疑似珈琲を飲む。 「まだちょっと違うな」 この味、この香り、少しコクが足りないか。 疑似珈琲といえど、飲むといつも切なさがこみ上げてくる十数年前の想い出。 「……という訳なんだ。僕の決心は固い。キミにも一緒に来て欲しいんだ」 「何度も言ってるように、私はあなたを愛しているわ。あなたと一緒に暮らし、あなたと苦楽を共にし、あなたと穏やかな 老後を送る。平凡で幸せな生活。でも、それは地球上での話よ」 「第3次火星移住団に志願した事に誇りに思っている。やりがいのある一生を僕と……」 「とてもじゃないけど、私、ついていけない」 話は、いつまでたっても平行線のままだった。 重くつらい沈黙。 彼女は、冷めてしまった珈琲をゆっくり飲み干した。 「さよなら」 涙で声にならない声を残し彼女は去った。 その後、僕は火星移住団メンバーとして開拓へ生涯の大半を費やし、今、晩年となって 疑似珈琲の開発部門にいる。 地球での最後となった珈琲。 あの味を、こみ上げてくる切ない味を、無意識に求めている自分に気付きながら。 |