大量移住時代がやってきた。 地球から火星へ、あらゆる階層、人種、年齢の人々が押し寄せた。 犯罪者、宗教家、商人、芸術家、職人。急ごしらえの街があちこちに出来た。 火星は、たちまち人間の作り出す喧噪の中にあった。 そしてついに、そいつも火星に渡って来たのである。そいつの好物は人の心の闇。怯え、怖れ、後ろめたさ、妬み、嫉妬。 これらを抱えた人にそっと寄っていくのだ。 「やぁ。今、ギクリとしたね。追っ手だと思ったね。いざとなったら銃を撃てば良いと思ったね。どうして考えている事が 判るのかと思ったね。私はあなたの考えている事は判ってしまうんですったら。今、化け物と思ったね」 「坊や。暗くなる前に家に帰らないとカマスのおじさんにさらわれてしまうのよ」 「川に入ると相撲をとろうというヤツには気を付けろ。大事な物を抜かれるぞ」 サトルの化け物。カマスのおじさん。見る者によって形は変化する。 口裂け女、トイレの花子さん、ミステリーサークルもそいつの仕事だった。 しかし河童ではない。尻小玉など抜きはしない。間違わないで欲しい。そいつはそう思った。 火星。この未知の土地に新しい伝承が作られるのだろう。人の心に闇がある限り。 |