研究は、最終段階に入っていた。 そしてその要になるアイデアが、今ひらめいた。 取りあえずメモをしておこう。紙……この写真の裏でいいや。 後のデーター処理は、彼女に任せよう。良き理解者である彼女に。 火星移住計画。僕の生涯を賭けた研究。 実験は成功し、僕は名声を手に入れ、歴史に名を残すだろう。 同じ目的のために協力し合った充実した日々。この苦労が報われる日も近いのが判る。 彼から散らかったメモの走り書きをコンピューターに打ち込む作業を頼まれる。膨大な量だ。夢中で仕事に打ち込む。 ふと、写真が目に止まる。彼の隣でにっこり笑う見知らぬ若い女。何よりも彼の幸せそうな表情。 そういえば、私には、こういう表情をしてくれなくなったわね。 思わず写真をポケットに入れ、仕事に没頭した。 仕事が一段落したのは、明け方だった。ベランダに出る。冷たい空気が心地よい。 ポケットに手を入れると写真が手に触れた。 「忘れてあげるわ。この写真の事」 彼女は、写真で紙飛行機を折り、飛ばした。 紙飛行機は、ゆっくりと朝の大気を受けて飛んでいった。 実験は失敗し、火星移住計画は、10年は遅れた。 |