それはもの凄い星空の夜でした。 砂漠の夜は大抵空気は澄み、他の地ではなかなか見ることのできない星空を見る事ができますが、今日はまた格別でした。 砂漠の夜はずいぶん冷え込み、旅人は寝袋に包まり、眠ろうとしていました。 何か、物音がしました。 砂がさらさらと静かに流れる音のようです。旅人はもしや流砂かとも思い、起き上がりました。砂漠の流砂に巻き込まれ、砂漠の奥へ流されたきり戻ってこない事があるからです。 その砂が流れるような音は、岩陰の向こうから聞こえてきます。 そこから覗き込むと、人魚がいました。 水のない砂漠に、人魚がいます。 砂の中を泳ぐ、人魚が旅人の目の前にいるのです。 その人魚は、何か楽しそうに砂から空中へのジャンプを繰り返しています。 寒い中、その見に何も纏わず、両の足は人のものながら開かない構造のようでした。そして、何度も何度も砂の中から宙へ舞っていたのです。 不思議な光景でした。 いつになく星空は美しく、それに砂の中を泳ぐ人魚という見たことも聞いたこともない存在はこの夜を旅なれた旅人にとっても二度とないと思わせるものでした。 人魚の元にまた一人来ました。 砂の中から、もう一人人魚が現れたのです。今度は子どものようです。ふたりは顔立ちが似ており、親子のようでした。 そうして、そろって空を仰ぎました。 口から、何かが噴き出していきます。それは空高く向かい、星空が少し煙りかかったようになっていきました。 次第に辺りがなんだか蒸していきます。旅人ははっとふたりが何を噴き出しているのかわかりました。 水です。砂漠にほとんどない水だったのです。彼女らは水を細かくした霧を噴き出していました。 その霧は、満天の星を隠していき、空を曇天へと導いていきました。 雨が降り始めてきます。 温かく強い雨が。 そしてふたりの人魚とその姿を見つめる旅人に降り注いできます。 ここが砂漠である事を否定するかのように、雨が降ってきました。 しばらく雨に打たれていたふたりの人魚は手をつなぎ、砂を水のようにして一度潜って高くジャンプして、再び潜り姿を見せませんでした。 朝、旅人は一つの事を思い出していました。 昔、ここは海だったと聞いていた事が会ったのです。 いつの頃からか、この辺りが隆起し元々遠浅の海だったここは瞬く間に干上がってしまったそうでした。 事実、ここの砂には多くの塩が含まれていました。 ふたりの人魚は、ここを再び海にしようとしているのでしょう。 最近、砂漠の砂が海に押し流されていると言います。砂を流して海水を流し込もうとしているのでしょうか。 ここはいずれ海になるんだなと旅人は思いつつ、ぬかるんだ砂漠を歩いていました。 砂漠は、所々に水が張り何か喜んでいいるようでした。 |