声だけが流れる
トクマ「マッタク トツゼン アラワレタと オモッタラ ダイジナ ハナバタケヲ
ヤイテシマウナンテ」
涜真「お前、俺に一体何を飲ませた?意識が朦朧としている。俺の体はお前の体でもあるはずなのに」
トクマ「オマエノ カラダハ オマエダケノ モノダヨ 涜真。オレニ ナッテイル トキハ オレノ カラダ ナノサ。ハイジンニ ナルノハ オマエダケ サ。ハナバタケヲ ヤイテ シマッタ オマエハ ホントウニ キエテ モラワナイト ネ。オタカラ マデ ヤカレタラ タイヘンダ」
涜真「そう思い通りにはさせないぞ、鴻村さんにこのことを伝えて、お前のことも白日の下にさらし、2人で裁きを受けるんだ!」
トクマ「何バカなことを言ってんの、涜真」
涜真「何をする気だ、やめろトクマ!!」
照明ぼんやりと明るくなり、本舞台にトクマ板付き。
トクマ「今まで色々と感謝しているよ、涜真。ゆっくりと眠るがいい、永遠に」
ビーカーに入った白濁した水を飲み干す。
下手より鴻村登場。
照明入り、工場内のセット。古い機械と、奥に積まれた麻袋の山。
鴻村「ここにいたのか、涜真。探したよ」
振り返るトクマ。
鴻村「そこに居るのは涜真か?それとも、トクマのほうか?」
トクマ「さぁ、どっちだと思う?」
鴻村「?まさかな、3人目がいたのか?」
トクマ「3人目?(笑)そうかもしれない」
鴻村「芥子の花畑を焼いたのは、君だね?」
トクマ「鴻村会長の命を義理堅く守った涜真がやったようだ」
鴻村「その涜真と話がしたい」
トクマ「無理だな、(ビーカーを持ち上げ)これが何だか判るか?」
トクマ「後ろに積んであるお宝を溶かした水だよ」
鴻村「それを自分に飲ませたのか!?死ぬぞ、お前」
トクマ「死なない程度に薄めてある」
鴻村「それを、涜真に飲ませ続けていたのか。なのにお前はどうして普通にしていられるんだ?意識も朦朧としてくるはずだぞ」
トクマ「その通り。涜真はずっと意識が混沌として、自分から出て来るだけの力もなくなっている。そろそろ廃人になる頃かな。俺たちはひとつの体を共有した別人だってのは知ってるんだろう。ひとつの体だけど、そうじゃないのは知らないようだな」
鴻村「どういう意味だ」
トクマ「涜真が重い病気でいても、オレに変われば健康な状態で行動が出来るのさ。腕を切り落とすんでもなければ、体の異常は受け継がれない。もっとも、内蔵がやられているには違いないから、ある日突然倒れてそれっきりになるかもしれないがね」
鴻村「涜真を薬漬けにして、どうするつもりだ?」
トクマ「このお宝の山を戴くつもりさ。今までの報酬として、ね」
鴻村「そんなことを、はいそうですかと言うと思ったか」
トクマ「鴻村家が代々やってきたことへの口封じには安いもんだろう?証拠はこれだけだし、オレが処分すりゃ何も残らない。この島にも、やがて外部の人間は近づくことも出来なくなるんだし、めでたし、めでたしじゃないか」
鴻村「お前はどの程度知ってるんだ?」
トクマ「戦前に、鴻村家が密命を受けてここで麻薬を栽培していたこと。この島の住人は日本から犯罪者を連れてきて鴻村家が定住させたこと。麻薬の製造は終戦と共に終わったが、鴻村家は以後も島の存在を隠し続けたこと・・・」
鴻村「もういい!」
トクマ「鴻村家の当主だけは、島を出ても、島のことも島への航行のことも覚えていたが、他の者は何故か何も覚えていなかった。けど、俺も覚えていたんだよ鴻村さん。島を出る間、俺は俺でなくなっていればいいんだ。記憶がなくなるのはヤツだから、俺はずっと覚えていられるんだ。鴻村さんに、花畑と工場の処分を頼まれたのを最後に、俺は島への航行は禁じられた」
鴻村「でもお前は花畑を焼かずに、島へも渡り続けていた。住人に見つからずに来て、ここから麻薬を運び続けたんだ」
トクマ「大事な収入源を簡単に焼けるわけがないだろう。花畑を焼くのは俺が鴻村さんから命じられたことなのに、薬のせいで意識が混在したヤツが思い出して実行してしまったのは計算違いだったよ」
鴻村「人格がひとつになろうとしているんじゃないのか!?」
トクマ「そうならないよう、ヤツには致死量の薬を与えておいたよ。もう、目覚めない」
鴻村「お前、そんなことして!!」
鴻村、トクマに殴りかかる。
ふらつき倒れるトクマ
鴻村「ほら、立ってもいられないだろう!!何が報酬だよ、自分の体を廃人にしてどうするんだ!!涜真の意識と共に、お前の体も薬でボロボロなんだぞ」
トクマ「それでも、自分だけの体が欲しいんだよ鴻村さん。ボロボロでも、ないよりマシさ」
鴻村「それなら東京に戻って医者に診て貰え。最高の医者を捜してやるよ。とにかく、ここは親父の遺言どおり焼き払う。お前は俺と一緒に東京に戻るんだ」
トクマ「やめろ・・・」
鴻村、積まれた麻袋の一角に火を付ける。
赤い炎の照明
煙が立つ
鴻村「さぁ、行こう」
抱き起こそうとした鴻村に逆に抱きつくようにし、壁に押しつけるトクマ
鴻村のシャツが真っ赤に染まり、崩れ落ちる
鴻村「トク・・・マ・・・お前・・」
トクマ「悪いが、あんたの言うとおりにする気はないよ。今更、病院に隔離されて一生人体実験されて生きる気はないんでね。限りある人生を楽しく暮らすよ」
鴻村「何を馬鹿なことを・・・」
突然うずくまるトクマ
鴻村「トクマ、どうした?だから言ったろう、お前の体はもう」
刺された腹部を押さえながら、這うようにしてトクマに近づく
鴻村「トクマ?」
顔を上げるトクマを見て
鴻村「お前・・・・涜真・・・か?」
涜真「すみません、鴻村さん。こんなことになって、俺の気持ちが弱いからこんな。俺、ずっと怖かった。自分の知らないところで何かをしている気がして。記憶のない期間が長かったり、知らない間に日焼けしていたり・・・ずっと怖かった。アイツに薬を飲まされてた間、アイツのことがよく見えた。自分がどんな人間だったのか、何をして来たのかも判ったんです。俺は・・・どうしてこんな体で生まれたんでしょう」
鴻村「病気なんだよ、涜真。帰って治療するんだ、だからそのナイフを渡すんだ」
涜真「鴻村さん、謝ってすむことじゃないけど、すみません。俺はもう、戻れない」
鴻村「やめるんだ、涜真!!」
広がる炎
自分の喉にナイフを当てる涜真
渾身の体で涜真に掴みかかる鴻村
倒れる際、涜真のシャツが裂けて背中のアザが見える
腹を押さえその場に倒れ込む鴻村
セット、屋台崩し
炎と煙に包まれ暗転
紗幕かかり、カーテン前
ジュンタ「火事は工場か!!」
アキト「ロンダが、大~様が工場に入るのを見たらしい」
ジュンタ「男達を集めて工場へ」
照明がつき、紗幕が開く
舞台は海岸のセット
ヨットにマストが設置されている
上手から研、宗佑、是清、淋太郎、駿二、島の住人たち登場。
宗佑「工場で何があったわけ?鴻村さん、刺されてるし」
研「そもそも鴻村さん、工場で何してたんだよ」
是清「鴻村さん、大丈夫かな」
駿二「ロンダの話では船には乗れるけど、操縦とかは無理らしい。とにかく、東京の病院に移さないと」
研「ちょっと待てよ、それじゃ船は誰が動かすんだよ!」
是清「鴻村さんが隣にいれば、誰でも操縦出来るんだよ」
研「はぁ?そんなの無理だろ。本物の船だぜ」
是清「法律では出来ることになってる。鴻村さんも、指示するくらいは出来るらしいから、帰りたきゃ俺たちがやるしかないよ」
研「判った、バクテリア。お前を信頼してるよ」
是清「はい?そこは皆でジャンケンでしょ・・・・」
淋太郎「あの・・・・」
宗佑「どうした?」
淋太郎「あの、僕・・・」
研「大丈夫だよ、心配すんなって。誰もお前に操縦しろなんて言わねーよ」
淋太郎「いや、そうじゃなくて。僕、ここに残ります」
全員「え?」
淋太郎「ここに来て、僕、初めて生きてるって感じたんです。僕、肉親もいないし、東京に戻っても僕のこと待ってる人もいません。なんのために生きてるんだろうって、ずっと思いながら生きてました。でも、ここに来て、野菜作ったり魚を捕ったり布を織ったりしていると、凄く楽しくて」
研「あの娘が必要としてくれるから、・・・だろ」
淋太郎「研・・・」
研「ほれ、そこに隠れているぜ、可愛いあの娘がさ」
木の陰から顔を出すカルラ
淋太郎「カルラ」
カルラ「本当に行かないの?本当に、ここに残るの?」
淋太郎「みんなが受け入れてくれるんなら」
ジュンタ、アキト笑顔で頷く
カルラ、泣きながら淋太郎の胸に飛び込む
やさしく抱きしめる淋太郎
ヒューッと囃し立てる面々、みな笑顔
研「なに、この安っぽいドラマ」
是清「妬かない、妬かない。帰ったらモテモテなんでしょ」
研「おお、掃いて捨てるほどな」
是清「つよがっちゃって、可愛い」と、抱きしめる
研「離せよ、気持ちわりーって」
にこやかに見つめる宗佑、ジュンタ、アキト
ロンダが下手より歩み寄り、駿二に耳打ち
ロンダ「駿二さん、大~様がちょっと話しがあると」
舞台下手に歩み寄る駿二
本舞台照明落ちる
袖に寝床の鴻村。ピンスポット
駿二「そうですか、涜真さんが」
鴻村「島に残りたいが、今回が島を出る最後のチャンスかもしれない。皆を東京に帰さなきゃいけないし、ロンダが言うには刃物の傷はここでは治せないらしい」
駿二「鴻村さん、俺、ここに残ります」
鴻村「何を言ってるんだ、ここには誰も残さない。皆、無事に東京に連れて行くよ」
駿二「淋太郎も残るそうです。人生の伴侶をこの島で見つけたみたいです」
鴻村「・・・・そうか、淋太郎は天涯孤独といっていたな」
駿二「俺もです」
鴻村「それは違う。お前は天涯孤独なんかじゃない、お前には血を分けた兄がいるはずだ、お前の目の前に」
駿二「鴻村さん・・・。でも俺は、この島で生まれたこの島の人間です。背中には、皆と同じアザもあります。祐紀も」
鴻村「島の往来は、もしかしたら今回が最後になるかもしれない。そうなったら、もう二度と戻れないんだぞ」
駿二「判ってます。この島で、鴻村家の人間として行く末を見守っていきます。ここは、俺の生まれた島なんです」
鴻村「涜真も・・・涜真もこの島で生まれた」
駿二「え?本当に?」
鴻村「お前と同じアザが、あいつの背中にもあった。どうして親父について本土に渡ったのかは知らないが、不幸なヤツだった。墓を作ってやって欲しい」
頷く駿二
鴻村「きっと、きっとまた戻って来る」
駿二「はい」
鴻村「親父の会社のことや、全てを片付けて戻ってくる。そうしたら、一緒に暮らそう」
駿二「はい・・・・兄さん」
暗転。
再び本舞台に照明
出航の準備をしている面々
淋太郎とカルラが別れを惜しんでいる
白い帆が翻る
やがて船内に入る面々
見送る淋太郎、カルラ、ロンダ、ジュンタ、アキト、島の人々。
少し離れたところに駿二。
波の音
紗幕が降りてくる
スライド映像で航行中の写真
それに被さるように鴻村のモノローグ
鴻村「ヨットは途中、小さな時化に遭ったが無事に東京に着いた。しかし、その時化のあと、皆の記憶から島の記憶がきれいに無くなっていた。驚いたことは、最初から参加していた涜真や淋太郎の記憶まで無く、私の傷は時化の最中に刃物で怪我をしたことになっていた。
東京に着いてからは、それぞれまた元の生活に散って行った。
私は、病院で手術を受け回復したあと父の会社を引き継ぎ、慣れない日々を送りながらも休暇を取っては島を目指した。
5年、10年。私はずっとあの島を目指し探し続けた。森に守られた、不思議な島を。
日本のどこかに紛れもなく存在しているはずの、幻の島。忘れないようにその島のことを、こうして記しておこう。幾とせか過ぎ、再び会える日を信じて」
いつかのあの歌は そよぐ風にのせて
過ぎた日の思い出を運ぶだろう
夢のような島に 置いてきた記憶は
鍵をかけ胸に秘めたまま
でもきっと忘れない時が流れてもまだ
過ごした世界はもう 取り戻せなくても
ひとつだけの真実 夢と幻の隙間を
こぼれ落ちていくよ 計れない時を刻み
幕
戻る