その瞬間、犬が飛びかかってきた。 いや、犬ではない。銀色に光る毛並みを持つ、それは狼だった。 凄まじい速さだった。鮮やかなほどの白さを見せる凶暴な牙が、老魔法使い の眼前に迫った。とても避けられるものではなかった。――常人ならば。 一瞬、老魔法使いの右手が動いた。ほんのわずかな、それは服に付いた埃 を払うような小さい動きだった。 バグッ くぐもった音と同時に、老人の眼前で狼の体が爆ぜた。まるで、その体内で 爆薬が炸裂したかのように。 血と肉、内臓と骨をバラまかせて、狼はボタボタと地面に落ちた。一瞬前ま でそれが命を持っていた生物だとは、とうてい見えなかった。 「こんな所にまで鬼族の尖兵が潜んでいるとは……。ぐずぐずしておれんな」 ボロ布のようになった狼を見下ろして、老魔法使い――マジックユーザー16 世は呟いた。全身のどこにも、返り血の一滴すら付いていなかった。 「くっくっく……。さすがだな」 不意に、声が聞こえた。 反射的に16世は声の方向を振り向いた。 そこに、一人の男が立っていた。 「お、おぬしは……」 16世の顔が青ざめた。
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