ニュージーランド私的釣行記・ 〜2日目〜
・〜2日目〜(晴れ)・
 釣行二日目は朝から素晴らしい晴天に恵まれていた。初秋のひんやりした朝の空気が
少し肌寒い感じだが、日が高くなればそれも気にならなくなるだろう。昨日と同様ガイドの
Graemeさんがやってくるのは8:15。 それまでに朝食を済ませ、ゆっくりと準備を
整える。 今日もGraemeさんは8:15キッカリにやってきて「今日こそBIGONEを釣るぜィ!」
と意気込んでいるようだ。 昨日の私のリクエストに答えて今日Graemeさんは、得意の
フライを披露してくれるのだ。
 足早に道具を車に積み込むと一路目指すポイントへ・・。

・驚異のスポーニングリバー・
 Graemeさんの話では今日はランギタイキ下流域の支流群のうちスポーニングリバー
(産卵河川)となっている川をまず攻めるらしい。 昨日の森の風景とはうって変わって、
平坦な牧草地の中を延々と走る。 途中幾つかの支流を目にするが、一昨日の雨による
濁りはどうやら収まっているようだ。 ロッジから25分ほど走って到着したのは
牧場の中をサラサラと流れる小さな流れである。 川を横切る橋には「waihua stream」
という川の名前が刻まれていた。
        
   
   ↑北海道の里川を彷彿とさせる「waihua stream」の風景。
     この小さな流れの中にとてつもない大物が潜む・・。

 Graemeさんは「ここはデカイのが釣れるんだ!」とは言っているが、
北海道で山女魚を釣るような川にそっくりなその渓相からは昨日見たような巨大なトラウト
が釣れる姿はとても想像できなかった。   我々は牧場の柵を越え、橋のたもとから
この川を釣上がる事にした。 Graemeさんに続いて川を少し上がると、対岸がボサに
覆われた、小さなプールが現れた。 彼はボサに覆われた水面をじっと見つめてから
「グッドサイズのレインボーが1匹とブラウンが2匹いる」と宣言した。 にわかには
信じがたいが、彼の目には我々のとても見えない魚を見通す力があり、それが事実である
事を昨日目の前で証明してくれた。
                  
                   
                   ↑水中をじっと見つめるGraemeさん。
                  彼の眼光は水面下のちょっとした変化も
                  決して見逃さない。

 とりあえず私は浅い瀬の続く渓相なので山女魚用の
小型スプーンをチョイスしてキャストを開始した。 私には魚が見えないのでGraemeさん
に誘導してもらいながら間合いを徐々に詰める。 私はセオリー通り、対岸のボサの真下に
ルアーをプレゼントすると、川底を転がるようにリトリーブする。 小さな金色のルアーが
1mほど転がっただろうか、ボサの下から2つの黒い影が飛び出した。 30cmくらいの
2つの影は明らかにルアーを意識しているようだ。 私は「そうか、この川のグッドサイズ
というのはこのくらいの大きさなんだな」と勝手に解釈すると、いつでもアワセられる体勢
を取った。 しかし・・その次の瞬間、2匹が出て来た方向に凄い勢いで逃げるのが見えた。
「バレた〜!」と思い私はルアーのテンションを緩めた。  が・・次の瞬間「ガンッ!」と
ロッドが強烈に引き込まれた! 何が起きたかわからず、反射的にロッドを煽るが、それより
一瞬早く針先の主は大ジャンプを見舞った。 50cmは軽々と越すような巨大なブラウン
である事がハッキリと分かったが、同時に私のルアーがこちらに飛んでくるのも
スローモーションのようにハッキリと見えた。 ヤラレタ・・完全なフェイントで今日の
1匹目をバラす・・。 
 Graemeさんは、立ち尽くす私と目が合うなり「あれがグッドサイズだ」とおどけて見せた。

・サンドフライ・
 今日はフライでの釣りを披露してくれているGraemeさん。 大きな大会で何度も
入賞の実績がある彼のロッドさばきは華麗の一言に尽きる。 ルアーで釣行の昨日とは
うって変わって、今日は開始早々から得意の予告ヒットを連発している。 しかも、どの
魚も大きいサイズばかりで、今日のレコードは55cmの丸々とした雄のブラウンである。
 私は昨日から不発の、うちの奥様を先行させ、二人とは少し距離を置いて釣り上がった。
先行した彼女はGraemeさんのガイドで何度か大物を掛けるが、ここまで全てバラしている。
どうやらキャストコントロールを優先した柔らかいロッドに対して魚の口が思いの外堅いようで
思ったようにフッキングしないらしい。 私もロッドを持つ手を意識し、大物をバラすまいと
神経を集中させる。 が・・その手にチクリと僅かな痛みが走る。 良く見るとゴマ粒大の
黒いモノが手の甲にくっついている。 私は同時にこれと良く似た感覚を思い出していた。
北海道で初夏に大発生する「ブヨ」である。 そういえば、ニュージーランドの釣りを紹介
する雑誌に「ブヨ」に良く似た虫に用心せよ・・とか書いてあったのを思い出した。
名前は確か「サンドフライ」とか言ったはずだ。 「ブヨは初夏の生き物」とタカをくくって
虫避けも携帯してこなかったのが大間違い! 川を釣り上る程どんどんとその数を増し、
私の両手はあっというまにボコボコに刺されてしまい、気が散って釣りどころではなくなって
しまった。(この後3日間ひどいカユミに泣いた) しかし、不思議な事にGraemeさんは
全く刺されておらず、サンドフライの存在すらまるで気にしていないようだ。 それが彼の
体質なのか、長年鍛えられた釣り人の免疫なのか・・とにかくそれ以上はカユ過ぎて考えが
及ばなかった。 幸か不幸か、流れを釣り上がるにつれ魚影が薄くなって来たので、我々は
入渓した橋より下流の本流との合流地点へ移動する事に決め、恐怖のサンドフライ地帯を
後にした。

・フレッシュランナー・
 川沿いの林道に上がり、下流めがけて10分程歩くと先ほど入渓した橋が見えて来た。
不思議な事に川から上がるとサンドフライの攻撃はピタリと止んで、カユい手の甲の感覚
だけが残った。 後で分かった事だが、サンドフライを初めとするブヨの仲間はアブと同じ
温度に感応するタイプの虫で、周囲より高い温度の部分をめがけて集まる習性を持つ。
冷たい川の中に立てば当然肌の露出した部分が標的になる・・というカラクリらしい。
 スタート地点に戻った一行は最初に入渓した橋から今度は逆に下流側へと橋の脇を川面へと
降りる。 橋から下流は牧草地の中を流れ、300m程でランギタイキ本流に合流する。
 ここは牛の牧場であり、目の前を牛の大群がゾロゾロと歩いている所を彼らを刺激しない
ように通過しなければならないが、北海道で釣りをしている時の牛の事を思うとあまり良い
心地がしないものである。 幸いニュージーランドの牛達は我々がある程度近づくと勝手に
逃げてくれるので無用なトラブルは起こさずに済んだ。

         
        ↑釣り場になる川の多くが牧場の中を流れる。
         こんな風景はよくあるが、牛は油断ならない
         相手だ。(同じくらい牧場主は手強い・・) 

 下流に向かう事で釣り下がる格好になった私は、ルアーを小型の山女魚ルアーから秋の
代表的なパターンとも言える赤金のウィローリーフタイプのスプーンに換えた。 流れに
逆らいつつ、低層をゆっくりと探る作戦である。 先行して様子を伺って来たGraemeさんは
「本流との出会いにあるプールに大物がたまっているからそこをねらえ」と指示してくれた。
まだ今日は1匹も上げていない自分としては、ここはなりふり構わず一直線にそのポイントを
目指した。 そのポイントは本流との出会いの寸前で大きく蛇行して木の根本を深くエグり
ながら小規模なプールを形成していた。 私はプールの20mくらい手前で立ち止まり、
木の根本のエグれの一番奥に慎重にキャストした。 狙いは流れがプールに接する落ち際の
部分であり、完全にダウンストリームに立った私の位置からは、ルアーを流れに乗せながら
停止させる事が出来るはずである。 竿先で底の感覚を確かめながらゆっくりとルアーを
目標の位置まで導く。 位置に着いたルアーを流れに乗せながら、左右にゆっくりとルアーを
泳がせる。 そのまま何秒か或いは何分が経過しただろうか、ソレはいつものように突然
やってきた・・。  ガンッ!!と強烈なアタリ! 「来たっ!」私は声に出して叫びながら
針先の相手と対峙した。 次の瞬間には既に十八番の大ジャンプを披露しているが、それは
美しく銀毛した巨大なレインボーであった。 アワセのタイミングは完璧なはずであったが、
上顎の先に針が少しかかっている程度でお世辞にも安全な状態ではなかった。 水に戻った
レインボーは恐るべきトルクでドラグを鳴らしながらスプールからどんどんと糸を出して行く。
フレッシュランの野生鱒の引きは丁度サーモンのそれと同じか、それ以上のパワーである。
 私は巻き取るよりも糸のテンションを一定に保つ事に集中しながら、じっと消耗を待つ。
しばらく膠着状態が続いたが、突然レインボーが勝負に出た!今までとは逆に、すごい勢いで
こちらに向かって来た。 ロッドのテンションが少しだけ緩んだ瞬間に大ジャンプ!
「しまった!」・・と思った時は既に遅く、スプーンは空中へ、魚は水中へ・・。
またしてもバラしたのである・・。 遡上鱒、フレッシュランナー恐るべし!

・郷に入れば郷に従え・
 それから同じポイントでもう一度アタリがあったものの、それもやがてパタリと途絶え、
私はそのポイントを諦め、すぐ横の本流との合流点に移動した。 私の釣っていたポイント
にはしばらくして横で見ていたうちの奥さんが入った。 先ほどまで私と同じルアーで釣って
いた彼女であるが、私も彼女も再三のチャンスに恵まれながらことごとくバラシて来た事に
何かを悟ったのか、ルアーをかえている。 彼女が新たにセットしたのは昨日Graemeさんに
もらったニュージーランドの釣り具メーカーであるキルウェル社製の小判型のスプーンだ。
造りは荒いが、実力には定評があるようでニュージーランドのスプーンの代名詞的存在だ。
 彼女は私が立っていたのと同じ位置にポジションを取り、やはり同じようにキャストした。
そこまで見届けて私は自分の釣りに戻ったが、それから1〜2分もしないうちに
「つ〜れ〜た〜!」と大声が聞こえて来た。 まさか?!とは思ったものの、彼女のロッドは
半月型にしなり、ラインは右に左に大きく走っている。 そして、大ジャンプ・・デカイ!
60cm近くある巨大なレインボーだ! 私より近くにいたGraemeさんが彼女に英語で矢継ぎ早
に指示を出す。 私には何を言っているのか分からないが、彼女はGraemeさんと何やら
やり取りをしているようである。(彼女は英語が堪能) 少し寄せた所で再び大ジャンプ!
今度は魚の口元がハッキリ見えて、赤色の大きな針が上顎の頑丈な部分にしっかりとフッキング
しているのが見て取れた。 糸が切れなければ、まずバラす事はなさそうである。 彼女は
大きな魚を相手に無理に巻き取る事はせずに、適度な距離を保ちつつ浅瀬へとゆっくり
後ずさる。 徐々に追い込まれている事を知ってか知らずか、レインボーは最後の抵抗を
試みる・・が、そこで命運尽きたか、魚は一直線に網を構えるGraemeさんのほうへ。
 次の瞬間、5分以上続いたバトルはあっけなく主婦の勝利となった。

          
        ↑このサイズともなるとそのファイトは破壊的で
         今回の遠征で一番の大物となる見事なレインボー。

 それにしても57cmの見事なレインボーはさすがの私も今回は完敗である。 記念撮影を終え
手早くリリースすると、うちの奥さんは先ほどのルアーをチラチラさせながら得意そうである。
「郷に入れば郷に従え」とはまさにこの事であろうか?  結局これが今回の遠征釣行の
レコードサイズとなる。

・パラダイスニュージーランド・
 この日のwaihua streamと本流との合流点は折からの大雨で本流が濁っており、結局20cm
くらいのベビーサイズのレインボーをここで一匹追加してこのポイントを離れた。
 大物を釣り上げてご満悦の奥様とはウラハラに今日ここまで不調な私は残り時間が少ない事を
気にしながら、Graemeさんに「たくさん釣れる場所へ行きたい」とマヌケな注文をつけると
焦る気持ちを分かってか分からないでか、彼は笑いながら「OK!OK!」と私達を手招きした。
 Graemeさんにガイドしてもらって釣りをする最後のポイントは上流に位置するムルパラの
住宅街のすぐ裏手を流れるランギタイキ本流であった。 街のほぼ中心を流れる川にもかかわらず
砂防ダムはおろか護岸すら一切ない自然のままの流れが残されており、民家の軒先を通って
アプローチしたそのすぐ先に広がる光景は、コンクリートに固められた里川を見慣れた日本人に
とって違和感さえ覚える不思議な風景であった。 車を河岸に止めて見た川は先ほどの流れとは
うって変わって澄んでおり、川底を覆い尽くすバイカモのじゅうたんが手に取るように見通せる
のであった。
          
          ↑ムルパラの住宅街のすぐ裏のランギタイキ中流。
           川底が緑色に見えるのは川底を覆うバイカモの
           コロニー。 魚が群れ泳ぐ姿はまさに「パラダイス」
                                  と呼ぶにふさわしい風景であった。

 私たちがキャストするより早くGraemeさんは流れにニンフを流し、一投目でいきなりブラウンを
ヒットさせた。 型は小さいものの美しい野生のブラウンである。 私も負けじとスプーンを
リトリーブするとすぐに鋭いアタリがロッドにはしる! 川底に向かってグイグイと引き込むような
この引きはブラウンであろうか。 寄せてみるとやはりブラウンであったが、手に取って初めて
この魚の美しい様に息を飲んだ。 私がいままで釣り上げてきたブラウンと言えばヒレがすっかり
丸くなった少し哀れな姿がほとんどだったからだ。
 このポイントの魚は決して大きくはなかったが(とはいっても40cmくらいはある)
なんといっても5回投げれば2回は釣れるその魚影の濃さには驚かずにはいられなかった。
柔らかい水草のコロニーの上に立ちながら、手持ちのルアー全てで魚を釣り上げた頃には数を
数える事も失念し、心地よい水音以外何も聞こえない流れの中で日が傾くまで夢中で遊び続けた。
 最後に2日間私たちのわがままに良くつきあってくれたGraemeさんとお気に入りルアーと
フライの交換をしてロッジの前で別れた。
 釣りの雑誌やそれらの記事は得てして大げさなものであるが、「トラウトのパラダイス」と
言われる彼の地は確かに「パラダイス」と呼ぶにふさわしい流れと魚達を育んでいた。
 ニュージーランドの人々は異国の旅人との別れ際に決まって同じ台詞を口にする、
「すぐに戻ってくるさ!」と・・。
 あんのじょう、私は次のニュージーランド行きを早くも画策するのであった。

ニュージーランド私的釣行記2/ 終わり