その一角だけ異質な空間だった。 火星では珍しいレンガ造りの壁に火星ヅタが覆うようにせん定している。そしてここ辺りではめったに見ることが出来ない自転車が置いてあった。 地球産なのだろう。随分、地球趣味の家だ。 僕の祖父は、「地球産に、ろくなものはねぇ」というのが口癖だった。おじいちゃん子だった僕は、ありありとその口調を思い出すことができる。 「どなたかしら」 振り向くと可愛らしい女性の人なつこい笑顔があった。 「ぶしつけに見入ってすみません。珍しかったもので。地球産の自転車ですね」 「先月地球から移住してきたばかりなの。地球生まれです、私。自転車に興味があるのですか?」 僕が興味があるのは、自転車ではなく彼女の方。そんな事がきっかけで、僕らは親しくなっていった。 恋は突然始まったが、終わるのも早かった。 「私、好きな人が出来たの。あなたとはこれからも良い友達でいたいわ」 何を言ってるんだ、この女は! 「地球産にろくなものはねぇ」 僕は祖父の言葉を思い出した。 |