シルエット


  その時、頭上を大きな影がゆっくりと飛んでいった。影の形に見覚えがある。
  あれは子どもの頃、いつも図鑑で見ていた翼竜プテラノドンのシルエット……。

 約1ヶ月半もの間、姿を見せなかった太陽がまた昇ってくる季節がやってきた。
 この時期になると昭和基地から離れての観測も増えてくる。
 南極の移動手段には、雪上車がある。軽量型は海氷上の移動に適している。大型車 は長期の移動用に寝泊まりもでき、マイナス40度以下の条件下で一冬に何千kmも走行 することができる。ブリザードに遭わずに旅を終えることはない。
 ある時、僕は仲間と多目的アンテナの点検のため、遠く基地を離れ大型雪上車で移 動していた。
 アンテナは、人工衛星から集められたデータを受信し、氷河の動きや地殻変動の観 測、オーロラの発生を探るため粒子の観測が行なわれていて、耐風雪の丈夫なレーダ ードーム内に設置されている。
 この日、前夜からの雪混じりの風は、あっという間に強風になりブリザードになっ た。
 僕はこの時、外にいた。急激な気候の変化に危険を感じ、仲間のいるレーダードー ムに戻ろうとしたが足を取られ転んでしまった。すぐ戻らなければ危険な状態だ。吹 雪が強まる。息ができない。一瞬気が遠のいたが無理矢理自分を奮い立たせた。
 吹雪が痛い。それすらも通り越してもはや無痛だ。視界が悪い。前後左右、どうか すると上下さえもわからない。すでにレーダードームの方向がわからなくなってい た。

  その時、信じられないものを見た。
  僕の頭上をゆっくりと飛んでいく大きな影。懐かしい見覚えのあるシルエット。
  子どもの頃、いつも図鑑で見ていた翼竜プテラノドンのシルエット……。
 気がつくと僕は仲間に囲まれて、安全なレーダードーム内にいた。大きな影のこと を話しても皆一様に「助かってよかったな」と言うばかりだ。あれは何だったのだろ う。
 雪上車で基地に戻る途中、雪降る中をひとりこちらに向かってくる者がいる。安全 のため単独行動は禁止されている。誰だろうと皆で目を凝らして見ていると、1匹の コウテイペンギンだった。ある程度近づくと止まり、こちらを見ている。雪上車が珍 しかったのか、単なる気まぐれか。
 あぁ、あいつに聞けばあの影について、何かわかるだろう。

 コウテイペンギンに見守られながら、僕らは無事基地へ着いた。
 ブリザードのため海氷がなくなって、やけに青い海が現れていた。







蟹屋 山猫屋