彼女は、久しぶりの天気の良さに満足し、大きく深呼吸をすると鍬を持って小さな畑へ向かった。珍しく小鳥がさえずり、そして頬に当たるそよ風が気持ち良かった。葉に小さな虫が止まっているのを見つけ、手を休めしばらく見入っていると虫はもじもじと葉の裏側へ移動していった。 「いつまでも、ここにいようね」 名も知らぬ小さな虫に話しかけた彼女に迷いは無かった。 「そろそろ時間かな」 彼女はゆっくりと立ち上がり空の彼方をずっと見つめていた。その時、激しい一筋の光が地上から空へ向かって走り、遅れて地鳴りに似た低い震動を感じた。彼女はその光をずっと見つめていた。目が痛くなってもまばたきもせず光を追った。 「さよなら」 声にならない声でつぶやくと、再び鍬を持ち直し畑仕事に気持ちを向けた。 「とうとう説得出来なかったな。あの辺りも汚染されてもうダメなのに」 「頑固だよな。この最後の船を拒否したんだから」 「見ろよ、だんだん地球が遠ざかって行く。ここから見ればまだまだ綺麗なもんなんだがな」 「あぁ。でも、もうダメだ。彼女の住んでいる所もいつまで持つか。しかし、いつ見ても綺麗だ。俺達はこの星を捨てたんだな」 「捨てられたのさ。たぶん」 「彼女、これから大変だろうな」 「俺達の方がもっと大変だろう。適応出来ない人間もいるだろう。しばらくは混乱期だな」 「未来を創る手応えがあるさ」 乾いた笑いがその場に満ちて、彼らは小さくなっていく地球を目に焼き付けるように見入った。 頬に当たる柔らかな風。虫の音。土の匂いのする穫れたての作物。森の気配。魚で溢れていた海。潮風。 壊してしまったもの。失ってしまい捨ててしまうもののあまりの大きさと郷愁に、一瞬、胸の詰まる想いがこみ上げてきたが、それを振り切るように地球から目をそらし、漆黒の宇宙を見つめた。 |