ひとでなし


第1話  借金取り

年の瀬迫る下町の貧しくも片寄せあって生きる父娘あり。
「お父ちゃん、具合はどう?おかゆをつくったけど食べる?」
「ゴホッ ゴホッ」
「無理しないで背中さすってあげる。」
「それより、そろそろ借金の返済日じゃ。わしが、こんなからだでなけりゃ、おみつに苦労をかけぬものを。」
「手内職の納入までもう少しなの。今度前借りを頼んでみるわ。」
「薬代も かさむ事だろうに、すまぬなぁ。」
「お父ちゃんは、そんなこ事を心配せずに 今は休むことが大事よ。」

その時、激しく戸をたたく音。何事と戸を開けると そこには犬の借金取り。格子縞の ドテラをはおり、耳をピクピクさせ 鋭い牙を見え隠れさせながら犬がすごむ。

「忘れたとは言わせねぇ。今日が借金の返済日だ。きっぱりと耳をそろえて返してもらおうじゃないか!!」
「ごめんなさい。2・3日中には必ず返します。もう少しまって下さい。」
犬、ギロリと部屋を見回し せせら笑う。
「相変わらず 何にもねえ所だぜ。しょうがねぇな。ちょいと上がらしてもらうぜ。」
犬は、ズカズカと入って来ると病人の前に立ちはだかる。
「なにするの!」叫ぶおみつ。
「うるせぇ!」

犬は、病人の煎餅布団をはぎ取るとすばやくまるめ、肩に担ぐと出口へ向かう。 おみつ、思わずふるえながら借金取りの背中に向かってなじる。
「あんまりだわ。ひどい。このけだもの!ひとでなし!」
戸口にたった犬、戸を開け外の光を浴び、毛が金色に輝く。 そのシルエットがゆっくりと、おみつの方へ向き直った。

「へっ、おりゃぁ、けだものだぜ。犬だぜ。人ではない。ひとでなしよ。」

犬の借金取り、煎餅布団をかついで何処へかと消えた。

第2話  電話で

「もしもし。元気か?久しぶりだな。」
「おぅ。なんだか忙しそうだな。」
「年末年始は、猫の手も借りたいよ。」
「ほぉ、変わったものを欲しがるね。うちの猫貸そうか。」
「そうじゃない。例えだよ。人手のことだよ。」
「ヒトデ?ますます変なものを欲しがるな。ヒトデならバケツいっぱいある。持ってけよ。」
「何いってるんだ。人手が足りないんだってば。」


第3話  パビリオン

煙草に火をつけては消し、すっかりよどんだ空気の奥で、数人の男がさえない顔をつきあわせていた。
「部長、で あるからして我社の営業成績は、創立以来の不振を記録し続けているのであります。」
「で、他に報告することは?」

「特にありません。」
「こんな状態で差し迫ったN博覧会のパビリオン参入の件、どうなるんだね。」
「やっと手に入れたパビリオン参入の権利、いまさら放棄するわけには参りません。 業績不振などと噂されたら壊滅的な打撃となってしまいます。」
「パビリオンの権利収得のため随分金をつぎ込んだのも低迷の原因かもな。」
「N博がうまくいけば、この低迷したグラフが、挽回できるのも夢ではありません。 私は計画通り行動あるのみと思います。」
「失敗したら、その時我社は・・・。」
その後に続く言葉は、その重くよどんだ空気の中にかすれて誰の耳にも 届かなかったが、皆にはよくわかっていた。


N博、初日。部長のデスクの上の電話が鳴る。
「もしもし、こちらパビリオンの現場です。」
「どうだ、人の出は。」
「まだ、会場したばかりなので人は来ていません。でも前評判がよくてチケットは  売れていたので大丈夫だと思うのですが。」
「それは、N博のチケットの事だろう。我パビリオンの入場者数こそ問題なのだ。 また後で電話をくれ。」

部長は電話を置くと祈るような気持ちでオフィスの窓の外の空を見上げた。 暗く曇天だった。ビルの下の道路を見下ろした。黒猫がゆっくり歩いていた。 お茶を飲もうとした。手がすべって茶碗を割った。と、同時に靴のひもが切れて いるのをみつけた。しゃがもうとした時に電話が鳴った。

「俺だ。どうだ。」
「部長、人出が、人出がありません。」
「何、人出がなし?人出がなしだと!!」
体中から力が抜けた。受話器を取り落とした。
「人出なし。」
部長は力なく、つぶやいた。

第4話  梨

秋も深まる山の中での猿の母親と二匹の子猿の会話。
「さぁ。リンゴよ。たくさんあるわ。お食べ。」
「トデ、うまいな。」
「うん。ヒ兄ちゃん。ぼく食べ物の中でリンゴが一番好き。」
「うん、オレも。ねぇ。母さん。梨って食べたことある?」
「あるわ。ヒも、トデも生まれる前にね。」
「ねぇ。リンゴより、リンゴよりおいしいの?」
「同じくらいにね。」
「わぁ。いいなぁ。ぼくも食べてみたい。」
「ねぇ。オレも一度食べてみたい。」
「まぁ、まぁ、なんです?そんなにリンゴをほおばりながら。トデまで。」
「お願い、お願い、母さん。」
「お願い、お願い、母さん。」
「しょうがない子達だねぇ。梨の木はここから少し遠いからね。あなた達はお留守番ですよ。 兄弟げんかせずに待てる?」
「できる。できる。」
「大丈夫。大丈夫。」
「そうね。夕方戻ります。行って来るわね。」
「行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」

兄弟猿は、梨を思って遊びました。なしを思ってリンゴを食べました。そして夕方になりました。 まだ、母さんは帰ってきません。兄弟は、かあさんと梨を思ってウトウトしていると、母さんが帰ってきました。

「ヒ、トデ、梨よ。」

第5話  薬草

医者も薬もない頃。病人は、祈りと薬草に頼るしかなかった。
「なぁ、ばぁちゃん。お母ちゃん助かる?」
「あぁ。ばぁちゃんが祈ったからな。坊も祈りな。」
「うん。祈った。なぁ、ばぁちゃん。オイラが病気の時、ばぁちゃんの採ってきた薬草で治ったよ。また薬草で 治してよ。お母ちゃんが苦しそうだよ。」
「坊と、お母ちゃんの病気は種類が違うんじゃ。お母ちゃんの病気に効く薬草は、この村には生えておらん。」
「ふーん。じゃぁ、どこに生えてるの?」
「仲の悪い隣村じゃ。」
「なぁ、ばぁちゃん。採りに行こうよ。オイラ手伝うからさぁ。」
「そうじゃなぁ。もう三日三晩、祈るだけ祈ったし、ぐっすり眠っておる。坊、ばぁちゃんと薬草採りに行くか?」
「うん。」

ふたりは、村はずれめざして歩き始めた。
「坊、そこに生えてるのが、坊が病気の時お世話になった薬草じゃ。」
「ふーん。ばぁちゃんは何でも知ってるなぁ。なぁ、ばぁちゃんお母ちゃんによく効く薬草って どんな形なんだ?」
「そうそう。それを坊に教えとかんとな。」
祖母は地面に星の形を描いた。
「こんな形をしておってな。まるで、ヒトデのようじゃろ。だからヒトデ菜というんじゃ。」
「ふーん。ヒトデ菜。」
「よいか、坊。隣村の連中とは、仲が悪い。みつからないように静かに採りに行くぞ。」
「わかった。オイラ探してお母ちゃんに元気になってもらうんだ。がんばるぞー!」
「これこれ、静かに。このあたりが村境じゃ。静かにじゃ。静かにじゃぞ。」

ふたりは、いろいろな草の中からヒトデ菜を探そうと、腰をかがめて進んだ。 背の高い草でふたりの姿は すっかり隠れて都合がよかった。
「あっ、ばぁちゃん。ヒトデ菜だ。みつけた!」
「しーっ。静かにっ。」
「あっ、また見つけたっヒトデ菜だっ。」
「しーっ。」
「ヒトデ菜っ。」
「しーっ。」
「ヒトデ菜。」「しっ。」


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