金正日と天皇
 
     北朝鮮が認めた十数名の日本人拉致の件は、決して許されるべきものではないが、戦前の日本は、数十万の朝鮮人を国内および日本が占領したアジア各地へ連行=拉致した。敗戦まで軍の総司令官であったヒロヒト天皇の姿は、北朝鮮の偉大なる将軍様と、全く二重写しである。いや、天皇は現人神(あらひとがみ)として、それ以上の存在であった。天皇を神とした日本人の犯罪は、今の北朝鮮の比ではなかったし、天皇を裁かなかった日本人は、未だにその罪をひきずったままである。朝鮮併合は正しかったとか、満州開拓は理想郷の建設であったなどという歴史をねじ曲げる書物が、今なお書店に行くとたくさん積んであるのに驚くし、天皇は常に平和を望んでいて軍部が暴走しただけなどという根拠のない説が今でも通用しているのは、全く困ったものだ。天皇は軍の頂点に立っていたのだ。文部科学省の教科書検定も、全くどうかしている。史実を述べた教科書を自虐史だなどと攻撃する「新しい歴史教科書を作る会」の、まるで戦前の皇国史観に戻ったようなとんでも教科書を認めておきながら、従軍慰安婦などは小学生には理解できないから載せるべきではないと削除させるのは、一体どういう意図があってのことなのか。これでは、日本に北朝鮮がおかしいなどと言う資格は全くない。マスコミも、北朝鮮の批判をするよりも前に、まず自分の国のおかしさを批判すべきである。
 サハリンに取り残された韓国人は、半世紀以上たった今も祖国への帰国を果せずにいる。中国の海南島に鉱夫として連行された朝鮮人は、敗戦までの6年間に1万人ほども事故や病気で死亡し、生き残った者も敗戦直前にすべて日本人により密かに虐殺されたことが最近知られるようになった。アジア各地に送られた従軍慰安婦は、天皇の軍隊による性的奴隷であったことが明らかであるのに、彼女らに対する国家賠償は、一切拒否している。一方で、彼女らを辱めた軍人には十分な恩給を払っているのだ。戦前は、日本人であることを強要して言葉も名前さえも奪っておきながら、戦後は国家間で賠償は済んでいるといって個人賠償はしないとは、余りに冷たい非人道的な仕打ちではないか。それなのに、靖国神社には遺族の意思を無視してA級戦犯と一緒に勝手に合祀してしまう。国家賠償についても、当時軍事政権だった韓国に対してのみ(公式には賠償でなく無償供与など経済援助の形をとった)のことで、北朝鮮には全く何の賠償もしていない。このようなことを、今なお放置している日本に、一体北朝鮮の批判をする資格があると言えるだろうか。拉致問題解決が国交正常化の前提などということは、絶対に間違っている。
 北朝鮮がいつから独裁国家になったのか、私は知らない。不審船で日本の暴力団(北朝鮮籍の組員は多い)に覚醒剤を密輸したり、中東にミサイルを輸出して稼いだ外貨は、飢えた人民にまわらず、軍部や特権階級だけが潤っている。金正日の4人の妻はそれぞれ広大な豪邸を与えられ、息子は海外に愛人とお忍びでディズニーランドで遊んだりブランド物漁りというのだから、異常な国であることは確かである。でも世界の富の大半を独占し、世界の武器の大半を作り世界中にばらまいているアメリカに、北朝鮮のことを「ならず者国家」などと呼ばわる資格もないだろう。アメリカこそ、世界最大の「ならず者国家」である。9・11テロを口実にしたアフガニスタンへの一方的な戦争に反対した議員は、たった一人に過ぎなかった。アメリカの議会が市民の声を反映しているとは、とても思えない。アメリカは民主主義国家ではなく、金主主義国家に過ぎない。一方の北朝鮮の正式名称は、朝鮮人民民主主義共和国であるが、これもかなり怪しい名前だ。金正日帝国と言った方が正しい。
 アメリカがイランに対してやった湾岸戦争での劣化ウラン弾使用、その後の経済封鎖と空域封鎖などの非人道的行為に対して、どうして意見する国がほとんどないのだろう。なぜそんなにアメリカを恐れなければならないのか。ブッシュ2世がやろうとしていることは、テロとの戦いなどではなく、アフガニスタンの時と同じように、何が何でも傀儡政権を作って石油権益を得ようということに過ぎないことは、見え見えではないか。
 アメリカがテロとの戦いの方針としている先制攻撃で、テロは決してなくならない。もっとテロが増えるだけである。イスラエルとパレスチナの関係を見れば明らかだ。パレスチナ人は自爆テロでも何でもやる。戦車に石ころで対決する人間を、力で抑えることは不可能だ。テロが決して正義な社会を築くために役立たないことはもちろんだが、しかしながら、一部の者が富を独占する不正義な構図をなくさない限り、テロは決してなくならないだろう。
 北朝鮮は、確かに日本にとっての脅威となり得る存在かもしれない。しかし、その脅威を取り除くことは、決して難しいことではない。北朝鮮人民の窮状を救い、過去のわだかまりを解消する努力をすることで、事態はよい方向に向かうだろう。金体制を追い込むようなことは、日本にとっても北朝鮮人民のためにもならないに違いない。金体制を崩壊させるのは、北朝鮮人民自らがやるべきことであると思う。
 アメリカは今でも日本を民主主義国家にするために原爆を落とす必要があったと考えているかもしれないし、日本人の中にもそう思い込んでいる人がいるかもしれないが、そんな許しがたい無差別大量殺人をしなくたって、いずれ日本は負けたのだ。アメリカが原爆を使ったのは、敗戦後の日本をソ連に渡さずに占領するために過ぎなかった。そのために天皇制も温存したのだ。敗戦の時に天皇制を完全に崩壊させていれば、今の日本はもっと本当の意味で民主的なよい国になっていたと私は思う。それは十分可能だったはずなのだ。
 しかし、象徴天皇制という形で、近代天皇制の本質はそのまま残された。日本には、小さな天皇制ともいえる家元制だとか、権威主義的なものがいっぱいある。そういったものを温存しておく限り、差別はなくならないし、真に平等な社会は生まれないだろう。天皇制とは、差別なくして生まれない制度である。従うものだけに対する和の論理であって、従わぬ者に対しては、決して容赦しない。戦前には、五族協和、八紘一宇という言葉を使って、アイヌ、琉球、朝鮮、台湾、中国に対して、天皇に忠誠を尽くさなければ凶暴な牙をむき殺戮を繰り返した。もちろん同じ日本人であっても、天皇に背いた社会主義者、アナキスト、宗教者には、転向か死のいずれかがあるだけだった。戦時中には多くの宗教者が、仏教徒もキリスト教徒も、天皇を神とあがめてはばからなかった。そして、外に対する侵略を支える役目を果したのである。これは、本当に残念なことであった。今再びこの権威を利用しようとする勢力があることが危惧される。
 一人の人間が特別な権威である限り、個人の完全な自由はあり得ない。天皇家は、元々稲作の祭祀を執り行うことで中央集権化を計った朝鮮渡来の一豪族に過ぎなかった。天皇家には、一刻も早く国の象徴でも何でもない一宗教法人に戻ってもらうべきであろう。  

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