表裏 〜裏〜
〜太公望の場合〜
わしはあの時楊ゼンに言った。
『わしは男だ。』
天才道士楊ゼン。
仙人の資格を持ちながら仙人を名乗らず
自らを極限まで高めるために修行していた。
容姿端麗・頭脳明晰。
そんな言葉がよく合った。
わしは最初の頃、あの天才様はどうも苦手だった。
ナルシスト・傲慢・自信家など
世の中パーフェクトな人間はいないというよい例だと思っていた。
ある日楊ゼンに行為を強いられた。
わしはそのあと諭した。
おぬしの視えているのはちがうわしであろう?
そして・・楊ゼンを天幕から追い払った。
あの行為の無理強いはゆるせなかった。
しかし追い払った後、わしは気付いた。
わしは・・わしは楊ゼンとそのような関係になりたかった。
いつもいつもわしは心の奥では楊ゼンと繋がりたかった。
楊ゼンにいつも名前を呼ばれていたかった。
少しでも触れ合っていたかったはずだった。
封神計画。
そのたった4文字がわしをつなぎ止めていただけであった。
だが、それに気付いたのは愛するものを傷つけた後であった。
覆水盆に返らず。
こぼした水はけっして元に戻すことはできない。
すくおうとしてもそれは泥水に過ぎない。
壊れた椀は直せない。
無理矢理直しても…すぐに亀裂が入り水は流れてしまう。
自業、自得か・・。
〜楊ゼンの場合〜
僕はある日師叔に行為を強いた。
いつまでも守っていたかった、
愛すべき師叔を自分で傷つけた。
おぬしの視えているのはちがうわしであろう?
僕は、…僕は師叔の幻を見てるとでもいうのか?
僕は脳にだまされているのか?
でも、僕は反論が出来なかった。
自信がなかったからだ。
僕は生い立ちゆえに玉鼎真人師匠以外に心を開かなかった。
でも、初めて心を開ける人が僕の前に現れた。
太公望師叔。
僕はこの人を守りたい、お役に立ちたい
…できれば・・愛し合いたい。
それはもちろんあの人だからだと思っていた…。
でも、その気持ちの中に師叔の容姿なども入っていた。
おぬしにはわしが視えていないのだろう?
脳が心というわがままな宿主のために事実を
歪めておる。故意だろうがなかろうがな。
ちがう!!ちがうちがう!!!!
確かにあの行為は嫌がられるということはわかっていた。
あの行為では僕の気持ちは伝わらない。
でも、僕は師叔のことを…。
覆水盆に返らず。
一度壊れた椀は戻すことが出来ない。
だけど、こぼれた水は無理ですが、
汲みなおすことは出来ないのですか?
壊れた椀を直すのは無理ですが、
作りなおすことは出来ないのですか?
師叔…。
〜太公望の場合〜
あの日から3日経ち、楊ゼンとは特に何もなく
普段どおり過ごしていた。
いつものように楊ゼンは軍議などで意見を聞かせてくれたり
間違いを訂正してくれる。
そしていつものようにわしを心配してくれる。
「師叔、今日僕は見張りの番なので何かあったら
宿営地の入り口にいますので…。」
「うむ、確か天化とだったのう。行ってこい。」
苦しい。
なぜあやつは、平然とできるのだろう…。
「スース!!」
「ぬおっ!!」
いきなり目の前に天化がいた。
「いきなり呼ぶでない!!」
「俺っちは何度も呼んでいたさ。それよりスース、
ちょっくら頼みがあるさ。」
「何だ?」
天化の顔に少し影がかかった気がした。
「天祥が熱出したみたいだから、俺っちは今日、見張りに行けないさ。
熱が下がったら戻ってくっからちょっくら替わってて欲しいさ。」
「蝉玉や、他の者は?」
「ダメさ。蝉玉はモグラと一緒じゃなきゃ嫌だってダダこねるし
モグラは最初からやる気ないさ。親父は違う所の見まわりだし。」
「ナタクは敵が来ても一人で突っ走るからのう。」
わしは少し悩んだ。
あそこには…あやつがおる…。
しかし、わしには断る理由が見当たらなかった。
「わかった。わしが替わりに行っておくよ。」
「悪ぃな、スース。いつかその埋め合わせをするさ。」
「かまわぬよ。」
太公望が行った後…
「兄様?何してるの?」
熱を出しているはずの天祥が元気にひょこっと天幕から顔を出した。
「て、天祥!!ちょ…顔を出さない!!」
「何で?」
「何、ちょっくらスースを手伝ってあげようと思っただけさ。」
と、天化はニカっと笑った。
〜楊ゼンの場合〜
宿営地の入り口に灯っている炎がはぜる。
すでに周りは真っ暗になっていた。
僕はのんびり草むらに腰を落していた。
襲撃されてもすぐに対処できるという自信があるからだ。
僕は3日前のことを思い出している。
師叔の言葉が今も頭に残る。
苦しい。
僕は今すぐにでも師叔を抱きしめたかった。
師叔に気持ちを伝えたかった。
でも、ダメだ。
師叔は軍師の仕事で多忙であるために
僕の個人的なことで悩ませるのは嫌だったからだ。
「頭が痛いなぁ…。」
僕は顔を伏せた。その時…
「見張りが寝るなっつーの!!」
げし。
僕の頭にかかと落しがきまった。
「スー…ス?」
「おう、起きたか。」
そこには師叔の変わらぬ笑顔があった。
僕はすっかり困惑してしまった。
僕の悩みの主がいきなりそこに立っていたからだ。
「いきなりどうしたのですか?今日は師叔の番ではないはずですが。」
「天祥が熱を出してのう。天化が来れなくなったから
替わりにわしが来たのだ。」
「でも、いきなりかかと落しはないでしょう?」
「天才ならそれくらいよけんか。」
「ひどいなぁ、もう。」
僕と師叔は二人して笑いだした。
真っ暗な闇が支配している中
僕と師叔は並んで座った。
何も言わず、ただ黙々と時間が過ぎていく。
何か言わなくては…。
「あの、師叔。」「のう、楊ゼン。」
『…………………』
「師叔からどうぞ?」
「いやいや、おぬしからでよいよ。」
まったく、師叔は…。
「3日前、師叔は僕に師叔が視えていないと言ってましたよね?」
「う、うむ。さすがにあれは言いすぎたよ。すまぬ。」
あまり触れたくないのか少し言いよどむ。
「いえ、僕も悪いのです。無理強いをしてすみません。」
そこで僕は師叔に向き直る。
「僕は確かに師叔の容姿から惚れていたところもありました。
師叔の容姿も女の子っぽいし。」
「おぬし…。」
師叔がうめく。
「だけど、僕はそれだけではありません。
師叔自体全部が好きなのです。何を言われても僕の気持ちは変わりません。
初めて会ったあの日から…」
「あなたは僕の全てなんです。」
その時、師叔の目から大粒の涙が流れた。
「スー・・ス?」
「す、すまぬ…。」
師叔から流れる涙は止まらない。
「わしは…あの日からもうだめだと思っていた…。
本当は、本当はわしはおぬしが好きだった。
どうしようもないくらい怒ったのは好きなおぬしに無理矢理
行為を強いられたからだ。
自らが望んでいたのに…。
おぬしを追い払った後、それに気付いた。
それからは・・苦しくて苦しくて、狂いそうだった。
もう…こぼれた水を戻すのはむりなのだと…。」
「師叔…。」
師叔はぼろぼろと涙を流しながら、僕に寄りかかった。
「すまぬ…。」
僕はやさしく師叔を抱きしめた。
「師叔…確かにこぼれた水は無理ですがそれは汲みなおすことは
できないのですか?僕は・・大丈夫ですから。」
「楊・・ゼン・・っ。」
僕はいつまでも泣き止まない師叔を少し力をこめて抱きなおした。
「師叔・・もっと触れてもいいですか?」
師叔はふっと顔をあげた。
「だめだ、と言うと思ったのか・・?」
「師叔…。」
僕はそっと師叔に口付けをした。
「雨降って、地固まるってやつさね。」
天化と天祥は影から二人の様子を見ていた。
まったく…師叔は意固地だから世話が焼けるさ…。
「ねー兄様、太公望と楊ゼンさんは何してるの?」
「何って…。」
言いかけて天化は固まった。
考え事をしていたため見ていなかったのだ。ふと見てみると…。
「こ、子供が見るもんじゃねーさ!!」
「何でー?」
「何ででも!!」
天化は天祥を天幕まで押し戻していった。
〜太公望の場合〜
「う〜〜む。見張りの意味がなかったのう。」
わしは楊ゼンの肩布を羽織っただけの姿でうめいた。
「大丈夫ですよ、僕がいますから。」
「自信家め…。」
ふと楊ゼンは何か思いついた。
「ところで師叔、先程僕に言いたかったことって何ですか?」
ぬ?そういえば…
「!!!!!」
わしは少し考えてからあることを思い出した。
「…秘密じゃ…。」
顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
楊ゼンは一瞬怪訝な顔をしてからクスリと笑った。
「言わないと食べちゃいますよ?」
再び楊ゼンがわしを押し倒す。
「もう食ったくせに・・っ・・あ…」
楊ゼンがわしの体をまさぐる。
「何ですって?」
だけど…
だけど、言えるわけないじゃないか!!
わしは…………と言おうとしたなんて!!
こうして夜はどんどんふけていった…。
終
やーれやれ・・・やっと終わった・・・。
どうやって終わるかと、最後まで悩みました。
意固地な師叔ならこのまま泥沼って感じになっちゃう可能性も
なきにしもあらずってとこでしたな。
最後に師叔が何と言ったかというのは・・・すいません、考えてませんでした。
だから想像にお任せします♪(ちなみに私は「後でわしの天幕に来てくれ・・・。」でした(汗))
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