私は歩いていた。 夢の中、またも暗い中を、何も見えない中を。 服と胸の皮の間、何かがあった。 小さく丸い物の感触がした。 私はそれに優しく、手を当てた。 歩くたび、その何か丸い物は大きくなる。 その柔らかい何かは。 大切な物。そう私は感じている。宝物だと思っている。 あたたかさをその丸い物に感じ始め、凹凸に手を触れる。 さらに大きくなり、あたたかさは増す。 両手の手のひらに持っていたそれは、両手で抱えるほどになった。 さらに大きくなっていく。 その小さい物から風を感じ始めた。 私の呼吸と同調した風の動き。吸う冷たい空気と、吐くあたたかい空気。 私は立ち止まり、その丸い物を服の中から取り出した。 それは女性の頭だった。 優しげな表情の眠りに落ちている女性の頭だった。 彼女の髪は私の手にひどく絡みつく。 私は髪を払いもせず再び彼女を抱きしめる。 髪は伸び私の体中に絡みつく。 クモの糸のように軽く、粘着質だった。髪は服の中にも入ってくる。 なぐさめるかのように。 髪の洪水の中、私は彼女をただ抱きしめる。 髪の密度が減っていく感じがした。 髪の洪水が収まってゆく。 全身に絡みついていた黒く長い髪がほどけていった。 寂しい感情が私の胸を襲う。あたたかさが消えてゆく。 腕の中の女性の頭は私から離れてゆく。 垂直に宙へ浮いてゆく。 ただただ女性の首は宙へと行く。 そこに私はいない。 目を閉じ続けている、頭だけが浮いている。 暗闇の空間に女性の頭が、存在し続けている。 しばらくして、白い大きな魚が彼女の元に来た。 泳いでいる。ここに水はないのに。 いや、水はわずかにある。 彼女は涙している。 静かに……悲しんでいた………。 涙は私の顔に当たった。魚は彼女の前に静止し泳いでいる。 何かを待っているかのようだった。 彼女の頭は自身の髪に絡まり黒くなり、見えなくなった。 どこにいるのかわからない。 消え去ったのだ。 喪失感が私を襲う。 白い魚は自分の白い皮を剥ぎ、彼女がいた所に置いた。 白い皮を失った魚も黒くなった。もう見えない。 私の顔に涙のように水滴が落ち続ける。 彼女はまだそこにいて涙してるのか……? いや、目覚めると雨が私の顔に降っていた。 開いていた窓から雨が降っていた。 彼女がいなくなったのを悲しむかのように。 |