俺とデス子とリンガルと 


ブリーダーの友人から実装石をもらってきた。
もう成体にまで育ってしまい、他に引き取り手も無く困っていたのを見かねて、
俺が引き取ることにしたのだ。
実装石のことは良く知らなかったが、
ペットの一匹くらいならどうにかなるだけの余裕はある。
「デスー」
「お前の名前は今日から『デス子』だ」
「デスー」
こうして俺とデス子の二人の生活が始まった。




デス子は成体になるまでのかなり長い期間にわたり、躾を施され続けていたため、
飼い実装石としては申し分なかった。
糞を漏らすようなことはまったく無く、うるさく鳴くこともない。
多少動きが鈍い気もするが、それはおっとりとした性格のためのようだ。
だからといって決して知能が低いわけでもなく、
俺の言うことはそこそこ理解できているようだった。

「デス子、今日のご飯はいつもより豪勢だぞ」
「デスー」
高級フードを目の前にしても、卑しくがっつく事も無く、
デス子はいつもどおり行儀良く食べ始める。
「ははは、お前はまるでどこかのお嬢様みたいだな」
「デスー」
「美味しいかい、デス子」
「デスー」
本当にこいつはよく躾られている。
今ではそこそこ利口で性格もおとなしいデス子を、俺はすっかり気に入っていた。
そして、ふと考えてしまうのだ。
この可愛い同居人ともっと楽しくコミュニケーションは取れないものかと。
実装リンガル――あの道具があれば…。

――実装石に期待をするな。

ブリーダーの友人から何度か受けた忠告だ。
実装石を飼う者がよく陥る落とし穴。
自分の実装石だけは違うという盲目的な思い入れが、
木っ端微塵に砕かれる瞬間がある。
デス子を友人から引き取る時に聞かされた、いくつもの悲劇的な事例。
そのどれもが一切の誇張の無い事実だと、友人はいつになく真剣な表情で語った。

それでも――
それでも俺は信じたい。
いや、これは言い訳だ。好奇心と期待に負けつつある自分への自己弁護だ。

それでもいいじゃないか。

デス子がいわゆる「糞蟲」のような行動を取った事が無いのは俺がよく知っている。
ひょっとすると狡猾な個体なのかもしれないという可能性はあるが、
たとえデス子の正体がそうだったとしても、
それはわざわざデス子の内面を知ろうとした、俺の判断が不味かったのだ。
決してデス子のせいじゃない。

決心はついた。




翌日、俺は仕事帰りに実装リンガルを買っていた。
少々値は張ったが、かなりの高性能のものを選んだ。

家に着くと玄関の前で立ち止まる。
今日で俺とデス子の関係は一変してしまうかもしれない。
デス子への気持ちが変わってしまうかもしれない。
…だが、それを覚悟したうえで俺は選択したのだ。
俺は最後まで責任を持って飼う!

迷いを吹っ切るように勢い良くドアを開けた。
すぐにリンガルのスイッチを入れる。先延ばしにしてもいいことは無い。

ドアの音を聞きつけ、デス子が玄関までよちよちと歩いてきた。
「デス子、ただいま」
「デスー」(おかえりなさい、遅かったのね)
「………」
「デスー」(どうしたの?なにか驚いてるみたいだけど)

――あれ??デス子ってこんなキャラなのか?

「あ…ほら、実装リンガル買って来たんだよ」
「デスー」(あら、その機械がそうなの?私が知ってるモノとは少し違うのね)
「そりゃあ業務用のゴツい奴とは違うけど、これもかなり高性能なんだぞ」
「デスー」(私と話すためにわざわざ?)
「まあね、同居人とはうまくやっていきたいだろ」
「デスー」(ありがとう。私も今までもどかしさを感じることが多かったの)

俺の予想とは大きくかけ離れた結果になったが、これも悪くない。
いや、むしろ期待以上の大収穫だ。
リンガルを通しているとはいえ、
デス子がこれほどスムーズに会話が出来る相手だとは思わなかった。

「デスー」(そんなにニコニコして、なにかいいことあったのかしら?)
「ああ、あったよ」


その日から俺の生活は一変した。
一言で言ってしまえば、張り合いができた。
ペットを飼っているとはいえ、基本的に1人暮らしの無味乾燥な日々。
おのずと口数も減りがちだったが、今は違う。
デス子という話し相手が出来たのだ。
しかも、デス子はなかなかの聞き上手だった。
俺のくだらない愚痴や自慢話ですら、真面目に聞いてくれているようだった。
「今度の企画はさ、もうちょっと客層を絞ってみるつもりなんだ」
「デスー」(そうなの?自信ありそうね)
「コレを仕上げるまでは、休めそうにないな」
「デスー」(無理はダメ。夢中になると自分の体調まで無頓着になるんだから)
デス子との生活の中で、俺はだんだん「生きがい」のようなものを、
感じ始めるようになっていた。




そんな生活に変化が起こったのは、半年ほどが過ぎた頃だった。
俺の勤めていた会社が倒産したのだ。
無責任な経営者は入り口の張り紙一枚残してとんずら。
いきなり無職になった俺は、当然ハロワ通いを始めたが、
さしたる産業も無いこの地方都市ではそう求人も多くない。
生活レベルを下げて、バイトで食いつなぐ事態となってしまった。

俺の横でデス子はモソモソと安物実装フードを食べている。
「こんなエサで悪いな…デス子」
「デスー」(悪いなんてこと、あるわけないじゃない)
「早く、元の生活レベルに戻れるようにするからさ…」
「デスー」(ペットにそんな気を使わなくてもいいのよ)
デス子は俺の状況をよく理解してくれているのか、
我侭を言うどころか、相変わらず俺の話し相手になってくれていた。
「すまん…デス子。本当にすまない」
「デスー」(やめて。あなたが悪いわけじゃないんだから)
「でもな…」
「デスー」(ペットの私に負い目を感じること無いのよ)
「俺は…」
「デスー」(そんなに卑屈にならないで。今の苦しい状況で、
あなたが頑張っているのは私が一番よく知ってるから)
「デス子…」
「デスー」(自分が苦しい中でも、私のことをいつも気にかけてくれるのはとても嬉しい。
ペットの私が言うのも変だけど、こうして頑張ってるあなたはすごく立派だと思う。
あなたがいるから、私は今こうして楽しく生きていけるのよ)

いかん、みっともなくもデス子の言葉に涙が出そうになる。
俺はコイツから、いったいどれほどのモノをもらったのだろう。
金では買えない理解、信頼、思いやり。
どれも曖昧な言葉なのに、それが確かな事実として俺を支えてくれている。

「デス子…!」
気付けば、俺はデス子を両腕に抱きしめていた。
デス子も俺をいたわるようにポフポフと小さく叩いてくる。
「デスー」(急にどうしたの?甘えたくなったの?)
「そんなんじゃないよ」
「デスー」(そう?でも、元気になったみたいで安心したわ)

大丈夫、まだまだいける。
俺はデス子がいる限り、どんな苦境だって乗り越えていける。
俺は自分に今までに無いほど気力が漲っていくのを感じていた。




かつて無いほどに気合が入ったのが功を奏したのか、
それから間もなく新しい就職先が決まった。
以前の職場より好条件が揃っていることも嬉しかったが、
なによりこれでデス子に良い暮らしをさせてやれると思うと、
弾んだ気持ちが抑えられなかった。

採用の連絡を受けて、真っ先にデス子へ知らせに行く。
デス子は隣室で寝ていた。
「おい!デス子!起きてくれ!」
「デスー」(なぁに…?)
「仕事決まったんだよ!」
「デスー」(!…よかった、本当によかったわね)
「ああ、これでおまえに安物フードなんて食べさせずに済むよ」
「デスー」(ヤダ、高級フードなんてたまに食べるから美味しいのよ)
「いいから黙って贅沢させろよ。おまえのおかげでもあるんだからさ」
(私、あなたに何もしてないわ。お話聞いてただけだもの)
「それが大きな助けだったんだよ。本当に感謝してるんだ」
(がんばったのはあなた自身。私はそばにいただけ。
感謝するのは私のほうだわ。いつも私のことをこうして考えてくれるんだから)
「デス子…」

コイツはなんてよく出来た実装石なんだろう。
実装石でなく人間だったら間違いなく惚れてる。
いや、既に俺はデス子にかなり惚れてるっぽい。

「デス子、俺は…」
ひとしきり感激を噛み締めた後、俺はデス子に向き直った。



デス子は寝ていた――。



あれ?
寝てる?
さっき起こして、話をして、数秒も経たずにもう寝てる?
(なぁに?)
リンガルには文字が表示されていく。
(固まっちゃってるけど、どうかしたの?)

どうしてリンガルだけが勝手に会話続けてるんだ?

落ち着け、俺。冷静になれ。
よくよく考えて見れば、以前からおかしな点はいくつかあった。
デス子の鳴き声に対して翻訳セリフが長すぎるとか、
会話は盛り上がっているのに、デス子の本体は余所見してたりとか、
どーにも不自然な場面はあったのだが、デス子の性格に免じてスルーしてきたのだ。

「おい」
(なに?)
「おまえ、誰だ?」
(誰って、デス子よ)
「デス子は寝ている」涎垂らして眠っているデス子本体を指差す。
(…ッ!)リンガルが動揺したような気がした。
「おまえ、いったい何者だ?」
(え、あ、その、だから、デ…デス子よ!デス子!)
「………誰なんだ?」
(デス子だってば!その…腹話術やテレパシーとかそんな感じ!…ダメ?)
「…デス子じゃないんだな」

やられた。
どこで仕込まれたかわからないが、
このリンガルには盗聴器のようなものが入っていて、
その向こうに居る誰かが、デス子のフリをして受け答えしていたらしい。
常に向こうのモニターに張り付いてなど居られないだろうから、
通常のリンガルと機能を切り替えられるのか、
それとも、複数の人間が交代でデス子を演じていたのか。
突拍子もない想像だったが目の前にはその証拠がある。
なんのために?遊び?仕事?
そんなこと考えていてもキリがない
とにかく、俺の生活と会話を盗み聞きしている奴らがいるのだ。

リンガルを握る手に力を込めた。フレームが小さく軋む。
(ああっ!やめてやめて!…ごめんなさい、ごめんなさい!)
「今まで俺を騙してきたのか…」
(そんな、騙してたつもりなんてない!)
「なんだ?なんの遊びだ?他人の私生活に介入して楽しかったか?」
(…違う!そうじゃないの!)
「どこの誰だか知らないが、こんな盗聴まがいのゲームに付き合う気は無いぞ」
(ごめんなさい!でも、違うの!そうじゃないの!)
「うるさい!」

俺はリンガルを振り上げると、力いっぱい床に叩きつけた。
そのつもりだった。

一瞬の変化。
床に激突する瞬間、リンガルから脚が生えた。同時に小さな噴射音。
リンガルは自分で衝撃を緩和し、受身を取りながら床に転がった。

俺は動くことが出来なかった。目の前で起こった事態に認識が追いつかない。
とりあえず「変形」「ロボット」の二文字が思い浮かんだだけだ。

転がっていたリンガルが立ち上がる。
俺を見つめるように向けられた液晶画面には、僅かな文字が映っていた。

(ごめんなさい。さようなら)

俺の返事を待つことも無く、リンガルは異様な素早さで駆け出すと、
窓の外へと身を躍らせた。

ややしばらく経って、事態を把握できるところまで頭が回復してくる。
――最初は悪質なイタズラだと思った。
リンガルを壊せば盗聴器が転がり出てくると思っていた。
だが、出てきたものは脚だった。ブースターみたいなモノまで見えた。
イタズラならリンガルの向こうの奴が「バレたか、バーカ」と俺を笑えば済む。
だが、あのリンガルは謝っていた。

いや、だから落ち着け。リンガルが謝るって変だろ。ただの道具だぞ。
俺に謝り、走って逃げ去るリンガル――。
普通に考えてたのでは説明のしようが無い。だから普通に考えることは止めよう。
あれはおそらくリンガルの姿をした別の物だったんだ。
そいつがリンガルのフリをして、今まで俺と会話してたんだ。

自分の気が狂ってしまったんじゃないかと、不安になるような仮説だが、
俺は案外それが最も正解に近いんじゃないかとも感じていた。
だが、もしもそれが正しいのならば、俺はデス子を追い出してしまったことになる。
自分のしたことの重大さがようやっと理解出来てきた。
唐突に全身の血の気が引いていく。
慌てて窓の外を見回したが、リンガルの破片一つ見つけることは出来ない。
俺はいなくなったリンガルデス子を探しに外へ出た。

思いつく限りの場所を探してみたが、デス子の行方はわからなかった。
疲労で力の入らない身体で部屋に戻ってくる。
今日はあまりの多くの出来事がありすぎて、頭がパンクしそうだ。

仕事が決まった。
リンガルが動いた。
デス子が消えた。

もう一度思い出してみる、あの異常な光景。
恐怖心が無かったとは言えない。
理解できない薄気味悪さは、今だって感じている。
それでも、あのリンガルの最後のメッセージは信じられる。

――ごめんなさい、さようなら――

そうだ、俺の知ってるデス子はそういう奴だったじゃないか。
優しくて、思いやりがあって、いつも俺のことを考えてくれてた。
細かい事情はわからない。
けれど、一つだけ確かな事実がある。

あのリンガルこそが、俺のデス子だったんだ。

そして、デス子は俺の前から消えてしまった。

全身から完全に力が抜けていった。
壁際にもたれ掛かりながら思わず呟く。
「デス子…」
「デスー」
昼寝をしこたま満喫した実装石のデス子が起きてきたようだ。
よちよちと歩いてくると俺の横で正座をする。
「デス子…」
「デスー」
「おまえじゃねえよ…」
「デスー」
「デス子…」
「デスー」
「おまえじゃねえよ…」
「デスー」

俺にとっての人生最悪の日だった。




デス子が居なくなっても、日々の生活は続いていく。
新しい職場で仕事に忙殺されるのは、かえってありがたかった。
余計な事を考えずに済む。

考えようによっては、リンガル購入以前の生活に戻っただけとも言える。
元々、デス子自身は俺にとって好ましい実装石だった。
こんな生活も悪くない。

それでも、時折襲ってくる空虚な気分はいかんともし難い。
"あの"デス子は俺にとって単なる同居人・ペットではなかったのだ。
俺の居場所、帰るべき場所、そんなかけがえの無い存在だった。
だからあれからリンガルを買ってはいない。
俺にとってリンガルはデス子以外に考えられない。
正直な話、あれからリンガルデス子を大変な時間と範囲で探しまわった。
メーカーにも問い合わせたが、異常な妄想話と取り合ってもらえなかった。
結局、あの謎のリンガルデス子のことは、まるっきり解らないままだった。




今日もデス子を連れて散歩に出る。
最初はリンガル探しも兼ねていたのだが、
3ヶ月も成果無しだとやがて惰性となり、今ではすっかりルーチンワークだ。

夕暮れ時の河川敷をデス子を連れてのんびりと歩く。
それでもおっとりしたデス子にはハイペースなのか、
時々立ち止まって待ってやらないと追いつけないらしい。
俺はまた立ち止まってデス子を呼ぶ。
「おーいデス子、早くこい」
「デスー」
タダでさえトロいのに道端に突っ立って川を見てやがる。
このままでは日が暮れてしまうので、俺はデス子を抱えて帰ることにした。
ぼーっと立っているデス子の頭巾を引っつかむ。
その時、視界の端になにか違和感を感じた。

女性が立っていた。

いつの間に現れたのか。
年の頃は20代後半くらい。
まだ暑いというのに、きっちりとしたスーツを着ている。
だが何よりも目立つのはその長い銀髪だった。
「こんにちは」
「あ…、こんにちは」
「デスー」
「あなたの実装石ですか?」
「はい…」
「デスー」

女性が近づいてきた。
近づくほどに現実感の無い容姿がはっきりしてくる。
たしかに美人だが整いすぎだ。まるで生きたマネキンのようだ。
「よく懐いてるんですね」
「ええ、まあ」
「デスー」
「この子、もう家に帰りたいみたいですよ。疲れちゃったんですね」
「実装石の言葉がわかるんですか」
「デスー」
「昔、飼ってましたから」
それだけ言うと女性は俺に背を向けた。
そのまま俺達とは逆方向に向かって歩き出す。

こんな考えはおかしい。でもわかる。
根拠は無い。だが確信に近い。


「デス子」呼びかける。
「デスー」実装石が鳴く。
「おまえじゃない」

俺は女性に向かって呼びかける。
「デス子、家はそっちじゃない」
「デスー」
「おまえじゃない」

女性の歩みが止まった。
「デス子、家に帰ろう」
「デスー」
「おまえじゃない」
女性は無言。

自分でも変なのは理解してる。傍目から見れば頭のおかしい言動だ。
いや、こんなおかしな事態に正常に対応してもしょうがないのだ。
最初から俺とデス子の関係はおかしかったのだから。

女性が近づいてきた。後ろ向きで。後ずさりしながら。
「デス子」
「帰っても、いいの?」
「デスー」
「当たり前だ。俺が悪かったんだから」
「あ、うん、でも」
「デスー」
「心配した。今までどこにいたんだ」
「ずっと近くにいたの、でも…」
「デスー」
「あなたにわからないように擬態してたし、
でも毎日私を探してるのを見てたら、苦しくてたまらなくなって、
でも有機体ボディを生成するのに手間取っちゃったし、
髪の毛も金属組成のままだし、自重100キロ近いし…」
「もういい!何も言うな!」
「デスー」

振り向いたデス子は大粒の涙を噴出させ泣いていた。
俺はリンガルデス子の身体を力いっぱい抱きしめた。

「デス子、もうどこにも行くな」
「はい」
「デスー」



こうして、俺はもう一度かけがえの無い存在を取り戻すことが出来た。
そして1年後、後に「リンガル人」となる最初の始祖が生まれることになるのだが、
神ならぬ身の俺には知るよしもなかった。




時は流れて数百年。
自然環境の壊滅的悪化により、人類は宇宙へと移民していくこととなった。
そして地球に残るのは、過酷な環境でも生存できる実装石とリンガル人達だった。

飛び立つシャトルを見送り、実装石とリンガル人達が空を見つめる。
彼女らのそばに1人の男がやってきた。
「デス子」
「はい」
「デスー」
「必ず、絶対に帰ってくる。ここが俺の居場所だから」
「待ってる」
「デスー」
計算では自然が回復し、人類の居住に適した環境が整うまでには、
万年単位の時間が必要と考えられている。
男の約束は、まったく実現不可能な大ボラに等しい。
だが、それでも彼と彼女は信じている。いや、絶対の確信を持っていた。
自分達の命が途絶えようとも、この約束が違えられることはない。
帰ってくる物と、迎える者とが、再び会うための約束なのだ。

男とリンガルデス子は固く抱き合う。
「もう、時間だから行かないと」
「ええ」
「デスー」

だが名残惜しさにどちらも手をほどくことが出来ない。
「時間だな」
「もう行かないとならないわね」
「デスー」

今、最後のシャトルが発進しようとしている。
「急がないとな」
「そうね」
「デスー」

シャトルは既に飛び去ってしまった。
「行っちゃったな」
「ええ」
「デスー」
「でも、おまえさえいれば俺は満足だ」
「私もよ」
「デスー」
「行こうか」
「そうね」
「デスー」

二人だけの世界を作りバカップルは、不毛の荒野へ歩き去っていった。

「デスー」


こうして男は地球の環境汚染に侵されながらも、
短い余生をそれなりに楽しく満喫することとなった。
ちなみにこうして決断できずにずるずると居残り、
地球に置いて行かれた優柔不断な者が相当数いたらしい。

そうした淘汰・間引きのせいなのか、
数万年後に地球に戻ってきた人間達はヘタレ度が低く、
やたらと腹の据わった者が多かったのだが、
そんなことは神ならぬ身の俺には、やっぱり知るよしもなかった。
あと、リンガル人のことばかり気にしてたので、
実装石がどうなったのかも、俺にはやっぱり知るよしもなかった。

「デスー」







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