人間が火星に移住したら、身体にどんな変化が現れるのだろうと心配されていたが、
ほとんど変化はなかった。 ただ男の髪が薄くなった。 火星の風土の何が影響しているのかは判らない。 そのため火星経済の活気の一翼を担っているのはヘア産業でもある。 たたく、塗る、吹き付ける、飲む、揉み込む、食べる。 さまざまなものが流行する。 「ダンナ、ダンナ」 暗がりでオレを呼び止める者がいる。 「地球産のヘアクリームを、格安にしときますぜ」 「あの話題の。あれは地球の希少種が原料で、火星輸入どころか生産禁止じゃなかっ たのか?」 「抜け道ってのはあるもんでさぁ」 「バッタもんも多いと聞くぞ」 「疑うのならいいんですぜ」 「見せてくれ」 噂の最高級品は妙な入れ物に入っていた。 フタに顔がある。 「何だ?これは!」 「この容器は当局の目をあざむくため。で、いらないんですかい?」 「う〜む」 容器のフタの顔は、信用できるようでもあり、バカにしているようでもある。 オレは、その顔をまじまじと見て買うことにした。 たぶん騙されているのだろう。 「バッカじゃないの!」妻はそう言って笑うに決まっている。 オレはそいつをポケットに入れると、家路を急いだ。 |