洞窟に、泣き声がしました。 閉じ込められ、もう二度と外に出る事はないでしょうから。 山の神の生贄として、閉じ込められたあばた顔の少女は泣いていました。 山の神が望むとされる醜い者として、少女は選ばれ、ここに閉じ込められたのです。 その洞窟の入口にはめられた戸は、ひどく頑丈で重く、か弱い少女の力では開く事はないでしょう。 そして洞窟には何か白くもろい物が転がっています。 骨でしょう。前に、そこに入っていた人の骨でしょう。 それは少女もこうなる事を告げていました。 食べ物も飲み物も無く、もうすぐこうなる、そう少女は思い泣きました。 絶望を唯一の友に、泣きました。 その泣き声は次第に収まり、眠りへ落ちていきました。 持っていた空腹も喉の渇きも眠気に消されて、苦しみを忘れ眠りました。 そんな時ふと、冷たい何かが手に触れました。 柔らかく、人か何かの指のようです。 起きた少女の目に映ったのは、まさしく手でした。 それは赤ん坊の手でした。 目のない、赤ん坊の手でした。 あばた顔の醜い少女はその顔を見、恐ろしさのあまりに叫び声を出そうとします。 でも叫び声が響いたのは心の中にだけ。 喉からはその叫びはでません。 顔にも恐ろしさの表情は全くでません。 微笑が顔に出ていた事に少女自身驚いていました。 その得体の知れない赤ん坊を抱き締めます。 少女はその子にキスまでして。 一体この子が何なのか考えもしないで。 その子を見るたびに、少女は心の中だけで叫びました。 幾日たっても。心の中だけで叫びました。 ですが、それは声にならず、微笑みになるのです。 赤ん坊に触れたくない拒否感は、赤ん坊を見るたびに何故かなくなります。それどころか自ら進んで抱き締めてしまうのです。 まるで実の母親のように。 また不思議な事に、少しもお腹は減りませんし、喉も渇きません。 この赤ん坊に触れることになってからと言うもの、泣く事もありません。 床の骨も気にならず、それを玩具に赤ん坊と遊ぶ事さえするのです。 外に出られない事も、暗闇も、気にも留めません。 一体自分がそうなったのか、少女には全くわかりません。 ただ、赤ん坊といたい気持が強くなっていったのです。 つるりと目のない、無気味な赤ん坊と。 一体どれほどの時間が経った頃でしょう。 ある時、赤ん坊は泣いていました。 今の今まで一度たりとも泣いた事の無い赤ん坊が泣いていたのです。 それはかつての少女の様な凄まじいものでした。 ですが少女は少しも慌てません。 服を脱ぎ、胸に赤ん坊を寄せました。 すると平らだった胸は一気に膨張し、白い母乳が滴り落ちました。 二つの胸はまりの様に大きくなったのです。 それに赤ん坊は吸い付き、母乳を飲みます。 ずっとずっと飲んでいました。 大分時間が経ちました。 少女が目覚めると、赤ん坊は母乳を飲み飽き眠っていました。 でも、少女には別な物が目覚めているように感じています。 いつの間にか体は大きく成長し、成熟していました。 髪は長く、闇のようになり、日にかざすと虹のようでもありました。 腕は太く、かつての様な弱々しさは全くありません。 歯は野犬の様な鋭さになっています。 少女は生まれ変わり、別な存在と化していたのです。 より力強い何者かに。 あの開きそうになかったはめ込まれた戸は、簡単に開いてしまいました。 自然に、と言っていいくらい簡単に。 もういつでもあの戸を壊せると感じていました。 起きた赤ん坊を抱きかかえ、外へと出ました。 外には水溜りがあり、それは別な者となった少女の姿を映していました。 それはかつての少女以上に醜い女性でした。 彼女はそれを見、笑いました。 赤ん坊はその姿を見ないために、目がないのでした。 まともに見たら目が潰れるでしょうから。 でも、醜い彼女は気にも留めません。 山の神とも言える彼女は、一気に走り出しました。 洞窟で死ぬことなく、彼女は赤ん坊を受け入れました。 そして森の中に消えたのです。 |