人間がみんな火星に行ってしまった夜、月は火星のように赤かった。 鳥は、知っていた。 仲間がいなくなってしまったのは、人間のせいだってこと。 地表が赤くわずかな植物しか生えていないのも、人間のせいだってこと。 その人間が地球を捨てて、火星に行ってしまったことも。 鳥は、知っていた。 赤い月は、鳥を勇壮にみせることを。 その姿は、荒れ果てた風景にある種の格調高さを持って調和していることを。 だから鳥は置物のように動かなかった。 赤い月が作る鳥の影は長くなり、鳥はますます風景に調和していった。 鳥は、この美しさを愛でる観賞の目が他にないことが残念だった。 人間ならこの美しさを讃えるだろう。歌にするだろう。詩にするだろう。 人間がこぞって行った火星には、もっと美しいものがあるんだろうか。 観賞する者がいない地で、鳥はますます美しく、月は赤く妖しく輝いていった。 |