・」
是清「八つ当たりはよくないよ」
研「黙れよ、バクテリア」
宗佑「やめなよ。これからみんなで何とかしなきゃいけないんだから」
涜真「そうだ、協力して船をなんとかして帰る方法を考えないと」
研「俺はべつに急いでないからいいぜ。幸い、食べ物になりそうな実もあるし、魚もいそうだ。サバイバルが目的なんだろ、楽しむさ」
宗佑「でも、ずっとここにいるわけにもいかないし。帰る手段は考えましょう」
研「あの人がなんとかするでしょ。鴻村さん」
本舞台の証明が落ち、花道のライトが点く。
鴻村花道奥より登場。
鴻村「見覚えのある景色。覚えのある匂い。どこなんだ、ここは」
本舞台に入る。
涜真「鴻村さん、どうでした?島の様子は」
鴻村「とりあえず、食べる物はありそうだ(と言って麻袋を渡す)。果物だけどな。魚も採れそうだから飢えることはないだろう。問題は船の修理だな。折れたマストをなんとかしないと」
宗佑「でも、計器とか無線は・・・」
鴻村「そっちは異常ない。問題はマストだけ」
涜真「え?だって、全部メチャメチャに」
鴻村「あれは磁場のいたずらみたいなもんで、そこを離れると元に戻るんだ。ああ見えても設備は万端だからね、太平洋はおろか世界一周だって可能だ。帆は予備のがあるから張り替えるとして、マストはどうにもしようがない。無線が使えればいいんだが、使えるには使えても電波が届いてないらしい」
是清「無人島なんですかね」
鴻村「さあな。とりあえず、火をおこして野宿の支度だ。今夜はゆっくり休もう」
辺りの照明が落ち、灯がともる。
それぞれに、くつろいでいる。
ギターを弾く宗佑。
その音色に誘われるように歌う淋太郎。
歌。
研「あいつ、歌ってるとマトモに声が出るんだな」
涜真「性格的なもんだろう。あまりキツいこと言うなよ。余計に喋れなくなる」
研「判ってるんだけど、つい言ってしまうんだよな」
涜真「研は、こんな島に漂流して、帰りたいと思わないのか?」
研「今はどうでもいいよ。ここの居心地も判らないし。街よりはマシだから、とりあえずはここでいい」
涜真「帰りたくない理由があるのか」
研「まあね。ちょっと遊びで手を出した女に付きまとわれてさ、それがヤクザの女で、もう最悪」
涜真「そりゃ自業自得だろうが」
研「まぁ、そうなんだけど。そこに女がいたら、そりゃお近づきになりたいでしょ」
涜真「女によりけりだけどな」
研「どうせ俺は見境なしですからね。美人でも不美人でも、電気消したらみな一緒。恋愛なんて、面倒くせえし」
淋太郎の歌が響く。
それぞれのスタイルで聴いている。
静かな波の音、木がそよぐ音。
駿二がひっそりと戻り、少し離れたところに腰掛けてそのまま横になる。
憔悴しきった様子。
是清が気づいて近寄るが、声をかけずにそのまま座り、小さなパソコンを再び操作している。
鴻村は、座礁した船の中。自家発電の明かりが窓から漏れている。
照明が落ち、花道奥から数人の若い男達。
アキト「やっぱり、岬に漂着している」
ジュンタ「長(おさ)が言っていた、大~(おおがみ)様なんじゃないのか?」
アキト「大~様なら難破したりしない。この島に無傷で来られるはずだと、長は言っていた」
ジュンタ「俺たちは大~様を知らないからな。島で大~様を見たことのある長は去年死んでしまった。長は、きっと大~様が島に来るはずたと言い残した」
ダイチ「島の人間が毎年減っていく。このままじゃ、やがては誰もいなくなると長が言っていた。俺たちは島を出ることが出来ないから。何人もの仲間が、島から出ようとして・・・死んだ」
ジュンタ「大~様なら島を救う方法を知っている。大~様なら、俺たちを救ってくれるはずだ」
リュウタ「宝の花も大事に守ってある。大~様はそれを取りに来る」
花道照明が消えて本舞台。
セットが替わって、船の中。備品が若干傾いたり壊れたりしている。
日記を手にしている鴻村。
鴻村「ここが親父の書いた島か。俺はこの島に来たことがあるのか?記憶にあるのは、断片的な景色と、花の匂い。長い髪の女性がいた。親父は15年も島を放置していたのに、日記の村は本当にまだこの島にあるんだろうか」
駿二「鴻村さん、ちょっといいですか」
鴻村「どうぞ」
駿二が入ってくる。
鴻村「祐紀君のことはすまなかった。詫びて済むことじゃないけど」
駿二「それはもういいんです。嵐が起きたのは誰のせいでもないし、目の前の祐紀を守れなかったのは俺の責任ですから。鴻村さんに責任はありません」
鴻村「乗組員の事故は船長の責任なんだよ」
駿二「あの、今日祐紀を捜して島のあちこちを歩いたんですけど、島の反対側のほうに家のような建物がありました」
鴻村「家?人がいたのか?」
駿二「いえ。人の姿はありませんでしたけど、でも、無人ではないようでした。人がいるなら、もしかして祐紀が助かっているんじゃないかって、すぐに海岸に出てしまったんですけど。でも、間違いなくこの島には人がいます」
鴻村「やはりな。この島が目的地に間違いないようだ。駿二君、君は背中に星形のアザがあるかい?」
駿二「え・・・?ええ」
鴻村「祐紀君にも同じアザがあった?」
駿二「・・はい」
鴻村「君はこの島に、見覚えはある?」
駿二「いいえ。初めて来たんです。何が言いたいんですか」
鴻村「君はこの島で生まれたんだよ、駿二君」
駿二「そんな馬鹿な。俺は東京生まれで、ずっと東京で暮らしてきました。母さんだって」
鴻村「君は自分の血液型を知ってるね」
駿二「ええ。O型です」
鴻村「江田夫妻は二人ともB型だ。O型の子供生まれない。亡くなった君の父、つまり養父である江田さんは、俺の父と昔なじみでで、それで養子縁組を受けたんだろうな」
駿二「どういうことですか?意味が判らない」
鴻村「幼い君と祐紀君をこの島から連れ出したのは、俺の父親なんだ。俺も親父の残した日記を読むまで知らなかった。鴻村家が支配している島の存在、そこには日本国籍を持たない「存在しないはずの日本人」が暮らしている」
駿二「そんな・・・どうして発見されないんですか」
鴻村「あの嵐さ。自然のいたずらが要塞になり、誰も島に近づけないし、島から出ることも出来ない。ただ、年に数日間だけ要塞が解かれるんだ。磁場が消える。それがいつなのかは、鴻村家の当主だけが知っている。親父の日記によると、今がその時期のはずだが、嵐にあってしまった。たぶん、微妙にずれているんだろう」
駿二「それじゃ、知っていて俺と祐紀を呼んだってわけですか」
鴻村「ああ。親父の遺言でね。二人を島にいる母親に会わせてくれ、と」
駿二「母親?」
鴻村「君を産んだ母親さ。この島のどこかにいるはずだからね。たぶん、髪の長い女性のはずだ」
駿二「それも、日記に書いてあるんですか」
鴻村「いや。勘だよ」
盆が回り、セット転換。
森の奥。
研、淋太郎、宗佑、是清が食べ物になりそうなものを捜している。
果物を見つけ、勝手に食べては叱られる是清。
鳥が飛んでいる。
鳥の鳴き声に共鳴するように歌う淋太郎。
淋太郎の声に被さるように、美しい声が聞こえる。
下手からカルラ登場。
淋太郎と出会う。
カルラ「・・・、こんにちは。綺麗な声。漂着した人?」
淋太郎「・・・うん・・・。あの、淋太郎」
カルラ「淋太郎。私はカルラ」
淋太郎「カルラ。島に、人がいるの?」
カルラ「私たちの村にだけね。ねぇ、漂着したのは淋太郎だけ?大~様を知らない?」
淋太郎「大~様?」
奥から研達がくる。
研「淋太郎、何やってんだよ。オマエ、いつも行動が遅くて・・・(カルラに気づいて)あれ、こんにちは。なに、なに、どうしてここに可愛いお嬢さんがいるわけ?(近寄って手を握り)はじめまして。僕、研っていいます。ラッキーだなぁ、無人島に漂着したと思ったら、君のような素敵な人がいたなんて。で、名前は?」
カルラ「カルラ」
研「カルラ!?可愛い名前だね」
是清「こんにちは、カルラさん。僕は二条是清です。(研に)いつまで手を握ってるの?」
研「黙れ、バクテリア」
カルラ「バクテリア?」
研「あー、気にしないで。彼のニックネームなんです。あだ名」
是清「違いますよ。僕は是清、是清です。カルラさん」
研「選挙演説かよ、テメー」
カルラ「仲良しなんですね、二人とも」
研・是清「違いますよ」
宗佑「カルラさん、島にはほかに人が住んでるんですか? あ、僕は宗佑っていいます」
カルラ「この森を抜けたところに村があるの。そこに、みんながいるわ」
宗佑「村に、行ってもいいかな」
カルラ「いいわ」
花道に向かう。
その後を付いていく研、是清、宗佑。
少し遅れて淋太郎。
花道奥に入ると、本舞台が転換。
村のセット。
鴻村と駿二が板付き。
駿二「誰もいないんですかね」
鴻村「でも無人ではなさそうだ。人が住んでる気配はある。裏に回ったら祭壇があるはずだ。そこに巫女がいるはずなんだが」
駿二「詳しいんですね。それも勘ですか?」
鴻村「いや。実を言うと、小さい頃にここに来たことがある。詳しくは覚えちゃいないが、親父に連れられて一度来ているらしい。断片的に記憶があるんだ」
駿二「へえ・・・」
言いながら裏に回る。
駿二「祭壇はあるけど、中は空き部屋です。誰もいないみたい・・・あれ?」
駿二が戻って来ないので、
鴻村「どうした?何かあったのか?」
裏に回ろうとしたところに、駿二が戻ってくる。
駿二「写真がありました。これ」差し出す。
写真を手に取り覗き込み、しばし押し黙る鴻村。
駿二「鴻村さんかと思いました。ちょっと写真が古いけど」
鴻村「これは親父だ。やっぱりここに来ていたんだな」
森の奥から声。
アキト「誰かいるのか!?」
ジュンタ「人の気配がある。アキト、アイツじゃないのか?」
アキト「そこにいるのは誰だ!!」
ジュンタ「アキト!大~様だ・・・。長の言ってた大~様だ!」
振り返る鴻村と駿二。
アキト、ジュンタと対面。
鴻村の元に駆け寄り、深く跪く二人。
鴻村「君たちは島の住人?」
ジュンタ「大~様、お待ちしてました。長は昨年亡くなり、今はこのジュンタが名代として努めております。母のロンダも待ちわびておりました」
アキト「先の長の息子、アキトです。ほどなく他のの者も戻って参ります」
鴻村「待ってくれ。俺はその”大~様”じゃない。君たちのいう大~様ってのはこの写真の男だろう? 俺はこの男の息子で、大~様本人じゃないんだ」
頭を上げて、キョトンとする二人。
互いに顔を見合わせる。
舞台暗転。
花道にピンスポット。
涜真板付き。
涜真「鴻村サンノ 言ッテイタトオリダ。辺リ一面ノ宝ノ花。俺ガ何度モ運ンダ花ノ結晶。鴻村サン、アンタ、頭イイヨナ。俺ヲ使エバ証拠ハ残ラナイ。最初カラ イナイ人間ヲ使ッテルヨウナ モノダモンナ」
人格が入れ替わる。
涜真「ここは・・?まただ。俺はどこに来てるんだ。知らないうちに、夢遊病者のように、自分でも知らないところに来ている。俺の知らないところで、俺じゃない俺が何かをしている。もしや、悪いことをしているんじゃないか、罪を犯しているんじゃないかって、怖くて寝られない。眠っている間に、ひょっとしたらアイツが俺を支配しているのかもしれない」
フラフラと本舞台へ移動。
一面の花畑。
上手に建物があり、その脇には粗末な屋根と三面のみに壁のある小屋がある。
濾過するような工具が散らばっている。
涜真「ここは、なんだろう」
吸い込まれるように建物の中に入ると同時に盆が回り、内部へ。
古い機械が並んでいるが、動いてはいない。
奥に何かが入った麻袋が積まれている。
涜真「工場の跡かな。今はもう使っていないみたいだ」
うろつき周り、あちこち観察している。
涜真「タバコか。いろんな物を作っていたらしいな。自給自足か」
人格入替。
涜真「間抜ケナコトヲ 言ウナヨ兄弟。コノ粉ハ、一生遊ンデ暮ラシテモ 使イキレナイクライ 貴重ナ オ宝ダゼ。虚ロナ目デ俺ニ縋リツイタヨ。アレヲクレ、ヒト粒デイイ、アレヲクレ トネ。俺ノセイデ眠ルコドガデキナイ、可哀想ナ涜真。ユックリ眠ルガイイ。ソシテ、虚ロナ目デ 目覚メルンダ」
白い粉を、わき水に溶かして一気に飲み干すところで暗転。
花道より着飾った村の住人達が登場。
音楽が流れる。
インドネシア民族舞踊のような衣装とエキゾチックな音楽。
本舞台の照明がつき、センターに民族衣装のジュンタとカウラ。
揺れる松明と踊り子たち。
歌。
(ロンダ) 星降る島に そよいだ風は
踊る娘の肩にとまる
愛しいひとは 波間の向こう
恋する娘の 祈りと共に
(全員) 朱い花より 朱く香る
南の島の 恋の花
咲いた花より 散りゆく花を
摘んではかない 恋の花
歌と共に総踊りとなる。
一角に設けられた席に、鴻村、駿二、研、淋太郎、是清、宗佑。
村人たちが踊りの輪に誘いに来る。
是清と宗佑が誘われるまま輪に入る。
カルラがやってきて、淋太郎を誘う。なかなか応じない淋太郎。
研が代わりに自分が行くという素振りをするが、カルラは強引に淋太郎の手を引き、踊りの輪に入る。
不満げな研。
音楽の音が小さくなり、照明が落ち、ロンダと鴻村、駿二にスポット。
ロンダ(独白)「そうでしたか、大~様がお亡くなりに。剛様はすぐにあの時の坊やだと判りました。大~様が、小さなあなた様を連れて初めてこの島に来られた。あなたは私の姉様を慕ってらっしゃった。姉様は大~様と恋に落ち、年に一度の訪れを織り姫のように待ちわびていた。待ちわびながら、病で亡くなった。小さな子供を残したまま。姉様の面影を持つ、愛しい子を残したまま」
ロンダ、駿二のもとに歩み寄り、抱きしめる。
複雑な表情の駿二と鴻村。
再び音楽が高鳴り、照明が戻る。
怪訝そうな表情の鴻村。時間を気にしている様子。
立ち上がり、一人花道へ向かう。
鴻村「遅いな、涜真のやつ。時間がかかりすぎている」
花道奥から涜真登場。
無表情に歩いて来る。声をかけようとした鴻村の前を素通り。
本舞台の祭りの輪に紛れて消える。
村人A「大変だ!!火が、火が見える。山火事だ」
村人B「あそこは、工場の辺りだ」
村人C「ジュンタ!!アキト!!火事だー!!!」
祭りは中断し、村人達は騒然となる。
心配そうに成り行きを見守る駿二、研、是清、、宗佑。
淋太郎とカルラ。
涜真が消えたほうを見つめる鴻村。
鴻村「トクマ・・・・?」
鴻村花道にてセリ下がり。
本舞台、中緞帳が降りて一幕終了。
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