「なんと石の分際でクロールを始めた。」または「石太郎誕生秘話」   作/KAZUKA



「おおっ、なかなかやるじゃないか。よし、競争だ!」
桃太郎は軽快に泳ぐ石に向かって、爽やかな口調で言いました。
「よーし、絶対負けないからな」
これ見よがしの爽やか口調で、石もそう返しました。
桃太郎は手早く衣服を脱ぎ捨て、軽くラジオ体操第二を踊った後、 ざぶんと池に飛び込みました。
「よーい」と桃太郎。
「どん!」と石。
その合図をきっかけに、1人と1石の水泳勝負が始まりました。
と思いきや、石は桃太郎を出し抜いて、フライング気味のスタート を切っていました。
「あ、きったねー!」と桃太郎。
「悔しかったら追いついてみな」と石。
「ちっきしょー、負けてたまるか」と桃太郎。
「ぬはははは、まあ頑張りたまえ」と石。
気合いの入った桃太郎は、グングンとスピードを上げ、石との距離 を詰める……と思いきや、流麗なフォームで泳ぐ石のスピードにつ いていくことができず、差は広がる一方です。
仮にも「日本一」と呼ばれる男である桃太郎にとって、こんな展開 は予想だにできないものでした。
「ちょ、ちょっとぐらい手加減してくれても……」と桃太郎。
「そんなことをしては、相手のためにならぬ」と石。
「し、しかしだな、話の流れというものも考えて……」と桃太郎。
「くどいわ! 男同士の真剣勝負に手加減などできぬ!」と石。
「男同士って……石に性別があるのか?」と桃太郎。
「うっ! ……ま、まあ、少なくとも精神的には男だ」と石。
「なんだか曖昧だな」と桃太郎。
「うるさい、私は立派な男だ。精神的には」と石。
「だったら、フライングなんてするなよ。女々しいぞ」と桃太郎。
「何を言う、立派な戦術ではないか」と石。
「あ、開き直りやがったなこの野郎」と桃太郎。
「けっ、何とでもほざけ、負け犬が」と石。
負け犬、という言葉に桃太郎は過敏に反応し、怒髪天を突きました。
「てめ、石ころの分際で何ぬかす。ぶち殺すぞ」と桃太郎。
「有機物の分際で生意気な。返り討ちにしてくれるわ」と石。
「おうコラ、池から出ろ。勝負せい」と桃太郎。
「望むところだ」と石。
果たして、爽やかな水泳勝負から一転、命懸けの決闘が始まってし まいました。
桃太郎は素早く池から上がり、衣服を身につけ、石を叩き割ってや ろうと自慢の刀をかまえました。
ところが、石はその丸っこい体型のせいで、なかなか池から上がる ことができません。
石はしばらく藻掻いた後、やっとの思いで池からはい上がることが できたのですが、その隙をついた桃太郎の、狙い澄ました一閃を食 らってしまいました。
「討ち取ったり!」と桃太郎。
「無念じゃ」と石。
哀れ、石は真っ二つに割れてしまいました。
……が、なんということでしょう、その二つに割れた石の中から、 小さな男の子が現れたではありませんか。
「貴様、何奴だ!」
男の子は桃太郎の厳しい詰問にも動じずに、桃太郎の顔をしげしげ と眺めつつ可愛らしい口調で言いました。
「ぼく、いちたろう(石太郎)でちゅ。よろちく!」






「ジャストシステム製か」(鐘辺完)
この続きを作って。






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