葱振り体操殺人事件

:ショーシャンク
監修:みかりん

〜キャスト〜

アザラン魅香理:みかりん   シャンク小雨:ショーシャンク
服後創光:複合装甲   本阿弥光一:こーいち
鉄屋警部:tetsuya   千羽盛元:SENBA
松戸刑事:mad   宿山六郎:宿六
   球太郎:Qたろ
   笑夢:笑夢
   堂本最新:DDS



「一体なんなんだ、この建物は」
鉄屋警部は、その異様な形のビルを呆然と見上げた。
ビルとしては、そう大きい方ではない。まあ、五階建てくらいの、ひょろ長いた たずまいのビルなのだが、おかしいのはその外装である。
壁面は白と緑色のグラデーションに塗られ、屋上からは同じく緑色の細長い円錐 が数本突き出ている。

葱。

どうやら、このビルは葱をモチーフに建築されているようだった。

「まあ、この会社そのものが、『葱振り体操健康法』とかいう変なもので大儲けし たみたいだから、仕方ないでしょう」
鉄屋の部下、松戸刑事が手帖を見ながら言う。
「一体どんな健康法なんだ」
警部は眉間をもみほぐしながら溜息をついた。
こんな田舎の田園地帯に、こんな建物が建ってることだけでも異様なのに。
そのネーミングを聞いただけで、なんだか人間という生物が情けなく感じられて くる。

「俺が想像するには」
松戸はやけに冷静に分析する。
「この周囲の畑、ほとんど葱畑みたいですから、葱を持って振り回しながら体操す るとか、そんなものじゃないですかね」
「……そのまんまじゃないか」
果たして、松戸の推測は当たっていた。
彼らが建物の中に入ると、広いホールのような場所では、長さ70センチほどの長 ネギを振り回して、100人近くの人が奇妙な踊りを踊っていたのだ。
「頭痛い……」
「まあ、世の中いろんな人がいるってことですよ」
そうして、松戸は事件の概要を説明しはじめた。

殺されたのは、この「葱振り体操健康法」を武器に大儲けしている会社「電脳魔法 商会」の社長、芸人あがりのシャンク・小雨という男だった。彼はこのビルの最上 階にある社長室で、首を直径2ミリほどの、細長い針上のもので刺し貫かれて、丁 度必殺仕事人の勇次の手にかかったかのように、殺害されていた。
死亡推定時刻は 、午前10時から11時。
このビルの最上階には社長室のほかに、6つの部屋があり、それぞれが社長の側近 の個室として割り振られていた。側近、といっても、必ずしも会社の人間とは限ら ない。この「葱振り体操」を広めるにあたって、小雨は「健康や環境を考える市民 サークル」という体裁の組織を作っており、その幹部のうち特に小雨に気に入られ ていた人物のみ、この最上階で仕事することを許されていたのである。

小雨の人間性から言って、いくらでも人から恨みを買う可能性はある。だから、こ っそりビルに侵入した何者かが、己の憎しみ悲しみを晴らすべく彼を殺害したとし ても、不思議はない。が、小雨はそういう事態に自分がいつ直面してもおかしくな いと悟っていたらしく、最上階にはその一階下の階にある一カ所のエレベーターか らしか昇れないことになっており、しかもそのエレベーターの前には屈強な体格の 守衛が24時間体制で控えている。彼らの目を逃れて不審な人物が侵入することは 不可能だし、一般の会員を装うにしても、例の6人の側近以外には、誰も最上階に 昇ることは許可されていないのだ。

「そんなの、わかんないんじゃないのか?」
警部は小雨が倒れていたとおぼしいソファの上についていた血痕を観察しながら、
「守衛が賊に買収されていたとしたらどうだ。それに、守衛本人が下手人だって可 能性も、ないわけじゃないだろ」
「さあ、それはないと思いますよ」
「どうして」
「今日は、そのエレベーターがある階で、大きな研修会のようなものが企画されて いて、その運営やらなにやらでスタッフはバタバタ走り回っていたようなんです。 で、犯行が行われたと思われる10時から11時の間には、守衛はずっと所定の位 置に陣取っており、不審な人物と接触したりしている様子はなかったことが確認さ れてます」
「その時間にはそうでも、以前に誰も見てないとき、こっそり入れた可能性もある だろ」
「ないではないですが、動機として、あまり考えられないです。彼らは、社長の命 を守るための最重要ポジションとして、法外な額の給料を貰ってるらしいですから 。で、日ごろから社長には、『おまえらを買収したがってるやつがいたら、その金 額を俺に言ってこい。その倍の金額くれてやるから』と言ってたそうで。そんない いスポンサーを一時の気の迷いでなくすなんてのは、余程の馬鹿です」
「うーん。まあ、一概には言い切れないにしても、可能性は薄い、ということだな 。そうすると、やはり怪しいのは6人の側近か」
「必然的に、そうなりますね」
松戸は、ゆっくりと頷いた。
「ちなみに、この6人は朝の8時に各々の個室へやってきて、それから今まで、ず っと最上階から降りてません」
「おや。まあ、そっちの方が取り調べをするには有り難いんだが、なんでそんなこ とをしたがるんだ」 
「側近の一人にね、本阿弥光一ってのがいて、そいつは小雨の秘書なんですが、死 体を発見したのもそいつです。彼はなかなかの切れ者で、事件を見つけた瞬間、こ の最上階にいる6人にしか犯行が不可能なことに思い及んで、守衛にも電話して、 絶対に最上階から出れないように手配したようなんです」
「手回し良すぎて、妙にうさんくさいな。本阿弥本人は、そういう手配やら一人だ け自由に動いてるんじゃないのか?だったら一番怪しいが」
「いや、その手配もなにもかも、電話で済ませて、ほかの5人を押さえるためにも 、自分自身も最上階にとどまることを宣言したそうです」
「なるほど」
鉄屋警部は内心舌を巻いた。たしかに、ほかの5人の中に犯人がいるにしろいない にしろ、そのようなことを言い出す本阿弥本人も、一番怪しい人物の一人なのであ る。その彼がスタンドプレーを行えば、他の5人から犯人として名指しされるのは 目に見えている。結局、彼のとった行動が一番賢いといえるだろう。だがしかし、 それだけ頭の回る人間なら、逆にそういう困難な状況の中でも怪しまれず犯行を行 う術を心得ているかもしれない。
「とりあえず、その6人に会ってみるか」


松戸は警部の指示に従い、例の側近6人を、早速社長室に集めた。

本阿弥光一。髪をオールバックにまとめた、いかにも切れ者という印象の青年であ る。

千羽盛元。「SENBAフーズ」という食品会社の社長で、葱を使った健康食の開 発を行い、この団体に協力している。

宿山六郎。コンピューター・ソフトウェア会社のプログラマーで、この健康法のイ ンターネット上での広報を担当していたらしい。

笑夢。というのがペンネームの、SF小説家。彼もまた宿山と同じく広報面で活躍 し、広告塔となることもしばしばのようである。

球太郎。「葱振り体操」のインストラクター。振り付けをも担当し、スッテプには ちょっとうるさい。

そして最後の6人目は、堂本最新。彼がこの中では一番若いだろう。まだ専門学 校生だが、キムタクばりのルックスの良さを生かして、学生連中を騙すのに活躍し ていたらしい。インターネットでも活動していて、ハンドルはDDS。

まあ、それぞれに、こんな悪徳商法に手を貸しているとは思えないような、まとも な印象の人物ばかりである。
ただ一点、の異常な点を除いて。
彼らはみんな手に一本ずつ、長さが1メートル近くもある長ネギを竹刀かなにかの ようにぶら下げていたのである。

「……その葱はなんだ?」
鉄屋警部がおそるおそる訊くと、
「これは、我々葱振り会員の、会員証のようなものだ。この葱がアンテナとなって 宇宙のエネルギーを集め、我々の体に無限のパワーを与えてくれるのだ」
本阿弥光一が、ぶっきらぼうに応える。
「葱の力を引き出すには、正確なスッテプが必要なんだ。」
球太郎が軽くステップを踏みながら言った。
「そうそう。この葱のおかげで、毎日健康で幸せな日々を送れるんだ」
千羽がうかれたように言う。
すると宿山がうんざりしたように、
「もう社長は死んだんだぜ。そんな、うんざりするような芝居はやめようや」
「宿山、この健康法を疑ってるのか?」
千羽がニヤリと唇に片方を上げて人を小馬鹿にしたように笑った。
宿山は肩をすくめて、
「あのさ、ここにいる6人全員、サークルの幹部なんてうかれて、金こそあの男に たくさんもらったけど、その分見えないものをいろいろ失ったんじゃないか?SEN BA フーズだって、最近この健康法のインチキに愛想をつかした連中から、不買運動がお こってるらしいじゃんか」
千羽の口もとからニヤリ笑いが消えた。
宿山はまだ続ける。
「球太郎さんだって、一番その効果について疑問を持っているはずだし、笑夢さんも 広告塔になって随分無理が出ていると聞いてるし、DDSに至っては・・・。」
すると堂本最新が長い髪を振りたて、
「何今更いってんだよ、宿六が。今の今まで、インチキ商法の片棒かついで、甘い 汁吸ってきたくせにな。クソが、急にいい子ぶるんじゃねぇよ」
そして、いきなり葱で宿山の頭をひっぱたいた。普通なら葱はへし折れるような勢 いだったが、彼の叩き方が上手いのかどうか、まっすぐなままだった。
「みんなやめんか。このままじゃ収拾つかんぞ」
本阿弥がリーダーシップを発揮して、言った。
「警部さん、ともかく、あんな奇妙な殺され方をしてるんだ。凶器だって、かなり 長い針状のものだっていうし、短時間にすぐ分解したり消滅させたり出来るもんじ ゃない。だから、犯行を行う機会があった我々がここから出ていない以上、まだ凶 器やその他の証拠は残っているはずなんだ。だから、この最上階をくまなく探して くれないか」
無論、断る理由はなかった。

「それで、なんにも見つからなかったってわけだな」
アザラン魅香理は、まんまるい目をくるくると輝かせながら、鉄屋警部を見た。
「それで、あたしをわざわざ呼んだと。そういうわけだね」
「簡単に言うと、そういうことだ」
警部はしぶしぶ認めた。

アザラン魅香理は、職業は探偵。警部とはインターネットで知り合った。ネット上で 「tetsuya」と名乗っている彼が、うっかりと愚痴ってしまった迷宮入り寸前の事件 の話を聞いて、彼女が意外な真相を言い当ててしまったのが始まりで、それ以来、 何か難事件にあたると、相談するようになったのである。
ちなみに、彼女のハンドルは「みかりん」といった。

「本当に、どこもかしこも、ダストシュートも女子トイレも、草の根分けて探した 、って言い切る自信、ある?」
「これでもプロだぞ、私は」
警部は唸った。
「我が署の警官を総動員して、みっちり調べたさ。それでも……」
「凶器はおろか、何の証拠も見つからなかったと」
「うむ」
「よーしわかった。一応、さっきひととおり聞いた話で、なんとなく見当はついた から。あとは、実験してみるだけだ」
「…・なに?もうわかったのか?」
警部は呆気にとられた。
みかりんはくすりと笑うと、彼女の背後に存在感薄く控えていた、助手の服後創光 (お寺の息子なので、こんな名前らしい)に、
「創光。大きな長ネギを近所で買ってきてよ」
と命じた。そして、
「まだ、側近達は最上階にいるの?」
「ああ。食事なんかは我々が出前を取って、ずっといてもらってる」
「なんとまあ、協力的な容疑者たち。犯人も、かなり自信があるんだね。じゃ、創 光が葱を買ってきたら、そこに行こう」
「ちょっと待て。葱で何をするんだ」
「チャンバラ」

「いったいなんなんだ?この女」
真っ先に不満を述べたのは、千羽だった。
「こんなところに閉じ込められてるだけでも、不満なのに。こんな女の相手までさ せられなきゃならんのだ」
「同感だ」
本阿弥がいらいらと言う。
「私は、部外者に話をややこしくさせるために、最上階を閉鎖させたのではないぞ 」
「まあまあ、そう言わないで」
みかりんはにこにこと、創光が持っている長ネギを一本受け取った。ちなみに、創 光が買ってきた葱は2本。どちらも色つや申し分ない。
「みんな、長時間こんなとこ閉じこもって、退屈してると思って。誰か、わたしと チャンバラしない?」
そう言って、彼女は葱を刀のように振りかざした。
「葱で…?」
宿山が訝しげに問う。
みかりんは頷くと、本阿弥は壁に拳を叩き付けた。
「葱は、この健康法において、宇宙の気を集める神秘の象徴なんだ。そんなことに 使えるか!」
「いや、面白いんじゃないの」
懐疑主義の宿山は、むしろこういう展開が嬉しい様子で、葱を最上段に振りかぶっ た。
「ここで、この馬鹿どもの目の前でネギチャンバラでもしてやりゃ、いい加減目も醒 めるだろうさ」
「協力感謝」
みかりんはにっこりとほほ笑む。
「では、いざ!全力で願います」
二人の長ネギが、頭上でクロスする。その刹那――各々の葱は、真ん中でへし折れ 、空中をくるくる舞った。
「ねえ。普通こうなるよねえ」
みかりんがにっと笑う。
「だから一体なんなんだ」
鉄屋警部が混乱して訊ねると、彼女はもう一本の葱を創光からもぎ取り、それで警 部の頭をひっぱたいた。
「な、なにしやがる!」
「ほら、こうなる」
葱は先ほどと同じように、見事に折れていた。
「ねえ、最新さん。どうして、きみの葱はそんなに強いの?宿山さんを叩いても 、全然折れてなかったって聞いてるけど」
堂本最新は、肩をすくめて、
「俺の葱はな、大宇宙のオーラがいつもバンバンにつまってるからさ、そんなこと じゃ折れねぇんだよ」
「違うでしょ?――ほら、創光」
みかりんが目くばせすると、創光は素早く動き、堂本を羽交い締めにした。そし て、その腕から葱をもぎ取る。
「折れないのは、中に何か頑丈なものが入ってるから」
みかりんは、言いながら堂本最新の葱をばりばりと分解した。その中に、長さ30セ ンチほどの細長い針金――それはみたところ、自転車のスポークを改造したものの ようだった――が出てきた。その尖った先端は、真っ赤な血に染まっていた。
「こういうこと、警部さん。凶器を隠し持ってた堂本さんが、一番犯人である可 能性が高いのは、間違いないよね?あんなことさえしなければ、全然わかんなかっ たのに。軽率なことしたね、最新さん」

  堂本最新がこの団体に参加したのは、そもそもこの悪徳商法にひっかかり、自殺する 羽目になった親友の復讐のためだったという。
「この日のために、あんなクソ野郎に気に入られようと、イヤイヤ葱振って、人も 騙してたのに、ついてねぇな」
最新は、おとなしく手錠をはめられながら、舌打ちした。
みかりんはにっこり笑うと、
「あんな奴殺されて当然と思うけど、殺人は殺人だからね。でも、きみの計画性は 気にいったよ。刑務所出たら、うちの事務所においで」






蟹屋 山猫屋