おもちゃを見て、私は幻視した。 そこに、年端の行かない少年がいるのを見た。 辺りを見回しつつ、おもちゃをもてあそぶ。 周囲には大人たち。笑いながら談笑していた。 誰も、少年の相手をしていない。 少年は孤独だった。 少年がいないかのように、そこにいる。私にも気づかずに。 私が彼の中に入るのにすらも。 車輪のついたおもちゃを少年は、何も思わず自然体で、それを押して遠くの壁に当てた。 少年の、冷たい感情は私の胸の中にも染み入る。 孤独とも疎外とも違う、感情だった。 そして呟いた。 「誰もいない」 途端に、少年は一人白く薄暗い空間にいた。 大人たちの姿は無く、声も無い。音もしない。 少年は座り、おもちゃにつけた紐をいじっている。 紺色のほつれた紐を。 ただ、カラカラと車輪の音だけがする。 少年のおもちゃが紐に引かれ戻ってきた。 おもちゃだけが戻り、他は何も戻らないままで。 大人達は戻らない。 そのおもちゃは少年の手に再び戻る。 少年は、黙っていた口を開けた。 「いた」 暖かな感情。少し無邪気な感情だった。 大人達の声が再開する。明るい太陽が少年にまた照り、風も吹く。 だが、その戻ってきた大人達はさっきまでの世界に気づきはしていないようだった。 少年らしい感情は次第に薄れていった。 孤独の感情と疎外が少年の心に曇り出す。 おもちゃは手を離れ、遠くへ送る。 もう一度言った。 「いない」 また、少年だけが残り、誰もいない。 あの薄暗い空間へ。あの静かな空間へ。 心を閉ざしたかのように、少年は何も言わない。 しばらくそのまま。 おもちゃを引き戻し、心の中またあの言葉を言おうとしていた。 「いた」 世界は再び戻る。 寸分たがわず。 少年が無視されているのもまた。 もう一度言う。おもちゃを押し出して。 「いない」 もう一度言う。おもちゃを引き戻して。 「いた」 世界は繰り返した。 白い空間と日常の空間に。 少年の言葉によって。 それはまるで、死と生が繰り返すようだった。 何回も繰り返した後だった。 母親が抱きかかえた。 世界は繰り返さない。 その原色のおもちゃは私を見ていた。 悲しい目で。あの少年の様な。 (フロイトの観察記録から話を得ました) |