ナナ 後編 


翌日、実装石の部屋に向かった。
由佳はもう、この実装石に関わりたくないと言うので僕の出番だ。
ドアを開けると糞の臭いが鼻を突いた。
閉じ込めてあったからトイレにいけなかったせいだ。
実装石は眠っていた。ベッドも糞で汚れている。

「起きろ」ベッドから突き落とす。
「デデッ!」お目覚めだ。
「デスゥ」
僕の顔を見て不安そうな声で鳴いた。
いつも起こしに来る由佳じゃないのが気になるらしく、僕の背後を覗き込む。
「由佳はもうお前の世話はしない」
「デス!」
ショックを受けているようだ。目が潤んでくる。
そうかと思うと僕の裾をちょんとつまんできた。
「デスゥ」
泣き顔のままの必死の媚び。
つくづく節操の無いヤツだ。
とりあえず突き飛ばす。
「まずその服を脱ぐ、それから糞を片付けること」
「デスデス!」
何か不満を言ってくる。おそらく服のことだろう。
以前、僕に腕を折られたことは忘れているようだ。

僕は実装石の前に屈みこんだ。大人が子供に話しかけるようにだ。
そのまま実装石の手を握る。
「デスー?」
されるがままの実装石。
少しやわらかい表情を作ってやった。
「デス♪」
とたんに媚びてくる。
次の瞬間、実装石の腕をひねり上げた。
「デデデデデデデ!」
「思い出したかい」
実装石が涙を流しながら何度も頷く。
しかし、僕はそのまま腕をまたへし折ってやった。
「デギャアアアア!」
「うるさい」
実装石は油汗を流しながら悲鳴を押し殺した。
そのうち観念したのか服を脱ぎだした。
折れた腕を庇いながらなのでもたつく。
時折痛みに顔をしかめている。

脱ぎ終わったところで服を奪い取った。
「デスッデス!」
「お前はもうこの服を着てはダメだ」
「デエエーン!」
「その糞のついたパンツはあげるよ。ただしこれからは自分で洗うんだ」
「デスデス!」
「臭くなった服は捨てるよ。嫌ならキチンと洗うこと」
「デェー…」
「分かったら早く洗濯に行く」
実装石をつついて部屋から追い出した。
後始末しろとは言ったものの、ベッドの糞は実装石には無理だ。
これはクリーニングに出すしかないだろう。
部屋を出ると鍵をかけた。もうこの部屋を実装石が使うことはない。

由佳は部屋に閉じこもっている。
時折様子を見に行くが、随分とひどい落ち込みようだ。
今日は仕事を休んだ。
あんな状態で一人にしてはおけない。

居間でくつろいでいると、洗濯を終えた全裸実装石がやってきた。
一応躾けはしっかり施したから、濡れたまま歩き回るなんてことは、コイツはしない。
ドアを指してデスデス言う。部屋に鍵がかかっている件だろう。
「もう、あの部屋に入ってはダメだ」
「デスッ!」いちいち驚く実装石だ。
「あの部屋はナナの部屋だ。お前の部屋じゃない」
「デーッデーッ!」
やはり、ナナの名前を出すと激しく怒る。

暴れる実装石の髪を掴み廊下へ引きずり出した。
「デデデデデ」
廊下の突き当たりのダンボールに放り込む。
実装石の洗濯中に用意したものだ。中には新聞紙と古いタオルが敷いてある。
実装石の元々の緑の服も入れて置いた。
「これが新しいお前の部屋だ」
「デ!デェ……」抗議しようと立ち上がるが、僕に睨まれて引き下がる。
「トイレなどの必要な時以外はここから出てはダメだ。わかったね」
「デスゥ…」
僕が戻ろうとすると火がついたように泣き喚き出した。
「デスッデスッデスーッ!デスデスッ!」
僕は振り向くと無言のまま殴りつけた。
ダンボールの中が実装石の鼻血で汚れていく。
「デッデフー…」
僕が居間に戻ってからも、実装石のすすり泣きはずっと続いていた。




実装石が由佳の部屋の前にいた。
ノックしようと腕を上げたところで、僕に見つかったことに気づいた。
慌てて廊下へ逃げていく。
実装石が僕の目を盗んで歩き回っていることは知っている。
部屋の中を荒らすようなことはしないから、ある程度黙認していたが、
決定的な現場を見逃すわけにはいかない。
実装石を廊下の隅に追い詰めた。
「デスーンデスーン」必死の媚び。いや、命乞いに近い。

その時、由佳が廊下に顔を出した。
「あ、いたいた。あのね…」
僕を探していたらしい。
実装石が僕の脇を抜けて、もたもたと走り出した。
「デスデスデスデース!」
べそをかきながら由佳にすがりつく。
由佳の足にしがみつき、涙を、鼻水を撒き散らして泣き喚く。
「デスデスデスデス!」
何かを必死に訴えている。
助けて、なんとかして、アイツがいじめる、
実装リンガルなど使わなくても手に取るように分かる。
「ちょっと、汚い!服、汚さないで!」
乱暴に振り払われる実装石。
しかし、実装石も追い詰められている。
諦めずにまたしがみついていった。
ついに由佳が実装石を蹴り飛ばした。
いつもの平手打ちではない。邪魔な物を退かすかのような蹴りだ。
嫌悪感を隠そうともせず言い放つ。
「もう私に近づかないで!アンタの顔も見たくないんだから!
死なせるのはあんまりだから、ココに居させてあげてるけど、
勘違いして懐いてくるな!」
「デ、デェエエン…」
僕はうろたえる実装石を掴んでダンボールに放り込んだ。
「由佳はお前が嫌いなんだ。もう近づくなよ」
「デッデスッデス…」
実装石は激しくしゃくり上げていた。
もう自分の味方がいないことが分かってきたようだ。

由佳に話しかけた。
「何か用だった?」
「ん、もう大丈夫だから今日は外でご飯食べようかって」
「いいね、そうしようか」
「実装石の顔見るのやだなーって思ってたんだけど、蹴っ飛ばしたらスッキリしたよ」
「そうか、よかった」

僕らの様子をダンボールの縁から、実装石が涙を滲ませながら見つめていた。





由佳が写真を居間に飾る。
由佳に抱かれた先代ナナの写真。
仔実装を拾ってきたときに、由佳が気を使って奥にしまっていたものだ。
もう、彼女の気持ちはしっかりと整理がついたようだ。
表情も以前の彼女に戻ってきた。

諦めの悪い実装石が彼女に擦り寄って来ることがあるが、
由佳は笑いながら蹴り飛ばしている。
僕らの生活は、おおむね元の平穏な日常に戻った。


実装石は徐々にやつれていった。
環境の変化と、相手にされないストレスからだろう。
実装石虐待の平均的待遇から見れば破格の厚遇なのだが、
そんなこと知るべくもない実装石は、毎日自分の不幸を嘆いて泣いているようだ。




そんな生活が2週間ほど続いたある日の晩。
その日は由佳は先に寝ており、僕は居間で本を読んでいた。
そこへ実装石が入ってきた。
棚から実装リンガルを取り出すと、僕のそばにやってきて差しだした。
「デスー」
僕はこの実装石と実装リンガルで会話したことは一度もない。
しかし、この実装石は自分の意志を伝えようとしている。
身勝手な欲望を汲み取らせようとではなく、言葉によって。真剣に。

おもしろい。やはりこの実装石は賢い。

実装リンガルを受け取った。
「デスデスデスー」(前のナナのことを教えて欲しいデス)
「知ってどうする?」
「デスデース」  (ナナと同じことをするデス)
「それで?」
「デデスデスデス」(同じことができれば由佳サンは褒めてくれるデス)
「デスデスデッス」(同じになれば由佳サンは好きになってくれるデス)
「デスデースデス」(私はナナよりすごいコトができるようになるデス)
「デースデデース」(そしたらナナなんかより大切にしてもらえるデス)

戦いはまず敵を知るところから、ということか。
「わかった。ナナを撮ったDVDがある。それを見せてやるよ」
「デッス」(ありがとうデス)
ラックから何枚かディスクケースを取り出す。
「ナナといっしょvol.1〜15」
由佳がやたらファンシーなインデックスを貼り付けたシリーズだ。
「デッ!」
ナナと由佳のツーショットの痛いジャケットを見ただけで、実装石が唸る。
今からそんな気張っていては、最後まで気力がもたない。
この中にはウンザリするほどナナと由佳のバカップル?シーンが満載だ。

DVDを再生した。
実装石が食い入るように画面を見つめる。
倒すべき敵を研究するために、一瞬の隙も見逃すものかと真剣だ。
しかし、そんな実装石の殺気も徐々に衰えてきた。
ときおり「デェ…」と力ない声が漏れる。
映像に映る先代ナナは、実装石の予想をはるかに超える強敵だった。

料理中の由佳。傍らで手伝うナナ。
二人に息はぴったりだった。ナナの手際は完璧だった。
段取りよく由佳に合わせ流れるように作業を進めていく。

カラオケでデュエット中の二人。
由佳に合わせて、ちょっと調子はずれのコーラスを歌うナナ。
英語の部分も危なげなく進めていく。デスデスとしか聞こえないが。

シミュレーションゲームをしているらしい場面。
画面の一部を指して、デスデス言っている。
何か見落としていたらしく驚いている由佳。「ありがとー」お手柄らしい。

「デッデデェエエエエエ!」
実装石が喚いた。
実物を目の当たりにして自分との力量差を思い知らされたのだろう。
同じ実装石同士、映像中のナナの言葉を直接理解できる分、
ショックが大きいのかもしれない。

場面が切り替わった。
クリスマスの映像だ。
ナナを抱き寄せ大きな包みを取り出す由佳。
中から出てきたのは、あのピンクの可愛らしい服。
「デギャアアア!!」
実装石が涙を流して叫び声をあげる。
――それは私の服だ、触るな、着るな、私のものだ、手を出すな…
実装リンガルに次々と実装石の叫び声が訳されていく。

映像は進んでいく。
「こっちはね、彼からのプレゼント♪」由佳がもうひとつ包みを取り出す。
出てきたものは小さな青いカバン。
お使いのときに財布を持たせる場所に困ったことがあったので、
僕がこのときプレゼントしてやったのだ。

ピンクの洋服に青いカバンを付けたナナは大喜びしている。
クルクルまわったり踊ってみたり。

「デギャッ!デギャアアアアアアア!!!!」
実装石が半狂乱になって泣き叫ぶ。
床を叩き、のた打ち回り、髪を振り乱して絶叫する。
――カバン、カバン、なんだあのカバンは、なんだなんなんな…
実装リンガルの表示が意味を成さない語句に乱れだした。

画面のなかではナナが鼻歌を歌いながらクルクル踊っている。
床の上では実装石が顔をゆがめて奇怪なダンスを踊っている。

見苦しい。
実装石を思い切りかかとで蹴り付けた。
「デブォ……!!!!!!!!」
腹を蹴られて声も出せずに痙攣している。
「夜は静かにしろ」
何度もうなづく実装石。いつもこうだな。
「しっかり見ろ。お前から頼んできたことだ」
画面の前に無理矢理座らせる。
しかし、実装石はうなだれたまま見ようとしない。
床にぽたぽた涙が滴り落ちた。
実装石はもう何も言わない。ただ静かに泣くだけだ。

「理解できたか」
「デスゥ…?」
「お前がナナに敵わないことだ」
「!…デス…」
「由佳が優しい顔で笑ってた」
「…デェエ…」
「お前には向けたことの無い顔だ」
「デエエエ!」
「由佳が欲しかったのナナの代わりだ」
「デ!デ…デス…」
「お前をナナに見立てて可愛がっていただけだ」
「デス…デス…」
「しかし、お前はナナのフリさえできなかった」
「!!デ、デスデス!」
「由佳はお前なんて最初からどうでもよかったんだ」
「デェエエエス!デスッデスッデスッデスッデスッデスッデス!」
――もうやめて、もうやめて、お願いデスもうやめて、お願いデス…
実装リンガルにようやく言葉らしいものが表示された。

「お前は何もかもナナに敵わなかった」
「デエエエエエー!デエエエエエー!デエエエエエエエエエエエーン!」

実装石は壊れたようにただ泣いていた。


その時、ドアが開いて由佳が出てきた。
「うるさーい!時間を考えろ…あれ?」
僕と実装石が居間で団欒?という非常に珍しいシチュエーションに困惑している。
「なにしてるの?」
「模範的実装石へなるための勉強」テレビを指差す。
「あー!お正月のときのDVD?私も見るー♪」
ボスンとソファーに飛び込み隣を叩く。僕もここに座れということだ。
「ちょっと、アンタ邪魔。どいて」実装石を追い払った。
「デスンデスン」
実装石が涙を拭いつつ廊下へとぼとぼ歩いていく。
しかしドアの前で立ち止まるとこちらを振り返った。
スンスン鼻をならしながらこちらを見つめている。
由佳は画面の中のナナに夢中だ。あれこれと思い出話を一人でしゃべっている。
実装石はまだこちらを見つめている。


由佳が笑っていた。
画面に映る先代ナナを見ながら。
自分に向けたことの無い表情で。

面白くない。
気に食わない。
自分以外を大切にするのが許せない。

ふと思い出す。
幼いころは良かった。自分が一番偉かった。全て自分の思うがままだった。
それなのに今は世界一不幸な実装石になってしまった。

あんなに頑張ったのに!
あんなに我慢してやったのに!
あんなにいい思いさせてやったのに!
自分に優しくしない冷たい女。
自分に従わない生意気な女。
自分に尽くさない悪い女。

この女のせいで自分の一生はメチャクチャにされてしまった。


「デエエエエエエッス!」
突然、実装石が飛び掛ってきた。由佳の足をぽふぽふと殴りつけた。
「なに?なんなの?!」
実装石はなおも殴ろうとする。
「デスデスデスデーッス!」
(オマエがワタシを拾ったのが悪いデス!オマエのせいデス!)
実装リンガルに、身勝手な言い草が次々表示されていく。
「いい加減にしなさいよ!」
由佳が蹴り飛ばした。
それでもなお、実装石は飛び掛ってくる。
また、蹴り飛ばされた。漏らした糞が床に飛び散った。
糞にひるむ由佳を見て実装石はデププと笑う。
糞を手に取り、手当たりしだいに投げつけてきた。
「いやだああああ〜」
ソファの後ろに由佳が隠れた。
それを見てますます頭に乗る実装石。糞をそこらじゅうに投げ散らかす。
僕は前に出た。
調子に乗った実装石が糞をぶつけてくるが承知の上だ。
実装石がひるまない僕に勝手が違うと気づいた時には、もう遅かった。
首根っこを掴み持ち上げる。
「デ…」
悲鳴なんて出させない。のどを絞め上げ顔面に1発。
歯をへし折ってやる。いつものやり方だ。
だが、問題はここから先。
由佳の前で本格的な虐待をしていいものかどうか。

「由佳、実装石捕まえたが、どうする?」
「捕まえたの?よかった」ソファの陰から出てきた。
「もう信じられない。動物園のサルじゃないんだから…あーッ!!」
何事かと振り向くと、由佳が写真立てを見て震えていた。
「ナナの写真に…」
写真立ての表面には糞がべっとり付いていた。
半泣きでこっちに詰め寄ってくる。
「もう、なんなの!なんだっていうのよ!何考えてるのよコイツは!」
「由佳が自分を拾ったせいで自分が不幸になった、と怒っている」

はあ?

あっけに撮られた顔で固まっている。無理も無い。
「実装リンガルに出てる。見てごらん」
実装リンガルを覗き込んだ由佳の肩が徐々に震えだす。
「実装石というのはこういう生き物なんだ」
由佳がその場にがっくりへたり込む。
頭をかきむしり、ぶつぶつつぶやき、遂には泣き出してしまった。
彼女は何度この実装石に泣かされたのだろう。
「…もうやだ…なんなの?気持ち悪い!何考えてるのそれ!理解できない!
なんでそんなに勝手なの?もうやだ!もう見たくない!」
「僕は、これからコイツにお仕置きしようと思うんだけど、いいかな」
「知らない!もう見たくない!そんなモノ早く捨ててきて!」
「わかった」
「…ごめんなさい、八つ当たりだね。でも、なんか頭がおかしくなりそうなの」
「いや、こっちこそ悪かった。ゆっくり休んで。後片付けは僕がしておくよ」
「じゃあ、お願い…。ごめんね」
彼女は疲れた足取りで部屋に戻って行った。




これで僕が実装石の処分を正式に委任されたわけだ。
「短い間の付き合いになるけど、よろしく」
もがく実装石に挨拶する。実装石の顔が引きつった。
「短い間」が自分がもうすぐ殺されることだと理解したようだ。
喉を絞める力を強める。返事を聞く気はない。
思い切り振りかぶると、力いっぱい実装石を床に叩き付けた。
勢いよく僕の胸あたりの高さまで跳ね返った。
鼻血を撒き散らしながらバウンドしていく。
壁に当たって跳ね返ってきた実装石は、
金魚のように口をパクパクさせながら痙攣を繰り返していた。

タバコに火をつけ一服。実装石が回復するまで待ってやる。
しかし、一本吸い終わろうかという頃になっても、実装石は失神したままだ。
少々不安になってきた。
偽石が損傷していたらまずい。まだ何も楽しんでない。
タバコの火を顔に押し付ける。
「デジィ…」
弱々しく呻いた。
もうダメージを与える方法は止めよう。
痛みだけ与える道具を、と考えたところで蝿叩きを思い出した。
蝿叩きを探し、ついでに昔使っていた実装石虐待道具も引っ張り出す。
虐待道具といっても工具箱程度のものだ。ミキサーや水槽を捨ててしまったのが悔やまれる。
居間に戻ってきたが、実装石はまだ寝ていた。

顔面を引っ叩く。
「デスッ!」飛び起きた。狸寝入りか。
「服を脱げ」
「デスー?」蝿叩き一閃。
「デヒィ!」
もぞもぞと服を脱ぎ始めた。
僕が見つめているのを意識しているのか顔を赤らめている。気持ち悪い。
パンツのゴムが腹に食い込んでいた。
やつれてきたとはいえ元々が太り過ぎだったのだ。
「パンツも脱げ」
しばらく躊躇っていたが、実装石が糞でこんもりとした下着に手をかけた。
さっきと様子が違う。
照れたようなそぶりでやけに腰をくねらせる。
今後の展開を、おめでたくもおぞましい方向で妄想しているらしい。
汚らしい下着を脱ぎ去ると、不恰好なシナを作って足を崩して座り込んだ。
「デス〜ンデッス〜ン」
最悪の媚び方だ。

「パンツを食べろ」
「デスッ?!」
実装石には予想外の要求だったらしい。
一瞬、戸惑ったようだがまた媚び始めた。
「デスゥデスデスゥ〜ン」
懸命に腰を振った。
すっかり性欲モードになった実装石は、なんとしてもエロ展開に進めたいらしい。
「デスデス〜ン、デスデスデス〜ン」
(オマエを気持ちよくしてやるデス〜、私を抱けば殺したりできなくなるデス〜)
これほどおぞましい要求は、さすがに僕も腹に据えかねる。
蝿叩きを振るった。
往復ビンタだ。それを延々と実装石に喰らわせた。
泣いても止めない。みるみる実装石の両頬が赤く腫れ上がる。
土下座しても止めない。みるみる実装石の背中が赤く腫れ上がる。
「デデエエエエエーン!デエエエエエーン!」
蹲って泣く実装石を引っ叩きながら、再度命令した。
「パンツを食べろ」
実装石が蝿叩き乱舞の中で、糞にまみれたパンツを拾った。
口元まで持っていき、顔をしかめた。
「早く食べろ」
意を決したようにかぶりついた。えづきながらもなんとか飲み込んでいく。
「デブォッブホッ!!デゲェエエエエエ!」
突然、吐き戻した。糞と胃液の酸っぱさが混ざり、ひどい臭いだ
実装石が僕を見上げる。涙と鼻水と鼻血と吐瀉物で顔はぐしゃぐしゃだ。
「デスゥ…」許しを請うような哀れな声で鳴く。
「早く食べろ」
愕然とした表情を浮かべる実装石。
のろのろとパンツを拾い口に入れた。今度は手で無理矢理押し込んでいく。
悪戦苦闘しながら、何とか全て飲み込むことに成功したようだ。
「よくやったね」
褒めてやる。多少の飴は必要だ。

「これからお前の汚した後始末をする。お前がやるんだ。いいね」
「デス」
僕の口調がいつもに戻って安心したのか、実装石も多少元気になる。
「ちょっと待ってろ。今、雑巾を作る」
僕は奪った実装石の服に鋏を入れていく。
「デッデエエス!デスデス!」
実装石が飛びついてきた。分かりきっていた行動なので足で押さえつける。
「デデッデッデッデッデデデデデ!」
僕に踏まれたままでもかなりの暴れようだ。
しかし、所詮は実装石の力でしかない。
ジタバタ泣き喚いて抵抗する実装石の目の前で、服はどんどん切り裂かれていく。
僕は、服を実装石の使いやすいサイズに切り分けたところで、足を退いてやった。
足元でめそめそ泣く実装石に布切れを1枚渡す。
「それで体を拭きな」
「デスンデスン」
素直に従い、体に付いた糞を拭き始める。
ほぼ拭き終わったところで、実装石を抱き上げた。
「デスッ?!」
実装石を逆さにひっくり返す。
足を開き総排出口を確認した。まだ糞が残っている。
「デ!デスデス!」
暴れる実装石。僕の意図が分からないのだ。
脇に抱えなおし、布切れで実装石の尻を拭いてやる。
「デフンデフン!デフフ〜ン♪」
息を荒くしている。
総排出口周りがキレイになったところで、瞬間接着剤を取り出し塗りつけた。
これから部屋を掃除するのに、また汚されてはたまらない。予防措置だ。
「デフフゥ〜ン♪」
何も分かっていない実装石は、冷たい感触にさらに興奮しているようだ。

実装石を放り投げた。
「さあ、掃除開始だ」
実装石は気持ちいいのを中断されて不満げだったが、
蝿叩きを一振りするとおとなしくなった。
「雑巾はこの布切れを使え。糞は全部ふき取ること。取りづらかったら舐めて落とせ」
「デ、デスッデスッ!」
何か不満があるようだ。僕は蝿叩きで返答してやった。

実装石は懸命に働いた。
僕の監視は厳しい。蝿叩きが容赦なく飛んでくる。
ピシィッ「デッ!」
ピシィッ「デスッ!」
ピシィッ「デスンスン」
予想より時間はかかったが、ほぼ元通りになった。

「ご苦労さん。お腹すいただろう」
「デスッ♪」一仕事終えた開放感からか実装石は機嫌がいい。
「それを食べろ」糞まみれになった布切れを指差す。
「………デエエエス!」
まだお仕置きが続いていることを思い出したらしい。
そして、自分がもうすぐ殺されることも。
必死の土下座をして、頭を床に擦りつける。
少し、飴をやることにした。
「殺されるのが嫌なら僕の言うことを聞くんだ。
頑張り次第によっては命は助けてやってもいいよ」
「デスッ!デスッ!」何度も大きく頷いた。
「じゃあ、それを食べろ」
躊躇っている実装石。
糞を食べる行為だけではない。分量も問題だ。
自分の体を包む服の、まるまる一着分の糞雑巾を食べなければならない。

蝿叩きがヒュンヒュンと音を立てる。
「デスゥ…」
実装石が食べ始めた。やけにスローペースだ。
実装石の尻に喝を入れてやる。
ぶよぶよの尻に蝿叩きの網目模様が付いた。
「デスゥ!」
泣きながらかきこみ始めた。姑息な時間稼ぎをするな。

徐々に雑巾の山は減り、実装石の体は膨れてきた。
「デ、デフーデフー、デスンデスン」
パンパンになった腹をさすりながら実装石が見つめてくる。
膨れた腹、腫れ上がった顔、涙と鼻水と涎で不細工この上ない姿だ。
「デスデスデスン?」(もう許してくれるデス?)
何か勘違いしている。怒っているのは僕じゃない、由佳の方だ。
「それは由佳が決めることだよ」
そう聞くと実装石は由佳の部屋へ向かおうとした。
「由佳はもう寝ている」
突き飛ばして転ばせた。

「謝るのなら誠意が必要だよ」
実装石は意味が分かっていないようだ。
「お前は由佳の大切なものを汚したのだから」
糞をぶつけられたナナの写真立てを指差す。
「お前も大切な物を差し出せということだよ」
「デ、デスデス!」(ワタシをあげるデス!ナナの代わりになるデス!)
この期に及んで、よくもここまで自分に都合よく考えられるものだ。

「はっきり言うよ。偽石か髪のどちらかをくれないか」
「デ…デスデス…」後ずさりしながらイヤイヤと首を振る。
「じゃあ、今すぐ死ねばいい」
「デエエエエ!デスッ!デスッ!」さらに激しく首を振る。
実装石が逃げ出そうとするが、膨れた腹のせいで走ることができない。
僕は実装石を掴みあげた。
「デスデスデスデス!」
もう後が無いと悟った実装石は、必死の形相で自分の髪を掴み、僕に向かって差し出した。
「髪をくれるんだね」
「デスゥー」
涙ぐみながらかすかに頷く。
僕はそのまま髪を掴み、力任せに引き抜いた。
「デデデデデデデデデ!」
ほとんどの髪を毟り取ってから実装石を床に投げ落とす。
「デー」
実装石はぐったりとしたまま身動きをしない。



大切な服を奪われ、大切な髪を奪われ、自分の糞まで食べさせられて、
実装石の高い自尊心はズタズタだった。
もう由佳への怒りも無くなっていた。
ナナへの嫉妬も浮かばなかった。
なぜ自分はここにいるのか、なぜこんな苦しいめにあっているのか。
なぜ自分はこんなに弱く、虚しく、取るに足らないモノなのか。
痛くて、悔しくて、悲しくて、何もかもが苦しくて、
ただ、救われたかった。
由佳に許してもらい、救われることを望んでいた。
昔に戻りたい。楽しかった頃に。

それはどのくらい昔?

実装石にもそれはわからない。



「残念だったね」
実装石に告げる。
実装石が虚ろな目で僕を見上げた。
「お前の答えは不正解だ」
「デ……」か細い声で呻いた。
「糞で腹の膨れ上がった裸のハゲ実装石なんて、由佳は嫌がるだけだよ」
「お前が謝ったって由佳は許してくれない」


「デー…」
また涙があふれ出す。
もはや声はほとんど出ない。
実装石はただ静かに涙を流す。
今まで数え切れないほど流してきたが、こんな涙は初めてだった。
次から次へと大粒の水滴があふれ出す。
涙と一緒に自分の中心にあったものが流れ出していくような気がした。

もう、いい。
もう、何もかもが、どうでもいい。

実装石の体の奥に、締め付けられるような痛みが走った。
体が軽く痙攣した。偽石に浅くヒビが入っていた。
そのときだ。


僕は実装石に話しかけた。
「でも、お前はよく頑張ったね」
本当にそう思う。僕の正直な評価だ。
「だから、僕はお前を殺さないことにしたよ」
実装石の目に光が戻ってくる。
「デ…デスデス…」よろよろと立ち上がる。
僕を見上げる顔には期待と感謝が満ちていた。
「ただ、もうこの部屋で飼うわけにはいかない。だからお前には出て行ってもらう」
「デ、デスゥ…」実装石はがっくりと肩を落とす。
「その代わり、仲間の所に返してあげよう。お前を拾った公園だよ」
「デス…」不安があるようだ。
服なし髪なし実装石が野良の世界で最下層なのは、この実装石もよく知っている。
「代わりになる物くらいはあげるよ」
「デスゥ♪」
緑のビニール袋に穴を開けて簡単な服と帽子を作った。
髪は由佳のウィッグを拝借。
そこそこの見てくれを取り繕うと、実装石を連れて部屋を出た。
「行こうか」
「デス」




時間はもう午前4時をまわっていた。
時折、自動車の音が聞こえてくるぐらいで住宅街はとても静かだ。
「デスッデス」
実装石の足取りに先ほどまでの弱々しさは無い。
死の不安から開放され、失った財産も代わりを得て、よほどうれしいのだろう。
へたくそなスキップで跳ねながら僕の後をついてくる。
「楽しそうだね」
「デスッ!」
歩調をあわせてやると大喜びで僕の隣に並んだ。
二人で夜道をゆっくりと歩く。
実装石は僕にいろいろ話しかけてくる。
「デスデスデス」(早くみんなに会いたいデス)
「デースデッス」(ありがとうデス、アナタはいい人だったデス)
「デデースデス」(私は賢いからきっとみんなのリーダーになるデス)
しかし、実装石の歩調がだんだん落ちてきた。
いつもなら寝ている時間のうえに、今日は疲れている。
実装石を抱き上げた。
「疲れているだろう。少し眠るといい」
驚いたように腕の中で僕をじっと見つめてくる。やや顔が赤い。
「デッスデスデス…」
(優しいデス…私、とても、とてもうれしいデス…)
実装石は照れたように僕の胸に顔を押し付けると、すぐに寝息を立て始めた。

実装石を拾った公園は少し離れたところにある。
実装石が拾われてからここに来るのは初めてだ。
さすがにこの時間は公園の実装石も眠っている。実に静かだ。

ベンチに座ると実装石を起こす。
「ほら、着いたよ」頬を軽く叩く。
実装石はもぞもぞと身を起こした。周りをきょろきょろ見渡している。
自分の記憶と一致しだしたらしく、はしゃぎだした。
「デス!デス!デス!デス!」
(覚えてるデス!ここデス!この公園デス!帰ってきたデス!)
僕を振り返り、デスデス歓声をあげる。
ひとしきり駆け回ると僕のそばにやって来て頭を下げた。
「デデスデース」(本当にありがとうデス。)
「いや、かまわないよ」
「デースデスデースデス…」(私は家族のところに帰るデス。さようならデス…)
「うん。元気で」
実装石は暫く僕の足元で俯いていたが、やがて決心したように顔を上げた。
「デッスデッスデス!デスデス」(あなたが好きだったデス!さようならデス)
そう言うと駆け出していった。
途中で振り返り、何度もお辞儀をすると植え込みの中に入っていった。

あなたが好きだった…か。本当に安い生き物だ。




僕はそのままベンチで時間をつぶしていた。
10分ほど経っただろうか。実装石の悲鳴が聞こえた。
「デズウウウ!」
「デエエエン!デエエン!」
公園の奥から実装石が走ってくる。それを追いかけているマラ実装2匹。
家族を探しているうちに、マラの住処を覗いて奴等に見つかったのだろう。
腹が膨れて重い実装石は動きが鈍い。
たちまち捕まり押し倒された。抵抗空しく陵辱が始まってしまう。
しかし、総排出口は僕が瞬間接着剤で塞いである。
マラ実装達はマラを突っ込むことができない。
思わぬ寸止めに怒り狂ったマラ実装達は、普段以上の暴行を加えだした。
2匹がかりで殴る、蹴る、噛み付く、のサンドバッグ状態だ
「デエエエエーン!デエエエエーン!」
実装石が金切り声で悲鳴を上げ続ける。

そろそろだな。
僕はリンチの現場に歩み寄った。
突然の人間の出現に戸惑うマラ実装。
マラ2匹を蹴り飛ばす。
実装石は信じられないものを見るような表情で僕を見ている。
ヒロインの危機に颯爽と登場したナイトを見るような、驚愕、安堵、そして恍惚。
次の瞬間、号泣しながら僕にしがみついてきた。
不細工なヒロインが激しくしゃくりあげる。
もはや、ニセ服もニセ髪も原型をとどめていなかった。
ハゲの裸実装石に逆戻りだ。




僕はベンチに座り、実装石も隣に座らせた。
「デスンデスン」
実装石は泣いている。
だが、僕が隣にいることで安心したのか、少しづつ落ち着いてきたようだ。
「デスデスゥ…」(私の家族いなかったデス…)
「デス…デスデス…」(探したけど、ママも姉妹のみんなもいなかったデス…)
「僕が殺したからね」

いい顔をする。お前は本当に賢い実装石だ。

「デス?」
「お前の家族は、僕が全員踏み殺したんだ」
「デス?」
「お前の家族は、僕が全員踏み殺したんだ」もう一度繰り返した。
「デスデス!」(嘘ついたらダメデス!)
「僕が嘘を言ったことがあるかい」
「デ!……」

「お前は一人ぼっちだよ」

実装石の両目からまた涙が溢れ出す。
口元が動いた。嘆くように。笑うように。
「デスススススス…」
乾いた小さな笑い声が漏れる。
初めて聞く実装石の嘲笑ではない笑い声。


「デッ…デッ…」
実装石はがむしゃらに涙を拭い続けた。
自分の持てる全てを総動員して、懸命に笑顔を作ろうとする。
どのくらいそうしていたのか。

「デスッ!」
元気のいい一声とともに実装石は立ち上がり、顔を上げた。
僕の顔をまっすぐ見つめてくる。
「デスデス!」  (私はあなたに飼って欲しいデス)
「デッスデス!」 (あなたは私のことを一番理解してくれてるデス)
「デスデデス!」 (他の実装石と重ねて見たりしないデス)
「デスデッス!」 (厳しいデスが優しい人デス)
「デスデス!」  (私はあなたのことが好きデス)
「デッスデッス!」(だから、私はあなたに飼って欲しいデス)
そして、右手を口元に当て、首を傾げる媚びポーズを取った。
「デスゥ」
そう、いつもの媚びポーズだ。

だが、不快ではない。
ここには欲も打算も無い。いや、逆だ。全てがある。

楽しかった
苦しかった
安心する
恐ろしい
ありがとう
許せない
そばにいたい
逃げ出したい
あなたが好き
あなたが憎い

だから僕に飼って欲しい。

矛盾だらけの感情を煮詰め、潰して、搾り出された、最後の一滴。
僕を求める全力で真剣な媚び。




「僕は、お前なんか飼わない」




僕はこの瞬間を絶対に忘れないだろう。
昇る朝日を受けて、実装石の頬を一筋だけ涙が伝った。
幾度も泣いて流し続けた、彼女の涙の最後の一滴だった。

彼女は笑顔で死んでいた。




僕は彼女の遺体を持ち帰った。
最後の住処だったダンボールに詰めると川に流した。
僕にできることはこれだけだった。




僕と由佳は2人だけの生活に戻った。
ふと彼女が口を開く。
「ごめんね。最初からあなたの言うこと聞いてたら、
ナナともうまくやれたかもしれなかったね」
「いや、こうなることは分かっていたよ」
「そうなの?時々あなたって、ものすごく意地悪いよね」
「気づくの遅いよ」

外は快晴だ。
「ねえ、ペットショップ行こうよ」
意外な提案だ。実装石はもう嫌だと言ってた筈だが。
「今回、私も学んだの。相手に理想ばかり求めちゃダメだって」
僕も含まれているよね、その相手に。
「今度はきちんと先生の指導に従いますから…行こうよ」
「そうだね。行こうか」

僕はこれからも実装石を飼い続けるだろう。
あの神に見放されたような卑しい生物がきわめて稀に見せる、
最悪の汚濁の奥に潜む輝き。
そう簡単にはお目にかかれない、虐待の果てに見える心の欠片。

もう一度それを見たいから、僕は虐待を続けていく。







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