白熊の憂鬱


第1章  白熊の憂鬱

僕は、鼻が黒い。顔も体も白いのに鼻が黒い。だから アザラシ狩りをしても、失敗するときがある。鼻なんて白ければいいのに。

アザラシに近づく時は、白い前足で黒い鼻を 隠しながら進む。それでも失敗するときがある。目が黒いからだ。目なんて白ければいいのに。
白い右の前足で、黒い鼻を隠し、白い左の前足で、黒い目を隠し、そうしてアザラシに近づいた。 でも、前が見えなくて、氷割れ目の海に落ちてしまった。

ある時、人間が 白いサングラスを売りに来た。
「これさえあれば、アザラシ狩りは、百発百中。アザラシ狩りの名人。お支払いは後払いで 結構。料金は アザラシの毛皮一頭分。」
そう言って人間は サングラスを置いていった。
僕は、なんだか憂鬱になってきた。

白いサングラス、買ったよ
 憂鬱な白熊

第2章  アザラシの会議

遠縁にあたる アザ吉から聞いたんだがよ、流れ者のアザラシが妙なものに襲われたらしいよ。もちろん組合にはいっておらんようなヤツじゃ。なんでも全身まっ白なヤツでな。 マヌケの白熊にしては、トレードマークの3ツの点(両目と鼻のこと。)が、1つしかない化け物だったそうだ。なんともやっかいなものが現れたのう。
こんな情報が入るのも、わしが組合に加入していればこそだ。どれ、会合に出かけるとするか。

「アザ右ェ門の爺、遅かったでねえの。今 皆で白い化け物の話をしておった所じゃ。」
「オゥ、アザ吉か、おめぇから聞かされていた白い化け物の事を考えながら来たのでな、すまんな。 では組合会議を始める。皆も知っとると思う。例の化け物のことじゃ。詳しい話を知っとるのは誰じゃ?」
「アザ右ェ門組合長!」
「えーと、おめぇは、アザ太郎の嫁のアザ江だな。アザ助は、大きくなったか?ん?」
「えぇ、うちのアザ助は本当にたいしたいい子ですのよ。誰に似たのかしら。物覚えもいいし。そうそう、この間なんかまだ小さいのに初めて小魚を取りましてね、このまま大きくなると うちの人よりずっといいイワシ取りになりますわよ。いえね、何もうちの人の稼ぎが少ないなんて言ってる訳じゃのよ。」
「ちょっとアザ江さん。」
「何よ、アザ代おばさん。」
「あなた、白い化け物の事を話すんでしょ。」
「あらら、そうだったわ。桃岩氷山の向こう側でね、流れの者のアザラシが襲われたのよ。そいつは、白いので近くまで来てもわからなかったのよ。」
「アザ江さんよぉ。白熊とは違うのかぁ。」
「ああら、アザ郎さんしばらくぅ。今の話は本当よ。ねぇーまたイワシの穴場教えてちょうだいね。」
「これこれ、アザ郎、イワシの穴場なんぞ見つけたら、すぐ組合に連絡をしなけりゃならん。相互に助け合う。これが組合という者じゃ。 それにいくらアザ江に言い寄ってもアザ江は、人妻じゃ。アザ江もアザ江じゃ。」
「あら、今の言い方、あんまりじゃない?それじゃ、私が色目を使ったみたいじゃない。いくら長老のアザ右ェ門さんでも、今の言葉は、あんまりだわ。」
「アザ江さんよぉ。ウィンクしてきたのはアザ江さんの方からだったよなぁ。」
「うるさいわね!もぅ。」
「もぅ、やめい!!アザ江それで本当に自分の目で白い化け物をみたのだな?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。」
「どう言うことだ?」
「弟のアザヒロがいってたのよ。」
「あの旅の芸人アザヒロ一座がきてたのか。」
「そう。ちょっと立ち寄っただけよ。その時、聞いたの。」
「アザヒロ一座のアザ美の踊りは、ええのぉ。実にえぇ。あの腰の振りがなんとも言えんからのう。どう思う?幼なじみのアザ蔵。」
「わしには、アザ美のような動きの早いのはどうも苦手じゃ。それよりアザ九郎のしぶいのどには、じぃんとくるで。」
「組合長!」
「なんだ、アザ吉。」
「話をもとに戻しましょう。」
「んんー。では、この中では誰も その白い化け物を見た者はいないのだな?やれやれ。なんと横道の多い会議じゃ。ん?何か言いたそうじゃな、アザ吉。」
「横道の原因は、案外 組合長にあったりして。なんて思ってしまいました。」
「そうか。」

第3章  白熊のうぬぼれ

僕は、とても狩りがうまい。アザラシなんて ちょろいもんさ。いいかい、狩りはタイミングなんだ。この間まではスランプだったんだよ。名人にはつきものさ。 ま、人間からサングラスをもらったけど、こんな物のせいじゃない。これは、お守りのお札みたいな物で、やはり僕の実力が、あったればこそさ。 ここらのアザラシは、みんな僕の物だ。ここでの一番の実力者。怖い物なんかない。 僕は偉い。

ある日、猛吹雪(ブリザード)がきて、ぼくは、じっとまるくなってやむのをまっていた。 待ちながら 僕は寝てしまった。目が覚めると、あれ?サングラスがない!!風で飛ばされちゃったのかな?でも、僕は、真の実力者だから、あんな物に 頼らなくても大丈夫。     たぶん........だと思う.....だといいな...。

第4章  アザラシの伝説

ぼくは、アザ太。いま、ユキウサギの足跡を発見。うーむ。この足跡は、三時間くらい前のものだな。よし、今日は これを 追跡だ。

きのうは、星の観察をしていて一晩中、雪の中で夜空をみあげていたよ。小魚座や、オキアミ星雲のきらめく中 流れ星をたくさん見たよ。ちょっと だけどオーロラもみえた。寒くて足がすごく冷たくなったけど時間がたつのも忘れて観察していたんだ。

おや、この辺は さっき来たところだ。ウサギのやつぐるグルっと回ったんだな。ん?  あれ?この足跡は...。大きい。なんて大きいアザラシの足跡!! こんな大きな足跡の持ち主は、いったい...。もしかしたら伝説の大アザラシ様!!大アザラシ様もウサギを追いかけているみたいだ。 こりゃぁ、ニュースだ。 皆に知らせに帰ろう。

アザ太「大変だぁ、大変だぁ、大ニュースだよう。」
「おぅ、どうしたい、アザ太。今度は何をみつけたんだい。」
アザ太「みんな、聞いて。伝説の大アザラシ様が、この近くでウサギを追いかけているんだよ。」
「まぁ。」
「おじいちゃま。大あざらしさまって?」
祖父「伝説の大アザラシ様とはな。昔々、星降る夜 数人の子供達が狼に囲まれてな、もう、だめだと思ったその時、一陣の風と共にそのお方が現れてな。」
「助けてくれたの?」
祖父「いや、そのお方が現れただけで狼の群は逃げだし、泣いていた子供は泣きやみ、泣かずにいた子供は、泣き出したというお方だ。」
祖母「いやいや、わしの知ってる伝説は、違うぞ。昔々、大アザラシ様の行く手にな、氷山が立ちはだかっておってな。大アザラシ様と氷山の対決になってな。 翌朝 村の皆が行ってみると 大アザラシ様の姿はすでになく、氷山が大きく二つに割れていたという事じゃ。」
アザ太「そぅ、その大アザラシ様の足跡をみつけたの。」
「そりゃぁ、すごい」
アザ太「それで、さっそく隣村にも知らせに行こうと思うんだ。 ぼく、行って来ます。」
「相変わらず落ち着きのない....母さん、あいつの足 なんであんなに腫れているんだ?」
「ああ、あれは しもやけで腫れているのよ。きのう一晩中、星の観察していたんですって。あらあら腫れた足であんなに走ってしまって。」
「それにしても、大アザラシ様 発見とは、村の皆に知らせなくては。」

大アザラシ様発見!
好奇心の強いしもやけのアザ太


ぼくは、隣村まで走った。途中、キラリと白く光る物をみつけた。なんだぁ こりゃぁ 見たこともない物だな。拾っておこう。  ん?雪原に何か毛むくじゃらの者がうずくまっている。
アザ太「ジャコウウシのジャコ太くん!!」
ジャコ太「あっアザ太くん。ぼく足をくじいちゃったんだ。ちょっと休めば歩けるようになると思うんだけど、狼がくると怖いし。」
アザ太「こんなところにいたら危ないよ。ぼく隣村のアザラシのところまで行くんだけど、ぼくにおぶさりなよ。近くだからジャコウウシ村まで送っていくよ。」

ぼくは、友達のジャコ太くんをかぶるようにしておぶった。その時さっき拾った光る物が、じゃまになので顔にひっかけた。目の所にかぶさったけどうまい具合にしっくりいった。 これは、おじいちゃんが言ってたことがあるメガネという物だろうか。

アザ太
「ジャコ太くんは、あったかいね。」
ジャコ太「アザ太くん ありがとう。隣村まで何しに行くの?」
アザ太「ぼく、伝説の大アザラシ様の足跡を発見したんだ。それを知らせに行くんだよ。」
ジャコ太「ふーん。アザ太くんって いろんなものを発見するもんね。大アザラシ様がいるっていう事は、 大ジャコウウシ様もいるのかなぁ。」
アザ太「いるんじゃないかなぁ。」
ジャコ太「じゃぁ、足が治ったらぼくは、大ジャコウウシ様を探すね。」
アザ太「その時は、手伝うよ。」
ちょっと足、痛いの
ジャコウウシのジャコ太くん 


第5章  白熊の追跡

僕は、すごく大きなアザラシの足跡をみつけた。天才ハンターである僕は追跡を始める。この足跡からすると、 とても大きなアザラシだぞ。白いサングラスなんかなくたってこんな幸運に出逢えるんだ。この獲物はもらった! 僕は、夢中で追いかけた。足跡の持ち主が見えてきた。僕は、物影に隠れながら慎重に進む。そして観察。 そいつは、見た事のない生物だった。上半身はジャコウウシのような毛が生え、下半身はアザラシのようであり、 その足は異様に大きい。そして下の方にキラリと光る白い目のようなもの。そいつは、アザラシ村の入り口に着くと 大きな声で叫んだ。

「大アザラシ様だぞぉー。伝説の大アザラシ様がきたぞぉー。おーいみんなー。」

僕は、すごく怖いものを追跡していたかもしれない。伝説の大アザラシ。怖くなったのは僕だけではない。 それを聞いた村の連中も ひと目その大アザラシとやらを見ると、皆 恐怖でひきつり隠れてしまった。 そいつは、ちょっと困った様子で今度は来た道を引き返してきた。待てよ。怖いよ。僕と会ってしまうじゃないか。

「わっ白熊だ。」
「こんなところで白熊に会うなんて。」
なんだこいつは。顔がふたつあって上の顔と下の顔でしゃべっている。化け物だ。これが伝説のおおアザラシなのか。 下の顔の白い目が、僕をにらむ。 あっそういえば僕はお腹がすいてなかったんだ。食べたくもないのに獲物を取るなんて 自然の掟に反するもんな。それに僕は、今、夕日に向かって走りたい気分だし。逃げるんじゃないんだよ。天才ハンターは、 逃げる必要はない。気分に忠実なだけさ。僕は全速力で夕日に向かって走った。ひどく心臓がドキドキした。

第6章  アザラシの誤解

「アザ太ー。」
「アザ太ー どこー。」
「あの子ったら隣村に行くっていったきり、帰って来ないんですもの。アザ右ェ門組合長、もう、私心配で 心配で。」
「ああ、大丈夫。こんだけ大勢で探せばすぐ見つかる。組合組織という物は、こういう時に役に立つものでな。」
「組合長!白熊がいます!それと向かいあっている何かわからないものが見えます。遠くてちょっとわかりません。」
「アザ太なの?」
「いえ、アザ太君より大きいです。アザラシかどうかも、ここからじゃちょっと。」
「いずれにしても、白熊が うろついているようでは、アザ太が心配じゃ。」
「あっ、組合長。白熊がすごい勢いで逃げて行きます。あいつは、いったい何者でしょう。」
「行ってみよう。アザ太の事が何かわかるかもしれん。」




「あっアザ太が倒れている。」
「ジャコウウシの子供も倒れているぞ。」
「しっかりしろ、アザ太!」

アザ太「あれ、みんなどうしてここに?白熊は?ジャコ太くんは?」
「アザ太、何があったの?ジャコ太君は今気がついたわ。」
遠くから「おーい、おーい。」
アザ右ェ門「隣村のアザラシの長老、アザ爺。ひさしぶりじゃの。」
アザ爺「アザ右ェ門、おまえの群の子か、この子は。いや少し前にな、なんと伝説の大アザラシ様が村に現れたのじゃ。」
「えーっ。」
アザ爺「みんな怖くて隠れていたんじゃがの。さっき白熊が逃げていったから、何かあったかと見に来たという訳じゃ。」
アザ太「ぼく達、白熊に襲われそうになったの。そうしたら何がなんだか急にわからなくなって。」
ジャコ太「そう、怖くて気を失ったみたい。」
「おや、それは何?」
アザ太「ああ、これ拾ったの。こうやって顔にかけるみたい。」
「おおおお。これは白いサングラス。」
「おおおお。もしかすると。」
アザ爺「伝説の大アザラシ様のものじゃ!」
「おおおお。」
アザ太「ぼく、これ、行く途中で拾ったんだ。」
アザ右ェ門「おおおお。大アザラシ様落としたものをアザ太が拾って、大アザラシ様は、アザ太に返してほしくなり、 アザ太を追ってきたのじゃ。そしてついでに、白熊を追い払ってくれたのじゃ。」
「おおおお。」
アザ右ェ門「伝説の大アザラシ様が、アザ太とジャコウウシの子供を白熊から救って下さったのじゃ。」
「おおおお。」
アザ右ェ門「伝説の大アザラシ様が、現れたのじゃ。」
「おおおお。」


似合う?
アザ右ェ門のサングラス姿
「どじゃ、かっこええじゃろ。」




アザ右ェ門「アザ爺、今日はどうも すまんかったの。後日あらためてあいさつに伺わせていただきますじゃ。さぁ、みな、村に戻るぞ。」
「アザ太しもやけ治ったの?」
アザ太「うん。治ったみたい。」
ジャコ太「ぼくも、くじいた足治ったみたい。ここからひとりで帰れるよ。」
アザ爺「すぐそこじゃ。わしが送っていこう。」
アザ右ェ門「アザ爺、頼みますぞ。」


第7章  白熊の悪夢

僕は、目が覚めた。あれは何だったんだろう。顔がふたつある化け物。白い目が僕をにらんでたっけ。思い出しても いやな夢だ。今日は狩りに行く気にもならない。もうひと眠りしよう。今度は、いい夢をみれますように...。 本当に夢だったよね...。まさか−−−。ね。

第8章  アザラシの紛失

アザ右ェ門「さて、このサングラスだが、伝説の大アザラシ様がいつ何時返してもらいに現れるかわからない。で、組合長で ある、わしが、預かるのが筋と思うのだが。」
アザいち「こう言っては何ですが、組合長はお年を召していらっしゃいますし、万が一にでも紛失などという事になれば大アザラシ様に申し訳ありません。是非 私が保管を。」
アザ右ェ門「わしゃ、もうろくしておらんぞ。アザいち。わしの甥だからといって年寄り扱いするな。お前のような粗忽者にまかせられるか。」
アザ代「だからって組合長が持つなんて変だわ。私だって持っていたいわ。そういうセンスのいい物の扱いは女に任せるのが一番よ。」
アザ江「アザ代おばさんの貝や石のコレクションといしょにされたんじゃ困るわ。アザ代おばさんが、保管するなら私も保管したい。」
アザ代「アザ江、あんたみたいな責任感のない人に、そういう役目は無理よ!」
アザ江「何よ!その言い方!」
子ども「ぼく欲しいなぁ。」
「子どもの おもちゃじゃありません!」
アザいち「いや、だからこの際、我が家こそ一番 保管に適していると思うのですが。」
アザ吉「何でそうなるんだ。お前の所よりずっと家の方がましだ。」
アザ右ェ門「えーい、うるさい。わしが持つって言ったら わしが持つ!!」


その時 一瞬アザラシ達の頭上に影がさっと走ったかと思うと、潮くさい風が吹き抜けた。


アザ吉「あっサングラスが。」
アザいち「カモメだ。大アザラシ様のサングラスがカモメに持っていかれてしまった。」
アザ右ェ門「返せー。わしらの物だぞぅー。」
アザ郎「ああ、カモメが、行ってしまうー。」
アザいち「組合長が余計な事を言うから。」
アザ右ェ門「わしの せいにするな!お前達が気持ちよく渡さないからじゃ。」
アザいち「年を考えて下さいよ。組合長!」
アザ右ェ門「年寄り扱いをするなと言うに。」
アザ代「だから私が持てばよかったのに。」
アザ江「私よ!」
アザ代「何よ!あんたなんか!」
子ども「ぼくも欲しかった。」
「子どもの おもちゃじゃありませんったら。」
アザ右ェ門「なんと、うるさい連中じゃ。」


第9章  白熊の憂鬱 再び

だんな、いい物がありますぜ
 動物相手に商売している謎の商人


僕は少し困っている。最近狩りがうまくいかない。白いサングラスをなくしてからいい事がない。悪い夢を見るし。あんなサングラスなんてなくても僕は、いい ハンターだったのにあのサングラスが悪いんだ。あんな物 買わなけりゃよかった。

ある日、人間がまた物を売りに来た。これさえあれば百発百中、アザラシ狩りの名人。お支払いは、後払いで結構。 料金は、アザラシの毛皮一頭分...。

僕は、なんだか憂鬱になってきた。



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