私は天使を見た。 暖かい場所で目を閉じつつ。 私は天使を見る。 落ちている……いや、むしろ堕ちている天使。 何があってこうなったのか、覚えていない。あるいは見ていないのか。 青年のように見える天使が硬い表情で眠っているように目を閉じている。 彼は真っ白だった。髪も、服も、肌も……そして翼も。 彼の周囲は何よりも暗く、黒い。だから対比がすごかった。 始め、彼しか見えなかった。他に見えるのは背景の暗黒だけ。 それで彼の外見を良く観察できた。 男性にしては少し長い髪や、ワンピース。女性物の様な……。それは袖のない足まで隠れる物だった。 彼の身長と同じぐらいの長さの翼。目を閉じているきれいな整った顔立ち。 それほど発達していない筋肉。 考えてみれば、私が彼を見ている角度がちょっと妙だった。 彼は微動だにせず、顔を最大限前にしてうつぶせのまま宙に浮いている。 でも正確には、彼は顔を真上に上げて立っていて、私は彼から見て斜め上方から見ているのかもしれない。 そして彼は動き始めた。 その体勢のまま、彼から見て前方にゆっくりと進んでいった。 私の視点も同じように平行にスライドする。 急に彼の移動が早くなった。彼の表情が変化する。 能面のように硬い表情のまま今まで少しも変らなかったのに、苦痛に歪んでいるようだった。 さらに移動側が速くなる。彼は血を流し始める。 でも、もっと速くなる。スピードは彼の表情を完全に無視して。 苦痛に満ちた表情をこの男性の天使はしている。 彼の血は白い彼のすべてを赤く汚す。 血が黒い空間に赤い粒になって飛び散って黒い空間を赤く染める。 それでもまだ、速度が上がっているようだ。 これ以上彼の表情は変らない。 最上級の苦痛の顔をしている。 私は彼をなぜか無感情で見ていたのだが、急に目の前がブラックアウトした。 2、3秒後、私は緑が鮮やかな藪の中にいた。もの凄い青空だ。 辺りに彼の姿はなかった。私はしばらくあの天使を探した。 そしてようやく、見つけた。 しかし、彼だったのだろうか。 本当に彼だったのだろうか。 髪が真っ赤だった。唇も、服も……あのワンピースの下に着ていたのだろうか、真っ赤な袖のないブーツと直結したレオタードの様な服を着ていた。 そして真っ赤な翼………。 彼の背丈の何倍もある大きな大きな何よりも真っ赤な翼。少しはためている。 肌も少し赤みを帯び、ぼんやりと開いている口から見える歯だけが、多分前と同じく真っ白だった。 草原にある岩に仰向けになって、初めて見る彼の目は真っ赤だった。元からなのか今なったのか……。 彼は自分の翼を透かして太陽を見ていた。赤い目から一筋赤い線がこぼれ、ほのかに赤い肌に真紅の線を書いた。 もう戻れないのだろう。そう感じた。元にも、天にも……。 私にはいつもの天井が見える。 日光が差し込み、朝が来た。布団の中にいる私にも今日も日常が来る。 ふと、彼のこと思った。 彼は何をしたのだろうか。それとも望んだのか。 少なくとも堕ちたのは確かのように思えた。 彼の日常はどうなるだろうか。 |