桜の降る丘で

 

淡い桃色の花びらが目の前を何百、何千と散っていく。

わしは桜が好きだった。

今日も職務から抜け出し、桜の花降る丘に転がっていた。

もちろん自分の弁当として桃も持参しておるが。

「風流だのー…。」

暖かな気温、風に運ばれてくるほのかな桜の香り、全てが好きだった。

視界全てが淡い桃色でいっぱいの中、青い一粒の点が見えた。

それもすこしずつ近づいてくる。楊ゼンだ。

(職務をさぼったのがばれたかのう?)

遠くで自分を呼ぶ声がする。怒っていないところを見ると

どうやら職務うんぬんではないらしい。

わしは呼ばれた声に片手を挙げて応えた。

 

                *

 

「師叔、何をしてらっしゃるのですか?」

楊ゼンは走ってきたらしく、少し呼吸が荒い。

「桜を見ておるのだよ。ここからの眺めが格別でな♪」

そういって、手招きして楊ゼンを呼び寄せる。

楊ゼンもわしに習って隣に寝転がる。

「師叔は桜が好きなんですね。」

「うむ。桜の香りとかな。だが、他にも理由があるのだ。」

わしの言葉の後半が気になったらしく、あやつはわしの顔をのぞきこみ

「教えてくださいよう。」

とせかす。

「あまり人には言わないのだが…。桜は散りやすいであろう?」

「ええ、雨とか風ですぐ散っちゃいますよね。」

楊ゼンが上を向いて寝転んでいたはずだが今はこちらを向いているのが気配でわかる。

だが、あえてわしは気付かぬ振りをする。

「諸行無常という言葉を知っておるか?物事はいつまでも常ではなく、

やがては衰えていくという儚さのことだ。」

「それと…桜が何か?」

「わしらはこの桜を見て無条件で美しい、と思うことがあるであろう?

あれは…諸行無常…その花が散ってゆく儚さが美しいと思っておるのだ。

意識しなくてもな。その桜の儚さが…わしにも共通していると思うのだよ。」

「!!!!」

「仙道は不老不死だから普通の人間とはちがう、と思っているだろうがな、

わしは…封神計画を進めるうちに…死ぬこともあるであろう。

それはわしという道具があの散った花びらのように地面に落ちていくのと同じだ。

死んでも変わりなんぞ沢山おる。滑稽だと思わんか?

わしはこの何千何万とある花びらの1枚なのだ。」

わしはちょうど鼻先に降ってきた桜の花びらを掴み、寂しげに笑う。

ついつい言葉が…自虐的なものになっていた。

だが、それも事実。変えようのない、不変の真実なのだ。

チラッと楊ゼンのほうを向くと、いつのまにか座っていて

泣き笑いのような複雑で、こちらから見てもはっきりとはわからない表情になっていた。

「…楊ゼン?」

先程からだんまりで流石にわしは心配になり、起きあがるといきなり抱きしめられた。

「よ、楊ゼン…。」

「師叔…そんな悲しいことを言わないで下さい…。確かに桜の花はすぐ散ります。

しかし、夏になったら葉桜となり、秋・冬と厳しい季節を耐えてまた

美しい花となるのです。あきらめないでください。

例えあなたが散ったとしても…僕が見つけて差し上げますから…。」

そこでまた抱きしめる力が強まる。

「そして…僕は花びらが散らないように雨風から防ぎますから…。」

まったく…こやつは何故こんなにくさいセリフがポンポンと出てくるかのう…?

だが、悪くない。わしはいまだに抱きしめ、顔をわしの肩にうずめている

楊ゼンの背中に手を回す。そして、わしは最高の言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう…楊ゼン…。」

 

                       終                         


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