シリーズ工芸作物 第5回 澱粉作物

今回は、カロリー源として最も重要な炭水化物を多く含む作物のうち、そのまま食用にするのではなく、デンプンを抽出して利用するものについて、またカロリーのない(消化されない)炭水化物(マンナン等の食物繊維)を採るコンニャク等についても、併せて紹介する。砂糖を採る糖料作物についても、今回紹介する予定だったが、紙面の都合で、砂糖以外の甘味料作物と併せて次回に延ばす。
 デンプンは食料としてだけでなく、糊やブドウ糖などに加工されて、工業用にも利用されている。練り製品(かまぼこ、魚肉ソーセージ)など食品はもとより、化粧品や医薬品、絵具や乾電池、果ては爆薬までと用途は広い。糖化させて発酵させればアルコールにもなる。デンプン(ブドウ糖=D−グルコースが数千から数万連結したもの)を分解して作られる食品には、ブドウ糖の他に、果糖、水飴、デキストリン(ブドウ糖が数十から数百結合したもの)、オリゴ糖(カップリングシュガー)、糖アルコール(ソルビトール、マンニトール、マルチトール等)、異性化糖(果糖ブドウ糖液糖)などがある。また、他にデンプンから作られる食品に、はるさめ(唐麺)やオブラート(軟質オブラートは日本で発明され、ジャガイモの産地、倶知安で全国シェアの4割を生産)、最近では使い捨てで食べることもできる紙皿のようなものも作られている。近年になってデンプンから安価に製造できるようになったサイクロデキストリンは、練りわさびや練りからし等の香りを閉じ込めるのに威力を発揮している。また、トレハロースというブドウ糖が2つから成る甘味料(甘さは蔗糖の約半分)も1994年にデンプンから大量生産する方法が発見され、普及するようになった。グルタミン酸ソーダ(旨味調味料)も、現在ではデンプンを特殊な発酵によって製造している。
 デンプンは、結合の仕方によりアミロースとアミロペクチンの2種類のものがあり、一般には作物の種類を問わず、前者が2〜30%、後者が7〜80%の割合で含まれている。しかし、米、アワ、トウモロコシなどにある、粳(うるち)ではない糯(もち)品種に関しては、ほとんどアミロペクチンだけからなる。アミロースだけの作物はないが、トウモロコシの一種アミロメイズには、4〜70%のアミロースを含み、育種により90%のアミロースを含むようになったものもある。また、デンプンは生のままでは消化が悪く、加熱してα化(糊化)して食用とする。αデンプンに対して、生のデンプンはβデンプンと呼ぶ。アルファ米は、加熱せずに水で戻しただけで食べられるように、一度炊いた米を熱風乾燥したものである。

1.サツマイモ(薩摩芋、甘藷、琉球藷、唐藷、中国名〜蕃藷、英名〜Sweet  potato, 学名〜Ipomoea  batatas、ヒルガオ科)

中央アメリカ原産。デンプン専用の品種としては、コガネセンガン、沖縄百号などがある。デンプン用の育種は官立の試験場で古くから行われており、最初のものは昭和17年の農林2号。コガネセンガンは昭和41年に育成され、昭和50年にはミナミユタカ、昭和60年にシロユタカ、平成6年にジョケイホワイトが発表されている。サツマイモに似たシモンイモ(白甘藷、薬イモ)は、最近になってブラジルでシモン氏により発見されたイモで、カロチン、ビタミンK、ポルフィリンなどを多く含み、ミネラル分ではカルシウムがサツマイモの7倍、鉄分が9倍も含まれている。

2.ジャガイモ(馬鈴薯、potato, Solanum  tuberosum、ナス科)

南米アンデス高地原産。デンプン専用の品種には、コナフブキ、エニワ、紅丸などがある。現在カタクリ粉として販売されているものは、ジャガイモのデンプンで、あんや、とろみ付けなどの料理に最適である。

3.キャッサバ(ユカ、マニオカ、イモノキ、Manihot  utilissima、トウダイグサ科)

 ブラジル原産で、地下に多くのイモをつける。南米では数千年前から主食として栽培された。イモには有毒な青酸を含むので、切って水にさらしてから煮て食べる。現在は全世界の熱帯で栽培され、これから採れるデンプンを平板上で熱し膨らませたものがタピオカで、欧米にも輸出される。

4.タロイモTaroColocasia  antiquorum およびC. escuoentum、サトイモ科)

 熱帯アジア原産で、Colocasia属の他にもAlocasia、 Cyrtosperma, Xanthosoma属など、サトイモ科の芋類をタロと総称している。芋のまま煮て食べる他にも、デンプンを採って食用としている。日本のサトイモも、C. antiquorumの変種である。日本に自生するサトイモ科の植物(ミズバショウ、マムシグサ等)は、ほとんどが猛毒を持っている。

5.ヤムイモYam、 Discorea  spp. ヤマノイモ科)

 日本で古くから栽培されるナガイモ(ヤマイモ、ヤマトイモ)もこの一種であり、そのまま食用にされるが、ゴヨウドコロD. pentaphylla)などはアク(ディオスコリン)があり生食できず、よく煮て食用としたり、デンプンを採り、調理して食べる。トコロ(萆薢=ヒカイ、オニドコロ、D..tokoro)も、そのままでは苦くて食べられないが、江戸時代の「広益国産考」に澱粉料作物として登場し、苦ところ(鬼ところ、山ひかい)と甘ところ(川ひかい)の2種があり、これは雌雄であると述べられている。どちらの根からもアク抜きをして澱粉を採り、薬効があり、醸造して酒にもするとのこと。

6.トウモロコシ(玉蜀黍、Corn,  Zea  mays,  イネ科)

 穀物からデンプンを採る場合は、芋のように潰して水に晒すだけで簡単にはできず、酸やアルカリを利用する場合が多い。とうもろこしデンプン(コーン・スターチ)を作る過程で、副産物として、脂肪分のコーン・オイル、蛋白質のグルテンミール(アミノ酸としてグリアシンとグルテニンから成る)、飼料となるグルテンフィードなどが採れる。日本のビールにはほとんど、麦芽の他に副原料として米・コーン・スターチという表示がされているが、これはトウモロコシのデンプンを意味するのではなく、トウモロコシならびにデンプンを意味する。コーンスターチは、餅とり粉や打ち粉にも使われる。もちとうもろこし(ワキシーコンーン)から作ったデンプンはワキシースターチと呼ぶ。

7.コムギ(小麦、Wheat,  Triticum  aestivum  イネ科)

 コムギから採れるデンプンを浮粉(じん粉)と言う。サツマイモのデンプンも浮き粉と称される場合があるが代用品であり、本浮粉といえばコムギのものである。加熱しても硬くならないことが特徴で、中華天心の蒸し餃子や、明石焼き(柔らかいタコ焼き)に欠かせない材料。

8.イネ(稲、Rice,  Oryza  sativa  イネ科)

 うるち米を粉末にしたものに、上新粉、上用粉、とり粉、だんご粉(もち米も混ぜる)などがあり、もち米を粉末にしたものに、求肥粉(もち粉)、寒梅粉、上南粉(蒸し餅米の粉)、白玉粉(寒晒粉)などがある。このうち白玉粉は、水に晒して作るので、水溶性の蛋白質やビタミンなどが含まれず、保存性がありデンプンの純度が高いが、純粋なデンプンでもない。

9.リョクトウ(緑豆、Paseolus  radiatus  マメ科)

 アズキの仲間で、日本ではモヤシの原料とするくらいで食用とはしていないが、中国ではこれからとったデンプンからハルサメを作っている。日本のハルサメは、ジャガイモのデンプンから作ったものである。

10.クズ(葛、Pueraria  hirsute  マメ科)

東アジア原産の多年草つる草。荒地の雑草として一般的だが、大きなものでは直径20cm、長さ2mにも達する塊根ができ、昔からこれを掘り取ってデンプンを採っていた。葛湯や葛餅は、ジャガイモのデンプンでも代用して作られるが、現在でも天然の葛を掘り取って作られた葛粉が一般にも入手でき、高級品は本葛粉で作られている。吉野(奈良)、田辺(和歌山)、小千谷(新潟)などが昔からの産地である。

11.カタクリ(片栗、Erythronium  japonicum  ユリ科)

日本全国の林地に群生する多年草。カタクリ粉は、デンプンの代名詞となっているが、市販の片栗粉はジャガイモのデンプンである。カタクリの鱗茎は小さく、これからデンプンを採るためには、相当量のカタクリを掘り取らねばならず、現実にカタクリからデンプンを得るのは容易なことではない。デンプン粒は大きく良質で、片栗落雁など菓子原料や料理用にされた。鱗茎や若葉はそのまま茹でて食べられる。アイヌも利用していた。

12.ワラビ(蕨、Brake,  Pteridium  aquilinum  ウラボシ科)

 世界中に分布するシダ植物で、日本では若い茎をアク抜きして食用にするが、根からはデンプンを採ることができる。広益国産考によれば、ワラビ粉は、わらび餅や救肥飴(牛皮飴)などにする他、耐水性があるので、反物の糊や、傘貼りの糊として重宝なものである。しかし、現実にワラビの根からデンプンを取り出すためには、カタクリほどではないが相当な労力を要する仕事であり、現在は、純粋な本ワラビ粉というものは余りに高価につくので市販されていない。ワラビ粉として売られているものは、サツマイモのデンプンやタピオカのデンプンを主体にしたものである。

13.オオウバユリCardiocrinum  glehni  ユリ科)

 北海道では山野に普通に自生。アイヌはこれを重要な食料とし、これからとったデンプンをイルプと呼び、デンプンを採った後の粕も食用とした。

14.ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華、Lycoris radiata ヒガンバナ科)

 球根に有毒なアルカロイド(リコリン)があるが、救荒作物として、田んぼの畦などに栽培し、いざと言う時には毒を抜いてデンプンをとり、だんごなどにして食べた。

15.カラスウリ(唐朱瓜、烏瓜、土瓜、Trichosanthes  cucumeroides、キカラスウリ(黄烏瓜、天瓜,T.  kirilowii  ウリ科)

カラスウリは赤い実、キカラスウリは黄色い実がなるが、地下にはどちらも大きな塊根ができる。江戸時代の代表的な農書の一つである大蔵永常の「広益国産考」には、澱粉を採る作物として葛、蕨と並んで、王瓜(カラスウリ)、桔楼(キカラスウリ)、ひかい(トコロ)が挙げられている。両者とも、その根から良質のデンプンが採れ、後者は天花粉と称し、どちらも当時おしろいに混ぜて使われていたようであるが、永常は葛粉の代わりに用いることを勧め、製造法を述べている。天花粉は、あせも等皮膚病の予防にも使われていた。

16.トチノキAesculuc  turbinata、トチノキ科)

 トチの実はアク(タンニンの他、石鹸にもなるサポニンを多く含む)が強く、そのままでは食用にならないが、日本では古代よりこれをアク抜きしてデンプンをとり、もちアワやもち米と混ぜてトチ餅にして食べた。

17.コナラQuercus  serrata)、ミズナラQ. crispula ブナ科)

 これらのドングリを東北ではシタミと呼び、縄文時代からの主食であった。シイの実のように、そのままでは食べられないが、アクの比較的少ないコナラは粒のまま、ミズナラは粉にしてからアク抜きし、どちらもキナコなどで味付けして食べた。水にさらして採ったデンプンはハナと呼び、これを水に溶かして煮詰めたものが、シタミモチ(シタミヨウカン)。

18.アロールート(クズウコン、Arrowroot, Maranta  arundinaceaクズウコン科)

 熱帯アメリカ原産、塊茎から取れるデンプンを矢根粉(やのねこ)と呼び、粒子が小さく消化が良いので病人食、乳児食に適する。

19.東インドアロールートCurcuma  anqustifolia、ショウガ科)

 インド原産、西インド原産のアロールートに対して東洋のインドの意。

20.ガジュツ(シロウコン、ウスグロ、Zedoary,  Curcuma  zeodaria,ショウガ科)

 ヒマラヤ原産の多年草。根茎を乾燥させて健胃剤とするが、デンプンを採り食用にもする。また、葉や花も食用にされる。インドからインドネシアにかけて古くから栽培され、日本にも江戸時代に紹介された。

21.食用カンナQueensland Arrowroot,  Canna edulis, カンナ科)

 南米西インド諸島原産。主に熱帯アジアやオーストラリアで栽培。根茎をトー・レ・モアと呼び、煮て食べる他、デンプンを採る。デンプン粒はきわめて大きいが消化はよい。茎や葉も食用となる。

22.タシロイモ(田代薯、Tahiti  arrowroot,  Tacca  pinnatifida 

タシロイモ科)

 熱帯アジア、ミクロネシア原産。芋のままでは苦く食用にならないが、デンプンを採り食用とする。矢根粉の代用にする。日本でも沖縄、小笠原で栽培されていたことがある。

23.フロリダアロールートCoontie, Zamia  floridana, ソテツ科)

 熱帯アメリカ原産の小木。幹の基部と地下部が肥大し、デンプンを採る。他にもソテツ科の植物には茎、根、種子などからデンプンを採り食用となるものが多くある。

24.ソテツ(蘇鉄、Japanese  sago,  Cycas  revolute, ソテツ科)

 九州南部から琉球列島にかけて自生する小木。幹にはデンプンを含み、有毒なフォルムアルデヒドを除いてソテツサゴでんぷんを採る。赤い実にも同様にデンプンと有毒成分を含み、よく水にさらして採ったデンプンを粥、団子、味噌にして利用している。

25.サゴヤシ(Smooth  sago,  Metroxylon  sagu,)

トゲサゴSpiny  sago,  M.  rumphii)、クジャクヤシCaryota  urens)、フェニックスヤシPhoenix  acaulis、以上ヤシ科)

 幹に多量のデンプンがあり、砕いて水にさらしてサゴデンプンを採り、煮たりパンに焼いて食べる。また、サゴデンプンを湿らせて粒状にして加熱し、表面を糊化したサゴパールが、欧米に輸出されている。

26.アビシニアバショウEnsete  ventricosum,  バショウ科)

アビシニア原産のバナナの一種。果実は食用にならず、葉柄の基部と地下の肥大部にデンプンを多く含み、切り倒して切り口から出てきたデンプンを掻きとって利用する。生のデンプンを発酵させて餅状にして、火であぶって食べる。

27.コンニャク(蒟蒻、Amorphophallus  konjac、 サトイモ科)

コンニャク芋には約6%のグルコマンナンが含まれ、コンニャクだけでなく、最近はお菓子(コンニャクゼリー)などにも利用されている。コンニャク芋は植えてから収穫までに最低3年かかる。東南アジアには近縁のイロガワリコンニャク、ムカゴコンニャク、ジャワムカゴコンニャク等が、コンニャクの原料として栽培されている。

28.キクイモ(菊芋、Helianthus  tuberosus  キク科)

 10〜12%のイヌリン(フルクトースが結合したもの)を含み、カロリーはほとんどないが、血糖値を下げる働きがある。かつて北米から導入されたものが、北海道では雑草化している。そのまま煮たり漬け物にして食べられるが、水飴や果糖(フルクトース)、醸造してアルコールの原料ともなる。

29.トロロアオイ(黄蜀葵、Abelmoschus  manihot、 アオイ科)

根をすりつぶした粘液を、和紙を漉く時の糊料とする。