「すまない、ちょっと寄り道をお願いしたいんだ」 「いいっすけど、燃料も充分じゃないんであんまり遠いところは勘弁ですよ」 「うん。判ってる。太陽系の第三惑星に寄って欲しい。小さい青い星だ。ひと目見たい。近くまで来たらゆっくり一周して欲しい」 「また辺境の星っすね。いいっすよ、方向は大きくはずれてないし。その星に思い出か何かあるんすか?」 「うん。まぁな」 彼の祖先はその辺境の青い星の出身だと子どもの頃、婆さまにきいたことがある。 その時は「ふぅん」としか思わなかった。 自分の故郷は生まれ育った赤い砂嵐の吹く星。 友人は緑の触角を持つ者が多かった。 彼には触角はなかったが、友人には色々なタイプがいたので気にもならなかった。 成人してからは星間運送業に従事し、様々な星へ行った。様々な星の住人とも交流した。 時折自分と同じタイプのヒトに出会う。そんな時はやっぱりどこか懐かしく嬉しい。 若い頃よりも年を重ねてからの方がそう思うようになった。 定年も間近な頃になると、同じタイプを見かけては話しかけていた。 「やぁ。たまに同じタイプのヒトに会うと嬉しいよ」 「そうですね。珍しいですものね。私も同じタイプの方に出会ったのは3年ぶりかな」 「私たちのようなタイプはどこの出身か知っています?」 「さぁ、よく判らないんですよ。文献によると、いくつか候補があるみたいなんですけれど、決定打はないみたいなんです」 「私は、祖母から、祖先は太陽系の第三惑星っていう辺境の星の出身と聞かされていました」 「あぁ、その星も候補地のひとつですね」 そんな会話が楽しみになっていた。 定年の直前の最後の航海に寄り道をして青い星を眺めるというのが彼のささやかな楽しみになっていた。 「みえてきましたよ」 若い乗組員の言葉に我に返った。 その星は、想像していたよりはるかに美しく漆黒の宇宙に奇跡のように浮いていた。 「ゆっくり一周してくれ」 「ラジャー」 海がみえる。 陸地は緑で覆われている箇所がたくさんある。 あそこにはまだ誰かが住んでいるのだろうか。 青い星は大きな衛星を持っていた。 青い星からはあの衛星はどんなふうにみえるのだろう。 こんな美しい星を、どうして祖先は飛び出したのだろう。 太古の昔の人の事情はわからない。 自分の故郷は赤い砂嵐の吹く星だ。 でも、青い星をひとめ見ることが出来て本当に良かった。 「一周しましたよ。もう軌道に戻っていいっすか?」 「あぁ、ありがとう。無理を聞いてくれてすまなかった」 これからの長い定年後の人生を、青い星への想いとともに。 彼は、小さくなってみえなくなるまで窓から青い星を見続けていた。 |