ウンコの神様 後編
プリの傷は3日でほぼ完治した。
猛特訓の成果もあってか、プリはウンコを漏らさなくなった。
だから下着もオムツではなく、通常のパンツをはかせている。
今のプリはほぼ理想的な飼い実装石となっていた。
だが、まったく不都合が無くなったわけではない。
ここに来て、またいくつかの新しい問題が起こっていたのだ。
問題とは、プリが自発的にウンコしようとしないことだ。
腹を裂きながらの脱糞が、深刻なトラウマになってしまったらしく、
便意を催すと酷く怯えるのだ。
プリは今日も必死の形相で「お尻フリフリ便意拡散ダンス」を踊っている。
尻まわりの筋肉はすっかり鍛え上げられたようで、
ウンコを漏らすこともまったく無くなった。
そのため、1日おきに低圧ドドンパで強制的に排便させている。
しかしおかげで、以前なら楽しかったはずのおやつイベントが、
今のプリにとっては、とてつもなく恐ろしいお仕置きになってしまったらしい。
「プリ、おやつだぞ」
俺は低圧ドドンパをプリに渡す。
プリはドドンパと俺の顔を交互に見つめた。
「テチュ…」(いらないテチュ…)
「ダメだ、食べろ」
「…テチ…」
飼い主に逆らうわけにはいかない。プリはしぶしぶを舐め始めた。
じきに便意が起こってくる。
「テテッ!」
プリの全身が強張るのがはっきりとわかった。
プリが尻を持ち上げた。便意拡散ダンスだ。
「それもダメだ」
俺はプリの腰を捕まえ、動けないよう押さえつける。
「テッテェー!テッテェー!」
それでもプリは懸命に尻を振ろうとする。
せめて声だけでも踊るつもりなのか、必死に声を上げていた。
先の件があってから、おやつタイムは毎回この調子だ。
プリは排便を恐れ、ムリヤリに我慢しようとする。
しかし我慢すればするほど、ドドンパの効果に苦しめられる。
プリの抵抗を長引かせるのは、見ていて楽しかったりもするが、
体力や偽石の負担を考えると避けたほうがいい。
だから俺はこうしてプリを助けることにしていた。
泣きながら便意に耐えるプリの腹を、俺はやや強めに握ってやる。
ドドンパの圧力と俺の握力。
この二重攻撃の前にはプリもなす術が無い。
「テチチチィィイイー!」
甲高い悲鳴。尻からウンコが溢れ出す。
今日は結構勢いがあるな。プリ自身も驚いてるようだ。
「テテェエエー!テェエー!」
手を離してやると、プリは無我夢中で逃げ出した。
俺からでは無い。自分のウンコからだ。
ぽろぽろと尻からウンコをこぼれ落としながら、プリがバスルームを逃げ惑う。
「テェエエエーン!テチェエエーン!」
(うんちいやテチー!うんちやめてテチー!)
ウンコたれてるのは自分だろうが。
俺はシャワーでプリを追いながら、ウンコを洗い流していく。
たまにプリにも浴びせてやったりする。
「テェエエーン!テェェエエエーン!」
恐慌状態のプリは激しく泣きながら逃げ回っていた。
ウンコが止まれば、今度はプリを洗う番だ。
寒いわけでもないのにプリは酷く震えている。
「テチュゥ、テチュゥ」
俺の手にしがみ付いてくるので少々洗いにくい。
「プリ、もう怖く無いぞ。ウンコは終わった」
「テチュゥ…」
頭を撫でてやっても、プリは俺の指を離そうとしなかった。
夕食時になった。
俺は皿に実装フードを盛りながらプリを見た。
テーブルに敷いたシートの上で、背中を丸め座り込んでいる。
食事の度に大はしゃぎで飛び跳ねていた、以前のプリの姿はそこには無かった。
新たに起こった問題は1つだけではない。
例の一件からプリは食欲を無くしてしまっていた。
「プリ、今日はちゃんと食べるんだぞ」
「テェ…」
俺の命令でプリはのろのろとフードを口に運ぶ。
ほんの少し齧るとその動きが止まった。
「ティェェェ…」
小さな泣き声と一緒に涙がこぼれ出す。
俺はため息をついた。
最初は消化器官の再生が不十分かとも考えたのだが、
どうやら原因が別にあることが後で分かった。
プリはエサを食べることに、恐怖を感じているらしいのだ。
しかし、エサを食べなくては体力が落ちてしまう。
ここ最近は偽石にも強いストレスがかかっていたハズだ。
裂けた下半身の再生、毎日の便意への怯え、今だって偽石への負担は小さくない。
とにかく今は体力をつけなければならないのだ。
「プリ、早く食べろ」
「テチュゥ…」
「食べないなら、また注射するぞ」
注射とは栄養剤注射のことだ。
効果は大きいが栄養剤は高いのと、プリが針を非常に怖がるため、
あまり頻繁には使いたくない方法だ。
「テェ!」
プリが慌てて実装フードを手に取った。
しかし、そこで動きは止まってしまう。
「テチ…」
許しを請うように涙目で俺を見つめるプリ。
だがこれは罰でもなんでもない。許す許さないの問題ではないのだ。
――結局、こうなるのか。
俺は無言でプリを捕まえた。
「テチューッ!テチューッ!」
プリが大声で泣くが、そんなことには構っていられない。
「プリ、口開けろ」
「テテチー!テテチー!」
イヤイヤと首を振るプリ。昨日と同じ反応だ。
俺はプリのアゴを無理矢理に押し開いた。
「テヒェェエエエーッ!」
迸る悲鳴を塞ぐように、実装フードを詰め込んでいく。
詰めて押し込み、また詰めて押し込む。
「フェエエー!フェェー!」
プリが泣こうが喚こうが、無駄なことだ。
俺は皿が空になるまで食べさせる手を止めなかった。
「テチュ…テ…」
腹を膨らませたプリが、テーブルの上に横たわっていた。
顔は涙と鼻水と食べかすでグシャグシャだ。
これがここ3日程のプリと俺の食事風景だった。
実装石がこの程度のストレスで死ぬことはないが、
長期的に見ればいい方法ではないだろう。
こんなに面倒なエサやりは、俺だって遠慮したいのだ。
これはプリの不安を取り除かないと、問題解決はしないのだろう。
俺はプリに何とはなしに話しかけた。
「プリ、神様はもう怒ってないんだ。何がそんなに怖いんだ?」
「…テチュチュ…」(うんちしたら怒られるテチュ…)
「エサを食べないほうが怒られるぞ」
「テチテチテチ…」(ごはん食べたらうんち出るテチ…)
ある程度は予想していた答えだったが、俺は驚いた。
食べたモノがウンコになり、ウンコたれ過ぎると神様が怒る――
幼い仔実装がこの因果関係を理解している。
プリは自分なりに事実を組み立て、稚拙ながら対策を取っているのだ。
しかし、今回はその賢さが完全に裏目に出ていた。
なまじ実装石としては、ズバ抜けた理解力と応用力を持っていたせいで、
こんなに苦しい危険回避方法まで考えてしまったのだ。
俺は話を仕切り直す。
「いいかプリ、神様が怒ったのは、お前がウンコたれ過ぎたからだ。
普通にしていれば神様は怒らないんだ」
「…テチュ?」
プリは俺を見上げて首を傾げている。
「テテチュ…」(ふつうにしてたテチュ…)
その時、俺は自分のミスに気が付いた。
プリは決して、わざと大量にウンコをたれていたわけじゃない。
確かに平均よりもはるかに多い分量だが、
それは俺が、平均的な仔実装の排泄量を知っていたから多いと感じたもので、
プリ自身にとっては、生理現象に従っただけの通常の分量なのだ。
これでは、ウンコたれ過ぎなんて言いがかりに等しい。
プリにとっての普通が、理不尽な神様の怒りを買うのなら、
プリは現状のように無理をするしかないじゃないか。
「そうか……そうだな。プリ」
「テチュ?」
「いや、なんでもない。今日はもう寝るか?」
「テッチュ」
俺はプリを抱き上げケージへ運んでやる。
あれだけ荒っぽく食事を食べさせられた後なのに、
プリは俺の腕の中で安心しきっているようだった。
今に戻り、俺はソファに横になった。
躾計画を変更する必要がある。
躾自体は大成功といっていい。
だが、プリの抱えた恐怖心はなんとかしたいところだ。
このまま放置して、ビクビクした性格に育てるのも有りだが、
食事と排便にかかる手間や、今までの頑張りをを考慮すると、
やはり普通に育ててやりたいとも思う。
では、具体的にはどうするのか。
神様の種明かしをするわけにはいかない。
だが、プリに落ち度が無くなった以上、神様側に折れてもらうしかないだろう。
ならば、方法は一つしかない。
――神様の召喚である。
神様に降臨してもらい、直接プリを許してやればいいのだ。
見えなかったものが姿を現し、プリに語りかける。
おそらく単純なプリには効果てきめんだ。
そうと決まれば早いほうがいい。
俺は早速準備を始めた。
押入れを引っ掻き回して道具を用意した。
昔使ってたCDラジカセ、映画サントラCD、シーツとお面。以上。
シーツを被って身体を覆う。目が出せるように少し切った。
ハロウィンお化けのような姿の上からお面を被る。
これはちゃんとした神様の面。
友人からもらったバリ島土産の面だ。名前は知らないが何かの神様らしい。
巨大なギョロ目に、牙と舌。
夜道で遭ったら子供でなくても泣き出すほどのインパクトがある。
貧乏くさい扮装も、このインパクトで帳消しに出来るだろう。
今の時間は深夜0時をまわったくらい。プリは完全に熟睡している時間だ。
俺はセットしたCDラジカセを持つと、プリの眠っている部屋に向かった。
部屋の中は豆電球がついているが薄暗い。
その部屋の隅のあるケージの中でプリは眠っていた。
「…テチュン…チュン…」
かすかに泣き声と鼻をすする音がする。怖い夢でも見ているのだろうか。
俺はCDのスイッチを入れた。
近所迷惑にならない程度の音量で、重苦しいBGMが流れ出す。
「テチ……?」
音に起こされたプリがケージから出てきた。
俺は照明のスイッチ紐を引っぱる。室内が明るく照らされた。
「テチー……」
プリは目を擦りながらあたりを見回している。
そして眼前に立っている白衣の人物に気付き、視線を上げ――固まった。
「プリよ、私はウンコの神様だ」
俺はプリに話しかける。
だが反応は返ってこない。
俺を見上げるプリにはまったく動きが無い。
――どうしたのだろう?
俺は身を屈めプリの顔を覗きこんだ。
口だけが僅かに動いていた。やがてぱくぱくと小さく開閉し始める。
反応としては物足りないが、俺は続けることにした。
「プリよ…」
「テチャァアアアアァアアア――――ッ!!!!!!」
至近距離での耳をつんざく甲高い絶叫。
俺は思わず耳を押さえた。
「テチェチャチェテチュチュチェチョチィイーッ!」
意味不明な鳴き声を発しながら、後ろへ転がっていくプリ。
その動きは文字通り「転がっていく」だった。
後ずさり、こける、横転、こける、這い這い、こける…。
あまりのパニックに手足の動きがメチャクチャだ。
バランスも何もあったものではない。
だが、それでもたいしたものだと俺は感心した。
プリはウンコを漏らしていないのだ。
これほどの恐慌状態なら、ウンコをそこらじゅうに撒き散らすのが普通の実装石だ。
しかし、プリのパンツは眩しいほどに白いままだった。
部屋の真ん中ほどまで逃げたプリが顔を上げた。
俺の姿を確認して短い悲鳴を漏らす。
「テチィッ!」
俺はできるだけ穏やかな声で話かけながら、ゆっくりと近づいた。
「恐れることは無い、プリよ」
「テチュッ!」
カチカチとプリの歯の鳴る音が聞こえてきた。相当な怯え方だ。
ここは緊張を解いてやる方向で進めよう。
「プリ…」
「テッチー!」
プリの眉間に皺が寄った。威嚇かとも思ったがそうではなかった。
プリは四つんばいになると、尻を突き上げた。
「テッテェー!テッテェー!」
お尻フリフリ便意拡散ダンスだった。恐怖からの便意が今、プリを襲っているのだ。
しかし、我を失うほどの恐怖を感じながら、それでもなお躾に従おうとする理性的行動。
これはプリが躾を完全に身に付けたという証拠だろう。
偉いぞ、プリ。本当にお前は偉い奴だ。
俺は尻を振り続けるプリに静かに話しかけた。
「プリよ、今までよく頑張った」
「テッテェー!テッテェー!」
「お前の…」
「テッテェー!テッテェー!」
フリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリ…
プリは尻を振っている。
何度もこのダンスは見ているが、こんな高速バージョンもあったのか。
「テッテェー!テッテェー!」
すごいシェイクだ。尻が分身して見える。
「テッテェー!テッテェー!」
泣き叫んでる顔と、左右に振れる尻が別の生き物みたいだ。
「テッテェー!テッテェー!」
才能あるなぁコイツ…。
いかん、おバカな動きに見とれてる場合じゃない。
「プリよ、お前の努力は全て見ていた」
「テッテェー!テッテェー!」
「私はお前を許そうと思う」
「テッテェー!テッテェー!」
「これからもウンコはきちんとトイレでするのだぞ」
「テッテェー!テッテェー!」
「………」
「テッテェー!テッテェー!」
フリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリ…
恐怖とダンスに頭がいっぱいで聞いちゃいない。
俺はプリが落ち着くまで待っててやることにした。
ヒマ潰しも兼ねて、リンガルを見る。
うんちガマンがんばるテチー!がんばるテチー!
神様、ごめんなさいテチー!ごめんなさいテチー!
うんちガマンがんばるテチー!がんばるテチー!
ご主人様たすけてテチー!ご主人様たすけてテチー!
うんちガマンがんばるテチー!がんばるテチー!
鳴き声だけでは分からなかったが、いろいろ喋ってるらしい。
プリは神様に謝りながらも、俺を何度も呼んでいた。
――ごめんなプリ、今だけは助けてやるわけにはいかないんだ。
ここで正体をバラしたら、ここまでの躾が無駄になってしまうかもしれない。
BGMは既に穏やかなシーンの曲に変わっていた。
深夜のアパートの一室に、どことなく緩やかな雰囲気が漂う。
そこには互いに見つめあう、号泣しながら尻を振りまくる仔実装と、バリ島の怪人。
おそらく今の俺はかなりシュールな光景の中にいるのだろう。
あまり深く考えないようにしながら、時間が経つのを待つことにした。
「テッテェー!テッテェー!」
「テッテェー!テッテェー!」
「テッテェー!テッテェー!」
「テッテェー!テッテェー!」
フリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリ…
長い便意だなオイ。
いつまで尻を振り続けるつもりだオマエは。
プリのダンスは一向に終了する気配が無かった。
このままでは埒が開かない。今回だけは例外を認めることにした。
「プリ、ウンコがしたいのだろう」
「テッテェー!テッテェー!」
「今だけは特別にウンコを漏らしてもよいぞ」
「テッテェー!テッテェー!」
「さあ、恐れることはない」
「テッテェー!テッテェー!」
「ほらほら、一気にぶりょっと」
「テッテェー!テッテェー!」
「…早くたれろよ」
「テッテェー!テッテェー!」
「………」
「テッテェー!テッテェー!」
プリは相変わらず、大泣きしながらフリフリしている。
このやろう。人の厚意をムゲにしやがって。
俺は大きく前に踏み出した。
「おい!」
「テヒィッ!」
プリの身体が一瞬飛び上がった。
俺は距離を詰めていく。
「いいから、とっととウンコ出しちまえよ!」
「テテッテェエー!テテッテェエー!」
プリが大慌てで後ずさりを始める。それでもダンスは続いていた。
そこへ俺は追い込みをかける。
プリの眼前10センチほどの至近距離。
視線で殺すほどの気迫を込めて俺はプリに告げた。
「ウンコの神様はプリを許す!
明日からは元気にメシを食い、元気にウンコをしろ!いいな」
しかし、完全にパニック状態のプリには、その言葉も届かなかったようだ。
「テテッテェエー!テテッテェエー!」
涙と鼻水を滝のように流し、手足を痙攣させながら、
それでも高く上げた尻を狂ったように振り続ける。
プリは半狂乱で泣き叫ぶ、ウンコ我慢マシーンと化してしまっていた。
もういいんだプリ。止まれ。楽になれ。
こんなプリを見ていると、なんだか気の毒な気分になってくる。
しかし、これほど激しい錯乱状態になっていては、
ひょっとするとプリ自身にも止められないのかもしれない。
ここは責任持って、俺が止めてやるべきだろう。
よくわからんが、シャックリ止める要領でいいのだろうか。
フリフリフリフリフリフリフリリフリフリフリ…
「テテッテェエー!テテッテェエー!」
「プリ…」穏やかに声をかけた。これは『溜め』だ。
「テテッテェエー!テテッテェエー!」
大きく息を吸って――
「ムガァアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!!!!!」
「テ」
プリが止まった。
どうやら成功したらしい――そう思った。
ぶっぱん!
高く掲げられたプリの尻から破裂音が響いた。
小爆発が起こったかのように、パンツが瞬間的に膨張する。
「フェェェ…」
プリの身体が床に崩れ落ちた。
俺はその身体を掴み起こしてやる。
「プリ!」
「………」
プリはぐったりとしたまま動かない。
目から、鼻から、口から、濁った体液が溢れ出していた。
「おい、プリ!」
どれほど呼んでもプリは返事をしない。
いや、プリはもう息をしていなかった。
「そんな…、このくらいのことでショック死かよ…」
俺はプリの亡骸を床に降ろす。
その時、パンツから溢れ出しているウンコの中に光るモノを見つけた。
それはプリの偽石だった。
薄い緑色に光る偽石が大きく欠けている。
プリの死因はショック死ではない。偽石の損傷が原因だ。
偽石の色も硬度もまだ健康状態を保っていた。
粉々に粉砕されるストレス死と違い、偽石は1箇所で割れているだけ。
それは偽石が外部からの強烈な力で、破壊されたことを示している。
この場合の外部の力とは、
鍛えられ過ぎた総排出口の収縮力と、押し出そうとする排出力。
我慢に我慢を重ねたウンコが開放された時、
極限の脱力により発生した超高速の脱糞は、
体内の偽石を巻き込み、その一部を削ぎ飛ばしたのだ。
――なんてこった。
真面目で賢いプリの必死の努力の結果が、こんな事態になるなんて。
俺はもう動かないプリの頭を撫でてやる。
プリのパンツは昔のように、ぱんぱんに膨れ上がっていた。
あれからまだ2ヶ月も経っていないはずなのに、やけに懐かしく感じる。
思えば、プリの一生はウンコに笑い、ウンコに楽しみ、
ウンコに泣いて、ウンコに死す、ウンコまみれの一生だった。
――プリは本当にウンコの神様の怒りをかっていたのかもしれない。
1年が過ぎた。
俺が帰宅すると部屋の隅でプリがおもちゃで遊んでいた。
「デチー」
飼い主が帰宅しても振り向きもせずに遊び続けている。
そのプリの頭を掴みころんと転がした。
「プリ、ただいま」
「デチー」
しばらくしてからプリが手足をバタつかせる。喜んでいるのだ。
「デチデチー」
「お前は本当にニブいな」
「デーチー」
このボケ実装石はプリだ。
2代目などではなく、かつてウンコの神様の怒りと戦った、あのプリ本人だ。
あの後、偽石を体内に戻し、いろいろと処置をしたおかげで、
プリは奇跡的に蘇生に成功した。
しかし、偽石の損傷の後遺症は大きく、
プリの知能は以前とは比べ物にならないほど低下していた。
今のプリはろくに会話も出来ない。
リンガルを使っても、単語がたまに表示される程度。
散々練習したトイレの躾も、完全に忘れてしまっていた。
今ではオムツ実装石に逆戻りだ。
知能だけではない。
発育も新陳代謝も、全ての身体機能が軒並み大幅ダウンしていた。
生後1年以上、とっくに成体になっている年齢だが、
プリの体格はせいぜい中実装、そこで成長が止まっている。
食も細くなり、食事量は仔実装以下、
もちろん出す分量も、昔からは考えられないほど僅かなものだ。
「デチー」
プリが俺のそばに寄って来た。
その動きは実にのんびりしている。トロいと言っても良い。
「デー」
俺に向かってを伸ばす。
「はいはい、握手握手」
「デーチュー」
手を握って少し振ってやると満足したらしく、おもちゃの近くへ戻っていく。
結局、プリの躾は全てパーになってしまったが、
この結果に俺は満足していた。
俺はプリを最後まで責任もって飼うと決めていたし、
予定とは違ったタイプになってしまったが、プリは飼いやすい実装石だ。
食事もウンコの世話も簡単。
贅沢も言わないし、悪知恵も働かない。
そもそもそこまでの知能が無い。
性格もボケボケだが、おっとりした性格はむしろ好ましい。
「デチーデチー」
独り言なのか鼻歌なのか、判断しにくい微妙な抑揚の声で鳴きながら、
プリがおもちゃで遊んでいる。
放っておいても黙々と一人で遊んでいるので、俺は楽でいい。
「デ!」プリの声が止まった。
「デ、デ、デチ」
プリにしてはせわしない動きで、床に四つんばいになる。
その体勢でしばらくはじっと動かない。
「デェェェーン!」
突然、プリが泣き出した。
もぞもぞと尻を振り出す。
「デェェェーン!デェェェーン!デェェェーン!」
往年のキレは無いが「お尻フリフリ便意拡散ダンス」だ。
躾のほとんど全てを忘れていたプリだが、これだけはなぜか記憶していた。
そして、便意を催すとこうしていつも泣きながら尻を振るのだ。
しかし、残念ながら以前の我慢強さも、今のプリには無い。
しばらくするとオムツが盛り上がる。
「デェェェーン!デェェエエエーン!」
ウンコを漏らしながらプリは激しく泣き叫ぶ。
自分でも分からないが、脱糞の感触が恐ろしくて仕方ないらしい。
「そんなに怖がらなくてもいいんだって」
俺はプリの尻を軽く突いた。
尻を突き出したマヌケなポーズで、プリが泣く。
「デフェェエーン!ディェェーン!」
怯えの混じった、哀れな泣き声。
もう思い出すことも出来ないけれど、それでも感じる怖い何かに向けて、
プリは今でも謝り、許しを願っているのだろう。
偽石に刻み込まれた恐怖。
その理由も事実も、関わる記憶の全てを忘れ果てても、
これだけはプリを永久に開放することは無い。
――どうせ、開放されないのならいっそ楽しんだらどうだ?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
俺は膨らんだオムツに座り込み、弱々しく泣いているプリを見た。
確かに手間はかからないが、今のプリは少々刺激に欠ける。
単調で変化の無いプリの毎日を、もっと盛り上げたい。
神様はプリをいつも見ているし、もっと見たいと思ってる。
今のプリはどんな頑張りを見せてくれる?
それとも頑張れないまま、間抜けな姿を見せてくれる?
これからも怯え続ける?
それとも昔のように快感に病みつきになる?
なんだかこれからのプリとの生活が、とても楽しく思えてきた。
俺は低圧ドドンパと実装セーロの箱を開けた。
「プリ、いいものをあげようか」
「デチー」
頬に涙のあとをつけたプリは、よちよちと俺のそばにやってくる。
その手に俺は『特別なおやつ』を手渡した。
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