夜、男は友人達と別れました。 さっきまで過ごしていた時間と言うのは、少なくとも傍目から見れば、贅沢で素晴らしい物でした。 豪華にお金を使い、まるで王様の祝宴の様でもありました。 しかし、男はこう呟きました。 「また、出会ったな」と。 それに、「ああ、また出会ったな」と返事が返ってきたのです。辺りに人影は無くあるのは暗い、夜の闇ばかりです。 太陽が沈んだためにできた、地球の影ばかりです。 ただ、男の上にある照明が、ほのかに暗くその影を照らし、男の下にも影が二つ、足元から伸びていました。 そしてその二つの影から言葉が発せられていたのです。 孤独と退屈の独立した影でした。 孤独と退屈の影は、物陰や人影が無くとも存在し続け、日中の太陽の下でも黒々とその姿を地面や塀に現し、言葉を解していました。 普段は物音を一つ立てることも無く、ただ陰に隠れているだけですが、孤独と退屈に飽きるほど親しんだ者と会話する事がありました。 男は、孤独と退屈に首を真綿で締められるほどに触れ合い続けてために、その二つの独立した影に気づき、いつしか会話をするようになったのです。 「お前は仲間と楽しんでいるのに、孤独なんだな」 孤独の影が言います。 「あんなに楽しそうなのに、お前は退屈なんだな」 退屈の影が言います。 「楽しいよ、嬉しいよ。でもな」 孤独で退屈なんだ。そう男は言いました。 「それはな、お前がそう言うふりをしているだけだからだ」 男の足元より、ありえないほど果てしなく続く異常な影から、二つの声が一緒になって聞こえてきます。 「消えうせない孤独を味わうために生まれていないと言いたいのか?」 片方の影が話し掛けてきます。 「逃げ様のない退屈を味わうために生まれていないと言いたいのか?」 もう片方の影が話し掛けてきます。 「でもお前は孤独だ」 「でもお前は退屈だ」 男へ、声が届いて行きます。それを聞いていました。 でも男はそれらに反論しません。 全てが事実だからです。 「じゃあお前たちはどうしたいんだ」 男が影に話し掛けます。それは自分自身への言葉でもありました。 「さあな」 「俺らは孤独で退屈な時、お前の足元に来るだけだ」 「虚無的で、自堕落だと感じた時、俺らはいるんだよ」 「お前の感情は孤独で退屈な物ばかりだ。それが無くなるまで俺らは居続ける。この感情を晴らそうと思っても、まだ俺らはいるんだよ」 「皆が気づかない苦痛をお前は気づいたんだ」 次に影たちは声を合わせました。 「それがお前の根源なんだ」 男は空を見上げました。 思いもつかないほどに暗く、雄大でした。 自分が、思わずあの空の闇と一体になったような錯覚を、一瞬覚えました。 我に帰ると、あの影はいません。 暗い自分自身が現れたしたような、二つの影は見えません。 足元にいるのは、ただの薄い影だけです。 今、自分の身に覚えたのは豊かな孤独でした。 さっきまでの辛い孤独でも、退屈でもありません。 自分が、見えなくなりよい意味でいなくなるような、孤独でした。 自分に語りかけてくる二つの影がいなくても、仲間がいなくても、そこから何かが湧いて来るようにも思えます。 それはとても豊かな孤独感でした。 男は走りました。 人間の仲間と過ごして生まれた孤独も退屈も全て忘れて走っていきます。 足元の普通の影は、照明から離れ、地球が作り上げた夜と言う影に飲み込まれました。 男は闇の中を走って行きます。 二つの独立した影はそれを見て、微笑んでいるようでした。 |