果物の加工と品質を決定するもの
 
   当園(妻の)手製リンゴジャムは、紅玉で作ります。北海道で栽培できないレモンは、使いたくないからです。その他の品種では、甘ったるいジャムしか作れません。紅玉が手に入らない場合には、未熟なリンゴで作ったほうが、ずっと美味しいジャムになります。(ちなみにブルーベリーも完熟したものではダメです。)固めのジャムがお好みでペクチン(レモンにはたくさんのペクチンも含まれる)が欲しい場合には、リンゴの皮だけを別に砂糖(または果汁)で煮て、その汁を添加すれば固まりますし、ほんのり紅色のジャムにもなります。しかしうちでは、プレザーブタイプの比較的さらっとしたジャムを売りにしているので、皮を煮詰めたりはしていません。煮る時間は、妻の長年の勘によっていますが、とにかく厚手の琺瑯鍋で焦げ付かないようにアクを取りながら煮る事が肝要で、薄手のものでは均一に煮る事ができませんし、金属の鍋では色も香りも悪くなってしまうのでダメです。
 うちでは、ジャムを煮る糖分にグラニュー糖(不純物を含む他の糖やハチミツなどに比べて果実の風味を損なわない)を使いますが、ペクチンやクエン酸などの添加物は用いません。原料は、当園で栽培された無農薬有機栽培の厳選された果物のみで、他の材料は一切使いません。100%果実原料のジャムという、砂糖も全く使わず、濃縮果汁(香りを生かすために加熱蒸発ではなく凍結や浸透膜などにより濃縮したもの)により煮詰めたものもありますが、これは余りにもコストがかかりますので、日常的に食べるジャムにはならないでしょう。ワインで言えば、アイスワインみたいなもので、もちろん品質もよいですが、値段もべらぼうに高くなってしまうので、普通はそこまでやる必要はありません。砂糖不使用でも、ブドウ加熱濃縮果汁で煮た物は、比較的安価に売られていますが、ブドウミックスジャムと言うべきでしょう。
 砂糖で煮る方法でも、必要以上に砂糖を使わなければ、充分に品質のよいものができます。低糖度では、保存性が劣りますが、それは開栓してからのことなので、うちでは最低限の糖分にして、食べ切りサイズの小さい瓶で、保存のために蒸気殺菌をしています。蒸気殺菌で完全密閉するためには、30度くらいねじるだけで蓋の閉まる、ジャム専用の瓶でなければなりません。この瓶を使えば開栓しない限り、低糖度であっても室温で数年間保存できます。
  イチゴは、数年前まではサマーベリーという、生では美味しくないけれど、ジャムにすると酸味も香りも最高で鮮紅色の品種を作っていたのですが、絶やしてしまったので、いまはケンタロウというイチゴにハスカップを3割ほど加えてバランスのよいジャムを作っています。ラズベリーはペクチンが少ないので、やはり当園で栽培されたレッドカーランツ(ペクチンを大量に含む)を2割程度加えています。ルバーブのジャムには、アンゼリカをブレンドすると美味しくなると、ある本に書いてあったので、アンゼリカの種を今までに何度も買って種まきをしたのですが、まだ1度も発芽したことがありません。フランスからの輸入種子なので、種が悪いのだと思っていましたら、今年買った種の袋に、秋に播いて冬を越さないと発芽しないので、気長に待つことと書いてありました。今度こそ、アンゼリカをブレンドしたジャムに挑戦してみるつもりです。ちなみに、日本でお菓子の材料として売っているアンゼリカは、フキの砂糖煮を緑色に着色したもので、見かけだけ似せた、全くのニセモノです。
 ジャムもそうですが、ワインやチーズも、原料によって製品の品質が決まると言って過言ではありません。高級品になればなるほど、原料が命と言ってよいでしょう。ワインの品質は、ブドウの品質で9割方決まると言えます。醸造技術は、原料を如何に生かすかということであって、技術が悪ければ良い原料をダメにしてしまうこともありますが、どんなに技術が優れていようと粗悪な原料から高級品を生み出すことは不可能です。その品質を決定するのは、第一に原料の品種(=DNA)です。もちろん、その品種に適した土地で栽培しなければ最高のものにはなりませんが、多少無理してでも、よい品種を選ぶことが大事です。余市では、ワインブドウとして当初導入されたセイベル系の品種は、栽培は容易なのですが品質が今一つなので、10年ほどの間にほとんど消えてしまい、今では、より栽培の難しいドイツ系の高級白品種(ケルナー、ミュラー=トゥルガウ、バッカス等)が主流です。今後は、赤の優良品種が導入されることが必要でしょう。
 ワインの場合、やや糖度の低いブドウに補糖して発酵させてもアルコールに変わるだけなので品質には全く影響がなく、フランスの高級ワインではほとんど補糖を行っています。一方、ドイツの高級ワインではこれを禁じているので、貴腐ワインやアイスワインのような非常に糖度の高いブドウから作った甘口ワイン以外は、アルコール度数が低いのが普通です。一方安いテーブルワイン(ターフェルヴァイン)では補糖が許されているので、逆にアルコール度が高く、甘口のものではフランスや日本でも禁じている発酵後のワインへの果汁添加まで行われています。また、無添加ワインにこだわる人がいますが、酸化防止剤として使われている亜硫酸は、基準を守れば害はないので、私は味の落ちることの多い無添加ワインを敢えて選ぼうとは思いません。ただし、日本ではワインへの添加が禁じられている保存料(ソルビン酸、甘味果実酒では許可)は、1000円以下の輸入ワインでは結構使われているものがあるので、注意した方がよいと思います。
 ところで、ワイン新興国では、単品種ワインがブームですが、フランス、イタリー、スペイン、ポルトガルなどの伝統的ワインは、3〜5品種程度を、その年の気候に応じて比率を変えてブレンドするのが古典的な作り方です。例えばボルドーの赤なら、カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、メルローの3品種を主体に、プティ・ベルドー、マルベックを数%加えて造るのが慣わしです。何でも原料が肝心だということは、味を追求すれば誰でも気付くことです。だから、チーズならば、カマンベールは普通のホルスタインじゃダメで、ブラウンスイスの乳で作らなきゃ本物にならないのです。北海道では、ついにモツァレラチーズを作るために、地中海水牛を飼う牧場が出てきました。味にこだわると、当然そうなるのです。北海道では、ヤギや羊のチーズを作るところも出てきたようで、これからが楽しみです。
  さて、ワインを蒸留すればブランデーですが、フランスのコニャックは、ユニ・ブラン(サン・テミリオン)という酸味の強いブドウの、やや未熟なものを使ってワインを醸造し、コニャック式の単式蒸留器で2回蒸留を繰り返し(この時点でアルコール度数は70%くらい)、これを水で割り40%くらいにし(この時点ではまだ無色透明で荒々しく飲みにくい)、オークの樽で何年も熟成させます。日本の場合、甲州という在来種ブドウが純ヨーロッパ系品種なので、ワインとしてまあまあ悪くないものができるのですが、ブランデーにするともう一つです。一方、デラウエアのワインも、山梨では昔から結構造られていますが(20年前までは大体一升瓶だった)、これはアメリカ系のブドウで香りが上品とは言えず、あまり上等なものではありません。しかし、デラウエアの未熟なものをワインにすると、クセのある香りが抑えられ、これを蒸留してブランデーにし、オークの樽で何年か寝かせれば、ふくよかな香りのなかなか良いものになるのです。
 加工食品の原料というのは、基本的に生食でおいしいものではない場合が多いのです。生では決しておいしくないものを、おいしく変身させるのが食品加工の面白いところです。生食のハネものを加工するのでは、決してよいものはできません。加工に向いた品種を、加工に向いた栽培方法で収穫するということが、加工技術以上に肝心なところです。  

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